迎撃
◆
邪神の一族、スプランクナの“脳”――人間の枠を超えた美しき女――は俺に言う。
「……いい事教えてあげる。このドラゴンが治める国“レガリア”は間もなく滅びます。その前に英雄さんと少しだけ話をしたかったのだけど」
「滅ぶだと?」
「そう。レガリアは滅ぶ。いくらあなたでもどうしようも無い。負けを認めることね、カザセ ユウ」
「邪神自ら降伏勧告か。ご苦労な事だ……せっかくだから1つ忠告してやる。お前はドラゴンを甘く見過ぎている。そんな簡単にあいつらが殺られるものか」
「甘くみてるのは、あ・な・た・の方よ。わたくし達の実力を軽く見すぎ……まあいいわ。これを見なさい」
女が手を掲げると、目の前の空間がスクリーンのように輝く。
そこに、どこかの景色が投影された。
投影された映像は上空から地上を眺めたものだ。
なんだこれは。
俺は息を呑む。
――大地が数十万人の兵士達で覆われている。彼らの上空には無数のワイバーン。
「写っているのは、わたくしの可愛い兵士たちよ。ここに向かって進軍しているわ。あと半日もすればレガリアに着く。全員が宝剣“ドラゴン・スレイヤー”を装備して、ドラゴン・スケイル製の甲冑を身に着けているわ。彼らがここにやって来る時がレガリアの最後……って訳ね」
宝剣ドラゴン・スレイヤーか。シルバームーンから聞いたことがある。
ドラゴンの皮膚さえ切りさく魔法剣だ。
おまけに兵士はドラゴンの鱗で造った特製の鎧を身につけている……
「ここは笑うところか?」
俺は思った。その程度の武力でドラゴンに勝てるものか。
レガリアの国防軍――ドラゴンの大軍――は空を自由に飛び回り、兵たちを圧倒するだろう。
確かに伝説では、ドラゴンスレイヤーを持った英雄がドラゴンに圧勝する。
しかし伝説は人間の願望を示しているに過ぎない。真実を伝えていない。
現実には、ドラゴン・スレイヤーでドラゴンと戦う行為は、アサルトライフルで戦略爆撃機を迎え撃つのと大して変わらない。
「そうね。ここは、わたくしが笑うところ。がっかりしたわ、カザセ ユウ。あなたの脳みそはスカスカのようね。そこまでお馬鹿さんだったとは思わなかった」
女はせせら笑う。
「あなたは、まるで分かっていない。わたくし達は正々堂々と戦いに来たんじゃない。……無抵抗のドラゴンを虐殺しに来たのよ。なんであなたの可愛いドラゴンが、まだやって来ないの? おかしいとは思わない?」
……何を言っている?
俺は動揺した。こいつの自信は何処から来る?
シルバームーン達の身に何か起こったのか?
俺の背後で何かが動く。
振り返る俺が見たのは、エトレーナが床に崩れ落ちていく姿だった。
「エトレーナ!」
「……すみません。……気分が……悪……くて」抱きかかえる俺に彼女は、苦しそうに言う。
「エトレーナ! しっかりしろっ!」
「マナが……マナが……」
……マナ? 大気中のマナが減っているのか!?
「あらあら大変。あなたの彼女、顔が真っ青よ。死んじゃうのかな?」
「黙れ」
エトレーナ達、王国人はマナ無しでは生きていけない。
マナが無くなれば、ドラゴンのような魔法生物も生きてはいけない。
そうか。
大気中のマナを減らしたのは……こいつらなんだ。
「カザセ。誰が、この地のマナを生み出してると思っているの? ニューワールドを造った創造主様よ。私達“スプランクナ”を手足のように使う、その偉大なる神がマナを供給している。その神がね。レガリア国のドラゴンを滅ぼせって言うの。ドラゴン達が秩序を乱しているってお怒りなわけ。だから屠殺する」
「屠殺だと? ふざけるな。俺達はお前らの家畜じゃない」
「ニューワールドに逃げ込んで来た生き物は、全てわたくし達の所有物。あなたや少数の部外者を除いてね。自分の家畜をどうしようが、あなたに文句を言われる筋合いはないわ」
まさか……つまり……エトレーナ達もこいつらの家畜?
