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俺は剣に命じる。

(邪神エルムの動きを止めろ。全身を拘束こうそくしろっ!)


右手の大剣が輝く。蓄えられているマナが燃焼を開始し、剣は命令を実行に移す。

カミラの身体をもてあそび、むさぼっていた少年の動きが止まった。


(今だ)


カミラと邪神はもう目の前だ。


だが俺は、気がつく。

少年の動きは確かに止まった。しかし大剣のマナ消費量が大きすぎる。

動きを止められるのは1分も無いだろう。


(風瀬様。早くっ! 保ちませんっ!)


カミラから見れば、少年を引き離そうとする俺は敵だ。

その彼女を連れて、安全な距離まで逃げるのには時間が足りない。

不十分な距離から、ヘリからミサイルを撃たせれば爆発に巻き込まれる。


(プランB……間に合え)

持っている大剣を投げ捨てる。


5秒経過。


少年を蹴り飛ばし、カミラを思い切り抱き寄せた。

カミラは抵抗するが、邪神の影響下にある為だろう。その力は弱い。

押し倒し、彼女の腰に手を回しもつれ合う。


20秒経過。


目的はカミラの魔剣を奪うこと。

切断の概念を封じ込まれた強力な魔剣ノートゥング。

その刃で邪神を攻撃できれば、勝ち目はある。


カミラは俺の意図に気がついたのか右手をつかむ。

魔剣の柄に手をかけた俺の手を引き離そうと、押し上げる。

俺は力を振り絞り、思いっきり剣を鞘から引き抜いた。


魔剣は自分で使用者を選ぶ。俺に扱えるか?


『ノートゥング。力を貸せ』


『……カザセ ユウ。なんじあるじと認めよう。我を使って魔を撃て』


カミラがノートゥングを奪い返そうと柄に触れるが、触れた途端、彼女の身体は跳ね上がり地面に投げ出された。苦しげに呻く。

魔剣は俺を主と認め、邪神に操られている今のカミラを拒否したのだ。


(すまないカミラ。すぐ終わらす。すぐに返す)


俺はノートゥングを手に持ち立ち上がった。

少年は、ゆっくり顔をこちらに向けた。笑いながら。

まだ拘束は有効だ。少年は立ち上がれない。


「喰らえっ!」


魔剣を邪神の胴体に向かって振り下ろす。


「詰めが甘いよ」


……振り下ろす剣が、強力な力で抑え込まれる。


「動けなくても力は使える。お楽しみを邪魔されて、僕は機嫌がとても悪い」


……知っていたさ。

お前を倒すにはマナが足りない。

しかし、この一太刀。カミラを侮辱したお前に、せめて一太刀……


「黙って見てればいいのにさ。人の愉しみを邪魔する奴は地獄に落ちるよ」


邪神の魔力が俺を襲う。

目の前の視界が急激に狭まる。息が……息が出来ない。

俺は……死ねない。死んだらカミラが……もてあそばれ殺される。

死ねない。俺は死ねない。


(風瀬さんっ!) 妖精の叫び声がした。

最後に聞く女の声としては大いに不満だ。だから俺は今は死ねない。

残った力の全てを魔剣ノートゥングに込めた。


最初から1分はとうに過ぎた。

拘束は解け、少年は立ち上がる。



動け魔剣ノートゥング。俺は全ての力を腕に込める。

……動かない。

剣が動かない。

俺は少年の目前で、剣を構えた彫像ちょうぞうのように動きを止める。


意識が遠のいて行く。


男の声がした。

『終わりか? それで“英雄”のつもりか』


邪神の声じゃない。魔剣の声でもない。

年を喰った男の声だ。

幻聴……だろうか?


いや違う。幻聴じゃない。

俺はこの声を良く知っている気がした。

ひ孫のフロレンツが未来から助けに来てくれたのだろうか?

……違う。フロレンツでもない。


『一度だけ手を貸してやる』


『……誰だ?』


『お前が一番良く知っている男だ』


突然、邪神の魔術に抑え込まれていた魔剣ノートゥングが動き出す。

魔法が無力化されたのだ。身体も動く!


(……いける)


俺は力を振り絞り、少年に剣を振り下ろす。


「何で動けるっ?」


魔剣の黒い刃が邪神に触れた。

ノートゥングが封じ込めている“切断”の概念が解き放たれ、結果が無条件で確定する。


「うそだあああっ。認めないっ。認めないっ。僕は認めないぞっ!」


全ての抵抗を無視し、あっけなく少年の胴体が二つに切り裂かれる。

決められた結果には誰もあらがえない。例え邪神であろうとも。


(やったか?)


