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黒い爆発


敵主砲の放った徹甲弾てっこうだんが、高雄型巡洋艦をつらぬく。

砲弾は、重要防御区画バイタルパートを守っている重巡の分厚い装甲を切り裂き、弾薬庫の内部に達した。

遅延信管が作動し爆発する。


弾薬庫内に大量に蓄えている砲弾が誘爆。轟音ごうおんひびき大気が震えた。

爆炎が砲塔部から吹き出し、艦内中央部に爆発の衝撃波がかけめぐる。


高雄型は大破たいは、炎上した。航行不能。

弾薬庫の上部に位置していた3門の主砲は機能を失う。戦闘の継続は困難。

中央部防郭(ぼうかく)への浸水を認む。


「風瀬 勇。私はお前を待っている」


最後に俺は、確かに女士官の声を聞いた。

傾いていく巨大な軍艦を眺めながら、俺の意識は遠のいていく。



気が付くと、草地で妖精に膝枕ひざまくらをされていた。さっきまで乗っていた10式戦車のそばだ。

元の場所に戻ってきた……らしい。

悪夢を見せられ慌てて飛び起きた。そんな気分だ。

まだ頭が少しぼんやりとしている。


「気が付きました?」 妖精は俺の頭を抱え、ニッコリと微笑みながら上から顔をのぞきこむ。


「お前も、あれを見たのか?」


「はい」


「……あいつらは助けを必要としていた。あれは本当に只の記録なのか? 俺たちが見た光景は、今起こった出来事なんじゃないのか?」


重巡高雄に乗って、戦っていたあの女士官は俺の同僚らしい。

彼女は、俺がニューワールドを守っていると信じていたようだった。そして俺に助けを求めていた。

今の俺と妖精、つまりトライデント・システムにそんな力があるとは到底思えない。

ユリオプス王国を守るだけで精一杯なのが実態だ。


「私達が見たのは過去の記録だと……思います。その筈なんです」


本当に過去の記録に過ぎないのか。

まるで現在、進行中の出来事のように俺には思えた。


女士官は俺の名を呼んでいた。

……あの戦いが記録に過ぎないと言うのなら、幻聴だったんだろうか。

必死に思い浮かべようとするが、夢を思い出そうとした時のように、記憶の細部が急速に失われていく。


「一体なんで、帝国海軍の艦艇がニューワールドに居る? 女士官は何と戦っていたんだ?」


「敵については……ごめんなさい。分かりません。私に分かることは、味方の軍艦たちは兵器召喚機関(システム)鬼切おにきり”によって呼び出されたものであると言うことです」


鬼切おにきりだと?」


「”鬼切おにきり”は、旧型の兵器召喚システムです。私、トライデントシステムの前世代型になります。制限はあるものの大型艦艇の呼び出しも可能で、当時の水準では比較的高性能なシステムでした。

ですが、呼び出せる兵器の種類は限られていて、旧帝国海軍の一部の艦艇、兵器のみだったと記憶しています。また情報処理能力も限定的でした」


「お前にも先祖が居るんだな」


鬼切おにきりの話を聞いて、俺は女士官と一緒にいた若い男を思い出した。

凛々(りり)しい印象の女士官とは対照的な、二枚目だがニヤけた感じで軽薄そうな男だった。


「つまりあの男は……そう言うことか」


「はい。お察しのとおり、あの男は鬼切おにきりの造った第一擬似人格です。かなり癖のある性格だった、と記録にあります」


意識がはっきりしてくると、妖精に膝枕ひざまくらをされているのを意識する。この態勢はマズイ。

エトレーナに見られたら事だ。慌てて身体を起こす。

妖精は気分を害したように顔をしかめたが、気にしたら負けだ。


妖精は気をとり直すと、話を続けた。

「”鬼切おにきり”は私、トライデント・システムの完成をもって廃棄はいきされています。あの戦いが過去の記録と判断した理由の1つがそれです」


必ずしも、それは正しくないだろうな。俺は思った。

なにせ、未来から自分のひ孫が助けに来る世界だ。過去から現在に来た可能性も否定できない。


「高性能なお前が完成したので役目を終えた。それで廃棄されたと言う訳か」


「はい。もっとも”鬼切おにきり”はインフィニット・アーマリー社製ではありませんが。20世紀の初頭、魔族はイギリスに拠点を置いていました。そこの兵器メーカーであるストライカー・インターナショナルと言う会社が、魔族の技術協力の下で”鬼切おにきり”を製作したのです。インフィニット・アーマリー社が設立される以前の話です」


