レガリア王
◆
俺とエトレーナは“カリニャンの素敵亭”で食事をしている。
ニューワールドを造った存在“創造主”により時間は巻き戻され、レガリアに侵攻して来た敵軍や“脊髄”との戦いは、無かった事にされてしまった。
エトレーナにも戦いの記憶は残っていない。
美しい邪神“脳”は、今回は何もせずに店の外へ出て行く。
少なくとも今は、戦う気は無いようだ。
立ち去る前にわざとらしく、俺に向かって思わせぶりな視線を送って来る。
エトレーナが居る前で迷惑だ。勘弁して欲しい。
“脳”は、いろんな意味で男の俺にとって強敵だ。
邪神を綺麗に無視し(無視できたと俺は信じたい)、エトレーナと会話を続ける。
「このロック鳥のソテー、なかなかいける」
「……美味しいですね。我が国でも、ここまでの味を出せるコックはそうはいません」
「鳥以外も試したいな」
「魚も良さそうです」
食事は旨く、楽しい時間はあっという間に過ぎる。
どんな時でも飯が美味いのは、俺の長所の一つだ。
飯の味がしない……なんて状況は、好きだった女に手酷く振られた時くらいしか覚えがない。
しかしそんな俺にとっても、エトレーナと一緒に旨い飯を食べると言うのは特別なイベントだ。
彼女もそう思ってくれていれば嬉しいのだが。
食事も終わりに近づき、そろそろ過酷な現実と向き合う時間となる。
エトレーナに聞きたいことがあった。
俺を創造主から護ってくれた、“黒い翼の天使”。
あいつは俺にエトレーナ達をよろしく、と念を押していた。
もしかすると“天使”とエトレーナ達は何か関係があるんじゃないだろうか? エトレーナが何か知っているかも知れない。
それが分かれば、俺はニューワールドでの戦いをもう少し上手くやれる気がした。
……宝玉亭に戻った方が良さそうだ。
エトレーナはさっきの戦いを覚えていないし、細かい話はここでは出来ない。
「店を出よう」
俺は支払いを済ませ(正確に言えば代金を王室へのツケにし)外に出ようとする。
……店の中がざわめいた。
「ドラゴンだ。ドラゴン様がやって来る!」
外を見ると、青いドラゴンが3匹ほど空から、店の前の広場に舞い降りて来る。
この町の住人は、身分的に第三階層の獣人がほとんどを占める。第一階層に属するドラゴンがやって来るのはあまりない筈だった。
今まで楽しそうに食事をしていた猫耳の獣人達が、不安そうに話を始める。
「あれは、軍だ。軍の奴らだ。……まずいな」
「なんてこと。この店に来るのかしら?」
「反逆者でも探しているんだろう。事件に巻き込まれるのはゴメンだぜ」
穏やかな状況じゃなさそうだ。厄介事に巻き込まれたくないのは、俺も同じだ。
レガリアの軍は、鉄色の竜、ウエルが率いている。俺を目の敵にしている差別主義者の竜だ。
奴の軍とトラブルになるのは御免こうむる。
下手に動かない方がいい。
不安そうに俺を見るエトレーナの肩を抱き、目立たないように元いたテーブルに戻る。俺たちに関係は無いはずだ。黙って状況をやり過ごそう。
荒々しく広場に着地した二匹のドラゴンは、人型に変化する。
人の姿に变化した彼らは、帯剣して鱗衣メイルを身に着けている。軍人に間違い無い。
店に向かって来る。
ずかずかと入って来ると、客を見回す。
俺と目が合った。
「いたぞ」
……勘弁してくれ。
飯を食ったばかりだ。
ストレスは消化に悪い。
兵士が怒鳴る。
「ユリオプス王国 将軍カザセ、及びクローデット女王。連行する。そこを動くなっ」
……トラブル確定だ。
脳内に響く声がある。シルバームーン。
『カザセ。何処にいるの? 逃げてっ。兵がそちらに向かってるわ!』
『もう遅い。眼の前に居る。……一体、何が起こった?』
『近くに敵らしき大軍が展開してるの。カザセにはスパイの疑いがかけられているわ。手引したに違いないって。ウエルが決めつけてるの』
レガリアの近くに軍が展開? そうか。“脳”の軍隊だ。
あいつらは、今は撤退を始めている。アパッチは、さっきそう報告してきた。
