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騎士―ラルフ・ヴェストリン

呼び出した戦車隊は城の周辺を完全に制圧した。次は城内の敵の排除だ。俺は、味方の支援を始める事にする。

結果から言えば、敵の始末に大した時間はかからなかった。


俺が考えていたより、城内の味方はうまくやっていた。

彼等、彼女らはエリートで、腕が良い近衛このえ兵が中心だったのもある。ごく少数だが魔術師も投入されていたらしい。 


俺としては5機ほどの戦闘ヘリを召喚し、空から援護するだけで済んだ。

城の中庭で戦っていた不幸な敵たちは、戦闘ヘリの機関砲を浴び恐慌きょうこう状態になった。 

ヘリ搭載の機関砲は強力だ。いきなり仲間が原型も留めず吹き飛べば、パニックにもなる。


異変に気が付き、自分たちが孤立したことに気がついた敵は、ほとんどが逃げ出して行く。

粘っている敵には、俺も小銃でお相手した。これでも多少は、自分の身体を張って仕事はしたんだぜ。


王宮内とその周辺に関しては完全にコントロールを取り戻した。まあ後になって考えれば、これだけの現代兵器を投入すれば、勝って当たり前な気もするけどな。


エトレーナや騎士たちから見ると、やはり俺が魔神のように見えるようだ。英雄扱いならまだ良いんだが、そんなにいいもんではないような気がする。

エトレーナは言っていた。俺を呼び出すのに禁忌きんきの術式を使ったとか。

自分を生贄いけにえに差し出すから、言うことを聞いてくれ、的な事も言っていた。


…やはり俺のポジションは、強力だが残虐ざんぎゃく非道ひどうな悪魔もどきってことか。

好みの女には子鹿のようにウブな俺に対して、失礼な話だぜ。

そのせいか、こっちが味方だと分かっている筈なのに、兵たちは誰も近寄って来よって来ない。 

エトレーナだけは、何かと気を使ってくれるのが慰めだ。


戦況が落ち着き、周囲を見回す余裕ができると、もう朝日が昇ってかなり時間が過ぎた頃合いだった。 

アドレナリンのおかげだろう。疲れはそれほど感じていない。

しかし、余裕が出てくると同時に心細くなってくる。ここは俺の知っている世界じゃない。それどころか、見知らぬ異世界だ。 

ヨーロッパの中世に似た世界。東京の下町好きの俺に、あんまり合う感じじゃない。


「カザセ様、騎士隊から報告がありました。城内の制圧を終えたようです。 何とお礼を申し上げたら良いか。どうもありがとうございます」

エトレーナ女王だ。若干じゃっかんの疲れが見えるが、表情の方はだいぶ明るくなっている。


「そいつは良かった。役に立てて嬉しい」


「役に立つなどとは、ご謙遜けんそんを。全てはカザセ様の活躍のお蔭です。

お疲れと思います。 休める部屋を用意させました。軽食の用意もあります」


「助かる。エトレーナも疲れただろう?」


王族にファーストネームで呼びかけるのは俺も気になってはいるのだが、陛下をつけると怒られるので、そこら辺は察して欲しい。

案の定、女王はニッコリ笑う。


「いえ。 私には疲れている時間はありませんから…。しばらく、ごゆっくりなさってください。後ほど伺わせていただきます」


召使いらしき女性に案内された部屋は、城の中の高層の階にあった。恐らく身分の高い客用の部屋だ。

流石さすがにこの辺までは敵も攻めてはこなかったようで、綺麗なままだ。

高級ホテルのVIPルームってこんな感じなんじゃなかろうか。泊まった経験は勿論もちろん無いが。


テーブルには、フランスパンに似たかたまりと、ソースをかけた肉料理が置いてある。 

有りがたく頂くことにした。食べてみると、肉は鳥だ。甘いソースが良くあっていて、なかなか美味い。 

食事を平らげると、緊張が解けたのか眠くてたまらなくなる。

まる2日の間、寝ないで戦っていた。眠いのは当然だろう。

しばらくの間眠ることにした俺は、ベッドに横たわると目を閉じた。


扉がノックされる音で目を覚ます。

腕時計を確認すると、5時間ほど寝ていた。


「カザセ殿。私だ。ラルフ・ヴェストリンだ」


この世界で男の知り合いは一人しか居ない。

先日、俺に向かって剣を突きつけた憎たらしくも二枚目の騎士だ。

まさか俺を殺しに…来たのか? 


