術者破壊
「妖精。兵器召還。M65カノン砲。……俺には可能な筈だ」
M65 280mmカノン砲。現在は既に廃棄されている冷戦時代の遺物。
別名“原子砲”。
W9核砲弾を発射出来る野戦用の重砲だ。
(しかしマスター。核兵器は禁則兵器です。召喚は出来ません)
(やってくれ。覚悟は出来ている。社内規定ルール13の適用を命じる)
インフィニット・アーマリー社の社内規定ルール13。
緊急時におけるオペレーターの権限を拡大するものだ。
未来から来た俺のひ孫、フロレンツも使っていた。
業務の遂行が極めて困難な状況に陥った場合、オペレーターは非常事態を宣言出来る。
そうすれば、ルール1からルール12までの社内規定を全て無視出来るのだ。
それがルール13。
このルールを使えば社内の規則に囚われず、システムの能力を最大限に使える。
フロレンツがルール13を使った時には、奴の召喚システムが高性能な次世代型だった為に、過去への時間遡行も可能となった。
もちろん俺のトライデント・システムにはそこまでの能力は無い。しかし禁則兵器を呼び出す位は可能の筈だ。
(でも、いいんですか? ルール13を使えばオペレーターは本社の査問を受けます。追認されなければ、解雇どころか処罰される可能性も。投獄さえも有り得るんですよっ……やっぱり、止めましょう。他の手段がある筈です!)
(核兵器が必要なんだ。レガリアを救う為には、強力な力が要る。使用は可能な限り避けると約束する。脅しで済めば、それにこしたことはない)
(しかし、でも、やっぱり…………)
「すまない。もう時間が無い……撤回するつもりは無いんだ。最終命令を行う。……オペレーター風瀬 勇は、ルール13が規定する非常事態を宣言する。第一疑似人格は即時、召喚を実行せよ」
妖精が悲しげに微笑むのを俺は感じた。
「……了解しました。私、トライデントシステムの第一疑似人格はルール13適用命令を実行致します。これより本機は非常用稼働モードに移行。全ての制約条件は無視されます……システム再起動……M65カノン砲の召喚を開始」
◆
ルール13により、禁則兵器の指定は無効化された。
今の俺は、地球の人間が今までに開発したほとんど全ての兵器類を呼び出すことが可能となっている。
核兵器は勿論のこと、公に存在が公表されていない怪しげな兵器類も呼び出せる。各国が、現在開発中の兵器でさえ召喚する事が出来る。
……しかし正直な話、禁則指定された兵器類の内容なんて、あんまり知りたい情報じゃない。エグい兵器のオンパレードだ。
外部に情報が漏れているなんて事が分かったら、アメリカやロシア、中国は真っ青だろう。
(M65 280mmカノン砲、実体化します。今!)
目の前に、25mを超える巨大な野戦重砲が出現する。
俺は邪神の襲撃に備え、砲自体の防御を固める事にした。
『10式戦車を召喚。カノン砲を守らせろ』
偵察中のアパッチより連絡が入る。
『こちらアルファ2。草原を進行中の敵軍を発見。大軍だ。歩兵およそ20万、上空にはワイバーンおよそ1万。そちらから北北西30kmの地点を王宮に向け移動中。南西から強風あり。指示を求む』
『砲兵に座標を送れ。終わったらレガリアに帰還し、カノン砲を守れ』
『アルファ2了解。座標送付後にアルファ1と合流する』
『砲兵は、攻撃を準備』
『砲兵、了解』
核砲撃の準備が完了し、アパッチは目標から退避した。
新たに召喚した10式戦車と戻ってきたアパッチが、カノン砲の防御に着く。
シルバームーンと連絡をとり、迎撃に向かった第一王子と将軍ウエルの位置を確認した。
彼らは敵の先遣隊、ワイバーン10匹と王宮の側で交戦中だった。そこで足止めを食らっている。
最悪の場合、核砲弾を敵本隊に打ち込んでも味方を巻き込む事は無い。
だが、それは本当に最悪の場合だ。俺は核を実際に使うつもりは無い。
“脳”の言うことが本当だとすれば、邪神を裏から操っているのはニューワールドの創造主になる。
創造主と全面戦争は出来ない。
実際に核攻撃を行えば、一時的にはレガリアを守れるかもしれない。
しかしニューワールドに住む以上、創造主にまともに喧嘩を売ればいつかは潰される。
今回の敵軍を退けたとしても、マナの供給が再開されなければドラゴン達はいずれ滅びるのだ。
