コックェリコの村で
◆
『私は雷電。そこの戦闘機が私です。この世界に少尉を連れてきたのは私なのです』
脳内に声が響く。女の声だ。
『最初にお礼を言わせてください。私達だけでこの村――コックェリコ――を守る事は不可能でした。心よりあなた方の助力に感謝致します』
妖精が雷電の話に割り込んで来る。
(あなた……は疑似人格なのかしら? でも、人間の身体は持っていないみたいね。インフィニット・アーマリー社に造られたの?)
『疑似人格? インフィニット・アーマリー社? 何の事を仰っているのか分かりません。しかし貴方は私と同類のようですね。仲間と会えてとても嬉しいです』
(まだ仲間と決まった訳じゃなくてよ。あなた一体何者? うちの会社製じゃないんだったら、一体どこで造られたの?)
『僭越ながら自己紹介をさせていただきます。私は1943年6月に四菱重工業の川崎第三工場にて製造されました。形式番号J2M0、製造番号002の局地戦闘機“雷電”です。
こう見えましても大田一少尉と共に、ボーイングB29大型爆撃機2機、グラマンF6F艦上戦闘機3機を撃墜した戦果があります。私の誇りです』
(ええとね、聞きたいのはそれじゃない。今、喋っているあなたは何者だって聞いてるの。戦闘機の事を聞いてるんじゃないわ)
『そう言われましても……私は生まれた時からずっと雷電です』
話が噛み合っていない。
このままでは埒が明かないと思ったのか、妖精はまごつく雷電を問い詰めるように話を進める。
会話の速度は増していく。もはや人間の俺ではついていけない。
(キリのいいところで解説してくれ)
(すみません。今、分かった事を説明しますね)
(よろしく頼む。手短にな)
◆
結局のところ戦闘機にすぎない雷電が、なんで意識を持つようになったかは不明だった。
だが妖精は何かに気が付いたようだ。
自分の考えに確信が持てないようで、まだ俺には言わないつもりらしい。
妖精は見かけによらず慎重な性格なのだ。
太田操縦士と雷電が、どうやってニューワールドに来たのかは知ることが出来た。
説明によると、雷電と大田操縦士は第二次世界大戦中の東京で、本土に飛来した米軍B29爆撃機に対する迎撃任務についていた。
その任務中に、B29を護衛していたマスタング戦闘機と空戦中となり大田操縦士は被弾してしまう。
出血多量の重症だった。
意識は朦朧とし始め、敵戦闘機に喰われそうになる。
離脱して調布飛行場まで帰還するのは無理だった。
雷電が、妖精の解説に補足する。
『マスタングから逃げ惑う中、雲の切れ目から草原が見えました。後から思い出せば、空間の避け目から別の世界が見えたと言う事だと思います。そこは穏やかで平和そうで、太陽の光を浴び輝く平原が見えました。私は大田操縦士に呼びかけました。戦闘機が話すなんて変ですから、それまで私は自分が喋れることを隠していました。でも大田さんに死んで欲しくなかった。“あそこへ逃げましょう”意識が途切れそうな太田さんに必死で呼びかけました』
黙っていた大田操縦士が口を開く。彼には雷電の声が聞こえているのだ。
「自分はその裂け目に雷電を向け突入した。幸運なことに敵のマスタングは追ってこなかった。
気が付いた時には着陸していて、グリブイユが瀕死の俺を介抱してくれていたんだ」
俺は理解した。
ニューワールドへ通じる異界の門が、当時の東京に開いたのだ。
門は、その世界に危機が迫ったときに開く。滅亡間際だったエトレーナの王国に出現したように。
敗戦が濃厚になった日本にもその扉――異界の門――が開いたのだろう。
恐らく、当時の日本の誰かが門の秘密を見つけたのだ。そして開門した。
門の一部は東京上空にも展開した。
「自分は仲間や日本を見捨て、この世界に逃げ込んだ。結果的に自分のやった事は軍からの逃亡だ。それをずっと悔いていた。日本に戻ろうとしたが、どうやればいいのか分からない。やむなくこの村で、用心棒まがいの事をしながら今まで生きてきたんだ」
見ると獣人のグリブイユが、大田操縦士に寄り添っていた。彼女はもう人間の姿に戻っている。
視線を向けると、きまりが悪いのか目を反らす。さっき俺を襲ったのを反省しているらしい。
操縦士に寄り添う姿は、長年付き合っている恋人同士を思わせた。実際、彼らは恋人同士なのだろう。
お互い完全に相手を信用しきった態度に俺は少し羨ましくなる。いつか俺もエトレーナとそういう関係に成れるのだろうか。
そういえば俺としたことが、仲間に状況を説明していない。彼女らには雷電の喋りが聞こえていない。
当然ながら妖精の声は俺にしか聞こえない。
エトレーナとカミラが不安そうにしているので、俺は分かった事を彼女らに簡単に説明した。
大田操縦士がエトレーナを見つめる。少尉の女性の趣味は、カミラよりエトレーナ派のようだ。
「そのお方は?」
「すまない。大田少尉、それにエトレーナ。紹介が遅れてしまった。彼女は俺が従っているエトレーナ七世陛下でユリオプス王国の女王だ。それと護衛の騎士カミラ・ランゲンバッハ、魔術師のジーナ・レスキン。向こうにいるのは銀竜のシルバームーン。彼女はちょっとした訳があって一緒に戦っている。ヘリの中にはマトヴェイ・ロプコフがいる。俺の村の顔役だ」
「ドラゴン?」 少尉は一瞬ぎょっとしたが、一緒に居るのは訳ありと俺が言ったからだろう。
それ以上は聞かれなかった。
おれはふとエトレーナの方を見る。
……まずい。
エトレーナが怒っている。
俺は何かをやらかしてしまったらしい。
表情は依然としてにこやかだが、それは彼女を知らない人間が見た場合だ。
気分を害しているのが俺には分かる。
紹介が遅れたのが気に喰わなかったのだろうか?
