大商会の男
◆
俺は戦車を降りて歩兵として、敵陣に乗り込むことを決める。
敵の盾である防護車を叩くにはそれしかない。
フロレンツは言う。
「……いいだろう。なんとかイケるかも知れん。ひい爺さんの腕前を見せてもらおうじゃないか」
「手を貸すなら、好きなだけ見せてやる。敵の動きはどうだ?」
「イリア。教えてくれ」 俺のひ孫は、黒いローブ姿の少女に呼びかけた。
彼女はフロレンツが操る召喚システム―グラム・システムの擬似人格だ。
「敵は陣形を整えましたが、まだ移動を開始していません」
こちらの出方をうかがっているのか? それとも増援を待っているのか?
「新たな兵器が転移してくる兆候は?」
「ありません」
「敵はなんで攻撃して来ない?」 俺は尋ねた。
ひ孫は肩をすくめた。
「分らん。こっちが95式防護車を召喚したのが予想外だったのかもしれん」
このまま敵と睨み合いになるのはマズい。マズ過ぎる。
もう5時間は戦っている。王国の住人たちが、この世界への入り口である神殿に到着し始める頃だ。
敵を排除して、すぐにでもニューワールドに連れて来なくてはならないのだ。
小剣の犠牲の上に生み出されたマナは、そう長くは保たない。長引かせれば死人が増えていく。
敵が様子見を決め込むのなら、こちらから仕掛けるしかない。
(リゼット、聞こえるか? 体調は大丈夫か?) 林の中のどこかに居る少女の魔術師に心の中で呼びかける。彼女は元捕虜だった……しかし今はもう捕虜じゃない。仲間だ。
(はい。大丈夫です。カザセ様)
(手伝って欲しい。新たな敵が出た)
(喜んでお手伝いします)
言葉とは裏腹に少し元気が無い声だ。先ほどの魔女の精神攻撃の影響が残っているに違いない。
実際にどれぐらい戦えそうなのかは、会って判断するしかない。
俺はリゼットに心のなかでわびた。いずれにしろ無理をさせる事になる。
状況を簡単に彼女に説明した後、合流の場所を伝える。
(近くに来たら教えてくれ)
(了解です)
「移動を開始する」 俺はフロレンツに告げた。
◆
10式戦車を操縦手と砲手に任せ、俺とフロレンツは林の中を移動する。
擬似人格のイリアは姿を消した。彼女はフロレンツの心と一体化しサポートしている。
そこら辺は俺の妖精と同じだ。
俺の作戦は単純だ。
魔術師のリゼットと合流後、敵を見通せる場所まで近づき動きを探る。
いけそうなら、10式戦車とA-10攻撃機と連携して防護車を破壊する。
防護車を潰せば、戦車を守っているシールドが消える。後は敵の戦車をやっつけるだけだ。
単純な仕事だろ?
問題があるとすれば、敵も無抵抗で黙ってはいないと言う事だけだ。
89式小銃のレバーを連射に切り替える。敵と遭遇するかも知れない。
見通しが効かない林の中の移動はなかなかスリルがある。
リゼットとの合流地点に向かい、フロレンツと一緒に林の中の道を進む。
二人共、無口になった。
道の両脇は藪になっていて、視界はあまり良くない。
フロレンツは滑らかな樹脂製の銃を構えている。ニードルガンと言うらしい。
進行方向の右半分に注意を払いながら進んでいる。ちなみに俺の担当は左半分だ。
相棒であり、ひ孫の気配を右側に感じながら、林の小道を並んで歩く。
生きてる間に、自分のひ孫と会えるとはな。しかもこいつはカミラの子孫でもある。
俺と結婚することに成るとは、カミラももの好きだ。あれだけの美人なら相手には困らん筈だろうに。
エトレーナは、……気が変わったか、身分の違いか。俺が嫌いになったのか。
結局は上手くいかなくなると言うことらしい。俺はフラれるのだろう。
女の気が変わりやすいのには慣れている。
自慢じゃないが、この歳まで、伊達に三枚目として生きていない。いいとこまでいってフラレるのは、何度もあった。好き合っていた女と結ばれなかった……良くある話じゃないか。
……警戒が疎かになっている。今は、そんな事を考えるな。
俺は、周囲へ注意を戻そうとする。こんな事じゃ、一緒に歩く自分のひ孫も守れない。
――守れない?
