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天使


砲弾は目標点に到達し、力は解き放たれた。

大軍勢の上空で核爆発が起こる。ここから30kmほど北だ。

空の半分をおおう光に、美しい邪神はまぶしそうに目を細める。


「あなた……あなた、一体、何を……したの?」


閃光せんこうが収まり、視覚が元に戻ってくる。

爆発の起こった北の方角に、きのこ雲が立ち昇っていた。


アパッチが叫ぶ。

『敵軍勢、東端、500m上空で核爆発。敵ワイバーン全滅。地上軍のおよそ三分の一が熱放射で消失。衝撃波が発生しています。爆風による戦果拡大中』


巻き込まれて死んで行く敵兵士の事を考えると、俺は一瞬後悔した。

しかしその気持を無理やり押さえ込む。俺にはこの手段しか無かったのだ。


小剣が俺に呼びかけた。嫌な予感がする。

(カザセ様っ!)


(何だ?)


(来ます。星が……星が……落ちて)


なんだと? 俺は愕然がくぜんとする。


脊髄せきずい”は核爆発で死んだ筈だ。

術を扱えるはずは無いのだ。

それでも不安を感じた俺は、空を見回す。


東に輝く一個の大きな星。

ニューワールドの明るい空を背景に、それでもまぶしく輝く大きな星。


……“隕石落とし”(メテオ・ストライク)。発動している。

すでに術が……完成してしまっている。


核爆発は術者の“脊髄せきずい”を殺せなかった。

爆発から距離があったのか? それとも強力な防護手段を持っていたのか?


星は見る間に、長い光の尾を引き始める。

……来る。こちらに来る!……落ちてくる。


隕石……なんて可愛いもんじゃない。直径が数百メートルはある小惑星だ。

あんなもんが落ちてきたら……レガリアは滅ぶ。

大地が抉られ国は消し飛ぶ。後には巨大なクレーターしか残らない。


――俺は失敗したのだ。


『カザセ』


呼びかける男の声が脳内に響く。“脊髄”だ。

くそったれ。俺をあざけるつもりなのか?


『カザセ……』


言葉は途切れ、奴は苦しそうに喘ぐ。核爆発は、確かにダメージを与えていたのだ。

もう一歩……もう一歩で……めっすることが出来たはずなんだ。

レガリアを救えた筈なんだ。


『お前の……勝ちだ……人間に負ける……なぞ』


何と言った?

今、何と言った?


『俺の……最大の……屈辱くつじょく


見上げると、星は長い光の尾を引きながら頭上を通り過ぎて行く。


勝った……のか?

防げた……のか?


核爆発は確かに奴の術を妨害していたんだ。

そのせいで落下軌道がニューワールドの大気に対して浅くなったのだろう。

水切りの小石を川へ投げ込めば、石は水の表面に弾かれ飛んでいく。

それと同様に、星はニューワールドの大気にはじかれたのだ。


“隕石落とし”の術は完成していなかった。

星はニューワールドには落ちずに、飛び去って行く。


突然、ロウソクの炎が燃え尽きるように、ふっと“脊髄”の気配が消えた。


脊髄せきずいかないでっ! しっかりしてっ!』

必死に呼びかける“脳”。


『脊髄! 脊髄! 答えなさい。あなたは死なない筈! あなたは不滅の筈! 返事をしなさいっ!』


(邪神の反応……消滅しました)

