デート
◆
鉄色の竜、将軍ウエルは俺たちを蔑む。
「不細工な鉄の乗り物を操る程度の人間風情に、何が出来ましょう? そして、このような小娘が女王の国なぞ、笑止千万。我が栄光あるレガリアと釣り合う筈も有りませぬ。相手をするのも馬鹿らしい。本当に第一王子は物好きな御方だ」
俺はカッとなった。エトレーナを侮辱する奴は許せない。
「……不満があるのなら、王に直接言ったらどうだ。こそこそと暴言を吐きまくる将軍か。なるほど、どうりで戦に負ける筈だ」
「何だと貴様! 人間風情が我を侮辱するかっ!」
鉄色のドラゴン、将軍ウエルは俺の言葉に逆上する。
侮辱したのはそっちが先だろう。
高慢ちきなこのドラゴンは、馬鹿にしていた人間から皮肉を言われたのがよほど腹に据えかねたらしい。
怒りのあまり、ドラゴン・ブレスを俺たちに向かって吐こうとする。
身体を張ってウエルを止めてくれたのは、レガリア第一王子、金竜のフォーレストだった。
「ウェル将軍。それ以上やられるおつもりなら、このゴールド・フォーレストがお相手する」
ウエルは一瞬怯むが、怒りは収まらない。
「王子、そこをどかれよ。なに、心配は無用。生意気な猿に礼儀を教えてやるだけだ。殺しはしない」
……猿だと? そこまで言われたのは久しぶりだ。
この鉄トカゲのクソ野郎と返そうとしたが、自制する。
ドラゴンをトカゲと呼ぶのは、シルバームーンを悲しませるだけだ。
そのシルバームーンが前に出た。
右の掌を空に掲げ何事か叫ぶと、少女は美しい銀竜に姿を変える。
俺とエトレーナを庇うように、ウエルの前に立ちはだかる。
「ウエル将軍、謝罪して今すぐ! さもなくば、私が相手よ」
金竜と銀竜が敵に回り、ウエルは己の不利を悟る。
戦力的な話で言うなら、奴一匹でも二体のドラゴン相手に戦えるのかも知れない。
何と言っても、レガリアで将軍と呼ばれるドラゴンなのだ。
しかしこの二人を相手に戦えば、王家に対する謀反を問われるのは間違いない。
「シルバームーン殿下、お戯れを。謝るのならこの猿どもが先であろう。
カザセとやら。お前たち猿どもが我ら竜と口を利く時には、それに相応しい態度が必要だ。
それを認めればこの場は収めよう。我に謝罪し慈悲を求めよ」
心の底から気に食わない竜だ。しかし一つだけ褒めてやる。
その言葉をエトレーナでは無く、俺に言ったのは上出来だ。
もし、そんな言葉で彼女を侮辱すれば俺は剣を抜いていただろう。
謝罪の言葉を横から言おうとするエトレーナを遮り、礼儀知らずの竜に告げる。
「断る」
「……後悔するぞ。王との会見は明日だったな。何が起こるか楽しみにしていろ」
ウエルは、王子とシルバームーンの方を向いた。
「これで王への義理は果たした。忙しい中、わざわざ礼儀知らずの猿どもに会ってやったのだからな。これ以上は時間の無駄。失礼させていただく」
それだけ言うとウエルは、大地を蹴り大空に舞い上がる。
お供のワイバーンが、慌てて後を追う。
「ちょっと。待って! 謝れっ! 謝れってば!」
鉄色のドラゴンはシルバームーンを無視し見る間に小さくなった。間もなく空の点となる。
◆
「カザセ。本当にごめん。あそこまで無礼な男とは思わなかった。お願いだからドラゴン全部がああいうのとは思わないで」
竜から少女の姿に戻ると、彼女は俺に向かって頭を下げた。
「シルバームーンが謝る必要は無い。人間にだって変なのはいるが、そいつらの為に謝るつもりには成れないな」
「そう言ってもらえるとありがたいけど……」
「俺たちの為に怒ってくれて嬉しかった。礼を言う」
「……当然よ。お客様を酷く言われて許せるものですか」
第一王子のゴールド・フォーレストも金竜から人間に変身する。
人間に成った王子の姿は、ウェーブが軽くかかった短めの金髪で、絵に描いたような美青年だ。
白が基調の王家の礼服を身にまとい、微かに紫色に輝く剣を帯びている。
シルバームーンも美人だが、ゴールド・フォーレスト王子のニコリともしない貴族的で端正な顔と正直あまり似ていない。
表情が豊かで、ある意味親しみやすいシルバームーンと比べれば、第一王子は冷静で理知的な印象を受ける。
「エトレーナ陛下、それにカザセ将軍。私はレガリア国を代表して謝罪する。あの者の態度はレガリア国を代表していない。我が国はあなた方を歓迎する」と王子は言う。
「お気になさらずに殿下。私は気にしておりません」とエトレーナ。
ふと気がつくと、執事服を来た品のいい老人が微笑みながらシルバームーンの横に立っている。
この老人は、執事長である青竜のブルーダイアモンドが変身した姿だろう。
王子にしてもこの執事長にしても、誇り高い竜達が人間の姿をとったのは彼らの謝意を表しているのだと推測する。
「皆様。馬車が参りました。エトレーナ陛下もカザセ将軍もお疲れと思います。さあ、どうぞお乗りください。城下町に宿を用意させて頂いております」
見れば、獣人が御者をしている大型で豪華な馬車が近づいてくる。
レガリアを訪れる賓客を乗せる為の馬車のようだ。
