ドラゴンの国“レガリア”へ
◆
「マイ・マスター。私の全機能と忠誠をあなたに捧げます。この私の偽の生が続く限り永遠に。私、トライデント・システムの第一疑似人格はそれをここに誓います」
妖精は今まで見たこともないような真面目な態度で言う。
やめてくれ。俺はマスターなんて柄じゃない。
今まで通り風瀬でいい、と言おうとしたが……考え直した。
こいつが今話した内容は、システムの化身として全機能を俺に預けると言う宣誓だ。
受けとめるべきだろう。逃げるのは不誠実だ。
「その誓い受ける。そして俺は、自分の運命をお前の兵器に預ける」
妖精は満足したように、ニッコリとする。
「マスター。これで私の心も身体もあなたのもの」
……心の方はともかくとして、身体の方は宣誓に入ってなかったと思う。
相変わらずの妖精の小悪魔ぶりに、ある意味俺はホッとした。
堅苦しいのは苦手なんだ。
「早くお前本来の力を取り戻さないとな。召喚に制限があるのはやりにくい」
ニューワールドでは、あまり大型の兵器は呼べないし数も制限される。
いくら妖精が頑張っても、兵器転送用の主回線が接続しないのがその理由だ。副回線を使ってなんとか召喚しているが本来の力が出し切れていない。
呼び出せる兵器が2,3両だけと言うのでは、これからの戦いに不安が残る。
「そのことなのですが。妨害を受けている可能性があります」
「妨害?」
「ええ。何者かが私の召喚能力を制限しています。そう考えないと説明がつきません」
「確かなのか?」
「そう確信しています。でも、はっきりとした証拠を残さないんです。相手は相当な実力の持ち主です」
「お前の持つ力に直接、干渉出来るとなるとかなりの大物だ。俺たちが今まで戦ってきた敵が小物に見えるぐらいにはな」
「そうかも知れません。ほとんどの種族から見れば、私の使っている技術はオーバーテクノロジーです。魔族由来の技術ですから、邪魔するなんてとてもとても」
「それでも、妨害する者が存在すると思うんだな」
「はい」
俺達の力を制限したい存在が居る。
ひ孫のフロレンツは未来へ戻る時、最後にこう言っていた。
“自由貿易連合国に行って見るといい。ヒントがある。トライデント・システムを強化するんだ”
そこへ行けば全ての謎が解け、妖精の力を解き放てるのだろうか?
◆
「ユウ! ここに居たんだ。女王陛下と一緒かと思ってたよ」
声をかけられ、俺は振り返る。
王国筆頭魔術師のジーナだ。彼女は大事にそうに、俺が預けていた小剣を抱えている。
俺は住人を移送する為の時間稼ぎに、剣が蓄えていたマナを開放してしまっていた。
ニューワールドにやって来れば、マナの再補給が出来ると信じた上での行為だったが小剣の調子がまだ元に戻らない。
何かとんでもないミスをしでかした可能性もあった。
心配になって、小剣をジーナに預けて調べてもらっていたのだ。
彼女は、アーティファクトのような魔道具に詳しい。
「どうした?」
「預かった小剣を返しに来た。やっぱり、これはユウが持っていた方がいい」
「何か分かったか? 小剣は大丈夫か?」
「心配は無いと思う。大丈夫、この宝剣は壊れてない。この剣、本当の名前はアザーテスの剣と言うんだね。小剣の内部に大剣を融合している双子の剣だ。もう少し手元に置いて調べたかったんだけど剣が嫌がる。その宝剣は持ち主をユウと決めているから、他人に触られるのを嫌うんだ。残念ながらボクに出来ることはあまり無い見たい」
