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再びレガリアへ


「この村の運命を預けるとしたら、自分はあなたにお願いしたい」

太田少尉は言う。


彼らは、この村――コックェリコの村――をユリオプス王国の属領ぞくりょうにして欲しいのだ。

王国の一部となる事で、村を敵から守れると考えている。


「いいじゃない。悪い話じゃないわ。頼ってくる弱者を守るのは強者の義務よ。私の国レガリアだってそうしてきたのだし」シルバームーンはそう言うと、うんうんと頷いている。


「属領の一つや二つ持ってこそ、国として一人前だわ」


現代日本人としては、いろんな意味で抗議こうぎしたいところではある。

しかし、属領にして欲しいと言う提案に心惹かれるのは事実。

そうなれば、村から税を徴収出来る。食料の現物で払ってもらう事も可能だろう。

食うや食わずで難民同然の王国にとって魅力的な話ではある。


もしそれが可能ならば……の話だが。

俺にはそうは思えない。


「村長。残念だがこの村は敵の領土から近すぎる。放棄して逃げた方がいい」


ザフスカーフ王国の背後にいるのは邪神の一族“スプランクナ”だ。

強敵だ。大軍で侵攻して来たら支えきれない。ここは敵から近すぎるのだ。

確かに“大腸”を名乗る少年は倒せた。

しかし、スプランクナの一族はまだ残っている。


幸い、住人を逃がす為の時間は稼いだつもりだ。

逃げる為の援護えんごはしよう。だが、それが限界だ。

今回の勝利は、部分的なものに過ぎない。


村長は、俺の言葉に息をのむ。

だが怒りはしなかった。静かに言葉を並べる。


「……カザセ様。どこへ逃げろと言うのです。この村を離れたら我らは生きてはいけません。それは死ねと言うのと同じ。レガリアを含め周辺の大国はもう難民を受け付けません。幼い子どもを抱えている家族もいます。何も無いところで一から荒野をたがやせとおっしゃいますか?」


「そんな事は……生きる為に必要な戦いだ」


「カザセ様はお強い。だから我らの事が分からないのです。この地には弱者を襲い女や食料を奪っていく侵略を生業にしている部族も多いのです。一から開拓村を造ったとして、どうやって対抗すると言うのです? 大田さんは頑張ってくれていますが、すでに多くの戦士を失いました。もう限界です」


……俺達だって一から開拓村を造って生きようとしているんだ。


しかし、俺はその言葉を飲み込む。

トライデント・システム、つまり“妖精”の加護かごを受けている俺は大抵の敵には対抗出来る。

だから無意識のうちに全て自分を基準にして、物事を判断しているようだ。

この村の住人にそんな力は無い。彼らの気持ちは、俺には分かっていないのかも知れない。


背後から声が聞こえる。


「あの人だ。あの御方おかただ。カザセ様だ」


「いたぞ! あの黒髪の人間だ。あの人が敵をやっつけてくれたんだ」


「カザセさんが俺達を助けてくれた!」


「なあおい。凄えな、あの人。地竜が飛び散ったとこ見たかよ? あの人が味方してくれれば望みはあるかな?」


振り向くと村人達が20人ほど集まっていた。

老いも若きも、年齢はバラバラだ。


俺の肩に触れる者がいる。女だ。少尉の恋人、猫耳獣人のグリブイユだ。

「カザセにゃん。ここに居たにゃん」


彼女はもじもじしていた。全然らしくない。

「さっきは悪かったにゃん。ごめんなさいにゃん。村を救ってくれた恩人に酷い事したにゃん」


どうやら、誤解して俺を襲って来た事を言っているらしい。


「気にするな」


「村を救ってくれて本当にありがとうにゃん」


俺は硬直した。グリブイユが抱きついて来たからだ。


「……もう駄目かと思ってたにゃん……本当にありがとう……にゃん」

顔を寄せ、俺の耳元で彼女は囁いた。だが言葉が聞き取り辛い。

彼女は泣いていた。


「……これで……また平和に暮らせる……にゃん」


薄い服ごしに、野性的で均整のとれた身体の線を強く意識しながら、俺はうめいた。


「まだ勝った訳じゃない」


だから早く逃げたほうがいい、と言う言葉は言えなかった。

俺の悪いクセが出てきたようだ。頼って来る人間を突き放すことが出来ない。


グリブイユは指先で涙を拭うと、微笑む。

「大丈夫にゃん。カザセにゃんが守ってくれるにゃん」


周りから大声が上がった。


「カザセ大将軍、万歳!」


「ユリオプス帝国に栄光あれッ!」


「我らが英雄カザセ殿に栄光あれっ」


ユリオプスは王国であって帝国じゃない。それに俺は大将軍じゃない。

俺はエトレーナを見た。彼女はニッコリ笑って微笑み返す。


シルバームーンが、うんうんとうなずきながら言う。

「カザセ。私達の国には“たっときドラゴンはウサギさえも救う”て言葉があるわ。……まあ、この村の獣人はウサギじゃなくてネコだけど。つまり強者には責任があるってことよ。あなたにこの村を守れないとは、とてもじゃないけど思えないわ」


たっときドラゴンはウサギさえも救う”だって?

ノブレス・オブリージュって事か?

