介入
◆
アパッチ攻撃ヘリから通信が入る。
『地上に兵が展開している。小隊規模だ。村を取り囲むように布陣している』
村の上空には兵を乗せた10騎のワイバーンたち。
ワイバーンは、ブレスを吐いて逃げ惑う住人を焼き殺している。
民家からは、火の手が上がっている。
住人に抵抗の意思は無いようだ。反撃している者の姿は見えない。
抵抗してるのは一機のプロペラ式戦闘機。
局地戦闘機“雷電”だ。
しかし戦況は思わしくない。
雷電は高速でワイバーンに突っ込み機銃掃射をしながら離脱していく。
しかし、これでは再び攻撃するまで間隔が空いてしまう。しかも敵が超低空で森の中にでも逃げ込めばそれ以上は追えない。
だからと言って、速度を落とし格闘戦には持ち込めない。
そんな事をすればワイバーンのブレス攻撃の餌食だ。
機動性はどう見ても雷電よりワイバーンの方が上だ。
駄目だ。雷電では防げない。
この上、地上の兵達が村になだれ込めば命運はそこで尽きる。
介入するか?
俺のアパッチなら状況をひっくり返せる。遠距離から一方的に砲撃出来る戦闘ヘリなら。
あんな飛竜など。
『オペレーター。指示を願う』
俺は迷う。
村の味方をすれば、ワイバーン達の勢力が今度はユリオプス王国の敵となる。
ここに居る敵だけで全部ではあるまい。本拠地にはもっといる筈だ。
俺達の開拓村は、ここからたいして離れていない。
せいぜい数百キロだ。ワイバーンなら飛んで来れる。
そしてそのうち、彼等も近代兵器を使うようになるかも知れない。
そうなれば状況は、もっと悪くなる。
俺の守るべきはエトレーナの王国だ。危険を抱え込む訳にはいかない。
敵を増やすな。感情に流されて悪手を打つな。お前はアマチュアじゃない。プロだ。
「どうしたの? 何よ? 慌てて」
シルバームーンが狭い機内を近づいて来る。
俺のそばに来ると、ヘリの前方を覗き込んだ。
「戦闘?」
彼女の魔力で強化された視力は戦場を捉えている。
「戦闘じゃない。一方的な虐殺だ」
「こんなところで……」
「あのワイバーン達に見覚えがあるか?」
「知らない。見たことも無いわ。……もしかして、レガリアの竜を疑ってるの? 侮辱よっ! 私たちは略奪などしない」
「誰もそんな事は言っていない」
俺はもう一度村を見る。
ここの村人達は恐らく、ユリオプス王国より少しだけ早くニューワールドに住み着いた入植者だ。
苦労してニューワールドにたどり着いて、ようやくあそこまで頑張ったのだ。
そしてあの雷電。あれは一体どうしてここにいるのか?
なんで村を守っているのか?
だが、あの戦闘機がやっている事は、俺と同じだ。
あれは、あの村の俺だ。
……見捨てられるのか? 見捨てていいのか?
カミラとジーナが心配したのか、パイロット席に来ようとしている。
その後ろから、声が響く。
「カザセ様、お願いです。あの村を助けてあげてください」
エトレーナ。
「村が見えるのか?」
見ると彼女の指輪が紫光に明るく輝いている。その指輪は前王の形見のマジックアイテムだ。
遠見の魔法を発動している。
「哀れみから言っている訳ではありません。あの村は豊かに見えます。貸しをつくっておいてもいいでしょう? 同盟を結ぼうとするかも知れません。お互い助け合えるかも知れません。仲間は多い方がいいです。それに」
「それに?」
「見捨てるなんてカザセ様らしくありません」
俺は苦笑いをする。
相手が豊かそうだから貸しを作る? それは彼女の本心じゃない。
エトレーナは、ただ村を助けたいだけだ。だから俺の納得しそうな理由をひねり出した。
女王としては失格だ。優しすぎる。余分なものを切り捨てる強さも足りない。
だが……本当は俺もあいつらを助けたい。
認めよう。俺は兵隊としては失格だ。
切り捨てる強さも無いし、余計なものを抱え込む。
状況判断もなってないし、たいして優しくも無いのに感情に惑わされる。
「村を助ければ、その敵の恨みを買う。次に狙われるのは俺達の村だぞ」
「カザセ様が負ける訳がございません」
いいだろう。
好きな女に覚悟があると言うのなら、俺はそれに応えよう。
二つの村を守れない訳じゃない。例え偽物の“英雄”でもそれ位して見せる。
俺は自分がエトレーナに感謝している事に気がついた。やはり自分は戦いたかったらしい。
待ってろ、雷電。
今、助ける。
◆
アパッチに命令する。
『30mm機関砲の使用を許可する。村を襲っているワイバーンを片付けろ』
『アルファ2了解。これより前進し攻撃態勢に入る』
アパッチ・ロングボウ戦闘ヘリ、識別名アルファ2は、ホバリングを止めて前進を開始する。