「お兄様。私は、馬車に乗らずに王宮に戻ります。ウエルが変な事をしないか心配なの。お父様と直接話をしてくる」
「そうか。ならば私も一緒に王宮へ行く。父上と話す際には私も同席した方が良かろう。しかしウエルもレガリア国の将軍を務める竜。気持ちが落ち着けば曲がった事はしないと思いたいが」
「あの竜は心配なの。手段を選ばないとこがあるから」
シルバームーンは俺を見る。
「カザセ。私たちはこのまま王宮に向かう。エトレーナ女王と城下町でゆっくり休んで。明日、迎えに行くわ」
「エトレーナ女王陛下、カザセ将軍。私めが町までご案内致します。どうぞ馬車にお乗りくださいませ」
上品な執事姿のブルーダイアモンドがエトレーナに手を差し伸べ、俺も続いて馬車に乗り込んだ。
◆
執事長のブルーダイアモンドと会話を交わしながら、馬車は城下町に近づく。
エトレーナは心なしか沈みがちに見える。明日の王との会見を心配しているのだろう。
結果的に、王の側近の一人と敵対してしまった。俺は少し反省する。
しかしあの状況でこちらが悪くも無いのに、あの竜相手に這いつくばる気にはどうしても成れなかった。
もう過ぎた事だ。いまさら心配しても仕方がない。
もし明日、レガリア王との会談が失敗して同盟を結べず、食料の援助をしてもらえなくても、コックェリコの村からある程度の量は分けてもらえる。しばらくの間はユリオプス王国は飢える心配は無いのだ。
出来ることをやろう。明日の王との会見の際に、うまく説得出来るように気持ちを切り替えよう。
駄目で元々なのだ。
シルバームーンが、何とかしてくれる可能性も高い。
そう思うと少し楽な気分になった。近づいてくる城下町を眺める余裕も出来た。
しかし、隣で落ち込んでいるエトレーナに責任を感じる。何か気分転換をさせてやれれば良いのだが。
「カザセ殿。あれが我が国最大の町“ミヨルマン”です」
「……凄いな。流石は大国レガリアだ。あれほどの町があるとは」
“ミヨルマン”は100年ほど前に、周囲の土地からレガリアに逃げ込んできた獣人達が造ったものだ。
彼らはこの国では最下層の身分ヒエラルキー、第三階層に属している。
最下層の獣人達の町と聞いて、スラムに毛が生えた程度ではないかと思っていた、しかしそれは大間違いだった。
俺たちの世界で言えばローマやパリとは言わないまでも、ヨーロッパ小国の地方都市クラスの規模はあり、清潔そうで綺麗な町だ。
シルバームーンが自慢するとおり、今のレガリア王は善政を敷いているようだ。
馬車は大きな門から広場を通り抜け、町の目抜き通りに入る。
趣味のいい中世風の建物が大通りに連なっていて、馬車の群れが行き交う。
建物を構えた店も多いが、ところどころ屋台も出ていて客も多い。住人の表情も明るく活気がある。
性格のせいか、どうしても女の獣人に目がいってしまう。
コックェリコの村のグリブイユと同じ猫型の獣人が多い。野性的な美人が多くしかも薄着だ。
皆、楽しそうで俺も気分が明るくなった。
……いや注意しろ。エトレーナに、どこを見てるのか気づかれないようにしなくては。
屋台では食事を出している。鳥だろうか?
猫型の獣人は鳥肉が大好きだ。
そう言えばもう昼過ぎだ。
空腹を強く感じる。
「着きました。こちらが今夜、お泊り頂く宿になります」
宿は目抜き通りから少し離れた区画にあり、広い庭を持つ大きな平屋の建物だ。
貴賓客向けの施設のようで、人影はあまりない。建物から何名かの獣人が現れ馬車の扉を開いてくれた。
「エトレーナ陛下、カザセ将軍。ようこそ“宝玉亭”へ。お待ち申しておりました」
執事のブルーダイアモンドと入り口で別れ、俺達は獣人の従業員に案内され部屋へ向かう。
部屋は残念ながらエトレーナとは別だ。まあ当然だが。
一旦別れて自分の部屋に入った俺は、アイデアを思いつく。
少し落ち込み気味のエトレーナを、元気づけてやれるかも知れない。
いい機会だ。ずっと彼女とやって見たかったんだ。
俺はエトレーナの部屋をノックした。
「俺だ。今、大丈夫か?」
彼女はすぐに扉を開いた。
「少し休んだ後で、街に繰り出さないか? 外で食事をしたい」
「……宿の食事ではいけませんか? そして、カザセ様と明日の会談用に打ち合わせをしたく思います」
「まだ昼過ぎだ。外を少しぶらつく位の時間はあるさ。デートの相手が俺では不満か?」
「デート……ですか?」
「そうだ。君と一回やって見たかった。楽しそうな街じゃないか。一緒に探検しないか?」
エトレーナは一瞬びっくりしたが、すぐに微笑んだ。
「……不意打ちをするカザセ様は嫌いです。女にはデートの時、色々準備しなくてはいけない事があるのです」
「駄目か?」
「いえ、とんでもない。すぐに用意しますわ」
そして茶目っ気たっぷりに右手を差し出す。
「カザセ将軍。エスコートを許可します」
「陛下。有り難き幸せ」 俺は差し出された彼女の手の甲に、軽く口づけをする。
少し元気になってくれたようで、良かったと思いながら。