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邪神


地竜は村の広場に実体化した。

体長は15mほど。頭から生えた一本の大きな角が目立つ。

それ以外は、まるで真っ黒で巨大なトカゲだ。


こいつも竜の仲間なんだろうが、シルバームーンのような銀竜の美しい姿と比較すれば爬虫類感が強い。

戦闘力自体も、彼女と比べれば格下の筈。


敵ならば、滅ぼすまで。


『ヘルファイア・ミサイルの使用を許可する。目標、地竜』

3kmほど北の上空で待機中のアパッチに告げる。


俺の命令を聞いた疑似人格のガンナーは攻撃準備に入る。

AN/APG-78対地目標モード。スキャン開始。

AGM-114L オンライン。


地球上の戦車で、大型対戦車ミサイル“ヘルファイア”の直撃を受けて耐えられるものは無い。

以前シルバームーンと一戦交えた感じから言えば、銀竜、黒竜クラスのドラゴン相手でも通じるだろう。

ましてや格下の地竜相手では。


俺が黙ったのを見て、騎士は怖じ気づいたと考えたようだ。

余裕めいた態度で俺とカミラに近づいてくる。

残念ながら、俺が今担いでいるRPG―歩兵用対戦車ミサイル パンツァーファウスト3―を撃つにはもう近すぎる。

爆発に巻き込まれてしまう。


「どうした。負けを自覚したか? その魔法の槍もたいした事は無さそうだな」

騎士は勝ち誇ったように言う。


魔法の影響が残っているのか、カミラがよろよろと立ち上がる。

それでも魔剣ノートゥングを構え、俺を守ろうと一歩前に出る。


「女。なんという姿だ。顔も汚れている。お前は間もなくエルム様に捧げられる身だ。身だしなみぐらいはちゃんとしろ。私を困らせるな」


俺はカミラの顔が嫌悪でゆがむのを見る。

彼女の魔剣ノートゥングが警告音を発する。今まで聞いたことの無い、獣が低く唸るような音だ。

剣を覆う光が、白色から重苦しい青色に変化する。


この敵は邪悪だ。今更ながら俺は確信した。

例え魔剣ノートゥングでも、彼女の運命を任せる気になれなかった。

この男をこれ以上カミラに近づけたくない。それはカミラを汚すことと同義だ。


つまりは、こういう事だ。

俺の女に手出しはさせない。


(召喚。KSG)


距離が近すぎて役立たずのパンツァーファウスト3が消え、ブルパップ式ショットガンが腕の中に実体化する。

強力なスラッグ弾を14発、装填済みだ。

魔法の影響で重たい身体を無理やり動かし、ショットガンを向ける。


(頼む。効いてくれ)


トリガーを引いた。

甲高い金属的な発射音が周囲に鳴り響く。

力任せにフォアグリップを引いて再装填。連続射撃。次。次。次。

排出された大型の薬きょうが地面にバラまかれる。


……くそっ。


騎士の表面を覆う黒い霧は、スラッグ弾すら寄せ付けない。

身体に当たる前に銃弾が弾かれる。

しかし。


「ぐはっ」


耐え切れず騎士が地面に転がる。

苦しそうに腹を抑えのたうち回る。


黒い霧は、確かに大口径スラッグ弾を弾いたかもしれない。

しかしそれがもたらす衝撃―運動量を防げなかったのだ。


ショットガンは、一回の射撃で多くの小さな散弾をまき散らす為の銃だ。

だがスラッグ弾は例外だ。この弾は小さな散弾を集めたものでは無い。大型の単発弾だ。


スラッグショットを例えて言うなら、重たいウォーハンマーで鎧を着ている相手をぶん殴るようなもの。

いくら鎧がハンマー自体を弾こうが、中の人体は耐えられない。

衝撃は鎧の守りを通り抜け、中の身体を破壊する。


騎士の身体をおおう黒い霧がスラッグ弾自体を止めたとしても、衝撃が霧を通り抜けたのだ。

こいつの使う魔法では、物理法則を完全に無視するのは難しいらしい。

敵の力を、過大評価していたのかも知れない。

俺の小剣なら、物理法則を完全に捻じ曲げる。


気が付くと、俺の身体は軽くなっていた。普通に動ける。カミラも同じだろう。

騎士の魔力が弱まっている。


のたうつ騎士を眺めながら勝ったと思った。

「カミラ、一旦ここから離れる」彼女の手を掴む。

彼女の手は、ひんやりと冷たい。強く握り返されたのは意外だった。

俺たちは駆けだした。


「待てっ! 村を壊すぞ」


騎士の声が聞こえた。

ぎょっとする。もう口が利けるのか?


「……よくも、よくも、よくも」


黒い霧が濃くなり、またもや騎士の身体をおおっている。

勝ったと思ったのは、まだ早すぎたようだ。

騎士からダメージが消え、またもや生気が戻りつつある。


いい加減にしてくれ。


「動くな。お前は許さん。……ケツの穴に焼いた槍を刺してやる。……生きながら内臓を焼いてやる」


「下品なセリフは止めておけ。生まれが分かる」


「うるさいっ。あれを見ろっ!」


俺は地竜のいる方向を見た。竜はゆっくりと顔を村の中心部に向けた。

まさかドラゴンブレス? 地竜ごときが使えるのか?


