邪神
◆
地竜は村の広場に実体化した。
体長は15mほど。頭から生えた一本の大きな角が目立つ。
それ以外は、まるで真っ黒で巨大なトカゲだ。
こいつも竜の仲間なんだろうが、シルバームーンのような銀竜の美しい姿と比較すれば爬虫類感が強い。
戦闘力自体も、彼女と比べれば格下の筈。
敵ならば、滅ぼすまで。
『ヘルファイア・ミサイルの使用を許可する。目標、地竜』
3kmほど北の上空で待機中のアパッチに告げる。
俺の命令を聞いた疑似人格のガンナーは攻撃準備に入る。
AN/APG-78対地目標モード。スキャン開始。
AGM-114L オンライン。
地球上の戦車で、大型対戦車ミサイル“ヘルファイア”の直撃を受けて耐えられるものは無い。
以前シルバームーンと一戦交えた感じから言えば、銀竜、黒竜クラスのドラゴン相手でも通じるだろう。
ましてや格下の地竜相手では。
俺が黙ったのを見て、騎士は怖じ気づいたと考えたようだ。
余裕めいた態度で俺とカミラに近づいてくる。
残念ながら、俺が今担いでいるRPG―歩兵用対戦車ミサイル パンツァーファウスト3―を撃つにはもう近すぎる。
爆発に巻き込まれてしまう。
「どうした。負けを自覚したか? その魔法の槍もたいした事は無さそうだな」
騎士は勝ち誇ったように言う。
魔法の影響が残っているのか、カミラがよろよろと立ち上がる。
それでも魔剣ノートゥングを構え、俺を守ろうと一歩前に出る。
「女。なんという姿だ。顔も汚れている。お前は間もなくエルム様に捧げられる身だ。身だしなみぐらいはちゃんとしろ。私を困らせるな」
俺はカミラの顔が嫌悪で歪むのを見る。
彼女の魔剣ノートゥングが警告音を発する。今まで聞いたことの無い、獣が低く唸るような音だ。
剣を覆う光が、白色から重苦しい青色に変化する。
この敵は邪悪だ。今更ながら俺は確信した。
例え魔剣ノートゥングでも、彼女の運命を任せる気になれなかった。
この男をこれ以上カミラに近づけたくない。それはカミラを汚すことと同義だ。
つまりは、こういう事だ。
俺の女に手出しはさせない。
(召喚。KSG)
距離が近すぎて役立たずのパンツァーファウスト3が消え、ブルパップ式ショットガンが腕の中に実体化する。
強力なスラッグ弾を14発、装填済みだ。
魔法の影響で重たい身体を無理やり動かし、銃を向ける。
(頼む。効いてくれ)
トリガーを引いた。
甲高い金属的な発射音が周囲に鳴り響く。
力任せにフォアグリップを引いて再装填。連続射撃。次。次。次。
排出された大型の薬きょうが地面にバラまかれる。
……くそっ。
騎士の表面を覆う黒い霧は、スラッグ弾すら寄せ付けない。
身体に当たる前に銃弾が弾かれる。
しかし。
「ぐはっ」
耐え切れず騎士が地面に転がる。
苦しそうに腹を抑えのたうち回る。
黒い霧は、確かに大口径スラッグ弾を弾いたかもしれない。
しかしそれがもたらす衝撃―運動量を防げなかったのだ。
ショットガンは、一回の射撃で多くの小さな散弾をまき散らす為の銃だ。
だがスラッグ弾は例外だ。この弾は小さな散弾を集めたものでは無い。大型の単発弾だ。
スラッグショットを例えて言うなら、重たいウォーハンマーで鎧を着ている相手をぶん殴るようなもの。
いくら鎧がハンマー自体を弾こうが、中の人体は耐えられない。
衝撃は鎧の守りを通り抜け、中の身体を破壊する。
騎士の身体を覆う黒い霧がスラッグ弾自体を止めたとしても、衝撃が霧を通り抜けたのだ。
こいつの使う魔法では、物理法則を完全に無視するのは難しいらしい。
敵の力を、過大評価していたのかも知れない。
俺の小剣なら、物理法則を完全に捻じ曲げる。
気が付くと、俺の身体は軽くなっていた。普通に動ける。カミラも同じだろう。
騎士の魔力が弱まっている。
のたうつ騎士を眺めながら勝ったと思った。
「カミラ、一旦ここから離れる」彼女の手を掴む。
彼女の手は、ひんやりと冷たい。強く握り返されたのは意外だった。
俺たちは駆けだした。
「待てっ! 村を壊すぞ」
騎士の声が聞こえた。
ぎょっとする。もう口が利けるのか?
「……よくも、よくも、よくも」
黒い霧が濃くなり、またもや騎士の身体を覆っている。
勝ったと思ったのは、まだ早すぎたようだ。
騎士からダメージが消え、またもや生気が戻りつつある。
いい加減にしてくれ。
「動くな。お前は許さん。……ケツの穴に焼いた槍を刺してやる。……生きながら内臓を焼いてやる」
「下品なセリフは止めておけ。生まれが分かる」
「うるさいっ。あれを見ろっ!」
俺は地竜のいる方向を見た。竜はゆっくりと顔を村の中心部に向けた。
まさかドラゴンブレス? 地竜ごときが使えるのか?