そうだ。
俺は最悪の事態を無意識に考えないようにしていた。
俺はエトレーナを守りきれなかったんじゃないか? 守りきれずに彼女は殺されるんじゃないか? だから、俺はカミラと結婚……
馬鹿だ。俺は大馬鹿だ。自分がフラれる云々を考える前に心配すべきはそっちじゃないか。
エトレーナは敵が多い。俺よりも遥かに多い。
我慢出来ずに、俺はフロレンツに尋ねた。
「俺とエトレーナはどうなる……」
そういう状況じゃないのは嫌というほど分かっているが、耐えられなかった。
その時、視界の角で何かが動いた。道の先、何かがキラリと。
考えるより先に、身体が動く。
(敵です! 前方20メートル)
妖精が叫ぶのと、使い慣れた89式の引き金を引いたのは同時だった。
何も無い空間に連射で弾をばら撒く。
手応えがある。
弾倉は3秒で空になった。
弾が吸い込まれていた20m先の空間が歪んだ。
そして、その歪みは銀色の服を来た二人の人間の姿に変わり、地面に崩れ落ちる。
手には拳銃のような小型の武器。
「くそっ、光学迷彩だ!」
フロレンツが叫び、あわてて発砲する。
ニードルガンが細い針のような弾丸を、広範囲に高速でばらまく。
甲高い発射音が響き、弾丸の雨が霧状となって前方に振りそそぐ。
たっぷり十秒のあいだ発砲を続けると、フロレンツは撃ち方を止めて俺の方を振り向いた。
「……敵は爺さんの倒した二人だけだ。光学迷彩まで使っているとは想定外だ。甘く見ていたかも知れない」
弾倉を交換し、俺は倒した敵に近づく。
弾は頭部と腹を撃ち抜いている。二人共もう死んでいた。
「爺さん。どうやって敵に気がついた? 見える訳がないんだ。光学迷彩だぞ」
「キャリアの差だな」
俺は答えた。
◆
俺たちは林の角でリゼットと合流した。
思ったより顔色は良く、安心した。これならアテにしていだろう。
敵戦車を見通せる場所に移動する予定だったが、さっきの戦闘で俺は考えを変えた。
異界の門を先に確認する事にする。
敵は広範囲に歩兵を展開してきた。異界の門を歩兵に塞がれると、やっかいだ。
王国の住人がニューワールドに来れなくなるし、俺が戦っている間に、敵が門を通って向こう側に攻めこむかも知れない。
想定以上に戦闘が長引いている。それに乗じて小細工をしてくる可能性が否定出来ない。
それを防ぐためにも、門を確保しておく必要がある。
リゼットに姿を隠す隠蔽の魔法をかけてもらい、異界の門を見渡せる場所に移動する。
――くそっ。敵だ。
しかし、それは俺の予想とは違った敵だった。
異界の門の場所を示す大きな石の柱のそばに、一両の装甲車が止まっていた。
中国の人民解放軍の92式装輪装甲車に似ている。いや、分かりにくいが92式そのものだろう。
分かりにくいのには理由がある。
車両の全体が、ど派手な金色で塗られているのだ。悪趣味にも程がある。戦場に全く合っていない。
装甲車のそばには、スーツ姿で目つきの鋭い東洋人の男、サングラスをかけたターミネーターばりの大男、そしてチャイナ服姿の女が何事か話をしている。女の方は西洋人で、エトレーナやカミラに匹敵する美女だ。その周りには8名ほどの兵士。
一体あいつら何だ。何をしている。
「……何でこんな所に」 フロレンツが喘いだ。
「あいつらを知っているのか?」 俺は双眼鏡から目を離さず聞く。
「ああ。あのスーツ姿の男。あいつは大商業連合国の商会の人間だ。敵の強力な後ろ盾と言う訳だ。戦車もあいつらが供給している」
双眼鏡の中の狭い視界の中、チャイナ服姿の女がこちらを見た。目が合う。
そしてにっこりと俺に微笑んだ。
馬鹿な。
300mは離れているんだぞ。しかもこっちは林の中だ。魔法で隠蔽もしてる。
(カザセ ユウ。ようやく来たのね。待ちかねたわよ) 脳内に女の甘い声が響く。
「リゼット! 攻撃しろっ! 見られた」
(あら、せっかちな男ね。つまらない)
何も起こらない。
俺は慌てて隣のリゼットを見る。彼女は呆然として何も出来ずに固まっていた。
「すみません、カザセ様。あいつの魔力は化け物クラスです。人間とは思えない…」
(私は人間よ。失礼しちゃうわ。でも、そこに居るおちびちゃんでは、どうしようもないのは確かね。それが分かっただけでも大したものだわ。子供の魔術師さん)
(俺たちを待っていたと言ったな? どうするつもりだ)
(私の愛しい御方が、あなたとお話をしたいそうなの。カザセ ユウ。そんな所に隠れていないでこっちいらっしゃいな)
(お前の男が俺と話をしたい?)
(そう。ここにいらっしゃる紳士が私の愛する御方。大商業連合国における三大商会の一つ、鉄飛龍公司の社長で最高経営責任者、呉 孟風様よ)
双眼鏡の視界の中で、スーツ姿の東洋人が鋭い目つきでこちらを睨む。