「痛めつけてくれた礼だ。エルム様のしもべの力を見るがいい」


「遠慮しておく。アルファ2。攻撃しろ」


『アルファ2、了解。フォックス2、フォックス2』


アパッチがヘルファイア・ミサイルを発射。二つの飛翔体が超音速で地竜に迫る。


弾着。


ミサイルは弾頭内部で溶解した金属製ライナーを、超高速で地竜の皮膚にぶち当てる。

モンロー効果で人工衛星並みの速度まで加速された液体金属を、防げるものなら防いでみろ。


皮膚に大きな穴があき、水を入れた風船が割れるように内臓が飛び散った。

叫び声をあげる暇もなく、地竜だったものは息絶える。

もはや原型を留めていない。オーバーキルだ。


騎士が息を呑んだのを俺は感じた。


「……嘘だ」騎士はあえぐ。


交戦中の敵前で、呆然ぼうぜんとする馬鹿を見るのは久しぶりだ。

俺はカミラの手を引き、駆け出した。


『アルファ2、頼む。目標、敵兵士』


敵から最低限の距離はとった。

「伏せろ!」俺は叫ぶ。

カミラに腕を回し引き倒す。二人とも地面に転がった。


アパッチの30mm機関砲(チェーンガン)が火を噴く。

大きな爆発音。

そばで聞く30mm機関砲弾の破裂音はぞっとするほどの迫力だ。

本来ならチェーンガンは車両破壊用の兵器なのだ。


俺はカミラにおおいかぶさりながら、後ろを振り返る。

そこにはもう騎士の姿は無かった。


『敵兵士の無力化を確認』 アパッチからの連絡を聞き、俺は騎士に何が起こったかを理解した。


「カザセ殿。勝った……のか?」


「らしいな。ご苦労だった。立てるか」


俺はカミラに手を貸し、身体を起こすのを手伝う。

敵から情報を取れなかったのは痛かったが、状況を考えれば、やむを得ないだろう。



「お兄さん、ひどいよ。男だからってそんな簡単に殺さないでよ。依り代(よりしろ)は用意するのが大変なんだ」


くそっ。

新たな敵か?

どこだ?


「ここだよ」


騎士だった残骸の周りに黒い霧が集まり、何かを形造ろうとしている。


これは……これは一体何だ?

目の前に現れた物は、俺の想像を超えていた。


……巨大な内臓だ。人間の大腸だいちょうに似ている。

1mほどの直径がある大腸のようなくだが、蛇のようにとぐろを巻く。

生臭い匂いがした。

あまりに醜悪しゅあくな光景にカミラが口を押さえる。


大腸がうごめいている。

こいつは……生きている。


「ごめん。ごめん。こういうの苦手なんだ? とりあえず人間の姿に合わせるよ。でも僕の正体を見て、気持ちが悪くなるなんて……悲しい。ま、いいけどね」


大腸のようなくだの群れが消え、現れたのは少年だった。

ジーナと同じ位の歳か。まるで古代ギリシアの少年の彫像のように、人間離れした美形だ。


「何者だ? 何の用だ?」


「お兄さん、お姉さん。始めまして。僕はニューワールドの創造神につかえる種族“スプランクナ”の一員でエルムと言います。権能は人々の欲望をあおること。欲望最高! でもどっちかっていうと、人の欲より自分の欲を優先してるかな。仲間からよく怒られる。どうぞよろしく」


少年はにっこりとほほ笑むと、カミラをじっと眺める。


依り代(よりしろ)に使っていたそこの騎士、って言っても今は肉片だね。そいつが生贄いけにえをくれるっていうから見に来た。……いいね。お姉さんは最高だよ。僕の好みだ。こっち来なよ、楽しませてあげる。これでも遠い昔は人間だったんだ。やり方は知っている。壊さないから大丈夫」


カミラの手が俺の腕を強く握る。

俺は彼女の背中に軽く触れ、一歩前に出た。

カミラを守る。


この少年は……そうか。

エルムと名乗った。

この村に攻め込んできた、ザフスカーフ王国の信じる邪神だ。


突然、少女の声が響く。

ジーナだ。ジーナが呪文を詠唱えいしょうしている。


……なんてことだ。

この呪文は……嘘だろ。


「ジーナ。止めろっ!」


「……不浄ふじょうなる者よ。ここは汝の場所では無い。我は善なる全ての神に願う。この者を滅せよ。マ・ハマン!(ウィッシュ)


マ・ハマン。ジーナが以前教えてくれた。最大級の禁呪だ。

ジーナは躊躇ちゅうちょせずに禁呪を放った。この敵はそれだけヤバい奴なのだ。


魔法が発動しジーナが崩れ落ちる。

くそっ。ジーナ。死なないでくれ。

ここまでジーナを追い込んだのは俺のミスだ。


魔法陣のような模様が少年の周りを取り囲み、ぐるぐる回り出す。


少年は余裕めいた表情だ。

禁呪が……効いていない……だと?


「小剣。力を貸せ」


おおせのままに。カザセ様)


俺は小剣をさやから引き抜いた。

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