「痛めつけてくれた礼だ。エルム様のしもべの力を見るがいい」
「遠慮しておく。アルファ2。攻撃しろ」
『アルファ2、了解。フォックス2、フォックス2』
アパッチがヘルファイア・ミサイルを発射。二つの飛翔体が超音速で地竜に迫る。
弾着。
ミサイルは弾頭内部で溶解した金属製ライナーを、超高速で地竜の皮膚にぶち当てる。
モンロー効果で人工衛星並みの速度まで加速された液体金属を、防げるものなら防いでみろ。
皮膚に大きな穴があき、水を入れた風船が割れるように内臓が飛び散った。
叫び声をあげる暇もなく、地竜だったものは息絶える。
もはや原型を留めていない。オーバーキルだ。
騎士が息を呑んだのを俺は感じた。
「……嘘だ」騎士は喘ぐ。
交戦中の敵前で、呆然とする馬鹿を見るのは久しぶりだ。
俺はカミラの手を引き、駆け出した。
『アルファ2、頼む。目標、敵兵士』
敵から最低限の距離はとった。
「伏せろ!」俺は叫ぶ。
カミラに腕を回し引き倒す。二人とも地面に転がった。
アパッチの30mm機関砲が火を噴く。
大きな爆発音。
そばで聞く30mm機関砲弾の破裂音はぞっとするほどの迫力だ。
本来ならチェーンガンは車両破壊用の兵器なのだ。
俺はカミラに覆いかぶさりながら、後ろを振り返る。
そこにはもう騎士の姿は無かった。
『敵兵士の無力化を確認』 アパッチからの連絡を聞き、俺は騎士に何が起こったかを理解した。
「カザセ殿。勝った……のか?」
「らしいな。ご苦労だった。立てるか」
俺はカミラに手を貸し、身体を起こすのを手伝う。
敵から情報を取れなかったのは痛かったが、状況を考えれば、やむを得ないだろう。
◆
「お兄さん、酷いよ。男だからってそんな簡単に殺さないでよ。依り代は用意するのが大変なんだ」
くそっ。
新たな敵か?
どこだ?
「ここだよ」
騎士だった残骸の周りに黒い霧が集まり、何かを形造ろうとしている。
これは……これは一体何だ?
目の前に現れた物は、俺の想像を超えていた。
……巨大な内臓だ。人間の大腸に似ている。
1mほどの直径がある大腸のような管が、蛇のようにとぐろを巻く。
生臭い匂いがした。
あまりに醜悪な光景にカミラが口を押さえる。
大腸がうごめいている。
こいつは……生きている。
「ごめん。ごめん。こういうの苦手なんだ? とりあえず人間の姿に合わせるよ。でも僕の正体を見て、気持ちが悪くなるなんて……悲しい。ま、いいけどね」
大腸のような管の群れが消え、現れたのは少年だった。
ジーナと同じ位の歳か。まるで古代ギリシアの少年の彫像のように、人間離れした美形だ。
「何者だ? 何の用だ?」
「お兄さん、お姉さん。始めまして。僕はニューワールドの創造神に仕える種族“スプランクナ”の一員でエルムと言います。権能は人々の欲望を煽ること。欲望最高! でもどっちかっていうと、人の欲より自分の欲を優先してるかな。仲間からよく怒られる。どうぞよろしく」
少年はにっこりとほほ笑むと、カミラをじっと眺める。
「依り代に使っていたそこの騎士、って言っても今は肉片だね。そいつが生贄をくれるっていうから見に来た。……いいね。お姉さんは最高だよ。僕の好みだ。こっち来なよ、楽しませてあげる。これでも遠い昔は人間だったんだ。やり方は知っている。壊さないから大丈夫」
カミラの手が俺の腕を強く握る。
俺は彼女の背中に軽く触れ、一歩前に出た。
カミラを守る。
この少年は……そうか。
エルムと名乗った。
この村に攻め込んできた、ザフスカーフ王国の信じる邪神だ。
突然、少女の声が響く。
ジーナだ。ジーナが呪文を詠唱している。
……なんてことだ。
この呪文は……嘘だろ。
「ジーナ。止めろっ!」
「……不浄なる者よ。ここは汝の場所では無い。我は善なる全ての神に願う。この者を滅せよ。マ・ハマン!」
マ・ハマン。ジーナが以前教えてくれた。最大級の禁呪だ。
ジーナは躊躇せずに禁呪を放った。この敵はそれだけヤバい奴なのだ。
魔法が発動しジーナが崩れ落ちる。
くそっ。ジーナ。死なないでくれ。
ここまでジーナを追い込んだのは俺のミスだ。
魔法陣のような模様が少年の周りを取り囲み、ぐるぐる回り出す。
少年は余裕めいた表情だ。
禁呪が……効いていない……だと?
「小剣。力を貸せ」
(仰せのままに。カザセ様)
俺は小剣を鞘から引き抜いた。