火器管制装置(FCS)を対空戦闘モードに移行。
チェーンガン・オンライン。
銃口が砲手の視線に連動し、生き物のように動き出す。
アパッチの持つチェーンガンは、砲手の見るものを自動で狙う。
殺戮の饗宴に呑み込まれ、村人を追い回すのに夢中だったワイバーンがようやくこちらに気が付いた。
一騎そしてもう一騎が、こちらに向かって飛び始める。
『アルファ1、こちらに向かって二騎のワイバーンが接近して来る』
『殺れ』
距離1800m。
目標補足・指示表示装置(TADS)は、正常に稼働中。
ワイバーンの姿が拡大されて砲手のヘルメット内に投影された。
『アルファ2了解。攻撃を開始する』
チェーンガンが火を吹く。鳴り響く射撃音。
毎秒10発の早さで撃ち出されていくM789多目的榴弾は、一発一発が25mm装甲を貫く性能を持つ。
砲弾が飛竜に乗っている兵士を直撃した。身体が水を入れた風船のように破裂する。
乗っていたワイバーンも引き裂かれ、二つに割れて地上に落下していく。
あっけない。ドラゴンに比べればまるで紙細工だ。
『一騎を撃墜』
残りの一騎は何が起こったのか良く分かっていないようだ。
まさか、そんな遠くから……言いたいのはそんなところか。
砲手はチェーンガンを再び発射する。
『二騎目を撃墜』
仲間の二騎が一瞬で砕かれたのを見て、残りのワイバーン達は明らかに動揺している。
俺たちから距離をとろうと逃げ始めた。
しかし、彼らはまだ射程内にいる。
『先頭の飛竜をやれ。金色の奴だ』
その一騎は金色の装飾を着けていた。
指揮官が乗っている。
チェーンガンが唸ると、金色のワイバーンは切り裂かれ地上に落下する。
続けて、もう一騎のワイバーンが肉塊に代わる。
『攻撃を中止』
残りの六騎は、森に急降下しながら逃げていく。木々の間に紛れ込むつもりらしい。
仲間が抵抗も出来ずにはじけ飛んだのは見たはずだ。
しばらくは、村を襲う余裕は無いだろう。
◆
「大した破壊力ね。まあ、ドラゴンとは比較にはならないけど」
「褒めてもらって光栄だ」
雷電はワイバーン達を追撃する。
俺達のヘリにも気がついている筈だが、敵を叩くのを優先したらしい。
村を取り囲んでいる地上の敵の兵達に目立った動きは無い。
双眼鏡で確認すると兵達は帯剣していて、それなりの鎧を身につけている。
戦い慣れた兵達のようだ。少なくとも近代兵器以外に対しては。
彼らは、こちらを指さし何か喚いている。
あいつらも味方の飛竜が殺られたのは見た筈だ。
まだ撤退の動きが無いのは、空と地上の戦いは別ものだと思っているのだろうか。
こちらの攻撃が地上には届かないと思っているか。
「ジーナ。地上から魔術師が攻撃してくるかも知れない。注意してくれ」
「分かったよ、ユウ」
「何で私を無視するの? 手伝ってあげなくもないわよ」
「シルバームーンは病み上がりだからな。見ててもらって結構だ」
「何よそれ。なんかムカつく」
「暇なら、ジーナを助けてやってくれ」
本音を言えば、俺とエトレーナの気まぐれにつきあわせては悪いと思っただけだ。
『アルファ2、小隊の中に軍旗らしき旗を持った兵がいる。そばに指揮官らしき派手な鎧を着た兵がいる。見えるか?』
『確認した』
アパッチは、ハイドラ70ミリ・ロケット弾を装着している。
ロケット弾のタイプはM255だ。1発のロケット当たり2500発のフレシェット弾頭を内蔵している。
広範囲に地上にばら撒かれるよう設計されている対歩兵の兵器だ。
使えば、地上兵を全滅させることも出来るかもしれない。
しかし、それは流石の俺もためらった。
今回は蹴散らすだけに留めよう。恐怖を本国に伝える兵隊は、ある程度の数が居た方がいい。
そう自分を納得させ、命令をする。
『指揮官をチェーンガンで砲撃しろ。周りを多少巻き込んでも構わん』
『アルファ2、了解』
ぼん。
目標の周囲が爆撃されたように煙が舞い上がる。
雨のように降り注ぐチェーンガンの放った榴弾が炸裂したのだ。
中心部に残っているのは、指揮官と周りに居た不幸な兵の残骸。
その周りには、爆発に巻き込まれた兵達が横たわっている。
そして、その周り。
指揮官を失った兵達はパニックになって、バラバラに逃げ始めた。
大部分は森に逃げ込んでいくが、混乱の為に村へなだれこんでいく兵士もいる。
まずい。
『これより、我が隊は村の上空へ向かい住人を援護する。進め』
『アルファ1、了解』
そばに居るブラックホークのパイロットが、直接答える。
『アルファ2、了解』
アパッチの返答が脳内に響く。
俺たちが村に向かって飛行を開始すると、局地戦闘機 雷電がゆっくりと警戒しながら飛んで来る。