俺はげんなりした。いい加減にしてくれ。

まだ“英雄”と呼ばれたほうが正気をたもてそうだ。



集まって来た村人には、お引き取りを願い、村長を含む主要メンバーだけで話し合う。

村を放棄させる事は諦めた。今のところは……だが。しばらく敵の様子を見る事にする。

但し属領にするかどうかの判断も、先送りにする。


村を守るのに全力は尽くすつもりだが、守りきれるかどうかは微妙なところだ。

属領にしておいてから危ないから村を捨てろなんて事態になったら、村人は失望のあまりユリオプス王国を憎むだろう。それは避けたかった。


カミラは俺の案を支持してくれた。

彼女は、この土地を守る事の難しさを良く分かっている。


エトレーナの部下で、やり手の実務家レイラ・ロブコフは属領にこだわった。

彼女は王国の食料のやりくりに頭を悩ませていたから、そう思うのは理解できる。

しかしエトレーナまで、村をユリオプス王国に併合したいと言い出したのは予想外だった。


「カザセ様。どうしても駄目でしょうか? 属領には出来ませんか?」彼女は食い下がる。

ここまで意見するのは、彼女にしては珍しい。何か思うところがあるのだろうか。


「駄目とは言っていない。棚上げだ。その前にやる事がある」


俺は村長に向き直る。

「村長、村を捨てなくても今はいい。村を守る為に力は尽くそう。出来る事は必ずやると約束する。但し最悪の場合、村を出る覚悟はしておいてくれ。無駄死にする必要はどこにも無いんだ」


「ありがとうございます。カザセ様。それで結構でございます」


「但し協力するには条件がある。王国の為に食料が欲しい。村が出せる余剰分よじょうぶんだけでいい」


「只で守ってもらおうなどと考えてはおりませぬ。報酬を払うのは当然です」


俺はほっとした。

必要な食料を一部分だろうが確保出来た。

この村の規模で、王国の必要な分を全部出させるのは無理だろう。

やはり、大国であるドラゴンの国レガリアの援助も必要だ。


「数日の間、ここを留守にする。ザフスカーフもそれ位の時間は動けまい。その間にレガリアに向かいユリオプス王国との同盟を締結して来る。うまくいけばこの村の防衛も強化出来るだろう」


「まさか……そんな……。レガリアと同盟を結ぶと仰ったのですか? あのドラゴン達が人間と同盟を結ぶとは、とても思えません。いくらカザセ様でも、それは……」


「無理じゃない。強力な味方がそこにいる。シルバームーンはレガリアの第一王女だ。気が付かなかったのか?」


「なんですと!」


村長は文字通り飛び上がった。

と思ったら地面にひれ伏す。器用なもんだ。


「知らなかったとは言えご無礼をお許しください、シルバームーン第一王女様。ご尊顔そんがんを今まで拝見はいけんする機会が無かったものですから。どうかお許しください」


「村長。かしこまる必要は無いわ。私は本当はここにいない筈なんだし」


この周辺でのレガリアのご威光いこうは凄いな。俺は感心してシルバームーンを見る。

彼女は薄い胸を得意そうに逸らして、俺に微笑む。なんか偉そうだ。


「それと大田少尉。頼みがある。ザフスカーフ王国の様子を、雷電で上空から偵察してもらえるか? 敵状を把握はあくしておきたい」


「お安い御用ごようだ」


俺はレイラ・ロブコフとジーナをこの村に残すことにした。

カミラも、彼女らの警護と敵の残党に対する用心の為に残すことにした。


数時間の仮眠の後に、俺はエトレーナとシルバームーンを連れてドラゴンの国レガリアへ旅立つ。

出発の直前、俺はレイラを呼び出した。


「俺たちがいない間、役立ちそうな情報を仕入れておいて欲しい。敵や村周辺の情報。それに食料の備蓄量びちくりょうもな。聞き出しておいてくれ」


「かしこまりました。この村の蓄えている食料の在り処を全て吐かせてやります。王国の為にあらん限りの食料を提供させましょう。このレイラ・ロブコフ、必ずやカザセ様の信頼に応えて見せます」


俺は苦笑した。


「そうじゃない。村長は俺の歓心かんしんを買おうとして、あらん限りの食料を出そうとするだろう。そうさせたくないから、食料がどれくらいあるか把握はあくしておく必要があるんだ。必要十分な量が村に残っているか判断する為にな」


「しかし、カザセ様。王国の食料事情は切迫せっぱくしております」


「分かっている。レガリアからも、食料は必ず援助してもらう。まあかねもらう事になるかも知れんがな。当座は村からの食料でやりくりしてくれ」


レイラは俺の顔をまじまじと見る。

「カザセ様は、お優しいのですね。村の事をそこまで心配されているとは。カザセ様と言う方を誤解しておりました」


「どういう人間だと思っていたんだ? いや言わなくていい。だいたい分かる」


「いえ、分かってないと思いますわ。でも言わなくていいのは助かります。エトレーナ様を敵に回したくないですし」


レイラはにっこりした。有能で真面目な印象の彼女がそういう笑顔が出来るのは意外だった。


「カザセ様のご幸運をお祈りいたします。レガリアとの交渉が上手くいきますように」

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