ふざけるな。
「くそったれ。そんな事は認めない」
「“くそ”ですって?……下品ね。レディの前では言葉に気をつけて勘違い男さん。あなたは、この世界のお客さんに過ぎない。礼儀正しく振る舞って欲しいわ」
俺は小剣の柄を握りしめた。
「それはアザーテスの剣よね? 残念ながら、マナ不足でここでは役に立たない。
あなたの力については調べてある。
あなたは、“鋼鉄の眷属”を召喚する。
そして、あなたは“アザーテスの剣”を使う。
……だけど残念。それではわたくしに勝てない」
女は微笑む。
「あなたには何も出来ない。“レガリア”の命運は尽きたわ。ドラゴン達にはここで消えてもらう。あなたが弱い訳じゃない。わたくし達が強すぎるのよ」
「……戦いもしないで……知ったような口を利くな。試して見るか?」
「……“鋼鉄の眷属”でも召還するつもり? 無駄よ。いくら強力とは言え、二十万の兵を相手に一体何が出来るのかしら?」
全部お見通しと言う訳か。
確かに戦闘ヘリや戦車を数両呼んだところで状況は変えられないだろう。
しかし……
「いいだろう。認めてやる。お前の用意は万端と言うわけだ。そして俺は最大の危機にある」
「ようやく分かった? 素直な人は大好きよ」
「俺に何を望む?」
「……そうね。あなたを殺すことはいつでも出来る。だけどあなたは部外者でしょう? ニューワールドがどうなろうと、あなたには何の関係も無い。そうよね? わたくし達の仕事の邪魔をしないと言うなら生かしておいてもいいわ。そうだ! こうしましょう」
美しい女の顔が醜く歪んだ。少なくとも俺にはそう見えた。
「私に忠誠を誓いなさい。あなたが滅した“大腸”の替わりに、わたくしの下で働くの。悪い取引では無いでしょう? もちろん只で働けとは言わない。それなりの礼はさせてもらうわ。富を望むのなら、あなたの好きなだけ。あ・げ・る」
「冗談が好きだな。あんたの部下に? いくら綺麗でも造り物の美人は嫌いでね。上司にするなんて趣味に合わない」
「嘘ね。わたくしの魅力を、あなたは認めている。あなたの心を少し覗いた……部下になるなら、あなたの淫らな妄想に少し付き合ってあげても……いいのよ。そこにいる女なんて放っておきなさいな。彼女も結局、わたくし達の家畜。家畜を愛するなんて愚かな行為よ」
女は囁くように言う。
「考える為の時間をあげる。ドラゴンの為に足掻きたいなら勝手にどうぞ。どうせあなたには何も出来ない」
女は、そう言って右手を空に向かって上げた。
邪神の美しい身体が徐々に薄くなり消えていく。
「ニューワールドの太陽がもう少し傾くまで、答えを待つわ。だけど、わたくしが許す答えは“はい”だけ。それ以外では、あなたを殺す」
女はそう言うと、姿は完全に消え失せた。
「そうそう。わたくしの名前を教えておくわ。“エンケパロス”よ。次からはそう呼びなさい。じゃあね。わたくしの可愛い英雄さん」
◆
エトレーナが俺の腕を強く握り、苦しそうに喘ぐ。
女の言葉を聞いていたのか。
「奴の戯言に耳を貸すな。俺は最後まで君の味方だ。そう言った筈だ」
「……カザセ様」
「大丈夫だ。何とかする」
あの邪神の態度はおかしい。
何故、まだるっこしい真似をして俺を取り込もうとする?
部下にしたいだって? 普通なら有り得ない。リスクが高すぎる。
可能ならば俺と戦いたくない、と奴が考えているのは明白だ。
何でそこまで俺を怖れる? なんで、そこまでして俺を丸め込もうする?
簡単だ。もし俺と戦えば負けるかもしれない……と思っているからだ。
……いいだろう。その錯覚を、……勘違いを利用させてもらう。
いや。錯覚では無いのかも知れない。
そうだ……確かに俺には対抗する能力がある。
数十万の兵を一瞬で無力化する力を、俺の世界は持っている。
現実には使えない兵器を……使ってはいけない兵器を……持っている。
やってみよう。シルバームーンの母国を見捨てる真似は出来ない。
たとえ、この世界に災厄を持ち込む事になっても。
◆
アパッチ戦闘ヘリを再度召喚し、邪神の軍の偵察に向かわせる。
アパッチ一機で20万の兵の相手は出来ない。あくまで偵察だ。
俺自身は、召喚した汎用中型ヘリ・ブラックホークに乗り込み、エトレーナと一緒にレガリアの王宮に向かう。
シルバームーンが心配だ。エトレーナの体調も良くない。
ブラックホークは、王宮のあるティーティー山に近づく。
『シルバームーン! 返事をしてくれ。レガリアが危険だ』脳内で呼びかけた。
『……カザセ。良かった。……来てくれたのね』
『邪神の軍が攻めてくる。早く迎撃の準備を』
『……知ってるわ。でも、何も出来ない……の。マナ不足で身体が動かない』
『待ってろ。すぐ行く』
『いいから……来ないで。こんな姿をあなたに見られたくない。……それよりお願い。お兄様を止めて。お兄様を助けてあげて』
『どう言う事だ?』
『お兄様と将軍“アイアン・ウエル”が、迎撃に向かったの。なんとか飛ぶのが精一杯なのに。よろよろ飛べるだけなのに……お願い。お兄様を止めて。こんなマナ不足では満足に戦えない。殺される』
俺にはシルバームーンが泣いているのが分かった。
『分かった。彼らが交戦する前に決着をつける』
森の切れ目を見つけ、ブラックホークを地上に降下させた。
「エトレーナ。ヘリの中で待っていてくれ。すぐに戻る」
俺はぐったりしている彼女に声をかけヘリから降りた。
「妖精。兵器召還。M65カノン砲。……俺には可能な筈だ」
M65 280mmカノン砲。現在は既に廃棄されている冷戦時代の遺物。別名“原子砲”。
W9核砲弾を発射出来る野戦用の重砲だ。
俺の世界の禁呪。核兵器。
俺は覚悟する。
あの邪神とダンスを踊る。ステップを踏み間違えれば、両方とも破滅するダンスを。
うまく踊れよ、邪神“エンケパロス”。俺のステップについて来い。
……俺はまだ地獄に行きたくない。