少なくとも今は奴らに戦う気は無い。
……そうか。
どうやら俺達を捕らえる為に、鉄色の竜、ウエルは理由をでっちあげたらしい。
理由なんて、それらしければなんでもいいのだ。
……甘かった。そこまで俺は嫌われていたらしい。
いや好き嫌いですむ話じゃない。多分、奴は俺の存在が邪魔なのだ。
兵士は俺達のテーブルにやって来た。剣を抜き俺たちを威嚇する。
「立てっ!」
俺とエトレーナはゆっくりと席から立ちあがる。
兵士の一人がエトレーナの腕を、鷲掴みにした。
「もたもたするな。とっとと立てっ!」
「乱暴は止めてください」彼女は痛そうに顔をしかめた。
――ふざけるな
大型拳銃“デザートイーグル”を召喚。
後ろ手に廻した右掌に、ずっしりとした重さを感じる。
兵士は、笑みを浮かべた。
「乱暴だって? 乱暴と言うのはこうするんだ」
エトレーナの腕を捻り上げる。
こいつは、職務にかこつけ、女をいたぶるのを楽しんでいる。
我慢出来るのは、そこまでだった。
銃を突き出すのと同時に、引き金を引く。
どんっと大きな発砲音。続けて二発。
腹に50AE弾を食らった兵士は、よろめいた。
相手はドラゴンだ。この程度ではくたばらない。
兵士が怯んだ隙に、エトレーナを手元に引き寄せる。
「貴様ッ!」
兵はショックから立ち直ると、剣を構え直した。
残りの兵も剣を向ける。
(妖精。閃光手榴弾だ)
敵の視覚を奪ってから、アパッチを呼ぶんだ。
チェーンガンを窓越しに叩き込んでやる。
「待たれよ!」
大声が店の入口からした。
見ると口ひげを生やした、上品な中年の男がいる。
帯剣している。……こいつの正体もドラゴンだ。
だが軍じゃない。鎧をつけてない。もっと軽装で儀礼的な服を身に着けている。
「クローデット陛下、それにカザセ将軍。軍が大変失礼をしました。お許しください。儂は近衛隊長のブロンズ・レイクと申す者。王命によりお迎えに上がりました」
近衛兵と言えば、王室直属で王家の護衛をしている兵士達だ。
レガリアでは、近衛と軍は組織が別になっている。
軍の兵達は、新たに現れた近衛兵に剣を向ける。
「……お前ごときに出番は無い。近衛なぞ陰で震えているのがお似合いだ。カザセはこちらで連れて行く。役立たずの老いぼれは昼寝でもしていろ」
近衛兵は苦り切った表情をする。しかし、恐れは見えない。
「昨今の軍は礼儀を知らぬ。それに常識も無い。儂の名を聞いた事が無いのか?」
「お前ごとき……」
「待て。レイクの名……聞いたことがある」
兵の一人が、明らかにドギマギし始める。
「……まずい。ここは退こう」
「ウエル様の命令を受けているんだ。何を弱気に……」
近衛兵が動く。早い! 一瞬で距離を詰めると一太刀で鎧を切り裂いた。
斬られた軍人は腹を押さえうずくまる。
ドラゴンの兵にダメージを与えている……魔法剣だ。
「“ウエル”か“カエル”か、誰の命令かなんぞ、こちらの知った事では無い。儂は王命を受けていると言った筈だ。退け新兵。退かぬのなら次はお前の心臓をえぐる事になる」
そう言い放つと、後は目もくれず、近衛兵はエトレーナにうやうやしく礼をした。
軍の兵達はどこかで聞いたような捨て台詞を吐くと、斬られた仲間を連れて外に消えて行く。
レイクと名乗った近衛はやれやれと首を振った。
「お怪我はありませんでしたか? 嘆かわしい兵士どもです。誠に申し訳ない」
俺はエトレーナを見つめた。彼女は大丈夫と頷く。
俺は男に尋ねる。
「迎えに来たと言ったな。用件はなんだ?」
「我が王は申しております。レガリア付近で展開中の正体不明の軍についてお聞きしたいと。それと……あとですな……儂には何の事やら分かりませぬが」
レイクは声を潜めた。
「“もう1つの太陽”について知りたい……と」
“もう1つの太陽”? そんなもんは俺だって知らない……
ハッとした。
王は核爆発の事を言っている……のではないか?
だとすれば、なぜ、その事を知っている?