「そのイギリスの会社が兵器召喚システム”鬼切おにきり”の生みの親か」


「そうです。製造会社であるストライカー・インターナショナルは旧帝国海軍の戦艦、金剛こんごうを造ったイギリスの重工業メーカー”ヴィッカース”の関連会社でもあります。”鬼切(ONI-KIRI)”と言う名称から察するに,大日本帝国と何らかの関係を持っていたのでしょう。当時はまだ日英同盟の時代ですから」


突然、俺を目眩めまいが襲う。

頭を激しく揺さぶられるような感覚があり、視界がかすむ。

妖精が慌てて、ふらつく俺を支えた。


「どうしました? 大丈夫ですか?」


この感触は、さっきと同じだ。

「また、あそこへ連れ戻される……らしい」


俺のたましいが、再びあの場所へ呼び戻される。

(一体、今度は何を見せようとしている? インフィニット・アーマリー社の本社よ)



気がついた時、高所からニューワールドを見下ろしていた。

眼下には衛星軌道から眺めたような、ニューワールドの風景が広がっている。

ものすごい高さだ。

俺が今居る場所は、高雄型巡洋艦が戦っていた海域の上空らしい。


足元より少し先には、大陸が見える。その大陸は内陸部に近くなるほど荒れ果てた砂漠となる。そして大陸の先にはまた海が見える。そして、海の先にはまた別の大陸だ。

まるで地球を宇宙ステーションから眺めているような風景……と言いたいところだがそうじゃない。

地球と似ているのはそこまでだ。


(あり得ないだろ。これは) 俺はあえいだ。


俺が見ている世界は、地球のような惑星ではなかった。

果てしない彼方かなたまで、無限の遠方まで、延々と伸びていく大地と海だ。数十万キロ、いや数百万キロ以上広がっているだろう。いや。もしかしたらそれ以上。

地球なら、こんな遠くまでは見渡す事は出来ない。大陸も海も惑星の球面の上にあるから、視界はいずれ遮られる。いくら高度が高くても、地球の裏側をのぞける訳じゃない。


この世界、”ニューワールド”は違う。

俺の下にあるのは、惑星の表面にへばりついた限られた土地では無い。

延々と広がる広大な大地と海が、眼下に現実に存在している。

途方も無い広がりを持つ、無限の平面が。


これが”ニューワールド”なのか。

ドラゴンや人間や、他にも色んな種族が、この無限の広さを持っている土地の上にばら撒かれて存在しているのだ。

果てのない広大な土地の上に住む生き物たち。

中にはテクノロジーが進んでいる種族もいるだろう。原始的な種族も。

エトレーナ達のように魔法文明を発達させた種族もいる。多分、中には凶暴な生き物も居るのだろう。


シルバームーンは言っていた。

みんな住んでいた世界からニューワールドへ逃げてきた、と。

元居た世界を追い出された者達だと。


妖精は言っていた。

ニューワールドは人工的な世界だと。

これだけの広大な世界を、誰かが避難場所として造ったと言うのか?


(風瀬さん、戻ってください。今すぐ!) 妖精の叫び声が脳内に響いた。


(どうした?)


(高エネルギー反応を検知。高雄型の近くにいる敵からです。危険ですっ! 戻ってください! 早くっ!)