切断された断面から青い体液がほとばしる。

まだ俺の攻撃は終わらない。二度目の斬撃ざんげきを繰り出す。

追加効果“衝撃”が発動。

邪神の残りの肉は、全て霧となって吹き飛んでいく。


邪神は、人間の身体を失い本性を表した。“大腸”の姿、のたうつ腸管ちょうかんの姿だ。

巨大な腸管ちょうかんがぐねぐねとうごめきながら、端から解けてドロドロとした液体に変化していく。


「まだやる気か?」


「……おニーさん、ナにモのなの? ナまエを教えて」


「お前に名乗る名は無い」


溶けていくドロドロした腸管の端から、何本もの細かいくだが驚くほどの速度でカミラに伸びた。

彼女の身体に巻き付き、カミラは痛みの声を上げる。

脅迫のつもりか。


「おニーさん。ナにモのなの? コたえて」


「……風瀬 勇だ。満足したか?」


「かザせ ゆう。かザせ ゆう」


今だ。


俺はカミラに絡みつく触手に駆け寄り、剣を振るう。

“切断”そして追加効果“衝撃”が発生。

“大腸”が伸ばしたくだは粉々になって吹き飛んだ。


邪神は最後の力をふり絞る。

どろどろに溶けたスープの上に、もう一度少年の顔を形作った。

胴体は無い。顔だけだ。

その顔だけの存在はにっこりと笑う。


「お兄さん、人が悪い。早く言ってよ」


顔は再びドロドロと溶け始める。


「お兄さん……英雄カザセ……だったんだ。……ズルイ……勝てる訳ない……じゃないか」


邪神だった液体は地面に吸い込まれていく。


(勝った。俺の勝ちだ……)



身体が震える。


(どうした?)


目の前が暗くなる。全身の震えが止まらない。


(まさか……)


邪神の魔法がまだ消えていない。

身体から力が抜け、ひざまずく。


「カミラ……」 俺は横たわるカミラに手を伸ばそうとした。


「カミラ……」


そこまでだった。

力尽きた俺は地面に崩れ落ちる。



冷たいものが顔に当たり、俺は目覚めた。気を失っていたようだ。

雨だ。雨が降っている。


「気が付いたか」 男の声が聞こえる。


ここは……どこだ。空が……暗い。もう夜になったのか?

ぼんやりとした意識のまま、俺は周囲を見回す。


公園……なのか? 蛍光灯の街灯が見えて、その下に男が立っている。


異常事態に、俺は慌てて上半身を起こす。

公園?蛍光灯?? ここはニューワールドだぞ。

なんでそんなものが見える? 俺は猫耳の獣人族の村で、邪神と戦っていた筈だ。


遠くに背の高い建物の群れが見えた。


……ウソだ。


嘘だと言ってくれ。あれは。

……闇夜の空を背景に浮かび上がる建物は、新宿の高層ビル群だった。

見間違える筈がない。

あのビルが見えるところに俺は昔、住んでいたのだ。


ここは東京のどこかだ。ひっそりとした、そこそこの広さの公園の中に俺はいた。

まさかカミラを置き去りにして、俺だけ東京に戻ってしまったと言うのか?


「カミラ……カミラっ!」 俺は必死で彼女の名を叫ぶ。

辺りを見回す。


いない。


彼女をあの場所に放って来た……


いや。


カミラを見つけた俺は安堵あんどした。

あそこだ。あそこにいる。

……よかった。


カミラは公園のベンチの上に横たわっていた。

慌ててそばに駆け寄る。彼女は……大丈夫だ。生きている。

眠っているようだ。

顔色もさっきに比べれば良くなっている。

胸には包帯が巻かれ、手当てがされていた。


「反省することだ。二度と彼女をそんな目にあわせるな」


俺は声の主に目を向けた。

中年の男。いや初老と言ってもいいかも知れない。

街灯の下にたたずんでいる。


上等そうだが地味な茶色のスーツを着ていて、同じ色の帽子を目深にかぶっている。

ここからは横顔しか見えない。

この男が、戦いで力を貸してくれたのか。


「あんた、誰だ?」


男は、こちらに横顔を向けたまま笑った。

顔に大きな傷がある。酷くて醜い傷だ。

顔の半分近くを覆っている。


「まだ誰だか分からないのか? まあ、その方が都合がいい。お前の上司と名乗っておく。俺はインフィニット・アーマリー本社の重役だ。お前のような平のオペレーターでは会えないほどのな」


インフィニット・アーマリー社の上司……俺の雇い主と言う訳か。

妖精が息を呑むのを感じた。

人間の姿で、慌てて俺の隣に実体化して来る。


「あなた……だったのですね。私に指示を出していたのは。……そうか。あなただったんだ……ようやく、からくりに気が付きました。何で今まで気が付かなかったんだろう……」


「妖精、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」


確かに俺の上司なら、妖精にとっても上司だろう。

しかし、この驚き方は大げさだ。上司と会ったくらいで何でこんな驚く?


突然……恐ろしい考えが頭に浮かんだ。

インフィニット・アーマリー社の上司が俺を東京に戻した。意味するところはつまり……最悪だ。


「俺はクビか? 待ってくれ! まだ任務に失敗した訳じゃない。絶対に何とかしてみせる」


任務を失敗したと判断され、俺は東京に戻されたのか?

