騎士
◆
息せき切って俺達の元に駆け込んできた獣人の二人組。
獣人と言っても、グリブイユと同じタイプで猫耳以外は人間に近い。性別は男だが。
村に逃げ込んできた敵の騎士が暴れているらしい。
彼らでは抑えきれずに大田少尉を呼びに来たのだ。
真っ先に少尉のところにやって来るとは、彼は村人から相当頼りにされているのだろう。
だがこの騒動は、元はと言えば村に逃げ込む敵を放置した俺の責任だ。
自分で対処することに決める。
「カザセ殿。私に待ってろ、なんて言わないでくれ」とカミラ
「ユウ。僕も行くよ」とジーナ
「分かった。一緒に行こう。シルバームーン、エトレーナを頼む」
「女王様とここで留守番しろってこと? つまんない。暇なんだけど」
シルバームーンを戦闘から外したいのは、俺なりに理由があった。
これ以上頼るのを避けたかったからだ。
そうは見えないが、彼女はこれでもドラゴンの国“レガリア”の姫なのだ。
好意で勝手に動いてくれているが、彼女は自分の行動にレガリア王の許可はもらっていない。
俺が姫をそそのかして事態に巻き込んでいる。王はそう思っている筈だ。
この上、シルバームーンが二度も負傷するような事にでもなれば状況は最悪になる。
正規の同盟を結びたい、なんていう考えは夢と消えるだろう。
「まあ、そう言うな。特等席で見学。たまにはいいだろう」
「何か嫌なことを考えてそうね……まあいいけど。……無理しないでよ?」
「心配するな。これぐらいは大丈夫だ」
エトレーナをシルバームーンに任せ、俺は大田少尉や仲間達と共に村へ急ぐ。
ザフスカーフ王国とは、いずれ本格的に戦う事になりそうだ。
敵のことをもっと良く知っておきたい。戦争に勝つためには情報が必要だ。
だから、ここで騎士と戦えるのはチャンスだ。
多少汚い手をつかっても、持っている情報を全部引き出してやる。
◆
木製の門を抜けて村に入る。上空から見て感じたように、なかなか立派な造りの村だ。
入口はちょっとした広場になっていて、木造2階建ての建物が周辺を囲んでいる。
市場が立っていたらしく果物や野菜などが散乱している。敵が攻め込んできたのが突然で、仕舞い切れなかったらしい。
「いたぞ。あそこだ」少尉が広場の向こうを指さす。
敵の騎士らしき男が剣を構えて、村人らしき獣人3名に取り囲まれている。
ほのかに発光している銀色の鎧を身にまとい、手には禍々(まがまが)しい形をした黒剣。
上等そうな武器だ。騎士の階級は上の方だろう。
敵の黒剣に反応したのか、小剣が俺の注意を惹くように鞘の中で震えた。
(……カザセ様)
(小剣か。無理をするな。お前の体調は万全では無い筈だ)
(あの黒剣は、宝剣フロテスという魔法剣です。魔力で強化された異常に鋭い切れ味を持ちます。別名ダイアモンドの剣。ご注意くださいませ)
(そうか。切れ味が異常に鋭い……それ位なら何とかなりそうだ)
(是非、私をお使いください。あの程度の魔法剣などすぐに潰してみせます)
(無理をするな。今は休んでいてくれ)
大田少尉が敵から目を離さずに俺に言う。
「風瀬さん、どう攻める?」
「この場は俺とカミラに任してくれ。ジーナはここから距離をとってサポートを頼む。ところで少尉、あんた大商業連合国ってのは聞いたことがあるか?」
突然の俺の質問に少尉はまごつく。
「藪から棒に何を言い出す? 大商業連合国だって?……南の遠方にある大国だって言うのは聞いたことがある。見慣れない兵器を使う国だと聞いた……まさか、風瀬さん、あんた大商業連合から来たのか?」
「まさか。住人を一人知ってはいるがな。大嫌いな男だ」
