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カリニャンの素敵亭


俺とエトレーナは、外で昼飯をとることにした。

ついでに街の散策もするつもりだ。


あの気に食わない鉄色の竜――アイアン・ウエル――とのやりとりのせいで、落ち込んでしまったエトレーナの気分転換が出来ればいいと思う。

結局のところデートみたいなもんだ。しかし、こんなところで実現出来るとは思わなかった。

今まで戦ってばかりだったしな。


今も王宮で頑張っているであろうシルバームーンの事を考えると、こっちだけ楽しむのは悪い気もする。

だが俺とエトレーナが宿の部屋に篭って、悩んでいた所で事態は改善しない。

いずれにしろレガリア王との会談は明日なのだ。今日じゃない。


(許せ。シルバームーン)

俺は割り切る事にした。


宿の従業員――猫耳の獣人の男――が俺とエトレーナの荷物を、馬車からそれぞれの部屋に運び込む。

その男に食事は外ですると告げ、ついでに周辺の情報を教えてもらった。


「わざわざ外で食事とは変わった御方おかただ。悪いことは言わねえ。ここで食事した方がいい。この宝玉亭ほうぎょくていの出す料理は旨いですぜ。シルバームーン王女様も人間の姿で、たまに食事にやって来るほどだ。ここの“サンダーバードの香草こうそう焼き”と言えばレガリア全土でも有名なんだ」


猫耳の獣人はそう言って胸を張る。


「まあそう言うな。気分転換に外に出たいんだ。じゃあ、ここの次に旨い料理を出す所を教えてくれ」


「う~ん。どうしてもって言うなら“カリニャンの素敵亭すてきてい”の出す食事もまあまあだ。本来は飲み屋だが今の時間なら食事も出す。10分も歩けばつきますぜ。でもあそこは品も無けりゃ、客も庶民が多い。この宝玉亭が何と言っても、あらゆる面で一番なんだがな」


この獣人は自分の職場である宝玉亭が好きでたまらないようだ。

その男が認める店なのだから、“カリニャンの素敵亭”もかなり美味い食事を出すのだろう。


「分かった。行ってみる」


「あそこは質素で飾らない庶民的な店だ。あんまり期待はしないでくれ。あんたの連れが気にいりゃいいけどな。……そういや彼女は、もの凄いべっぴんさんだな。人間にもあんな美女がいるとは正直、驚いた」


「エトレーナは人間の中でも特別さ」


話好きの獣人と別れ、自室に戻る。運んでくれた荷物に入っていた普段着に着替えて一階に降りる。

エトレーナはまだ自分の部屋だ。彼女の性格からして、デートの準備には時間をかける筈だ。


宿の一階には女の獣人がひかえていた。ここの責任者らしい。

「カザセ様。昼食を外でとられるとお聞きしました。何か私共に不手際ふてぎわがございましたでしょうか?」


「いや。不満は全く無い。外に出るのはまあ気分転換だ。……ところで両替はここで出来るか? この街で使えるかねを持っていない。街の両替商に行った方がいいか?」


俺はユリオプス王国の金貨を10枚ほど持っていた。勿論もちろんここでは使えないだろうが、王国の金貨はきんを多く含んでいる。貨幣としては価値が無くても、きんとしては通用する筈なのだ。


「お手持ちのお金を使う必要はございません。どうぞこれを。シルバームーン様からお預かりした品でございます。後ほどお届けしようと思っておりました」

差し出されたのは小さな指輪だった。


「これは?」


「王家のお客様であることを証明する、魔力を持った指輪でございます。支払いの時に店の者にお見せください。料金は王家の方に請求されます。この城下町の全ての店で使用可能でございます」


