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突発的事態


『カザセ! 生きてる? ほら!来てあげたわよ! 感謝なさい』


脳内に響くこの声は忘れる筈もない。銀竜のシルバームーンだ。

どこだ? どこを飛んでいる? 俺は空を見回した。


「そっちじゃない、どこを見ている。姉貴はあそこだ」


シルバーリバーが不機嫌そうに空の一角を指さす。

美青年の姿を身に纏ったこの弟の竜は、俺がシルバームーンと会う事が面白くないらしい。


『うまく敵を撃退したようね。感心感心』


日の光を浴びて輝く小さな星が見えた。

ニューワールドの真っ青で明るい空を背景に、みるみるとそれは大きくなる。そして見慣れた銀竜の姿に変わった。


シルバームーンの姿は弟に比べ細身で一回り小さいが、より優雅で美しい。

俺は心の中で彼女に呼び掛ける。


『来てくれるのは嬉しいが、身体の方は大丈夫なのか?』


『当たり前。当然よ』


彼女は俺達の上空まで飛んでくる。そして、ゆっくり羽ばたきながらこちらを見た。

竜が微笑んでいるような気がした。

まあ、気のせいだろう。竜の姿で笑うのは難しい。


召喚したヘリ―ブラックホーク―のそばに銀竜は舞い降り、少女の姿に変身する。

ミディアムの長さの輝く銀髪を持つシルバームーンは、エトレーナの若い時を思わせる。

本人に言うのは癪なので伝えるつもりも無いが、やはり彼女の人間形態の姿はとびきりの美人だ。

怪我も完全に治っているようで俺は安心した。


弟が慌てたように姉の元に駆けより、華奢きゃしゃな肩に手をかける。

「姉さん、ここは僕だけで大丈夫だ。無理して飛んで来る必要なんてなかったんだ」


「いつまでも病人扱いしないの! もう大丈夫よ」


俺も声をかけた。

「元気そうだな。安心したぞ」


「あら? 心配しててくれたの? それはそれは。あんたらしくもない」

どことなく恥ずかしそうにシルバームーンは答え、シルバーリバーが俺を睨む。


来たばかりの彼女に言うのは少し気が引ける。しかし伝えなければならない。

「俺達はレガリアに行く。来てくれて直ぐにすまないが、一緒に行けそうか? まだ飛べそうか?」


「え?! もう戻るの? 何しに……」


何しに来るのよ? と最後まで言う前に彼女は自分で答えに気がつく。

シルバームーンは俺と初めて会った時から望んでいたのだ。俺達と同盟を結びたいと。


「……そう。いよいよ、お父様と会うのね」


「そうだ。いよいよ……だ。エトレーナも連れて行く。正規の同盟をユリオプス王国と締結して欲しい。悪いが、住人への援助も必要だ」


「分かったわ。私が行かないと話にならないじゃない。一緒にお父様に頼んであげる」




訪問の準備を整えた俺達は颯爽とブラックホークに乗り込み飛び立った……と言いたいところだが、シルバームーンとシルバーリバーの間に一悶着ひともんちゃくあった。


銀竜のどちらか片方には、住人を守ってもらう為に残ってもらう必要があった。

しかし弟のシルバーリバーは姉が俺と一緒にレガリアに行くのが気に喰わないらしく、自分の方が同行すると言って聞かない。

シルバームーンも同行を主張して譲らず、銀竜同士で口論が始まった。


俺としてはシルバームーンと一緒に行きたかったが、口出しをするとシスコン弟の誤解が激しくなりそうだったので、しばらく黙って見ている事にした。

俺の名誉の為に言っておくと姉の方と一緒に行きたかったのは、美少女の方がいいと言うのが理由じゃない。

前回彼女をニューワールドに残して、王国に行ったときに負傷させてしまったトラウマだ。


だからもし弟が優勢になったら、誤解されようが、エトレーナの機嫌が悪くなろうが、カミラににらまれようが、誰が何と言おうがシルバームーンを連れて行く事で押し切るつもりではあった。