(戻れだと? 一体どうやって……)


慌てて下の海を見ると、視界がズームで急速に拡大する。

沈没を始めている高雄型巡洋艦の二隻見える。空母は見えない。既に海の底なのだろう。


近くには、気味の悪い敵の軍艦が集結していた。

突然そこに、黒い半球状のドームが現れ、急速にふくれ上がる。


核爆発。


咄嗟とっさに思ったのはそれだった。

膨れ上がる黒いドームは、瞬く間に海洋を飲み込むと大陸に達した。

緑の土地が、砂漠が、黒い半球の中に消えていく。


恐ろしい速さで膨れ上がる、黒い爆発。

爆発が人工衛星並みの速度で周囲を汚していく。

俺の居る場所に爆発が到達するまで、あと数秒。


「くそっ! こんなことで!」


膨れ上がる爆発に俺の存在は飲み込まれた。



「しっかり、風瀬さん。しっかりしてくださいっ」 妖精が俺の身体をゆさぶった。心配そうに俺の顔を覗き込む。


助かった。死んでいない。

俺はまだ死ねないんだ。

今死ねばエトレーナ達を敵意ある環境に放り出す事になる。道連れにしてしまう。

荒くなった呼吸を整え、額の汗をぬぐった。


「……本当に俺が見たのは、只の記録なのか?」


「私も確信が持てなくなりました。現実なのか、記録なのか」


黒い爆発を見て、俺は理解した。

女士官は、これを防ぐ為に戦っていたのだ。この爆発の威力は核爆弾を遥かに超える。

一回の爆発で、少なくとも丸々一つの大陸が飲み込まれたのだ。こんな威力を持つ兵器は、地球にはない。


ニューワールドを守る。あの士官が言ったのはこの事だったのだ。


「会社は詳細な情報を渡してくれません。あの戦いの場所がニューワールド上の何処なのかも不明です。“風瀬 勇はユリオプス王国の防衛任務を継続せよ”本社が最後に言ってきたのはそれだけです」


「……そうか」


「本社はひどすぎます。確かに私は風瀬さんが、我々の事を理解出来るように情報を出してくれるように上層部に頼みました。しかし、これで一体何を理解しろと言うのでしょうか?」


「難しいパズルだな。お前の本社は謎かけが好きなようだ」


「我々の“本社”です。風瀬さんもインフィニット・アーマリー社の一員なんですから」

妖精はそう言ったが、すぐ下を向いてうなだれた。


「御免なさい。私が引き出せる情報はこれが限界です。これで会社が、魔族が、味方だと信じるのは無理ですよね……」


「そうだな。それに、インフィニット・アーマリー社は肝心な情報をまだ隠している。気に食わない」


「……そうですよね」


妖精はしゅんとしおれた。


だが、全ての情報を得られないからと言って任務を放棄するのか? それは有り得ない。


俺は、女士官を思い出す。彼女と話をしたことは無い。

そして今、生きているのかどうかも分からない。いや、あの爆発だ。生きてはいまい。

……助けたかった。

しかし、彼女が何を守ろうと戦っていたのが分かった今、俺がどちらの側に立つべきかは明らかだ。


信じるべき存在は、まだいる。

必死に俺の役に立とうと頑張ってくれた妖精。

初めは情報を隠そうとしていたのかも知れない。しかし、結局のところ妖精は常に俺の味方だった。


正直に言えば、俺には魔族もインフィニット・アーマリー社も、信じられない。

しかし、その元で働いている、この二人は信じられた。それが俺の結論だった。

二人が働いている組織なのだ。インフィニット・アーマリー社と魔族を信じるしかない。


そして俺は、ドラゴン達を自分の仕事に巻き込んでしまう覚悟を固めた。その責任は引き受けよう。


「妖精よ。俺はお前、個人を信じる。お前が一緒に居る限り、俺はミッションを継続しよう。骨を折って情報を引き出してくれた事に感謝する」


妖精は俺の言葉にびっくりしたようだ。そして恥ずかしかったのか一瞬、うつむく。

しかしすぐに気を取り直し、顔を上げ俺の目を見つめるといたずらっぽく笑った。


「それは愛の告白でしょうか?」


「そうかもな。これからも、よろしく頼む」


「こちらこそ、改めてよろしくお願いします、風瀬さん。……いえ、風瀬さんは真実を知ったのです。少なくとも私が知っている真実は全て。だから、これからはこうお呼びします」


妖精はまた少し恥ずかしそうに微笑んだ。そして、言葉を続ける。


「マイ・マスター。私の全機能と忠誠をあなたに捧げます。この私のいつわりのせいが続く限り、永遠に。私、トライデント・システムの第一疑似人格はそれをここに誓います」

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