凄い。


この指輪は、レガリア国におけるクレジットカードのようなものか。しかも王家が全てを払ってくれると言う。

貧乏人の俺としてはいくらまで使っていいのかと聞きたくなったが、ここは偉そうにうなずくだけにした。

使う金額は常識で判断する事にしよう。


「助かる」


左の人指し指にもらった指輪を通すと、サイズは自動で調整された。

そして、指輪の姿が徐々に消えていく。


「必要な時はまた現れます。王家の関係者と分からない方が良い時もありますので、通常は見えないのです。その指輪を見れば、持ち主がレガリア国の賓客ひんきゃくであることは丸わかりですのでご注意ください」


説明が終わると、その美人の獣人は頭を下げた。


「それではカザセ様。ここ“ミヨルマン”の町を十分にお楽しみくださいませ」



間もなくエトレーナが一階に降りてきた。


スタイルのいい体の線が良く分かる、ピッタリとした膝丈ひざたけまでの服だ。

俺たちの世界の女性服に良く似ている。

いつもは王族のロングドレス姿で、見る事が出来ない脚線美が目にまぶしい。


……綺麗きれいだ。清楚せいそだが同時に色っぽい。


王国の技術でこんなに薄くて上質な服が造れるのかと思ったが、見たことがない上品な光沢がある。これは魔法技術で造られた特別な服だ。

いつもは着ない(着れない)可愛らしい服を選んだようだ。


「いかがですか?」 彼女は少し恥ずかしそうに問いかける。


「……似合っている」


何とかそれだけ言ったが、彼女は不満そうに見える。この言葉では足りないらしい。


「……綺麗で、そして可愛らしい。女神が舞い降りてきたのかと思った。本当だ」平均的な日本人の男としては、かなり度胸の必要なセリフを臆面おくめんもなく言うと、彼女は満足したようだ。


「良かった。気に入って頂けて」


「当然だ。……大事な事を言うのを忘れていた。とても色っぽい」


彼女は微笑ほほえむと、俺の隣に来て自分の腕を俺の腕の中に差し入れる。

そして、身体を寄せ顔を寄せてささやくように言う。


「そう思って頂いて光栄です。では参りましょう。はしたないとはおもいますが、お腹が減って死にそうです」



荷物運びの獣人に教えてもらった“カリニャンの素敵亭すてきてい”に向かう。

宝玉亭の前の通りを北に真っ直ぐ行けば、大通りに突き当たる。そこまでいけば目的の店が見つかる筈だ。


「そこの綺麗なお姉さん、それと目つきの鋭いお兄さん。お守り買ってよ」


目つきの鋭いお兄さん……てのは俺の事か?

見ると通りの向こう側から二人の猫耳の獣人が呼びかけている。

一人は少年、もう一人は同じくらいの年頃の少女だ。


「お兄さん、この町に来たらお守り買わないと。連れてるお姉さんが可哀想だよ~」

少年が声を張り上げる。


「街を歩くなら、これ着けないと駄目ですよ。ほら」

少女の猫耳獣人が自分の胸元を指した。そこにはデフォルメした猫の絵が書いてあるワッペンのような布切れが貼ってある。

猫の絵は、古代エジプトの絵画に似ている。


宿の獣人達も似たような物を着けていた。

これがお守りなのか?


「お兄さんみたいな人間の旅人は知らないんでしょうけど、ここでは胸にお守りをつけるのが習わしなんです。着けた方が周りのウケがいいですよ」


俺はエトレーナと顔を見合わせた。


「いくらだ?」


「1つ100ドラグです。お兄さん格好いいからオマケしますっ!」と少女の獣人が調子のいい事を言う。


言われた値段は、さっき聞いた料理の値段の何十分かの一で高くは無い。

気分がいい俺は買うことにした。……いや別に可愛い獣人の少女におだてられたからじゃない。

格好いい――なんてエトレーナからも言われた事が無いけどな。


「お二人分をお買上げですね。どうもありがとうございます。どれにします? 子宝こだからを願うお守り。家族の無事を願うお守り。永遠とわの愛を願うお守り。色々ありますよ~」


