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インフィニット・アーマリー株式会社


(一緒に居れて楽しかった。じゃあな、ひい爺さん。達者たっしゃでな)


フロレンツは最後にそう言い残して、完全に姿を消した。

残ったイリアも右手を天にかかげる。

彼女の姿が光に包まれ始めた。ひ孫の後を追い転移しようとしている。

俺の方を見ようとしない。


「イリアっ。待て! 待ってくれ。あいつは俺に教えちゃいけない事を教えてくれた。そうなんだな?」


彼女は俺の存在に初めて気がついたように、振り向いた。


「お願いだ。フロレンツを助けてやってくれ。俺が無理を言った。あいつは悪く無い!」


彼女は寂しげに微笑んだ。と同時に忽然こつぜんと姿が消え失せる。未来に帰って行ったのだ。

最後に見たイリアの表情で、俺はさとる。もうフロレンツと会うことは、無いのかも知れない。


あいつの顔をもう見れなくなる、と思ったら俺は少し寂しくなった。


奴が最後に言った“自由貿易連合国に行って見るといい”と言う言葉を、俺は記憶に刻み込む。

その国にはエトレーナを救い、歴史を変える何かがあるのだろう。

奴が残してくれたプレゼントだ。


俺は自分が感傷的になっている事に気がついて、苦笑いした。

らしくもない。フロレンツがこの場にいたら、笑うだろう。


(元気でな。俺もお前と会えて楽しかったぜ)


面と向かっては言えなかった言葉を、最後に心の中で呟いた。



呼び寄せた10式戦車の姿が見えてきた。


(オペレーター。赤外線及び肉眼で周囲を索敵中。敵影は見つかりません)

乗っている砲手の擬似人格が俺に報告する。


(こちらA-10攻撃機。敵影無し。悪いがそろそろ送還してくれ。燃料が尽きる)


(私の知覚範囲内にも敵影はありません)

妖精が脳内で呟く。


(カザセ。敵なんて見えない。僕が飛んでて敵が出てくる訳ないけどな)

最後はシスコンの銀竜、シルバーリバーの報告だ。


敵に不意打ちを喰らう可能性は無さそうだ。

俺は転移してくる王国の住人を迎えに、石柱に向かって歩き始めた。


リゼットが向こう側に転移してから30分ほど経っている。

もう誰か向こう側から来ても良さそうなのだが、石柱の周りに人影は見えない。


何かあったのだろうか? 

不安を抑えつつ、石柱のそばで待ち続ける。

俺に開門の呪文は唱えられない。

向こう側からエトレーナかジーナが門を開いてくれるのを待つしかない。


いや待てよ。

もしかすると、いつか会った門の管理人が俺を見ているかも知れない。

いや、まず間違いなく監視しているだろう。

俺は覚悟を決め石柱に話しかけようとした。


(その必要は無さそうです。転移の発生を検知しました。それに、あの管理人と話すのはごめんです。下っ端のくせに、偉そうな態度が気に喰いません)


気がつくと、二つの光の塊がまたたいている。

やがて、それは剣士二名の姿になった。


一人は巨体の奴隷兵ダミー、もう一人は女騎士のカミラだ。

ダミーは実体化すると、すぐ俺に気がつく。


「よお。勝ったようだな。まあ、あんたの事だから心配はしてなかったが……」

ダミーはそこで話を止めた。

カミラが、俺を見るなり抱き着いて来たからだ。


「カザセ殿。あなたはひどい男だ。何で一言も言わずに戦いに出向くのだ。私がどれだけ心配したかあなたには分かるまい」


確かに俺はカミラには何も言わずに、ニューワールドへ転移した。

敵が待ち伏せしているのは明白だったし、勝てる保証は無かった。

カミラは騎士隊長だけあって、相手の覚悟には敏感だ。

言えば止められると思ったから何も言わずに、戦場に出た。


「一緒に戦いたかった……、あなたが戦っているのが横に見えれば私は安心したのだ……しかし、私は貴殿の事を心配するしか出来なかったのだぞ」


カミラは抱き着いた腕をゆるめ、俺を正面から見据えた。

彼女の目にはうっすらと涙がある。


これは戦う仲間同士の友情の涙だ。少なくとも今は絶対そうだ。結婚するのは未来の話……

まごつく俺を、カミラは、もう一度強く抱きしめる。


(女の好意に気がつけないってのは爺さんの欠点だ)

