魔術師―ジーナ・レスキン
◆
ラルフは王女のもとに行き、俺は一人部屋に残される。
恐らく俺はエトレーナからも頼まれるのだろう。
"ニューワールド"への移住を助けて欲しい、と。
それに加えて、騎士のラルフが俺に望んだのは女王を反対派から守ってくれってことだ。政治的立場も、そして彼女の命も。
何か頼まれるとすぐ調子に乗るのが俺の欠点で、特に好みの女から何か頼まれれば、もうお終いだ。流石に今回は、ヒーロー気取りもいいかげんにしとけよ自分。
俺を雇った会社、インフィニット・アーマリー株式会社の思惑も気になる。
雇ってもらってから言うのも何だが、異世界でPMC(民間軍事会社)もどきをやっている会社なんて怪しい。怪しすぎる。
それに、ほとんど無尽蔵に召喚出来る最新兵器たち。一体どういう仕組みやら。
ヤバそうな匂いがぷんぷんする。会社の正体をあんまり詮索したくなくなってきた。しかしそういう訳にもいかない気がする。
煮詰まった俺は、部屋を出ることにした。どうせもう寝付けそうもない。俺には合わないだろうが、城の中を散歩と洒落込むとしよう。
一生に一度の機会かも知れん。
部屋を出ると扉の外に兵士が立っている。守ってくれていたのか?
それとも、俺は部屋に軟禁されているのだろうか?
「どちらへ?」と兵士。
「気分転換だ。少し歩きたい」
「分かりました。間もなく女王陛下からお呼び出しがある筈です。あまり遠くまではいかれぬよう」
別に俺を監視している訳では無いようだ。ついて来る気配は無い。
眠っている間の警備をしてくれていたらしい。
兵士に軽く礼をすると、中庭のある方向へ向かう廊下を歩き出す。
中庭に出てみると、まだ敵との戦闘の後が残っている。死体は片付けられているものの植木の枝が折れてたり、植わった植物が踏み散らかされ、飾りの像が破壊されていたりと雑然とした雰囲気だ。
庭には城壁の方を見通せる場所があり、そこで女の子が一人何かやっている。
優雅なアクションと共に、詠唱が入る。戦闘中にも何人か見たが魔術師の一人だろう。
大きな火の玉が3個ほど、女の子の掌から出現しスーッと音もなく飛行する。 そして壁に当たると爆発した。訓練か何かだろうか。
女の子は俺に見られていることに気がついたようだ。
こちらに振り向き、手をふる。
「わーい。カザセさんだー」
この子に見覚えは無い。ゆったりとしたローブ姿に中程度の長さの髪。
人好きのする笑顔。目鼻立ちが整っていて、特に目がくっきりして綺麗だ。 美少女と言っても十分とおるだろう。
…年齢はせいぜい十代半ばに見える。この世界の女性の年齢を、正確に当てる自信は俺にはないが。
でも下手すりゃもっと若いかもしれん。俺の守備範囲の下限を超えている。
小走りにこちらに駆けて来る。
「覚えてないの? ショックかも。昨日一緒に戦ったんだよー」
やはり顔に見覚えは無い。年齢が俺の守備範囲を超えていると、見ても忘れてしまうのだろうか?
いやいや。俺に限ってそれは無いな。
「あーすまない。昨日は激戦で余裕なかったからな」
「嘘ばっか。あれで余裕ないとか大嘘。敵は、カザセさん相手にほとんど何も出来なかったし」
俺に余裕なかったのは本当だ。戦闘ヘリの指揮で精一杯だった。
敵を攻撃するのに神経使ったと言うより、散らばっている味方を巻き込まないように苦労した。
「君は?」
「僕はジーナ・レスキン。ジーナでいいよ。これでも筆頭魔術師なんだ。
偉いんだよ」
「じゃあ、俺も勇でいい。ジーナは魔術師なのか。マナ不足の為に、魔法はほとんど使えなくなっていると聞いたんだが。魔術師の数は多いのか?」
美少女からファーストネームで呼び捨てにされるところを、日本の友人たちに見せたいもんだ。リア充、爆発しろと言われるか、バカにされるか。
多分その両方だな。
「じゃあユウと呼ぶね。数は少ないよ。マナが希薄になっているから、術者の数は極端に少ない。マナ圧縮の特性持ちじゃないと、魔術師には成れない。
特性を持ってる人間は、空気中のマナを圧縮して利用出来るの。物凄く貴重な存在」
「だからね。才能があると、無理やり魔術師にさせられる。貴族だろうが平民だろうが他の進路は認められない。
本当は魔術師なんか成りたくなかった。戦争なんて嫌いだし」
「俺も兵士から転職したかった。あんまり向いてないしな。これでも平和な職業に就こうとしたんだぜ」
ジーナは目を丸くする。
「ユウが? そんなに強いのに? 冗談キツイ」
「ジーナこそ、筆頭魔術師のクセに?」
「あはは。そうだね。仕事に好き嫌いは関係無いよね。
でも、本当は僕は画家になりたかったんだ。あんまり才能無いけど。みんな何を描いているのか分からないって言うんだ。失礼だよね? ユウは何に成りたかったの?」
「そうだな。俺は…」
向こうから現れた同じくらいの年頃の少年が、ジーナに声をかける。