そんな事は認められない。


「クビ? 勘違いするな。ここに連れて来てやったのは、一種のボーナスだ。お前にはまだ給料を払って無いしな。お前はこれから数十年の間、日本に戻れない。束の間の時間だが日本を良く味わうといい。そこのカミラ・ランゲンバッハと一緒に」


良かった。俺はほっとした。

またあの世界、ニューワールドに戻れるのだ。

俺を待っている世界に。


俺は言った。

「何十年、日本を離れようが別に構わない。ホームシックなんぞになるものか。そこまで感傷的かんしょうてきじゃない」


「どうだかな? お前はそこまで強くはない。無駄な強がりは止めておけ」


この中年の男は俺を助けてくれたのかも知れないが、性格の悪いクソ野郎だ。

いくら上司とは言え、偉そうな態度が鼻もちならない。


「さてと、この辺で失礼する。後は任せる」


男はそう言うと闇の中に歩み去って行く。

いらつく野郎だ。だいたい何でこの男は、自分の横顔しか見せないんだろう?


(!?)


男の行く先に、二つの人影があるのに気がつく。

両方、女だ。

そして、女達が何者なのか気づいた俺は、呼吸が止まりそうになる。


一人はエトレーナ、もう一人はカミラ。

同じデザインのフォーマルなドレスを着ているが、色が違っている。

エトレーナは白いドレス。カミラは黒。


俺は慌てて、ベンチに座って眠っているカミラをもう一度見た。

彼女はまだそこにいる。


じゃあ、あの男と一緒にいるカミラは誰だ? それになんでエトレーナがここにいる?

混乱して女達を見ると、エトレーナらしき女が微笑みながら礼を返した。

カミラらしき女が、恥ずかしそうに礼を返す。


おかしい。


二人は相変わらず、とても美しい。

だが俺の知っている彼女らに比べ、年齢が上なのだ。


「じゃあな。元気でやれよ」

そう言って、男は右手を夜空に掲げる。


奴の手の中には剣。

……小剣だ。

見間違える筈も無い。アザーテスの小剣。俺の小剣と同じだ。

俺の剣は、腰の鞘に収まっていると言うのに。


突然、俺は気がつく。男の正体に。


そうか……そう言うことか。

大きくてひどい傷に気を取られていた。

傷の為に人相が代わっているんだ。

……あの男は……


でよ。大剣」 男が声を上げると、小剣は大剣に変化し、マナが燃焼を開始する。

辺り一面が真昼のように明るくなった。

もの凄いマナの量だ。


間違いない。あの男は俺だ。未来から来た俺なんだ。


「待ってくれ。あんたは俺だろう? そうなんだな? 聞きたいことが山ほどあるんだっ! 待つんだっ! 待てっ!」


フロレンツは、エトレーナが二年後に殺されると言っていた。誰だ。誰に殺される?

どうやれば回避出来る。教えてくれ。頼む!


「俺はうまくやった。エトレーナも死なせずにすんだ。ちょっとした呪いを顔に喰らったが、安い代償だ。俺は満足している」


男の存在感が薄れていく。転移が始まっている。


「お前が俺と同じ未来を歩むのか、それとも別の未来に行くのか。それはお前次第だ。だが1つ忠告しておこう。お前が戦ったスプランクナの一族は確かに危険だ。だが、全てが“大腸”のようにお前の敵に回るわけではない。“脳”を探せ。彼女を利用出来れば、お前の運命を変えることも可能だろう」


スプランクナとは、俺が戦ったあの少年“大腸”の一族だ。


「もっと具体的に言ってくれ。曖昧あいまいなのは嫌いなんだ。知ってるだろ?」


「甘えるな。これが限界だ」


男の姿はもう消える。

女達はすでに見えない。


「お前なら出来るさ。風瀬 勇」それが奴が残した言葉だった。


いや、最後にもう一言。


「周りの女達とはうまくやれ」


周囲は再び夜の闇に包まれる。

どこからかコオロギの鳴き声が聞こえた。日本はもう秋だ。


「……妖精。お前は知っていたのか?」


「いいえ、マスター」妖精は答える。


「インフィニット・アーマリー社の本社に一人だけ人間の重役がいます。姿を見せず声だけで部下たちに指示を出すのです。

あなたを採用したのも、この任務をあなたに押し付けたのも彼の指示でした。

その重役の正体は……さっきの男性です。未来の“あなた”だったんだ。

ようやく私にも分かりました。この仕事にあなたを巻き込んだのは、あなた自身だったんです。私もだまされていました。あの人、性格……悪いですよね?」


「確かにな」


「カザセ殿……そこにいるのはカザセ殿なのか」


こちら側のカミラが眠りから覚めたようだ。

分かっている。

あの男―未来の俺―が、俺とカミラを二人だけでここに転移した理由。

それを俺は分かっているつもりだ。


……それだけは感謝している。

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