小剣がつぶやいた。



次の瞬間、俺ははじき飛ばされた。

数メートルは吹き飛び、地面に投げ出される。

無様ぶざまに背中から落ちた。息ができない。

うめきながらも、なんとか身を起こした俺が見たものは、黒い霧に包まれて立ち上がる“脳”の姿だった。


「いつまで、わたくしにおおいかぶさっているつもり?」


「助けたつもり……だったんだがな」


さっき“脳”は“脊髄”の元に転移しようとしていた。

向こうに行けば核爆発で消えていた。

引き留めようと“脳”におおいかぶさったのは、不可抗力だ。


そこまで考え、俺は苦笑する。

“脳”を助けた? 俺は大馬鹿だ。

彼女が“脊髄”と一緒に死んでくれた方が、俺にとっては好都合だった筈。


案の定、“脳”は俺に片手を向ける。


――殺すつもりだ。


「やってくれたわね……カザセ。“脊髄”は消滅した。そしてわたくしの可愛い軍隊は壊滅かいめつした。

満足かしら? でも、そのつぐないは、今ここでしてもらう」


召喚しておいた10式戦車が、まだ邪神を狙っているのを確認する。

主砲を撃てば爆発に巻き込まれて俺は死ぬ。撃たなければ邪神が優しく俺の息の根を止めてくれる。

いずれにしろ俺は死ぬ。


「……1つ教えてくれ」


「命乞いなら無駄よ」


「何で、俺と最初に会った時に殺さなかった? 何でわざわざ俺を丸め込もうとした? お前なら簡単に殺せた筈だ」


どう考えてもおかしい。核兵器を別にすれば、俺の戦闘能力はせいぜいドラゴン一匹と渡り合える程度だ。そして、“脳”は核兵器の事は知らなかった。

それなのに、あまりにも俺を用心し過ぎている。


「さあね? あなたがわたくしのタイプだったから……とでも答えればお気に召すのかしら?」


「そいつは光栄だ。だが残念ながらお前は俺のタイプじゃない……安心して本当の事を言ってくれ」


邪神は黙り込んだ。

不自然な沈黙に俺は確信する。多分、予想は当たっている。そんな気がした。


「お前は怖かったんだ。俺の背後に居る存在と敵対したくなかった……違うか?」


美しい邪神は、微笑みを浮かべる。

そして何かを言おうとした。


だが突然、驚愕きょうがくのために大きく眼を見開く。


「創造主様!」


彼女は慌てて膝を折り、空中の一点を見つめる。


「カザセ、もう遅い。慈悲を願いなさい。苦痛なく殺してあげたかったけど、それはもう許されない」


空中に光の点が集まり、集合したそれが渦を巻く。

何かが来る。俺は背筋がぞっとした。これは……俺が見ては……いけない……ものだ。


人間が……見ては……いけない……もの。


慈悲じひいなさい。無駄な抵抗は苦痛を長引かせる。生きるより苦しい地獄を、永遠に味わいたくは無いでしょう?」


そして、それは実体化した。



溶ける……精神が溶ける……この苦しさは何だ?


この存在は……なんだ?

これが、ニューワールドを造った……創造主……か。

圧倒的な存在感を持つ何者かが、俺を中からむさぼっている。


……無理だ。耐えられない。


恐ろしい苦痛が俺を襲う。


(死ねると思うな。われに刃向かったむくいを、これより永遠に受けよ)


……死ぬ事は許さない

……気を失う事も許さない

……狂気に逃げ込むことも許さない


俺は……俺は……俺は


すまない。エトレーナ。シルバームーン。

俺は……耐えられそうに……無い


(大丈夫)


その時、何者かが俺を包みこむ。

苦痛が急に無くなり、柔らかな感触を感じた。


(……お前は?)


俺を包んでいる存在は答えない。


幻影が浮かんだ。

その幻影は、美しい女の姿だった。天使の姿にそっくりだ。

天使は大きく腕を広げ、俺を守るように創造主の前に立ちはだかっている。


……これは俺の脳が勝手に造り上げた虚像だ。

この存在をイメージするのに、俺には天使しか思い浮かばないって事なんだろう……多分。

……笑ってくれていい。 


(ほう? 自分の道具に過ぎない男を守る為に、正体をさらけ出したか?)

創造主の言葉に天使は何も答えない。

(愚かな。今まで我から隠れていたのは一体何の為だ)


天使は口を開く。

(私の眷属けんぞくに手を出さないで。あなたが出てくるのなら、私は黙っていない)


(そんなに熱くなるな。ちょっとした悪ふざけだ。お前と直接やりあう気は無い。そんな事をすれば、ニューワールドは消し飛ぶだろう。それはうまくない)


創造主の気配が消えていく。

(この場は退こう。しかし、ようやく会えたな。それは大きな収穫だ)


――助かった。助けられた。


天使の姿も消えていく。

(お願い。エトレーナ達をこれからも守ってあげて。頼りにしているわ)

それだけ言うと完全に消え去った。


……訂正しておく。

彼女を天使と呼ぶのは間違いかも知れない。

何故なら、彼女の背中にあった翼は白ではなく、黒かったからだ


初めて見た純粋な闇の色。きらめく漆黒しっこくの翼。その美しさを俺は表現出来そうもない。



気がつくと、目の前に“脳”が居た。


「戻って来れたみたいね……良かったじゃない」 邪神はそっけなく言う。


「結局、あなたもわたくしと同じ存在だったって訳ね」


「同じ……存在?」 俺が邪神と同じ?