兵器商人の呉孟風。お前の事だ。
しかし、大田少尉が大商業連合の事を知っていると言うことは、敵も知っている可能性はある。使えるかもしれない。
「カミラ、それでは行こう。いつも危ない目にあわせてすまない」
「労いの言葉は私には不要。カザセ殿に従うのが私の使命。命ある限りいつまでもだ」
◆
俺はゆっくりと騎士の元に歩き出す。カミラも俺の横を行く。
戦闘は彼女に任せるとしよう。俺は自分の仕事をするだけだ。
騎士の5mほど手前で歩みを止めた。
俺は言う。「剣を捨てろ」
周りの獣人達が戸惑ったように俺を見る。
騎士が血走った眼でこちらを見た。
間近で見れば、なかなかの美形だ。
髪が戦いの為に乱れているが、ウェーブがかかった金色の髪はこいつが洒落者だという事を示している。
貴族の出なのかも知れない。
「お前は? 見慣れない風体だ」騎士は低く呟くように声を出す。
「剣を捨てろと言った。質問は許可していない」
カミラが俺の顔をチラッと見た。
確かに高圧的なやり方はいつもの俺のスタイルじゃない。
「……異教徒の野蛮人が利いたふうな口をきく。ザフスカーフ人と話す時の礼儀を教えてやろう。最初の言葉は“ご主人様”だ」
騎士はゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。
周りを囲んでいた獣人達が慌てて道を開ける。
カミラが俺を守る為に一歩前に歩み出る。
「カミラ、殺すな。こいつには利用価値がある」
「承知した」
騎士は面白そうに俺を見ると、視線をカミラに戻した。
そしてカミラの流れるような金髪の髪、無表情だが凛々しく綺麗な顔を味わうように見てから、視線を下にずらし均整のとれた身体を舐めるように見る。
「女。剣を下ろせ。お前は殺すには惜しい。自分の美しさに感謝することだ」
カミラは微動だにせず、剣を構えたままだ。
「どかぬ気か。女」
騎士はもう一度、カミラの身体を見回した。
宗教国家の騎士の筈なのに、ずいぶんと生臭い男だ。
「ならば、その身体と美貌を、創造神、第二位の眷属、欲望の神エレムに捧げよう。お前ならエレム様のハーレムに加われるかも知れぬ」
騎士の身体が突然動く。
早い!
振り下ろされる騎士の剣がカミラを襲う。
だがカミラの動きは騎士を上回る。彼女の魔剣ノートゥングが騎士の剣を薙ぎ払った。
切れ味が良い事だけが取り柄の騎士の剣、宝剣フロテスと切断の概念を封じ込めたカミラの魔剣ノートゥング。
勝負にならない。
刃が交わればノートゥングに勝てる剣は存在しない。そのような剣は存在が許されない。
騎士の剣は根本から切られ、吹き飛ばされる。
「くっ」
衝撃で剣を吹き飛ばされた騎士は、腕を押さえて呆然とした。
そろそろ俺の出番だろう。
男の元に駆け寄り、腹に拳を叩き込む。
くの字に身体を折った騎士に、もう一撃。
とどめに腹に蹴りをいれた。
男は胃液を吐き出し咳き込む。地面に倒れないのは褒めてやろう。
しかし、男の目から戦闘継続の意思は失われ、恐怖心がかいま見えた。
勝負はついた。
あっけない。
ここから先は気の進まない作業だ。
敵の組織、兵力、奴らが起こしている戦争の現況。
必要な情報をあらいざらい喋ってもらう。
その為には、手荒な真似も必要になるかも知れない。
こんな事はカミラにはさせられない。
「俺の質問に答えれば、これ以上怪我をすることはない。協力しなければ苦しむ事になる。利口になる事だ」
騎士の口が動いた。
「……さま……お助け……さい」
咳き込みながら何かを言う。
よく聞こえない。命乞いか?