軍人あがりの俺にあまり細かな礼儀を求めないで欲しいところだ。
「始めまして。エトレーナ・カイノ・クローデットと申します」
エトレーナは優雅に礼をすると、俺に身体を寄せて腕に手を差し込んでくる。
そして俺の手を握りしめる。
まるで恋人のように。
そこまでされて、ようやく俺にはエトレーナの不満の原因が分かった。
恋人と言って紹介しなかったのが、まずかったらしい。彼女はすねているのだ。
大田少尉とグリブイユの関係が羨ましかったのは、俺だけではなかったようだ。
しかし、“恋人”、それをこのシチュエーションで俺に言えと?
……いや、何でもない。後で努力はしてみる。
今は、気になっている事を操縦士に尋ねる。
俺は将来、困った時には家庭より仕事に逃げる男になりそうだ。
「村を襲ってきた敵は何者だ?」
「あいつらは、この村のある“大森林”の西にあるザフスカーフ王国の奴らだ。この世界、ニューワールドを造った創造神を、やつらは信仰している。それが全ての争いの元だ」
「創造神だって? ニューワールドを造った種族のことか」
「この世界を造ったのが、神なのか生き物なのか自分には分からない。
だがザフスカーフの奴らは、神がこの世界を造ったと信じている。
奴らによれば、この世界は殺し合いをする為の闘技場だ。最も強い種族を1つ選び出す為の場所だと。
最強の種族であることを創造神に証明すれば、楽園への道を開いてくれると信じている。
それで手当たり次第周りの生き物を殺し始めた。無茶苦茶な話だ」
「厄介な相手だな」
「ちょっと前までは、あいつらも大人しかったんだ。奴らの行動が凶悪化したのは、数年前からだ」
ザフスカーフは狂っている。
ニューワールドに住む全ての種族を滅ぼす、なんて事が本当に出来ると思っているのか?
少なくともここは地球の数千倍の広さがあるのだ。もしかしたら無限かもしれない。
住んでいる種族の数なんて、それこそ星の数ほどありそうだ。
全てを滅ぼして自分達だけ残るなんて不可能だ。地球で同じ事をやる方がよっぽど簡単だろう。
それに俺は、この世界を造った種族が本当にそんな事を望んでいるとは思わない。
世界を造れるほど偉大な種族が、そこまで外道な事を望む訳がない。
ザフスカーフ王国の連中をこのままには出来ないのは確かだ。
放っておけば、ユリオプス王国も巻き添えになる。
しかし……
「それだけの実力が敵にあるのか? この大森林の北限にはドラゴン達の国もあるんだぞ」
俺たちが向かっているドラゴンの国、レガリアが大森林の北限にある。
敵が北に向かえば、いつかはドラゴン達と戦わなければいけない。
ワイバーン程度をいくら飛ばしても、ドラゴン達には敵わない。
そしてもし、敵が南に向かえばいずれ中国人の武器商人、呉 孟風が本拠地を構える大商業連合国にぶちあたる。
現代兵器ばかりか、未来兵器まで使う奴らの国を攻略するのは難しい話だ。
南には俺達の開拓村もある。まずいことに大商業連合より北にあるから、敵が南進してくれば戦うのは俺達が先になる。
どうせなら開拓村を迂回して、大商業連合国の方へ直接攻め込んで欲しい。
その方が手間がかからない。
「ザフスカーフの連中を甘く見ないほうがいい。あなたの実力は見せてもらったが、それでも油断しない方がいい。敵の実力をここの戦力だけで判断するのは早い。奴らが急に強気になったのには理由があるんだ。それは……」
「オオタさん! ここに居たんですかっ」 大声が聞こえる。
血相を変えて二つの人影が村の方から駆けてくる。グリブイユと同じタイプの獣人だ。
猫のような耳があるが、それ以外は人間と変わらない。年配と若い男の二人組だ。
「早く一緒に……来てくれ。……頼む」 走ってきて息が苦しいのか、年配の獣人があえぎながら言う。
「村長。どうしました?」
「どうも……こうも……ない。村が……大変だ」
若い獣人が代わりに答えた。
「ごめんなさい、オオタさん。村に逃げ込んできた騎士の一人が手に負えない。抑え込んだと思ったんだけど、急に暴れだした。変な剣を使っていて僕では相手にならない」
魔剣の類か。
「分かった。すぐ行く」大田少尉がすぐに応えた。
「俺も一緒に行こう」
「いいのか? 風瀬さん。来てもらえるなら心強いが」
「俺は陸上自衛隊、つまり陸軍の出だ。泥臭い殴り合いや、切り合いなら海軍出のあんたより得意だからな」
大田少尉は一瞬ムッとするが、すぐにニヤリと笑う。
「いいだろう。陸軍出身の腕前とやらを見せてもらおう」