「何の用だ?」


びに来たんだ。入れてくれ」


謝りに来たとは、良い心がけだ。まあ、殺す気で来たのなら最初からノックなどしまい。

入室の許可を出すと、案の定、例の騎士が入って来た。改めて見る姿は、映画に出てくる正義の味方役の二枚目俳優といったところか。

よく揃えられた口ひげが格好いい。

何となく気圧けおされてしまう。 美人は好きだが美男子は嫌いなんだ。


「改めて自己紹介させてくれ。私は騎士団“ドラゴンの牙”の隊長、ラルフ・ヴェストリンだ。部下を救ってくれて感謝する。

貴殿に剣を向けた、私の無礼を許して欲しい」


騎士の男―ヴェストリンは、予想外にも深々と頭を下げた。

その態度に俺はちょっと面食らう。戦車で捕虜たちを助けた件で感謝されているらしい。


「…ええと、いや、出来ることをやったまでだ。気にするな」 


騎士は俺に向かってずいっと踏み出し、間近に来た。 

「教えてくれ。 あなたは陛下が言っているように魔神なのか?」 


いい加減にしてくれ。


「良く見てみろ。魔神の訳があるか。正真正銘しょうしんしょうめい、俺はただの人間だ。一種の傭兵ようへいと思ってもらえばいい」


騎士はうなずくが、思い直したように、いやいやと首をふる。


「だが貴殿が呼び出したあの恐ろしい化物たち、あれは何だ? ゴーレムを赤子の手をひねるがごとく、一撃で破壊するとは恐ろしい力だ…敵は全く為す術がなかった。

そして、空を飛ぶ異形の化物。あれは恐ろしい。多くの敵が跡形もなく飛び散った。ドラゴンの一種なのか?」


この世界は魔法を除けば中世ヨーロッパ相当、と我が社の妖精が言っていた。 

当然ながら戦車や戦闘ヘリなんか見たことが無いのだろう。どう説明したらいいのだろうか。


「あんたが言う化物は、戦車と言う俺達の世界の機械だ。人間が造った代物だ」


「”きかい”だと? あれを人間が造ったと言うのか? …恐るべき魔術だ。 そのような高度な魔術が我らの世界から失われて久しい。うらやましい話だ」


誤解をしているようだな…10(ひとまる)式戦車は魔術で造られた訳じゃない。

しかし、俺たちの科学技術とこの世界の魔術…実質、さほどの差は無いのかもしれん。ボタンを押すと何かしら結果が出る俺たちの科学技術。呪文を唱えると、何かの現象が起こるこの世界の魔術。