フロレンツに言われた言葉が頭の中で反響する。


「まあ、その……なんだ。勝てて良かった。うん。お二人さんもお熱いことで何よりだ」

ダミーが俺たちから目を反らしながら言った。



自分が何をどう言って、カミラをなだめたのか良く覚えていない。

頑張れば思い出せるかもしれないが、武士の情けということで許して欲しい。あまり俺に似合わないセリフを沢山喋った気がする。


何とか落ち着いてきたカミラの肩に手をかけながら、次に転移して来る人間を待つ。

エトレーナが来るかも知れない。

彼女は開門の呪文を唱えているせいで、カミラやダミーより来るのが遅れているのだろう。


次にやって来た人間は4人だった。


王宮からの避難を率いていた騎士隊長のラルフ、城下町からの避難を指揮していたレイラ。そのレイラを手伝っていた魔術師のジーナ。そして最後にエトレーナ。


実体化を完了したエトレーナは、俺に気がつくとそばに駆け寄って来る。


「カザセ様!」


嬉しそうに微笑むエトレーナを俺は優しく抱いた。


「俺の勝ちだ。エトレーナ」


「カザセ様が負ける事などあり得ませぬ。お怪我は?」


「大丈夫だ。何も問題は無い」


「良かった」

エトレーナは安心したように微笑むと、俺を強く抱く。

2年後にエトレーナは殺害される。フロレンツはそう言っていた。

だが、俺がそんな事は許さない。必ず防ぐ。


「ユウ。お疲れ様! やっぱりニューワールドは空気がおいしいや。マナも濃厚だし」

ジーナが思い切り深呼吸する。


「……ここがニューワールドか。豊かな土地だな。ここが俺たちの新たな故郷になるのか……」

騎士隊長のラルフが辺りを見回している。そういえば、彼はニューワールドへ初めて来たのだ。

「カザセ殿。ここまで我らを導いてくれて本当に感謝する。引き続きよろしく頼む」

ラルフが俺に深々と頭を下げたのを見て、俺は少し恥ずかしく感じた。



続々と住人達がニューワールドへの転移してやって来る。

マナが枯渇する中、生き残った住人達はおよそ8,000人。

俺は攻撃機と10式戦車を再召還し、住人達の護衛をさせた。

銀竜のシルバーリバーには引き続き周辺の哨戒中しょうかいちゅうだ。


転移して来た住人の何人か—主に商人らしい—ご機嫌伺いのつもりか俺とエトレーナに会いに来るが、相手をしている時間が無い。適当に話をしてラルフに後を任せる。


住人を開拓村まで早く移送しなければならない。

開拓村まで行けば、水の補給は問題ない。残念ながら住居に関しては、8,000人もの収容能力は無い。

大部分の住人は、しばらく村の内部で野宿のじゅくとなる。


問題は食糧だ。村には小規模な畑はあるが今は荒れ果てている。

俺は話をする為にレイラを呼んだ。


レイラは、エトレーナから町を預かっている貴族、マトヴェイ・ロプコフの娘だ。

しかしロプコフ伯爵は身体が弱り、今は長女であるレイラが役目を代行している。

彼女が実務的な意味で町の責任者だ。そのレイラが報告する。


「レイラ・ロブコフ参りました」


「忙しいところ、すまない。食料は何日保つ?」


「3日分を商人から徴発ちょうはつしております。ご命令では2日分でしたが食料をかなりため込んでいましたので全て出させました。勝手な事をしてすみません」


3日分か。引き延ばして食べて5日と言うところか。


「いや。よくやってくれた。助かる」


「カザセ様。食料に関しましては至急対処する必要があると存じます」


「分かっている。俺と一緒に行って欲しいところがある。エトレーナも一緒に行く」


「はい。カザセ様のおおせのままに。……しかしどちらへ」


「ドラゴンの国“レガリア”だ」



俺達が“ニューワールド”で自活するまでの間、しばらく誰かに頼るしか無い。

食料も不足しているし、家を建てるのに十分な資材も道具もない。農業をやるにしても育てる種も十分には無い。

この世界にもいくつかの国が存在するようだが、そこから物を買う金も無い。

加えて第一次開拓団が村に残した資材も、ほとんど無い。


無い無いづくしだ。


援助を頼むのにアテになりそうな国は、シルバームーンの故郷であるドラゴンの国“レガリア”しかない。

武器商人のウー 孟風モンフォンの居る大商業連合国というのもあるが、とてもじゃないが助けを頼む気にはなれない。


しかしレガリアに行く前に、やっておかねばならない事がある。

俺を雇っている会社、インフィニット・アーマリー株式会社について俺はもっと知らなければならない。

正体不明で分からないままにしておくのも、そろそろ限界だ。

戦車の装甲に腰掛けて、続々と転移して来る住人を見守りながら、妖精を呼び出す。


(妖精。聞いているな?)