これはチョイスが難しい。いきなりの難題だ。

「そうだな。エトレーナの生涯に幸福を。そういうお守りはないかな?」と俺は言った。


エトレーナは言う。

「私はカザセ様のご無事を祈りたいです。どんな戦いでもカザセ様を護ってくれるお守りはありますか?」


彼女は恥ずかしそうにうつむいた。

「カザセ様。私はお守りなんて、やっぱり要りません。私の幸福を願ってくれるのなら、いつもそばに居てください」


「ならば俺もお守りはいらない。俺は最強だからな。どんな戦いでも君を残して死ぬ事は無い」


「ちょっと! お守り買ってくれるんですよね! こっちの世界に戻って来て!」


エトレーナ。君がそう言ってくれるだけで俺は満足だ。



さっきもらったばかりの指輪で、お守りの代金を払いその場を後にする。

お守り売りの少女は、指輪を見て目を丸くしていた。エトレーナはともかく、俺が王族の客のようには見えなかったんだろう。


通りに出ている屋台を冷やかしながら目的の“カリニャンの素敵亭すてきてい”に向かう。

店はすぐに見つかった。言われたとおり庶民的で気取らない店だ。

しかし雰囲気が良く活気がある。テーブルも椅子も古いが、良く手入れがされていて清潔だ。

これならエトレーナも大丈夫だろう。


客は獣人が多かったが、中には少し人間も混じっていた。俺達と同じようにレガリアの外から来た旅人のようだ。店の獣人に案内され、席につこうとする俺は客の一人に目が引き寄せられた。

美しい女だ。とても人間とは思えない美し過ぎる女だ。


(警告を申し上げます。その女は……) 腰の小剣が俺の脳にささやく。


人間のわくを超えた綺麗きれい過ぎる女。人間とは思えない美貌びぼうを誇る存在。俺には心当たりがあった。

そいつらの一人と俺は戦った。ギリシア彫刻から抜け出したような“大腸だいちょう”と名乗る少年と。


(……邪神です。邪神の一族“スプランクナ”のメンバーと思われます)


「ようやく来たのね。カザセ ユウ。随分と遅かったじゃない」

女はテーブルの椅子から立ち上がり、俺に呼びかけた。


それまで女と楽しそうに話していた、同じテーブルの獣人が女の手をつかんだ。

ガタイの大きい荒っぽそうな獣人だ。豚のような顔をしている。傭兵崩れか。


「あんな男は放っておけ。俺ともっと楽しもうぜ」


「わたしに触れないで。あなたにその資格はないの」


何の前触れもなく、その獣人の腕は切断され床にゴロリと転がる。女に触れていた方の腕だ。


きょとんとする獣人。一瞬の間の後、腕の付け根から赤い血がほとばしった。

痛みの為に転げ回る獣人の方を見ようともせず、女は俺とエトレーナのテーブルに近づいて来る。

周囲の客がどよめいた。


(短い休日でしたね)妖精の声が、少し嬉しそうなのは気のせいだろう。


(馬鹿を言うな)


俺は立ち上がり、エトレーナを守る為に前に出た。

こいつ相手では小銃も機関銃も役に立たない。小剣に戦う力はもう残っていない。戦車も戦闘ヘリも召還は間に合わない。そして逃げるにはもう遅い。

何とか使えそうなのはRPG(歩兵用対戦車ロケット)くらいか。だがやはり無理だ。周りを巻き込む。


何とか上手く立ち回って危機を乗り越えるしか無い。


周りの客は逃げ出した。女は俺以外の客には目もくれない。幸いこの店は通りに部屋が面している。彼らは逃げれるだろう。俺たち以外の客は。


「お初にお目にかかるわ、カザセ ユウ。分かっているでしょうけど私はスプランクナの一員。与えられた役割は“脳”。よろしくね英雄さん」美し過ぎる女は言う。


「デート中だ。仕事の話なら今度にしてくれ」


「あら冷たいのね。がっかり。自分の女しか見ない男は出世しないわよ。……いい事教えてあげる。このドラゴンが治める国“レガリア”は間もなく滅びます。その前に英雄さんと少しだけ話をしたかったのだけど」 女は言った。

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