「なんだ? はっきり言え」
「ユウ。危ない!離れてっ!」
ジーナの叫び声。
「……なんだっ? これは?」
騎士の身体から黒い霧のようなもやが吹き出す。
俺は慌てて距離をとった。
黒い霧がオーラのように騎士の身体にまとわりつき、それにつれて騎士に生気がみなぎるのを俺は見た。
さきほど、痛めつけて与えたダメージが回復していく。
恐怖に怯えた顔はもはや無い。ぎらついた目で何も無い空中を見ている。
「おお、エルム様、よくぞいらっしゃいました。感謝致します。ご降臨いただくのはこの上ない歓びでございます」
騎士はうやうやしく頭を下げる。何も無い空間に。
「このような雑魚どもの為にお呼びだてして、誠に申し訳ございません。我らだけで対処するつもりでしたが邪魔がはいりました」
騎士の顔が曇る。
「申し訳ございません。お怒りはごもっともです。さすれば、ここにいる女を生贄に捧げましょう。上物です。少しでもお楽しみいただければ幸いでございます」
ダンッダンッダンッ。発射音が聞こえた。
少尉の援護射撃。拳銃の発射音。
恐らく九四式拳銃。
しかし放たれた8mm弾は、黒霧に遮られ騎士に当たらない。
「“聖なる結界”よ。 邪悪を祓え」
呪文と共にジーナの魔法が発動する。が、魔法の光は黒い霧に吸収された。効果が無い。
くそっ。こいつはマズそうだ。
「カミラ! 逃げるぞ! お前たちも逃げろ! 早く!」 獣人達は慌ててばらばらに逃げ出す。
俺もカミラの手を引いて走り出す。
距離さえとれれば俺は負けない。
俺の得意な距離は至近距離じゃない。
10mほど走っただろうか。
「あっ」カミラが喘ぐ。
カミラと二人、もんどりうって転倒したのだ。足が鉛のように動かない。
振り返ると騎士の手がこちらに掲げられていた。
魔法。あいつは魔法なんて使えるのか? いや、あの黒い霧だ。あれの仕業だ。
俺は覚悟を決める。やるしかない。
まだ近い。一か八か。
鉛のように重たい足を無理やり動かし、なんとか立ち上がる。
(召喚。110mm対戦車弾)
ずっしりしたロケット弾が俺の肩に実体化する。
別名パンツァーファウスト3。歩兵用対戦車ミサイル。
こいつなら。
あんな霧などそのままぶち抜いてやる。
「ずいぶん物騒な武器だな。魔法の槍か?」 男はせせら笑う。
引き金に指をかけた。じっくり照準する暇は無い。当たってくれ。
「そう急ぐな。俺を殺せば余計に酷いことになるぞ。あれが聞こえないのか?」
ごごご、と低い地響きのような音が聞こえた。
村の広場からだ。確かに何かが実体化してくる。巨大な何か。
奴のブラフじゃない。
「エルム様のしもべを召喚した。あいつは俺が死ねば暴走する。この村は壊滅するぞ。……さてと、さっきの礼をしないとな。勘違いするな。手荒な事はしない。多分な」
広場に実体化したものが完全に姿を現す……あれは地竜。地竜だ。翼を持たないドラゴンの亜種だ。
「がっかりだ」俺は騎士に告げる。それがあのデカブツに対する俺の評価だ。
「何だと?」
「がっかりだ、と言った。散々もったいをつけたあげく地竜を召喚して何をするつもりだ? 芸でもさせるのか?」
「強がりを」
「試してみるか」
『アルファ1、応答してくれ。こちらアルファ2。地上に巨大生物の出現を認む。指示を願う』
哨戒に飛んでいたアパッチから通信が入る。ようやく戻ってきたようだ。
敵もまだ本気を出していなかったのかも知れない。だがそれはこちらも同じこと。
機関砲程度なら地竜の皮膚でも防がれるかも知れない。
しかしアパッチ戦闘ヘリの主武装は、機関砲なんかじゃない。