「ええ。わたくしは、創造主様の手足。そしてあなたは、あのいけ好かない存在の手足。あの人達同士は強すぎて直接戦えないから、わたくし達が戦ってあげなきゃね」


「いけ好かない存在?……“天使”のことを言ってるのか?」


「“天使”? ……あなたには、そう見えたの? そう見えたのなら、そうなんでしょ。“天使”でも“神”でも“悪魔”でも“雇い主”でも“ご主人”でも、好きに呼んだら。それはあなたのご自由に」


美しい邪神は続ける。


「わたくしの創造主様とあなたの“天使”との間で合意が成立した。わたくし達は今の状況を受け入れない。こちらの損害が大きすぎる。……だから創造主様は時間を巻き戻す事を決定された。あなたの“天使”もそれに同意したわ。文句があるのならそっちに言って」


時間を……巻き戻すだと?


周囲の景色がにじみはじめた。

すぐに周りには光しか見えなくなる。


「じゃあね、カザセ ユウ」


邪神は、思い出したように言葉を加える。

「あなたがわたくしのタイプって言ったのは本当よ。……また会いましょう」



周囲の時間が巻き戻っているのが、光の向こう側にうっすらと見えた。

時間を戻すと聞いて、安心したのを否定出来ない。

核兵器を使った事実は、無かった事になるのだろう。


俺は夢を見ているような気分で、ぼんやりと考えていた。


あの“脳”たちは、元は人間だったらしい。創造主は彼女らを作り直し、自分の手足として使っている。

俺も“天使”の手足と言う点では同じらしい。ただ大きく違う点がある。

あの天使は俺を人間のままで使っている。化物に造り変えてはいない。


人間の俺に力を与えるため、“天使”はトライデント・システムをくれた。そう言うことなのか?

恐らくインフィニット・アーマリー社自体も、あの“天使”の道具だ。

確かに力をくれるなら、魔法よりも兵器召喚システム“トライデント”の方が俺には向いている。


俺は道具に過ぎないのかも知れないが、それでもあの邪神とは違う。

俺の仕事は守ること。

エトレーナ達、ユリオプス王国を防衛すること。


突然、エトレーナの声が聞こえた。


「……カザセ様。このロック鳥のソテーが美味しそうです」


気がつくと俺は“カリニャンの素敵亭すてきてい”に居た。

そうか。時間は巻き戻り、俺は今エトレーナと食事中なんだ。


「カザセ様、どうされました?」 


なんでも無い、と告げる俺にエトレーナは心配そうにこちらを見た。


俺は気がつく。なんてこった!

ここは“脳”と会った場所なのだ。

邪神はまだそこに居る。事態はまだ終了していない!


慌てて、“脳”の居たテーブルを見ると彼女は居た。

俺をじっとにらんでいる。

そして、ふっと微笑みゾクっとする流し目を俺によこした。

顔をそむけ、立ち上がると出口へと向かって歩み去る。

今は俺と争う気は無いらしい。


「綺麗な方ですね」エトレーナが呟く。


デート中に他の美人に目を奪われると言う、重大なマナー違反をやってしまった事に気がつき俺は慌てた。


「向こうが俺たちをにらんでいたんだ」


「そう……なんですか?」


「そうだ。多分、俺達がうらやましいのさ」 苦し紛れに言った言葉だったが、俺は考え直す。

本当に“脳”は俺達の事がうらやましかったのかも知れない。


「じゃあ、許してあげます」 エトレーナはそう言って笑う。


永遠にこの時が続けばいい。俺は心の底からそう願った。

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