俺に出来るのは、分からせること。
こちらと戦えば邪神達は大きな損害を被る、俺たちは只で滅びる気はない。
それを理解させる事だけだ。
そして侵略を思いとどまらせる。
それが俺の望みだった。
◆
エトレーナの顔を、ひと目見ておきたくなった。この戦いで俺の命が尽きる可能性も少しはある……いや、その可能性はかなり高い。“脳”は失敗したと思えば、俺を殺そうとするだろう。
認めたくはないが、少しだけ怖気づいたのかも知れない。
俺は、エトレーナの居るヘリに向かおうとした。
――背後から声がした。
「カザセ。そろそろ時間よ。降伏の準備は出来たかしら? ……そう言う訳ではなさそうね。本当に馬鹿な男。やはり足掻いてみないと気が済まない?」
来たか。
スプランクナの“脳”。邪神“エンケパロス”。
振り向く俺に邪神は美しい顔で微笑む。
「せっかくチャンスを上げたのに。なんでそんなに死に急ぐの?」
「死に急いでいるつもりは無いな。“エンケパロス”。俺は100歳まで生きて、エロ爺さんと呼ばれるまで死なない予定だ」
「あら、名前を覚えてくれたのね。感心。感心。まあ強気な男は嫌いじゃないわよ」
「……お前に話がある」
「わたくしは、忙しいのだけど。さて、どうし……」
そこまで言った邪神の顔色が変わる。
「……おかしいわ。……大気がざわめいている。……地が呻いている。まるで気が狂った……そうか。その大きな鋼鉄の“たいほう”。そいつのせいね。それがあなたの切り札か」
俺はアパッチと10式戦車が、邪神を狙っている事を確認した。
「そのとおり。だが動くな。指の一本も動かすな。俺の戦車とヘリがお前を狙っている。威力は知っている筈だ。少しでも動けばお前は死ぬ」 “脳”との距離が近すぎて、撃てば俺も助からない。覚悟の上だ。
「転移して逃げるのも止めておけ。姿が消えれば、俺はお前の軍を滅ぼす」
邪神は食い入るようにカノン砲を睨んでいたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
そして、再び微笑みが顔に戻った。
「大きくでたわね。それで脅かしているつもり?……わたくしの軍を滅ぼすなんてハッタリよ。あなたの使う玩具にそこまでの力は無い。そこの大筒も虚仮威しね。そんな鉄の塊に何が出来るって言うの? あなたの言葉は信じられない」
……やはり、そうなるか。
ニューワールドに核兵器を持ち込んだ馬鹿は、俺が最初らしい。
邪神と言えども、核兵器の威力については知らないのだ。
……試すしかないのか? 実際に撃って見せるしかないのか?
しかし核兵器を使うのは、レガリアにとってもリスクがある。
どうする? 決断は引き伸ばせない。弱みはみせられない。
口の中が乾く。
やるしかないのか。
「……“エンケパロス”。そんなに疑うのなら自分の眼で確かめてみるか?」
俺は砲兵に向かって声を張り上げる。
「砲撃準備!」
「準備は完了しております。いつでも撃てますっ!」
邪神に肩をすくめてみせる。
「あの砲は、W9核砲弾を発射出来る。W9砲弾はガンバレル式核分裂弾頭だ。ウラン235と言う物質が核分裂反応を起こす時のエネルギーを利用した兵器。核出力は15kt」
「……何が言いたいの? あなたの言っている事は理解出来ない。わたくしを馬鹿にしているのかしら?」
「お前の上司、ニューワールドの創造主は俺の言ってる事が分かっているさ。……俺の世界では、この兵器はもう使われていない。何故だと思う? 簡単に撃てて威力が大きすぎるんだ。世界を滅ぼす争いが容易に始まってしまう。……そこでお前に聞いておこう」
俺は一呼吸置いた。
「俺がハッタリで言っているかどうか。本当にその眼で確かめたいか?」
邪神は美しい顔を曇らせる。
「……分かったわ。あなたはわたくしに話があると言ったわね? 話ぐらいは聞いてあげる……あなたは嘘を言っていない。そして攻撃を躊躇した。それは威力が大きすぎるから……そうよね? 少なくともあなたは、その兵器の破壊力を本物だと信じている」
もしかしたら説得出来るかも知れない。
撃たないですむかも知れない。
どこかほっとした俺の心に、知らない男の声が響く。
『“エンケパロス”よ。あんたは甘すぎる。ここは俺に仕切らせてもらうぜ』
◆
くそっ! 邪神の仲間か?