結論から言えばその必要は無かった。


「姉さん、何で分かってもらえないんだ? こればかりはゆずれない。カザセとは僕が同行する」


「そう。私の言う事が聞けないって言うの? ふーん。覚悟は出来てるんでしょうね? 私は本当に怒っているの。これは最終通告。気持ちってのはね、邪魔されるとかえって燃え上がるものなの。良く覚えておきなさい」


「……本気じゃないよね?」


「私はいつでも本気よ」

シルバームーンはスタスタと俺のそばに寄って来て腕をとると、ぴたりと身体を押し付け甘えた声で言う。


「ねえカザセ。さあ出発しましょう。その“へりこぷたあ”に乗ればいいの?」


「あ? ああ、そうだ……い、いや、ちょっと待てくれ」


「カザセぇ!! 姉さんから離れろっ! 今すぐっ! おい。今何をした? その手。いやらしい真似をしているのはその手か? 待ってろ、いますぐ切り落としてやる」


「落ち着けっ! 俺は何もしてないっ! 勝手に妄想をふくらませるな!」


シルバームーンは弟を押し切り、俺はめでたく彼女と同行出来ることになった。

シルバーリバーは恨めしげににらんだが、美青年を助けてやる義理は俺には無い。


「カザセぇ。姉さんに何かしてみろ。呪ってやる」

ドラゴンの呪いと言うのは、かなりヤバそうな気がする。



訪問の準備を終えたエトレーナ達が戻ってきた。


今回の訪問では、ユリオプス王国の代表として女王エトレーナが主役だ。俺は軍事面の代表者として参加する。

肩書は将軍だ。大した出世だが難民が集まったような現状の王国では、名前以上の意味はないだろうな。


エトレーナの補佐として実務能力に優れたレイラ・ロブコフを連れて行く。彼女はユリオプス王国の城下町の統治をエトレーナから実質的に任されていた。これからは側近として女王を助けていく事になるだろう。


