表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/96

取引

双眼鏡の視界の中で、チャイナ服姿の美女がニッコリと微笑む。

甘い声が脳内にひびいた。


(カザセ ユウ。ようやくここに来たのね。待ちかねたわよ)

……良くない事態だ。

頼みの綱のリゼットの魔法は、こいつに通用しない。となればこちらの対応は限られる。


(私のいとしい御方おかたが、あなたとお話をしたいそうなの。そんな所に隠れていないでこっちいらっしゃいな)


ウー 孟風モンフォンと言う男が俺と話をしたいらしい。

俺のひ孫が隣で肩をすくめる。こいつにも、どうしようも無い状況か。


もう一度、双眼鏡をのぞいて見た。

悪趣味な金色に塗られた人民解放軍の92式装輪装甲車が、25mm機関砲をこちらに向けている。


逃げられない。リスクが大きすぎる。

反撃しようとすれば、機関砲が俺たちをミンチにするだろう。俺たちの動きはむこうにバレている。


「フロレンツ、リゼット。ここに居てくれ。俺はあいつらと話しをしてくる」


「俺もいくぜ。何しにここまで来たと思ってんだ」


「私もカザセ様のそばに居たいです」


「リゼット、それは駄目だ。フロレンツ、お前は俺の血を引いていると言ったな? ならば、最初に何をすべきか分かる筈だ。リゼットを守れ」


「爺さん、しかし……俺は」


「お前の為に時間を稼ぐ。まあ見ていてくれ」


俺は林の中から外に歩み出た。


(銃は捨ててから来てね) 女の声が聞こえる。


89式小銃を地面にゆっくり置く。

敵は、俺の能力を―トライデント・システム―を知らない可能性がある。

知っていれば、銃を捨てろとは言わない筈だ。無駄だからだ。

俺は小火器ならいつでも手元に召還でき、同時に発砲できる。


腰の小剣はそのままにしておく。捨てろと指示もされていないんだ、置く必要も無いだろう。

外見は儀礼用の短剣だ。

彼女が動ければ、状況をひっくり返せたんだが、今の小剣は何も反応してくれない。


(早くこちらに来て。私のひとは待たされるのが嫌いなの)


俺はゆっくりと歩き始める。


装甲車のそばに近づくと、チャイナ服の美女は微笑んだ。

その後ろには、ウー 孟風モンフォンらしき東洋人と、そのボディガードだろう、サングラス姿の大男が居る。


(思ったよりはいい男ね。好みのタイプよ)


(残念だな。もう決めた相手が居るもんでね)


ボディガードが寄って来て、威圧するように俺を見下ろす。


「剣を外せ」


みみっちい奴だ。帯剣ぐらいは見逃して欲しいとこだ。

俺はゆっくり小剣を外し地面に置く。

小剣に意識が戻ったら泣くだろう。


ウーが口を開く。

「お前がカザセ ユウか。軍隊上がりだな。自衛隊の出か?」


歳は40代の半ばに見える。

鋭い目つきに短く刈った黒髪。仕立てのよさそうな黒いスーツを着ている。

商会のお偉方らしいが、軍隊に居たほうが似合いそうな男だ。


「だったらどうした?」


次の瞬間、俺は地面に転がった。息が……息が出来ない。

サングラスの大男が、丸太のような腕を俺の腹に叩き込んだのだ。

腹がえぐられ焼けるような痛みが俺を襲う。

俺は吐いた。胃液が逆流してくる。激しく咳こみ呼吸が出来ない。

どこかが切れたらしく、吐瀉物としゃぶつには血が混じっていた。


(風瀬さんっ!) 妖精が叫ぶ。


サングラスの男は、ゲーゲーやっている俺の耳をひっぱり口を近づけ言う。

「ボスの前では言葉に気をつけろ。敬意を払うんだ」


ウーが再び俺に尋ねる。


「カザセ。お前は、どこの組織の人間だ? 兵器をどこから仕入れている?」


腸がねじれるような猛烈な痛みに耐えながら、俺は考える。

インフィニット・アーマリー社の事は、こいつに知られない方がいい。

ぜいぜいと喉を鳴らしながら俺は答えた。

呼吸がまだ元に戻らない。うまく喋れない。


「お・前・の・知った・こと・か」


再び腕を振り上げるボディガードを身振りで止め、ウーは言った。


「恐れを知らないのは若さの特権だ。しかし、私の前では分をわきまえたほうがいい。その方が長生き出来る」


ウー、お…お前は…何者だ? 人に聞く前に……自分から……名乗れ」


「私か? 私はお前と同じ世界の出だ。元は人民解放軍の士官だった」


やはり中国人か。人民解放軍と聞いて俺は身構えた。


「勘違いするな。前の世界の国同士のごたごたを、こちらに持ち込むつもりは無い。今の私は軍人では無いからな。中国に義理立てしても何の得も無い」


「……その割に手荒な……歓迎をしてくれる。俺に一体……何の用だ?」


「ちょっとした好奇心だ。私は、この世界では兵器商人の元締めだ。現代兵器をこの世界に持ってくるお前に興味を持つのは当然だろう?」


やはり、こいつが真正ユリオプス王国に兵器を流している黒幕か。


「野良犬の駆除をしたいから、武器を貸してくれと客に言われた。たっぷり金をもらって貸してやったさ。だが困った事に、客の戦った相手は野良犬じゃなかったらしい。おおかみだった。お前の事だよ、カザセ ユウ」