勿論もちろんです、風瀬さん。あなたの妖精はいつでも側にいますわ)


(会って話したい。たまには実体化してみないか。身体を動かせば美容と健康にもいい)


(あら嬉しい。そんなに私の美しい身体を見たいですの? エトレーナさんに怒られますよ。そう言えばカミラさんも)


どことなくねた物言いなのは、別に俺に気がある訳じゃあない。

本気にしてしまうと後で後悔する事になる。

こいつの性格は妖精と言うより小悪魔に近い。男としては十分注意すべきなのだ。

戦闘時には擬似人格の任務に集中しているが、少し余裕が出来ると本性が出てくる。


「これでいいかしら。風瀬さんこの服を気に入ってる見たいだし」


たけが短めの黒っぽいワンピースを着ていて、スラっと見える脚が綺麗……ってこれは俺の採用面接をした時の服だ。確かに好みだが、好きな部分、見たいところを見ていると相手の術中にハマる。

今日は妖精に弱みを見せたくない。


妖精は俺の隣に腰掛ける。俺は話を切り出した。


「インフィニット・アーマリー株式会社について教えてくれ」


妖精はため息をついた。

「ご存知のクセに。私の知っている事はもう話しましたわ」


「では、もう一度教えてくれ」


「分かりました」


妖精はニッコリと微笑むと、スラスラと説明を始める。


「インフィニット・アーマリー株式会社は、アメリカ合衆国に籍を置くPMC(民間軍事会社)で本社はテキサス州のダラスにあります。CEO(最高経営責任者)は、フィンランド系アメリカ人のミーカ・ポッカと言う素敵にイカれた男です」


「それで?」


「主な業務はアメリカ陸軍の下請け業務。バンバン危険度が高い任務を引き受け高い実績を誇っています。戦死者も多いようですが、儲かってるみたいですよ」


「そうらしいな」


「最近は業務範囲も広げ、戦地以外での仕事も増えています。その為、米国以外の主要国にも支社を広げているのはご存知のとおりです。日本支社は東京の渋谷にあり……」


「もういい」


「お気に召しまして?」

小首をかしげて俺を見るが、あざとすぎる。

最近、美人に慣れてきた俺は、そんなしぐさで騙されたりしない。


「それを信じろと言うのか? 言っておくがその説明で納得した事は、一度も無いからな」


「何で、信じてもらえないんですか?」

妖精は傷ついたような顔をする。


「トライデント・システムの持つ力は、明らかに人類の科学力を超えている。最新の兵器をぽんぽん召喚できる装置が何でこの世に存在するんだ? あり得ないだろう? そこらにあるPMCに扱える代物じゃない。こんな分かりきった事をお前に言う必要も無いだろうが」


「本当の事を知りたいと?」


「そうだ」


「しかし、何故このタイミングで?」


「これからドラゴンの国“レガリア”に行って、俺たちが同盟相手として相応しいことを証明し、正規の同盟を締結する。その上で各種の援助をしてもらわなければならない。俺たちには食料も十分に無い有様だ」


「そうですね。こちらの力を、向こうの指導者に証明する必要はあるでしょう。彼らも慈善事業をやるつもりは無いでしょうし」


「そうだ。証明すべきは軍事力。そしてその軍事力は、ほとんどがお前、トライデント・システムがもたらす召喚能力だ」


「そう言ってもらえると照れますわ。しかし本社は私の能力の行使―つまりトライデント・システムの利用に関しては全てオペレーターである風瀬さんに一任しています。そこは信じてもらって構わないのですけど」


「ドラゴンの国“レガリア”と交渉する間、俺は軍事面を代表することになる。具体的に言えば、俺はインフィニット・アーマリー株式会社の代表って訳だ」


「そのとおりです」


「そこに問題がある。何故なら、俺は信用出来ない組織の代表をやるつもりは無いからだ」


俺の意図はこうだ。

ドラゴンの国と同盟を結べば、当然向こうは軍事面でこちらを頼ってくる。

しかしそれは正体不明の会社に、ドラゴン達の運命を預けると言うことだ。

それをやっていいものか俺は迷っていた。援助を欲しいのは確かだが、ここまでやってくれているシルバームーンを悲しませたくは無い。

インフィニット・アーマリー社の正体を暴き、信頼できる組織なのか見極める責任が俺にある、と考えた。


妖精はショックを受けたように黙り込んでいる。だが、これも演技だ。

俺は知っている。こいつは、こんな事を言われた程度でダメージは受けるタマじゃない。

しばし効果的に沈黙した後、妖精は問いかけてきた。


「私の聴覚機能が正常に働いていないようです。我が社を信用出来ない、そうあなたは言ったのですか?」


「正体を明かさずに、戦わせる会社を信用出来る訳が無かろう」


彼女は腕組みをして考え込むフリをする。

「そうですね。実を言うと私は神からの使いだったんです。満足ですか?」


「俺は無神論者でね」


どうやったら、本当のことを白状させられる?

味方にすれば頼もしい、しかし敵に回せば手ごわい妖精相手に俺は苦戦していた。


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