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レガリア王


俺とエトレーナは“カリニャンの素敵亭すてきてい”で食事をしている。


ニューワールドを造った存在“創造主”により時間は巻き戻され、レガリアに侵攻して来た敵軍や“脊髄せきずい”との戦いは、無かった事にされてしまった。

エトレーナにも戦いの記憶は残っていない。


美しい邪神“脳”は、今回は何もせずに店の外へ出て行く。

少なくとも今は、戦う気は無いようだ。

立ち去る前にわざとらしく、俺に向かって思わせぶりな視線を送って来る。

エトレーナが居る前で迷惑だ。勘弁して欲しい。

“脳”は、いろんな意味で男の俺にとって強敵だ。


邪神を綺麗に無視し(無視できたと俺は信じたい)、エトレーナと会話を続ける。


「このロック鳥のソテー、なかなかいける」


「……美味しいですね。我が国でも、ここまでの味を出せるコックはそうはいません」


「鳥以外も試したいな」


「魚も良さそうです」


食事はうまく、楽しい時間はあっという間に過ぎる。

どんな時でも飯が美味うまいのは、俺の長所の一つだ。

飯の味がしない……なんて状況は、好きだった女に手酷てひどく振られた時くらいしか覚えがない。


しかしそんな俺にとっても、エトレーナと一緒に旨い飯を食べると言うのは特別なイベントだ。

彼女もそう思ってくれていれば嬉しいのだが。


食事も終わりに近づき、そろそろ過酷な現実と向き合う時間となる。


エトレーナに聞きたいことがあった。

俺を創造主からまもってくれた、“黒い翼の天使”。

あいつは俺にエトレーナ達をよろしく、と念を押していた。

もしかすると“天使”とエトレーナ達は何か関係があるんじゃないだろうか? エトレーナが何か知っているかも知れない。

それが分かれば、俺はニューワールドでの戦いをもう少し上手くやれる気がした。


……宝玉亭ほうぎょくていに戻った方が良さそうだ。

エトレーナはさっきの戦いを覚えていないし、細かい話はここでは出来ない。


「店を出よう」


俺は支払いを済ませ(正確に言えば代金を王室へのツケにし)外に出ようとする。

……店の中がざわめいた。


「ドラゴンだ。ドラゴン様がやって来る!」


外を見ると、青いドラゴンが3匹ほど空から、店の前の広場に舞い降りて来る。

この町の住人は、身分的に第三階層の獣人がほとんどを占める。第一階層に属するドラゴンがやって来るのはあまりないはずだった。


今まで楽しそうに食事をしていた猫耳の獣人達が、不安そうに話を始める。


「あれは、軍だ。軍の奴らだ。……まずいな」


「なんてこと。この店に来るのかしら?」


「反逆者でも探しているんだろう。事件に巻き込まれるのはゴメンだぜ」


穏やかな状況じゃなさそうだ。厄介事に巻き込まれたくないのは、俺も同じだ。

レガリアの軍は、鉄色の竜、ウエルがひきいている。俺を目の敵にしている差別主義者の竜だ。

奴の軍とトラブルになるのは御免こうむる。


下手に動かない方がいい。

不安そうに俺を見るエトレーナの肩を抱き、目立たないように元いたテーブルに戻る。俺たちに関係は無いはずだ。黙って状況をやり過ごそう。


荒々しく広場に着地した二匹のドラゴンは、人型に変化する。

人の姿に变化した彼らは、帯剣して鱗衣スケイルメイルを身に着けている。軍人に間違い無い。

店に向かって来る。


ずかずかと入って来ると、客を見回す。

俺と目が合った。


「いたぞ」


……勘弁してくれ。

飯を食ったばかりだ。

ストレスは消化に悪い。


兵士が怒鳴る。

「ユリオプス王国 将軍カザセ、及びクローデット女王。連行する。そこを動くなっ」


……トラブル確定だ。


脳内に響く声がある。シルバームーン。

『カザセ。何処にいるの? 逃げてっ。兵がそちらに向かってるわ!』


『もう遅い。眼の前に居る。……一体、何が起こった?』


『近くに敵らしき大軍が展開してるの。カザセにはスパイの疑いがかけられているわ。手引したに違いないって。ウエルが決めつけてるの』


レガリアの近くに軍が展開? そうか。“脳”の軍隊だ。