「お褒めに頂き光栄だ。ウー 孟風モンフォン


「勘違いするな。めてはいない。狼はしょせん狼だ。熊に勝てる訳ではない。私の前で、大きな顔をするのは許さん。何事も分をわきまえるのが大切だよ、カザセ」


「そう言えばパンダも一応、熊の仲間だったな。これから気をつける事にしよう。ここに居るパンダは愛嬌を振りまくのが嫌いらしいからな」


サングラス男が俺を睨んだ。

「ボス。こいつに礼儀を教えてやる。止めないでくれ」


「しょうがない、やれ。言うことを聞く程度に痛めつけろ。兵器をどこから呼び出してるのか、吐かせるんだ」


これ以上はつき合いきれない。

俺は右手を素早く前に突き出した。


(召還。デザートイーグル)


手の中に現れた大型の自動拳銃でウーをポイントする。

女がハッとして動こうとする。


「止めておけ。手品はこれで終わりじゃない。俺に何かすれば次に出てくるのは手榴弾が1ダースだ。出現と同時に爆発する。お前が愛する男も一緒に死ぬ」


拳銃を持った右手を、そのままボディガードの顔に叩きつけた。

デザートイーグルの重さは二キロ近い。ぐしゃりとした感触があり、サングラスが吹き飛ぶ。鼻の骨が折れたようだ。


大男は、痛みに耐えかね顔を押さえてうずくまってしまった。


「さっきの礼だ。喜んでもらえたか?」


「……いいだろう、カザセ。お前は私と同じ種類の人間だ。暴力で言うことは聞かせられない。気に入ったよ。では話題を変えよう。ビジネスの話だ」

ウーは、俺が銃を突きつけても顔色を変えない。度胸は認めてやる。


「ビジネスだと?」


「そうだ。言ったとおり私は兵器商人だ。この世界では、いくらでも兵器が売れる。戦うのに魔法があるとは言っても、魔術師の数は多くはないからな。兵器を商う事で、私は金も女も権力も手に入れた」


「それで……俺が邪魔か?」


「そのとおり。お前は危険過ぎる。商売敵に成りかねない。だから真正ユリオプス王国の求めに応じて、兵器も最新の物を貸してやった。早めに消したかったからな」


俺は身構えた。やはり、こいつとは決着をつけるしかないか。


「しかし、会ってみて分かった。お前には何か強力な存在が味方についている。簡単には潰せない。戦えば、こちらも只では済みそうにない。私は損をするのが嫌いなんだ」


「だから?」


「取引をしよう。私は真正ユリオプス王国と縁を切る。兵器の供給が途絶えれば、あんな国はお前の相手では無い。滅ぼすなり、恨みを晴らすなり好きにしろ。その代わり、将来に渡って商売の邪魔をしないと誓え」



こいつの言う事を信用出来るのだろうか。怪しいものだ。


突然、チャイナ服の美女が叫ぶ。

「ちょっと、止めなさいよ。止めてっ! こんなとこで変身しないでっ!」


見ると、顔を抑えてしゃがんでいたボディガードの男の様子が変だ。

男の体が変貌へんぼうする 。身体が毛むくじゃらになり、服がはじけ飛んだ。

ただでさえ大きな身体が、ムクムクとさらに巨体になる。3メートルは越えているだろう。


ウー様! 逃げて! こいつはもう敵、味方の区別がついていない」


男の顔はすでに人間のものでは無い。牙を向きだした醜い獣だ。

憎々しげに俺とウーにらむ。鼻をつぶされたのが、そんなにしゃくさわったか。


ウーは明らかに動揺している。まあ人間、どこかに弱点はあるものさ。


「怒りの為に暴走してる。ウー様、早く逃げてください! 私が時間を稼ぎます」


俺は割り込んだ。

「俺が始末してしまってもいいのだろう?」


「無理よ! この男は強化人間ブーステッド・マン。変身が済んでしまえば、いくら、あんたでも相手にならない。いいから、ウー様と一緒に早く逃げてっ」


そろそろ時間だ。こいつの相手はもう沢山だ。

右手を挙げて合図する。


ぼしゅっ、と言う音がして強化人間の頭がはじけ飛ぶ。


頭が無くなった身体は、何が起こったか分から無いように、しばらくそのまま立っていた。

が、間もなく大量の血が首から吹き出し、地面にくずれ落ちる。


フロレンツからの攻撃が間に合った。使ったのは遠い未来の武器だろう。


フロレンツは小火器に限るなら、どんな武器でも呼び出せる。

たとえ300年先の未来の武器でも、それが小火器なら召還可能なのだ。

但し、未来になればなるほど召喚には時間がかかる。グラム・システムが持つ遅延ちえん召還と言う能力だ。


「変身した強化人間ブーステッド・マンを一撃だと? ロケット砲でさえはじくんだぞ」


ウーは必死に平静を保とうとしているが、慌てていることが丸わかりだ。

死んだ男は、ウーの切り札だったらしい。


俺は自分が凶悪な笑みを浮かべているのに気がつく。

ウーよ。いいだろう。お前の提案に乗ってやる。但し条件がある。俺の守るユリオプス王国に、未来永劫みらいえいごう、決して手を出すな」


「わ、分かった。約束は……契約は必ず守る」


敵の後ろ盾は、これで無くなった。

後は追い立て、狩るだけだ。

真正ユリオプス王国の王子よ。もう、お前はお終いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