護衛として、女騎士カミラ・ランゲンバッハに筆頭魔術師ジーナ・レスキンが同行する。

名目上、彼女らは俺の直属の部下と言うことになる。今回は平和的な訪問であり、危険な戦いは無い筈だ。ジーナを危ない目に会わせることもあるまい。


カミラは当然のように同行を申し出て俺は同意していた。

しかし、ひ孫のフロレンツからカミラとの結婚の話を教えられて以来、俺の彼女に対する態度がぎごちなくなっている自覚がある。

不審ふしんに思われてないか心配だ。


エトレーナに声をかけられ俺はギクリとする。

「カザセ様。これをお使いください」高価そうな服を大事そうに差し出す。


俺は自分がレガリア王に会うときの服の用意を、すっかり忘れていたのだ。

彼女が気をきかせて準備してくれたようだ。


「亡き兄が使っていた礼装です。使って頂けませんか?」


第二王子が使っていた服か。

戦士した王子と俺は体形が近いらしい。エトレーナは俺に彼の服を使って欲しくて、ニューワールドに持ち込んでいたと打ち明ける。


凝りに凝った飾りに、薄いけれども上等な布地。流石は王家の人間が使う礼服だ。

上品な造りの黒いマントも貸してもらう。

彼女に手伝ってもらって、なんとか服を身に着けた。剣帯を巻いて小剣を帯びる。

小剣は、少なくとも外見上は儀礼用の装飾品だ。礼服と一緒に身に着けても違和感は無いだろう。


「どうだ?」


彼女の目に涙が浮かぶ。第二王子とエトレーナは仲がとても良かった事を俺は知っていた。

彼女は慌てて涙を拭うと「とても良くお似合いです」と俺に告げる。


「エトレーナがそう言うなら間違い無い」

こんな華美かびな、王族用の服が俺に似合っているとはとても思えない。

しかし、彼女に喜んで貰えるならそれで満足だ。



俺達はレガリアに向け飛び立つ。

後の事は「また、留守番か」とぼやく騎士隊長のラルフ・ヴェストリンと、俺と口を利こうとしない銀竜のシルバーリバーに任せた。


レガリアは、北北西の方向にあり数千キロ以上離れている。北海道の何倍かの広大な領地を持っているようだ。

ヘリにとっては遠すぎる距離であり、燃料はそこまで保たないだろう。

何度か地上に降りて、ヘリの召喚を繰り返しながら進む必要がある。


1時間ほど北に向かって飛び続け、無限に続くとも思われる森林の上空にさしかかる。

開拓村より北の土地は、主に非人間種族が住む土地だ。


飛びながら機内で、シルバームーン(少女形態)にレガリアの話を聞く。

弟の方からだいたいの事は聞いていたが、初めて聞く情報もかなり混じっていた。


レガリアには3つの社会的階級があり、もっとも身分が高い第一階級はドラゴンで占められる。

人間の国で言えば、王族と上級貴族から成る階層だ。当然ながらシルバームーンやシルバーリバーはこの階層に含まれる。


第二階級は中・下級貴族の役割を持ち、ワイバーンや地竜などの亜竜種で占められる。


最下層の第三階級は平民の階層だ。構成員は主に獣人達とのこと。奴隷から市民になった開放奴隷もこの階級に含まれる。

第三階級の主な役割は、第一、第二階級への奉仕ほうしだ。


第三階級が獣人達の階級と聞いて俺は顔をしかめる。ずっとあいつらとは敵だったのだ。

いい思い出は無い。レガリアに行ってまで、獣人どもと会わなきゃならんのか?

だが話を聞いてみると、俺の知っている獣人とは種族が違うらしい。


レガリアの獣人達は外見上は人間に近い半獣半人のタイプとのこと。猫の特徴を持つキャット・ピープルと呼ばれる温和なタイプが多いらしい。

他の種族から蹂躙じゅうりんされる事が多かった彼・彼女らは、ドラゴンの助けを求めてレガリアに逃げ込んだ。

そして第三階級を構成するように成ったそうだ。


シルバームーンの話はとても興味深かった。

今の状況も忘れ彼女の話に聞き入っていると、護衛の攻撃ヘリ“アパッチ・ロングボウ”のパイロットから通信が入る。


『オペレーター。前方1時方向で戦闘が起こっている。距離2500』



アパッチのパイロットの報告は続く。

『10匹の小型の竜が村を襲っている。竜には人間らしき者が騎乗している』


『何だと?』


俺は慌ててブラックホークの操縦席に向かい、双眼鏡で前方を見る。


いた。


人間らしき生き物が乗った小型の竜。地上に向かって炎を吐き出しながら村を襲っている。

村は、俺たちの開拓村に似ている造りだった。しかし、もっと大きい。

村人が逃げまどっている。建物が焼かれている。

襲っている竜は、シルバームーンよりも小さい。半分くらいか。これは……ワイバーンと言う小型の翼竜だ。


ワイバーンは竜族の一種ではある。しかし、こいつらはレガリアの竜ではあるまい。

レガリアはまだ遥かな先で、しかもプライドの高いレガリアの竜は人を乗せたりはしない筈だ。


待て。あれは何だ?


飛来するワイバーンに対抗するように、地上から何か上がって来る。

こいつは……嘘だろ……まさか


『レシプロ戦闘機の離陸を確認。……旧型だ』


俺は息を呑む。

地上から舞い上がって来る、たった一機のプロペラ式戦闘機。

村を襲っているワイバーンに追いすがる。

ずんぐりとした胴体に、見慣れた赤い大きなマーク。


日の丸。


警報が鳴り響く。


『戦闘機が発砲。繰り返す。レシプロ戦闘機が竜に向かって発砲した。一匹が被弾ひだん


(マスター。飛行中のレシプロ戦闘機は旧帝国海軍の局地戦闘機“J2M 雷電らいでん”と思われます)


雷電らいでんだと? 俺は過去に読んだ資料を思い出す。

第二次世界大戦中の機体だ。地上から発進して敵機を迎え撃つ要撃戦闘機インターセプター

村を守ろうとしている?


再び警報。


『対地レーダーに反応あり。地上に兵が展開している。小隊規模だ。村を取り囲むように布陣している』


村を襲うつもりか。

どうする。どうすればいい?


『オペレーター。指示を願う』

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