あいつらは、今は撤退を始めている。アパッチは、さっきそう報告してきた。

少なくとも今は奴らに戦う気は無い。


……そうか。


どうやら俺達を捕らえる為に、鉄色の竜、ウエルは理由をでっちあげたらしい。

理由なんて、それらしければなんでもいいのだ。

……甘かった。そこまで俺は嫌われていたらしい。

いや好き嫌いですむ話じゃない。多分、奴は俺の存在が邪魔なのだ。


兵士は俺達のテーブルにやって来た。剣を抜き俺たちを威嚇いかくする。


「立てっ!」


俺とエトレーナはゆっくりと席から立ちあがる。

兵士の一人がエトレーナの腕を、鷲掴わしづかみにした。


「もたもたするな。とっとと立てっ!」


「乱暴は止めてください」彼女は痛そうに顔をしかめた。


――ふざけるな

大型拳銃“デザートイーグル”を召喚。

後ろ手に廻した右掌みぎてのひらに、ずっしりとした重さを感じる。


兵士は、笑みを浮かべた。


「乱暴だって? 乱暴と言うのはこうするんだ」

エトレーナの腕をひねり上げる。

こいつは、職務にかこつけ、女をいたぶるのを楽しんでいる。


我慢出来るのは、そこまでだった。

銃を突き出すのと同時に、引き金を引く。

どんっと大きな発砲音。続けて二発。

腹に50AE弾を食らった兵士は、よろめいた。


相手はドラゴンだ。この程度ではくたばらない。

兵士がひるんだ隙に、エトレーナを手元に引き寄せる。


「貴様ッ!」


兵はショックから立ち直ると、剣を構え直した。

残りの兵も剣を向ける。


(妖精。閃光手榴弾だ)


敵の視覚を奪ってから、アパッチを呼ぶんだ。

チェーンガンを窓越しに叩き込んでやる。


「待たれよ!」


大声が店の入口からした。

見ると口ひげを生やした、上品な中年の男がいる。

帯剣している。……こいつの正体もドラゴンだ。

だが軍じゃない。鎧をつけてない。もっと軽装で儀礼的な服を身に着けている。


「クローデット陛下、それにカザセ将軍。軍が大変失礼をしました。お許しください。わし近衛隊長このえたいちょうのブロンズ・レイクと申す者。王命によりお迎えに上がりました」


近衛兵このえへいと言えば、王室直属で王家の護衛をしている兵士達だ。

レガリアでは、近衛このえと軍は組織が別になっている。


軍の兵達は、新たに現れた近衛兵このえへいに剣を向ける。

「……お前ごときに出番は無い。近衛なぞ陰で震えているのがお似合いだ。カザセはこちらで連れて行く。役立たずの老いぼれは昼寝でもしていろ」


近衛兵は苦り切った表情をする。しかし、恐れは見えない。

「昨今の軍は礼儀を知らぬ。それに常識も無い。わしの名を聞いた事が無いのか?」


「お前ごとき……」


「待て。レイクの名……聞いたことがある」


兵の一人が、明らかにドギマギし始める。


「……まずい。ここは退こう」


「ウエル様の命令を受けているんだ。何を弱気に……」


近衛兵このえへいが動く。早い! 一瞬で距離を詰めると一太刀で鎧を切り裂いた。

斬られた軍人は腹を押さえうずくまる。

ドラゴンの兵にダメージを与えている……魔法剣だ。


「“ウエル”か“カエル”か、誰の命令かなんぞ、こちらの知った事では無い。わしは王命を受けていると言った筈だ。退け新兵。退かぬのなら次はお前の心臓をえぐる事になる」


そう言い放つと、後は目もくれず、近衛兵はエトレーナにうやうやしく礼をした。

軍の兵達はどこかで聞いたような捨て台詞を吐くと、斬られた仲間を連れて外に消えて行く。

レイクと名乗った近衛このえはやれやれと首を振った。


「お怪我はありませんでしたか? なげかわしい兵士どもです。誠に申し訳ない」


俺はエトレーナを見つめた。彼女は大丈夫とうなずく。


俺は男に尋ねる。

「迎えに来たと言ったな。用件はなんだ?」


「我が王は申しております。レガリア付近で展開中の正体不明の軍についてお聞きしたいと。それと……あとですな……わしには何の事やら分かりませぬが」


レイクは声を潜めた。

「“もう1つの太陽”について知りたい……と」


“もう1つの太陽”? そんなもんは俺だって知らない……


ハッとした。

王は核爆発の事を言っている……のではないか?


だとすれば、なぜ、その事を知っている?