「お前は誰だっ?」
『口の利き方を知らない奴だ……まあ。いい。滅ぼされる相手の名前くらいは知っておいてもいいだろう。俺は“脊髄”。今からレガリアを滅ぼす男だ。甘っちょろい“脳”とはひと味違うぜ』
『“脊髄”。余計な真似をしないで欲しいわ。わたくしのやる事に文句があるって言うの?』
『ああ。文句ならあるね。大ありだ。あんたの態度は軟弱すぎる。ドラゴンの国を滅ぼすのにマナを絞ってから、軍隊を送るなんて悠長すぎる。付き合わされる身になってほしいもんだぜ。それに、お前は男のハッタリに簡単に引っかかった。そんな玩具にビビってどうする? だからお嬢さん育ちは嫌いなんだ……こいつらの相手をするなら、こうやるのさ』
今まで何の反応も示さなかった、腰の小剣が必死に声を振り絞る。
(カザセ様! ……逃げて……逃げてください。……今直ぐ)
苦しそうに言葉を続ける。
(上空……隕石……隕石落とし……来ます)
愕然とする。
まさか。そんな。
星が、隕石が、ここに落ちてくる?
『手頃な星が見つかった。そこの山くらいの大きさの星だ。ドラゴンの国を滅ぼすのに丁度いい』
山と同じ大きさの星なんて、それはもう隕石じゃない……小惑星だ。
そんなもんを落とされたら、核兵器どころの威力じゃない。地形ごと国は消える。
“脳”の顔色が変わる。
いつもの落ち着きを完全に失い、彼女は叫ぶ。
『止めてっ! 大きすぎる破壊は創造主も望まれない。ドラゴンを滅ぼすだけなのに“隕石落とし”なんて呪文、使う必要はどこにも無いっ!』
『創造主には俺から謝っておくさ。……カザセとか言ったな。本物の破壊と言うのを見せてやる。……ああ、すまない。俺としたことが。お前も一緒に死ぬんだった。見たくても見れないか』
(小剣! 奴の位置は?)
(敵の軍勢の中に……大勢の中に……紛れて)
(敵の本隊に居るんだなっ?)
“脊髄”は敵の軍勢に紛れている。
そして、奴の攻撃を止める手段はある。
術が完成する前に術者である“脊髄”を破壊するんだ。
それしかない。
俺には、その手段が確かにある。
「砲兵。攻撃だっ! 今すぐっ!」
「了解」
どんっと砲撃音が鳴り響き、M65カノン砲が巨体を震わす。
W9核砲弾、発射。
「目標到達まで、19秒」 砲兵が叫ぶ。
『“脊髄”待って。術を止めてっ! 今そっちに戻る』
『“脳”ごときに俺が止めれるものか。それより、そんな顔をするな。美人が台無しだぜ』
“エンケパロス”は転移を開始し、姿が薄れていく。
彼女の腕を掴んで、思い切り引っ張った。
邪神は体勢を崩し転移はキャンセルされる。
「何すんのっ!」
「ここに居ろ。死にたくなければ」
「あいつを止めなきゃっ。邪魔しないでっ!」
『爆発まで残り8秒!』
転移を再開しようとする“脳”を、俺は無理やり引き倒した。
「馬鹿っ!」 組み敷かれた彼女が呻く。
その時、北の空にもう1つの太陽が出現した。
核爆発。
空の半分を覆う光に、美しい邪神は眩しそうに目を細める。
「あなた……あなた、一体、何を……したの?」
アパッチが叫ぶ。
『核爆発を確認。センサー類、磁気嵐の為に作動不能。これより目視により戦果確認を行う』