「ジーナ。女王陛下がお呼びだよ。急ぎだってさ」
彼女は一瞬顔を曇らせるが、思い直したのかまた笑顔に戻り、俺を見る。
「ユウ。じゃあ残念だけどまた後で。今度、たっぷりお話しよう」 少女は少年と一緒に急いで立ち去ろうとする。
だが思い直したのか、くるっと俺の方を向いた。
「お礼言わなきゃ。昨日は僕たちを助けてくれて本当にありがとう。
もうこれで死ぬんだ、と思ってた。でもユウのおかげで僕たち助かるかも知れない」
俺は、二人を見送りながら考えた。 ジーナは魔術師じゃなくて画家に成りたかったそうだ…俺の成りたかったものは何だったけ。
◆
その後、城内をしばらくぶらついてから俺は部屋に戻る。
敵の脅威が当面無くなり、城内は落ち着いて来たようだ。しかし俺には、確認しなければならない事がまだ残っている。
「妖精! 渡辺ユカ。聞こえてるんだろう?」
兵器召喚システムのアバターでかつ、会社の代理人を呼び出す。
妖精はすぐに現れた。背中の羽根を小刻みに動かしながらトンボのように空中に浮かぶ。
「はい。風瀬さん。そろそろ声がかかる頃だと思ってましたよ」
「いくつか、俺の質問に答えて欲しい」
「私に許された範囲内でお答えしましょう。どうぞお手柔らかに」
俺は用意しておいた質問を始める。
「一つ目の質問。インフィニット・アーマリー株式会社とは一体なんだ。
異世界転移とか兵器召喚システムとか、使用しているテクノロジーが高度すぎる。それにあの兵器類。どこから手に入れている? 会社の正体を教えてくれ」
「質問1に対する回答を拒否します。
風瀬さんの持つ機密レベルでは回答にアクセス出来ません。
いきなり直球の質問は女性に嫌われますわよ。当社は軍事全般に関しあらゆるサービスを提供する一民間企業です…。株式は非公開ですけど。
しかし、風瀬さんが聞きたいのは、そういう事ではありませんよね?」
いきなり拒否か。まあいい。どうせ答えは、はぐらかされると予想はしていた。
「二つ目。エトレーナが俺のことを魔神の類だと思っている。魔神は生け贄を必要とし、彼女自身が生け贄になるつもりだったようだ。
何でそんな事を考えるのか、心当たりはあるか?」
妖精は曖昧な笑顔で、俺を見つめた。
「質問2に対する回答を同様に拒否させて頂きます」
「三つ目。会社がこの世界に送った、俺の前任者に関して教えてくれ」
「質問3に対する回答を拒否。前任者に対する情報にアクセス出来ません」
「その言い方はつまり、俺の前任者はいた……会社はこの世界に、社員を転移して仕事をさせたことがある。そうだな? そいつは、あんまり嬉しくない」
「……風瀬さん、私を引っかけましたね?」
前任者は居てほしくなかった。
俺の想像はこうだ。
エトレーナは、何で自分を生け贄にして魔神を召喚する…と考えていたのか?
どうやら彼女の先祖が助けを呼んだ時に現れたのは、力を貸す代わりに生け贄を要求し好き勝手をする、とんでもない奴だったようだ。
生け贄が王族の娘だと特に喜ばれる。
つまり、会社が派遣した俺の前任者がそういう類のゲスだった、というオチが俺の推測だ。
本当に魔神の類を送ったのか? それとも…
俺の質問に答えた妖精の反応から考えると、会社がそこら辺に絡んでいる可能性を否定出来ない。
そして、もっと考えたくない可能性がある。俺がこの任務をキャンセルしたり失敗したら、そういう奴が俺の後任になる可能性だ。
「最後の質問。俺は日本に戻れるか?」
「最終質問に対する回答。任務を達成、もしくは放棄すれば、元の世界へ戻ることが許されます。
しかし任務放棄の場合、それは契約違反行為です。報酬は支払われません。また日本に帰った後は、いかなる理由でもこの世界へ戻ることは認められません」
「俺が日本に戻った後は、誰か他の人間が任務を引き継ぐわけだな?」
「その質問も引っ掛けです」
「ほとんど質問に答えてないな。もし俺が日本に戻るなら他の存在、例えば化物とか魔神みたいのが任務を引き継ぐわけだな?」
妖精はしょうが無いな、とばかりにニッコリと微笑んだ。
「さあ、どうでしょう? 一体、人間と化物の差はどこら辺にあるのでしょう? 私から見れば大した差はないような。
いえ…今のは失言です。忘れてください。それにさっき最後の質問だと言いましたよ。もう質問は打ち止めでは?」
妖精は妖艶な笑みを浮かべ、俺はゾクリとする。 こいつチビのクセに色っぽすぎる。
「誤解されているようですが、私はあなたの味方です。採用の時にあなたを気に入ったと言いましたよね? 私の言葉に嘘はありません。
そういうところ、大好きですよ」
好かれるのは嬉しいが、どうせ好かれるのならエトレーナに好かれたい。
決心した。 俺がこの国の人々を守ろう。 変な奴が俺の仕事を引き継ぎ、エトレーナやジーナを好きにするのは許せない。俺がうまく仕事をやれば済む話だ。