「しかし、俺が持っていてもこいつを治す事は出来ないんだ」
「手元に置いておくだけでいいよ。この剣は自分で少しづつマナを大気中から集めてる。ちゃんと働けるようになるには、少し時間がかかるだけ。途方も無い能力を持った剣だからマナの消費量も桁外れなんだ」
「そうか。問題無いのであれば助かった。有難う」
ジーナから小剣を受け取る。
柄に埋まった青い宝石が一瞬輝いた。喜んでいるように思えるのは俺の欲目だろうか。
「剣はユウの傍にいると安心する。だから、いつでも持っててあげて」
「剣が望むなら、それぐらいはしてやるさ。こいつには世話になっている」
ジーナの視線が俺の背後に向かった。「陛下……」
「風瀬様!」 呼びかける声はエトレーナだ。
俺は慌てて振り向いた。相変わらず美しいが少し顔色が悪い。
「異界の門が閉じてしまいました。もう門は私の呼びかけに答えません」
そうか。これでエトレーナ達は元の世界に戻れなくなった。
これはニューワールドを造った種族のある種のメッセージだろう、と俺は思う。
前の世界のことは忘れて、この世界で生を続ける覚悟を決めろと言う意味の。
現実には例え門が開いていたとしても、マナ濃度がゼロに近くなった王国に戻るのは難しい。
住人の多くは、ある程度のマナが大気に含まれていないと生きていけないからだ。
しかし戻るのが困難と言う状況と、物理的に戻れないという状況の間には心情的に大きな違いがある。
「我らはこの世界で生きるしかないのですね。風瀬様」
「そうだな。覚悟は出来ていた筈だ。不安か?」
「まさか」彼女は微笑む。「風瀬様が、我らの傍にいる限り不安なぞ」
「俺の責任は重大だな」
「はい。重大です。私たちの運命がかかっていますから」エトレーナは近寄り俺の肩に片手を触れる。
「もしかして不安で、いらっしゃいますか?」
「まさか」
今度は俺の微笑む番だ。
「自分の責任の果たし方は知っている」
「そうではなくて。責任とかではなくて」
そう言って彼女は軽く俺と唇を合わせる。
「……確かに、そうではないか。許せ」
俺はエトレーナを抱きしめる。彼女は必ず守り切る。
◆
住人の開拓村への移動は、順調に進んだ。
と言っても村の建物は、八千人の人数は収容出来ない。広場と村の周囲を囲む平地に人が溢れている。
幸いなことに、ここの気候は温暖だ。しかし避難して来た住人には少年、少女も多い。
早く環境を整えてやりたいところだ。
あと5日の間、全員が食べられるだけの食料は運んできている。その間に、やるべきことをやらねばならない。
一番重要な仕事は十分な食料の確保だ。
獣や魚を狩る事は可能だろうが、八千人分もの食料全てを狩りで賄うのは不可能だ。
俺はシルバームーンの故郷であるドラゴンの国“レガリア”へ出発することを決める。
正規の同盟国として認めてもらい、その上でユリオプス王国に対する援助を要請する。
その為には、俺達が同盟国に相応しい力を持っている事を示す必要がある。具体的に軍事力だ。
食料の援助は絶対に勝ち取る必要がある。
そして、可能ならば金も欲しい。この世界のこの地方には経済がある。だから金も流通している。
金さえあれば、ここでの生活を楽にしてやれる。そして自活の道を探る余裕も出来る。
ドラゴン達は、俺たちの力を認めてくれるだろうか?
国王は正規の同盟国に相応しいと認めてくれるだろうか?