時間は巻き戻り、核攻撃は無かったことになった筈だ。

エトレーナもシルバームーンすらも、戦いの事を覚えてはいないと言うのに。



俺とエトレーナは王宮へ向かう事にする。

レイクの態度は丁寧ていねいなものだったが、王の疑いを、すみやかに晴らす必要があった。


ヘリで、竜に戻ったレイクの後を追う。

王宮のあるティティー山はすぐそこだ。


10分も飛ぶと、がけに埋め込まれている大きな門が見え始めた。王宮への入り口だ。

山をくり抜いた巨大な洞窟どうくつの中に王宮はある。

ブラックホークを着陸させヘリから降りた俺達は、二匹のレッドドラゴンが守っているとびらを通り抜ける。

中に入るとそこには広い空間があった。


「凄い」俺は息を呑む。


これは……洞窟なんて生易しいもんじゃない。

とびらの中は、とてつもなく広いホールになっていた。天井まで高さは数十メートルはある。幅も奥行きも数百メートルはありそうだ。

柱も無いのに、どうやってこんな構造が保てるのかと思ったが、ドラゴンのことだ。魔法的構造物って事なんだろう。きっとそうだ。


レイクは竜の姿のままで俺たちを案内する。ここは竜の住処すみかだ。人間に変身する必要はない。

しばらく進むと、大きな扉があった。


「レイク参りました。クローデット女王、並びにカザセ将軍をお連れ申しております」


扉はゆっくり開き始める。

中には巨大な金竜の姿があった。あの竜がレガリア王らしい。



俺とエトレーナは中に入ると、片膝を折り王に挨拶をする。


「エトレーナ・カイノ・クローデットと申します。こちらは配下のカザセ将軍です」


風瀬かざせ ゆうと言う。異世界人だ。この世界の礼儀を余り知らない。無作法を許して欲しい」


金竜は面白そうに笑う。竜の姿のままで笑うとは器用な奴だとは思ったが、確かに笑ったのだから仕方ない。


われがレガリア王だ。名は無い。王にいている間は、単にレガリア王と名乗るのが習わしでな」


第一王子も金竜だが、レガリア王は王子より一回り大きい。王子の目の覚めるような鮮やかな金色と比べると、ややくすんだ金色だが年齢のせいだろう。しかし、それをおぎなって余りあるほどの威厳がある。


「……カザセ。貴公きこうは時を巻き戻したな?」 レガリア王はいきなり本題に入る。

やはりレガリア王は、時間が戻された事に気がついていた。

さすがは最強の生物、ドラゴンをべる王。めていい相手じゃない。

特別な能力を持っていると考えるべきだろう。


「俺が時間を戻した訳では無い」


「時が戻る直前に、大きな戦いがあったな? われたのだ。“もう1つの太陽”が輝くのを。あのような力を我は知らぬ。貴公きこう仕業しわざか?」


“もう1つの太陽”、やはり、核爆発の閃光の事だろう。


「そうだ。レガリアをまもる為にやった。そこまで知っているのなら、レガリアを狙っていた“隕石落とし”にも気がついた筈だ。この国を救う為には仕方が無かったんだ」


「“隕石落とし”か……気がついてはいた。マナが足りず、我にはている事しか出来なかったがな……ニューワールドには貴公と同じ“兵器使い”は他にも居る。しかし、“太陽”を召喚出来る者など他に知らぬ……貴公に問う。何故、切り札を使ってまでレガリアをまもった? 報酬が望みか?」


報酬か……下心が全く無かったと言えば嘘になるかも知れない。

ユリオプス王国の為に援助を引き出したいのは事実だからだ。

しかし、あの時はそんな事は考えなかった。俺が核を撃ったのは、その為では無い。


「……シルバームーンには恩がある。彼女が母国を失ってなげくところは見たく無かった。あの時、思ったのはそれだけだ」


その時、部屋の扉が大きな音をたてて開いた。

入って来たのは少女姿のシルバームーンだ。


「お父様、ひどいわ! カザセは報酬の為に動く人間じゃないって、私、話したじゃない!」


「……仕事に対価を求めるのは悪ではない。しかし、この男はお前の言ったとおりの性格のようだ……ならば、我もそれに相応ふさわしく応えよう」


金竜は長い首を俺達に向かって下げた。まさか、おじぎをしているつもりなのか?!


「レガリア国を代表して、礼を言う。よくぞ我が国を救ってくれた。いくら感謝しても、し足りない。心からそう思う。われの本心だ」


そして、付け加える。

「貴公は仲間に対しては誠実だ。そして敵に対しては容赦ようしゃが無い……そのような人間は嫌いでは無い。少し性格に単純なところが、あるようだがな」


俺が単純なのは……否定出来ないが、余計なお世話だ。

しかし、少しほっとする。王は俺に感謝してくれた。

この大国レガリアは、ユリオプス王国と同盟を結んでくれるかも知れない。


「王よ。だまされてはなりませぬ。この者を信じるなど、とんでもないこと。こやつは腹黒い人間です」


とびらの側に鉄色の大きな竜。

やはりお前か。将軍ウエル。

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