時間は巻き戻り、核攻撃は無かったことになった筈だ。
エトレーナもシルバームーンすらも、戦いの事を覚えてはいないと言うのに。
◆
俺とエトレーナは王宮へ向かう事にする。
レイクの態度は丁寧なものだったが、王の疑いを、すみやかに晴らす必要があった。
ヘリで、竜に戻ったレイクの後を追う。
王宮のあるティティー山はすぐそこだ。
10分も飛ぶと、崖に埋め込まれている大きな門が見え始めた。王宮への入り口だ。
山をくり抜いた巨大な洞窟の中に王宮はある。
ブラックホークを着陸させヘリから降りた俺達は、二匹のレッドドラゴンが守っている扉を通り抜ける。
中に入るとそこには広い空間があった。
「凄い」俺は息を呑む。
これは……洞窟なんて生易しいもんじゃない。
扉の中は、とてつもなく広いホールになっていた。天井まで高さは数十メートルはある。幅も奥行きも数百メートルはありそうだ。
柱も無いのに、どうやってこんな構造が保てるのかと思ったが、ドラゴンのことだ。魔法的構造物って事なんだろう。きっとそうだ。
レイクは竜の姿のままで俺たちを案内する。ここは竜の住処だ。人間に変身する必要はない。
しばらく進むと、大きな扉があった。
「レイク参りました。クローデット女王、並びにカザセ将軍をお連れ申しております」
扉はゆっくり開き始める。
中には巨大な金竜の姿があった。あの竜がレガリア王らしい。
◆
俺とエトレーナは中に入ると、片膝を折り王に挨拶をする。
「エトレーナ・カイノ・クローデットと申します。こちらは配下のカザセ将軍です」
「風瀬 勇と言う。異世界人だ。この世界の礼儀を余り知らない。無作法を許して欲しい」
金竜は面白そうに笑う。竜の姿のままで笑うとは器用な奴だとは思ったが、確かに笑ったのだから仕方ない。
「我がレガリア王だ。名は無い。王に就いている間は、単にレガリア王と名乗るのが習わしでな」
第一王子も金竜だが、レガリア王は王子より一回り大きい。王子の目の覚めるような鮮やかな金色と比べると、ややくすんだ金色だが年齢のせいだろう。しかし、それを補って余りあるほどの威厳がある。
「……カザセ。貴公は時を巻き戻したな?」 レガリア王はいきなり本題に入る。
やはりレガリア王は、時間が戻された事に気がついていた。
さすがは最強の生物、ドラゴンを統べる王。舐めていい相手じゃない。
特別な能力を持っていると考えるべきだろう。
「俺が時間を戻した訳では無い」
「時が戻る直前に、大きな戦いがあったな? 我は視たのだ。“もう1つの太陽”が輝くのを。あのような力を我は知らぬ。貴公の仕業か?」
“もう1つの太陽”、やはり、核爆発の閃光の事だろう。
「そうだ。レガリアを護る為にやった。そこまで知っているのなら、レガリアを狙っていた“隕石落とし”にも気がついた筈だ。この国を救う為には仕方が無かったんだ」
「“隕石落とし”か……気がついてはいた。マナが足りず、我には視ている事しか出来なかったがな……ニューワールドには貴公と同じ“兵器使い”は他にも居る。しかし、“太陽”を召喚出来る者など他に知らぬ……貴公に問う。何故、切り札を使ってまでレガリアを護った? 報酬が望みか?」
報酬か……下心が全く無かったと言えば嘘になるかも知れない。
ユリオプス王国の為に援助を引き出したいのは事実だからだ。
しかし、あの時はそんな事は考えなかった。俺が核を撃ったのは、その為では無い。
「……シルバームーンには恩がある。彼女が母国を失って嘆くところは見たく無かった。あの時、思ったのはそれだけだ」
その時、部屋の扉が大きな音をたてて開いた。
入って来たのは少女姿のシルバームーンだ。
「お父様、酷いわ! カザセは報酬の為に動く人間じゃないって、私、話したじゃない!」
「……仕事に対価を求めるのは悪ではない。しかし、この男はお前の言ったとおりの性格のようだ……ならば、我もそれに相応しく応えよう」
金竜は長い首を俺達に向かって下げた。まさか、おじぎをしているつもりなのか?!
「レガリア国を代表して、礼を言う。よくぞ我が国を救ってくれた。いくら感謝しても、し足りない。心からそう思う。我の本心だ」
そして、付け加える。
「貴公は仲間に対しては誠実だ。そして敵に対しては容赦が無い……そのような人間は嫌いでは無い。少し性格に単純なところが、あるようだがな」
俺が単純なのは……否定出来ないが、余計なお世話だ。
しかし、少しほっとする。王は俺に感謝してくれた。
この大国レガリアは、ユリオプス王国と同盟を結んでくれるかも知れない。
「王よ。騙されてはなりませぬ。この者を信じるなど、とんでもないこと。こやつは腹黒い人間です」
扉の側に鉄色の大きな竜。
やはりお前か。将軍ウエル。