こちらに騎士団や魔術師は居るが、残念ながらドラゴンは軍事力として評価しまい。
シルバームーンのカミラやジーナに対する振る舞いを見ればそれが分かる。
か弱い人間が無茶しちゃって、と思っているのが丸わかりだった。
そして、頼りの妖精は本来の性能を出していない。
……まあ心配してもしょうがない。もう決めた事だ。
どちらにせよ、やるしかないのだ。
俺は空を見上げた。
「来たな」
二機のヘリが見える。一機は既に着陸の為に、降下を始めている。
「はい。多用途ヘリのブラックホークとアパッチ・ロングボウ戦闘ヘリの実体化を完了しました」
今回呼び出したUH-60JAブラックホークは、災害時に良く使われる救難用のUH-60Jを陸上自衛隊仕様にした機体だ。
巨大なミサイルのような外部燃料タンクを装備した特徴ある姿で広場に降下してくる。
この中型ヘリは、俺を含めた使節団をドラゴンの国へ運ぶのが役目だ。
陸自仕様の為、最小限だが武装はしている。
もう一機、上空を飛んでいる機体はAH-64D アパッチ・ロングボウ戦闘ヘリだ。
こっちは俺たちの護衛になる。
固定武装に強力なM230 30mmチェーンガンを備え、地球上のいかなる重戦車でも破壊可能なヘルファイア・ミサイル、地上攻撃用のロケットポッド、対空兵器のスティンガーミサイルを装備した化け物だ。
俺は戦車乗りだったが、こいつと戦うのは避けたい。A-10攻撃機と並ぶ強力な戦車の天敵だ。
「俺はついて行かなくていいのか? 決めるのはあんたの勝手だが」
シルバームーンが助けによこした弟の竜、シルバーリバーが素っ気なく尋ねる。
今は人間形態で、美青年の姿で俺の隣にいる。
「お前には、俺の留守の間ここを守ってもらう方が有り難い。“レガリア”には俺たちだけで行く。向こうにはお前の姐のシルバームーンも居るしなんとかなるさ」
予想に反して、こいつは思ったよりは付き合い易い奴だった。
俺がシルバムーンにちょっかいを出していると言う妄想を別にすればだが。
この風変わりな竜族の男は、王国の住人、特に女や子供に対しては優しい。
俺に対しては……まあお察しの通りだ。当たりがキツイのは、こいつなりに俺を認めてるんだと都合よく解釈しておく。
奴の視線の先を追ってみると、8歳くらいの男の子が二人と女の子一人が楽しそうにふざけ合っている。こんな時でも、子供は元気だ。
「……子供が好きなのか?」
美青年の姿を纏った竜は、子供たちから視線を戻すと言う。
「どうだかな。まあ、人間の子供は嫌いではない」
「ならば、お前とは俺がガキの時に会っておくべきだった。俺が子供の時は、まるで天使のように愛らしいと評判だった」
「嘘をつけ」
「良く分かったな。実を言えば可愛げの無いガキとして近所でも有名だった」
「鏡を見てから、戯言は言え」
竜族の男は視線を子供達にもどした。そして、呟くように言う。
「悪人面のお前に、一ついい事を教えてやろう。親父の事だ」
「レガリア王の事か」
「会見の時には注意しろ。親父はお前の力を試すぞ。誰かと戦わされるかもしれない。親父は弱い奴が嫌いだ。負ければそれまでになる。そして竜族は普通なら同盟なぞ結ばない。自分の強さを証明しろ」
戦うのは商売だ。問題ない。しかし最後の言葉が気になった。
「普通なら同盟を結ばないだと? しかし、シルバムーンは同盟相手を探していただろう」
「それは姉貴だからだ。ドラゴンにしては珍しい性格だからな。進歩的なんだ。
大部分は、他の種族に頼らず竜族だけで国を守るべきだと言う意見だ。当然、親父もそうだ」
「国王が?」
最悪だ。
「だが親父は強い奴には一目置く。頑張ることだな。それと、もう一つアドバイスしてやる。親父は礼儀に煩い。態度に気をつけろ」
「苦手なタイプだな。注意しておこう。教えてくれて感謝する……しかしお前らしくないな。何故、俺にアドバイスなんかする気になった?」
「さあな。単なる気まぐれだ。だから勘違いするなよ。お前と姉貴の仲を認めた訳じゃない。お前は姐さんには相応しくない」
「だから誤解だと言っている」
この竜が心配しているのは、当然ながら俺の事じゃない。
子供や女が飢えるのを見たくないのだ。同盟をうまく締結して援助を受けれるよう、こいつなりに心配してるらしい。
その為には、こいつの親父、レガリア王に認めてもらうしかない。
突然、脳内に若い女の声が響く。
(カザセ! 生きてる? ほら!来てあげたわよ! 感謝なさい)
この声は……シルバームーン
「姉さん。ここに来るなんて聞いてない。身体はもう大丈夫なのか?」 弟の竜、シルバーリバーは横で喘いだ。