役に立つという点では大して変わらん気もする。


適当に話を合わせる。

「そんなもんだ。 俺の国は、その…ちょっと変わった種類の魔術が得意なところなんだ。俺たちは科学技術と呼んでいる」


まあ10式戦車を異世界まで転送する兵器召喚システムなんて、聞いたことなかったけどな。

もしかすると我が社の妖精は、兵器を召喚するのに魔法を使っているのかもしれない。

だが話がややっこしくなりそうなので、余計なことは言わないことにする。


騎士は、まだ満足していないようだ。

「貴殿は仕事の対価に、王族の娘の血肉を取るのか?」


「俺の話を聞いていなかったのか? 止めてくれ。ばかばかしい。

そんなわけ無いだろう」


「そうか」 騎士はほっとした顔をする。

少しうつむき、思い悩んでいる様子だった。 しかし覚悟を決めたように、顔を上げると俺をじっと睨む。


「な、なんだ。 俺は別に女王を取って食ったりしないぞ」


「頼みがある」


「王国の防衛の話か? それならもう引き受けている。仕事として。傭兵だと言ったろ?」

給料も会社から出るはずだ。


「国の防衛? 勿論それもあるが、傭兵を名乗るのなら戦うのは当然だろう。 いや失敬。言おうとしたのはそれでは無い」


「では なんだ?」


「女王を…エトレーナ陛下を守って欲しいのだ。貴殿にはそれが出来るはず。 政治的にも…もしかすると命も。……助けてやってほしい」


一体どういう事か?

騎士ラルフ・ヴェストリンは女王と、王国の置かれた状況を語り始めた。 


「この王国の窮状きゅうじょうは、貴殿も理解していると思う。現在、我らは滅亡のふちにいる。今や人口は1万そこそこだ。かつては数百万の人口を誇った豊かな国だった。高度な魔法文明が栄え、人々は何不自由することなく人生を思う存分楽しんだ」


騎士はそこで言葉を切り、顔をしかめた。

「今では見る影もない。魔法が使えなくなりつつあるのが、王国没落(ぼつらく)の主な原因だ。大地から魔法のみなもととなるマナが失われている。


マナ無くして、我らは魔法を使えぬ。 文明は衰退し、作物も十分に作れなくなるほどに落ちぶれた。

魔術師は、ごく少数は残っているが、彼等もいつまで魔法が使えるか。

 

我らも全盛期には強力な魔法を自由に操り、貴殿が呼び出したような眷属けんぞく使役しえきしていた。

そういう時代もあったのだ。 信じないかも知れないが」


マナと言うのは、魔法の源、つまり魔法を使うときに消費する燃料のようなものなのだろうか。

そいつが無くなるのは、俺たちの世界で言えば石油が無くなるような感じなのだろう。

俺がどうにか出来る話とは思えない。化け物たちは兵器で蹴散けちらせるかも知れないが、土地からマナが失われていくのはどうしようもない。


「文明は衰退し、領土争いの内紛が増え、国力はめっきり落ちた。するとチャンスとばかりに周辺の亜人間どもが攻めて来た。貴殿も戦ったあの化け物どもだ。今の我らには、魔法が十分には使えぬ。悔しいが、侵略を防げない」


騎士は話を続けた。

「負け戦が続いた。戦いの中、王と女王を失い、若くして即位されたのがエトレーナ女王陛下だ。だが経験不足にも関わらず女王は有能だった。


即位して間もなく、女王は、学者や数少ない魔術師と共に、先祖の記録を精力的に調べた。

そしてとうとう、マナに溢れた約束の地、“ニューワールド”に関する文章を発見したのだ。

先祖たちは、マナが枯渇こかつすることを予見し、子孫たちの為にメッセージを残していた。 

“栄光ある子孫よ。 絶望することなかれ。 躊躇ちゅちょすることあたわず。 生き延びたくば、ニューワールドを目指せ” メッセージにはそうあった。


記録には、“ニューワールド”への行き方も記されていた。

そこは、パラダイスのように思えた。 マナに溢れた豊かで広大な土地。 “ニューワールド”にさえ行けば、我らもかつての栄光を取り戻せる。女王陛下は、そう思ったのだ。


そして、陛下は第一次移民団を、新天地へと送った。

だが…」


俺たちのいる部屋の扉が叩かれる音がした。


「ラルフ! 居るのだろう。陛下がお呼びだ」


「カミラか? 分かったすぐに行く。今、客人と話を…」


「客人だと? 入るぞ」


扉がガラッと開く。長身の女騎士が入って来た。金髪のグラマーで均整が取れた体型だ。 身体のシルエットがピチっとした革鎧の外からよく分かる。


映画のヒロインも逃げ出しそうな超美人。 この世界には、美人と美男子以外は存在が許されない呪いでも、かかっているのだろうか? だが俺は清純派が好きなので、どちらかと言えば女王押しだ。


女騎士は俺を見ると、わざとらしく目をらす。 

嫌な感じだ。


「カミラ。許可も無しに入室するのは失礼だろう。こちらはエトレーナ陛下が異世界から召喚されたカザセ殿だ。お前も聞いている筈。

昨日の戦いで、捕虜となっていた我らの部下を助けてくれた…」


女騎士は軽く礼をしてくる。

「私はカミラ・ランゲンバッハだ。騎士団“ワイバーンの翼”隊の隊長をしている。部下が世話になった」 


「いや、なに…」 俺が何か言葉を続けようとすると、女騎士がさえぎる。


「もう用が済んだのなら元居た世界プレーンに帰られるが良かろう。貴殿の役目は、終わったはずだ。魔神もどきの助けは借りぬ。

後は引き受けた。この国の護りは我らだけで十分だ」


「おいカミラ。 待て! 失礼だろっ! そんな言い方があるか。俺たちだけでは力不足だから、こうなったんだろうがっ!」 ラルフの大声に、女騎士は顔をしかめる。


「ラルフ・ヴェストリン。 こんなところで油を売っている暇はない筈だ。私は先に戻る。女王陛下を待たせるな」


バタンと扉が閉まる音。

俺も嫌われたもんだぜ。俺の女王好き、清純派好みがバレたわけでもあるまいがな。



ラルフは慌てて、女騎士―カミラ・ランゲンバッハの無礼を詫び、急いで話を続ける。


エトレーナ女王は、この土地を諦めて豊富なマナと広大な大地を持つ“ニューワールド”へ第一次移民団を送った。

ところが新天地に着いて生活を始めた移民団は未知の敵に全滅させられてしまう。


その時の護衛部隊の責任者が、あの女騎士カミラだったのだ。 敵があまりにも強力すぎて、彼女が率いていた護衛部隊は何も出来なかったそうだ。


「カミラは、本当は良い奴なんだ。騎士としての腕前に並ぶもの無く、人望もあった。しかし移民団が皆殺しにされ、人が変わってしまった」


「俺が思うに、あいつ―カミラは、まだ自分の失敗を受け入れられていない。

もう自分の名誉を回復することしか、考えられなくなっているようだ…。

もしかすると貴殿の活躍を聞いて、動揺したのかも知れない。俺から見て、彼女は汚名を返上しようとこうあせり過ぎている」


ラルフは俺をじっと見つめた。


「俺の考えは、あいつとは違う。 我々には外部からの助けが必要だ。

お願いだ。女王を助け、この国を救って欲しい。

移民団が失敗し、領主たちを抑えられなくなりつつある。このままでは領主の離反により、我が国はバラバラとなりモンスターどもに殺られる。

もう遅いかも知れない。でも貴殿なら…、あれだけの力を持つあなたなら…女王を助け、国を取りまとめ、そして“ニューワールド”への移住に力を貸して欲しい。あなたなら出来るはずだ」


いやいやいやいや。 いくらなんでも、期待のしすぎ、俺のことを買いかぶりすぎだろ。

政治のことなんて分かりたいとも思わないし、楽な仕事に逃げようとしていた俺にとって、当面の防衛を引き受けるだけでも結構なプレッシャーだ。だいたい、仕事を引き受けたのだって好きな女を殺されたくなかった、すけべ心からだった。


こっちの都合はかえりみず、騎士は熱心に話を続ける。


「カザセ殿、俺は思うんだ。女王の方針は正しい。この土地にしがみつくことは、そのまま滅亡への道だ。領主たちは好き勝手を言うが、移住を成功させるしか我々の生き残る道はない。

力を貸してくれ。頼む」


ラルフの必死な面持ちに、俺は直ぐには断れなかった。

と言って迂闊うかつに返事は出来ず、「少し考えさせてくれ」そう言っておいた。

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