共闘
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目の前に転移して来た男―フロレンツ・カザセ・ランゲンバッハを名乗る男は言う。
「俺は英雄カザセ ユウと女騎士カミラ・ランゲンバッハのひ孫にあたる」
予想もしない事態に俺は固まる。ひ孫が俺に会いに来た? 質の悪い冗談だ。
俺とカミラとは、そういう関係じゃない。
だいたい俺を何歳だと思っている? いくらなんでも、ひ孫が居る歳じゃない。
しかし……。もし……万が一の話だ。もし、こいつの言ってる事が本当なら。
この男は未来から来たと言う事になる。
不思議なことに、俺はそれを認めつつあった。
おかしいのは十分過ぎるほど分かってる。しかもこいつは、俺のひ孫にしては、二枚目すぎる。
それでも、俺には分かるのだ。本能が俺にささやく……この男にはお前の血が流れていると。ニヤッとする笑い方なんか俺とそっくりだ。眉毛の形や目つきも似ている。
「カザセ ユウ。……いや、ひい爺さん。俺もインフィニット・アーマリー社のオペレーターなんだ。ここに来れたのは新型の兵器召喚システムを使ったせいだ」
沈黙する俺に、男は話を続ける。
「俺の召還システムはグラム・システムと言う。時間を飛び越えて転移出来る」
「……とりあえず、ひい爺さんと呼ぶのを止めてくれ。これでも、まだ20代だ。爺さん呼ばわりされる歳じゃない」
「自分のひい爺さんを、ひい爺さんと呼んで何が悪い? 英雄カザセ、あんたは間もなく結婚する。子供も出来れば、孫も出来る。そして、ひ孫の一人は俺になる。早めに心構えが出来ていいじゃないか」
「……英雄と呼ぶのも無しだ。そんなもんじゃないのは、俺が一番良く知っている」
その時、フロレンツの横に霧状の光が現れる。
何かがこちらに転移してくる前兆だ。
光は、まもなく小柄な少女の姿となった。無表情で、神秘的な雰囲気の美少女だ。
黒いローブを羽織っていて、魔術師のような格好をしている。
髪は長くて漆黒。形の良い唇は淡いピンク色で、キリッと結んでいる。
少女は、俺に会釈した。
「私の名はイリア・スズキ。兵器召還グラム・システムの第一擬似人格です。あなたが使っている旧型のトライデント・システムの5倍の処理能力を持っている」
自分より高性能と言われて、頭の中で妖精がムッとするのを俺は感じる。
フロレンツは肩をすくめた。
「新型とは言っても、この地ニューワールドでは機能に制約がある。爺さんの使っているトライデント・システムと、そこら辺は同じさ。さあ、そろそろ戦闘の時間だ。敵に一泡吹かせてやろうぜ」
◆
妖精が俺にささやく。
(この男から悪意は感じません。彼が風瀬さんに対して持っている感情は、歴史上の有名人を前にした人間のそれです。尊敬の念と、自分が子孫である事の誇り、そして僅かに怖れを感じています。そうは見えないかも知れませんが、そこはこの男の強がりです。誰かさんと似ていて素直じゃないですね)
(やはり俺の子孫なのか?)
(ええ。私はそう信じます)
こいつは本当に俺のひ孫なんだ……と言う事は、つまり俺は女騎士のカミラと結婚する?
彼女は魅力的な女性だが、俺とはそういう関係じゃない筈だ……よな?
俺は、エトレーナとは結ばれないのか?
未来の俺はどうして彼女を諦めた?
それとも俺はカミラとの間に、何か間違いをしでかすのか?
これは決定した事柄なのか?
もう変えられないのか?
「何を聞きたいかは分かる。なんせ俺は、ひ孫だからあんたが考えるような事はお見通しだ。女の事だろ? ひい婆さんも散々泣かされたようだしな。英雄カザセの女好きの話は有名だ」
「英雄と呼ぶな、と言っただろう」
疑似人格を名乗るローブ姿の少女が、会話に割り込んでくる。
「報告します。敵の陣地に大型の車両が1両、転移してきます。広範囲に防御シールドを展開できる専用車両と思われます」
「敵はシールドで戦車を守りながら、こっちに突っ込んでくるつもりだ。
あの時代の戦車同士の戦いでは主砲が強力すぎて、装甲では砲弾を防げない。レールガンに耐えられる装甲なんてないからな。だから、シールド発生機を装備した専用車両で戦車を守りながら、戦車の方はレールガンを敵に叩き込む。それが、あの時代の戦闘スタイルだ」
残念だが女たちの事を考えるのは後だ。今は戦闘に集中しなければ。
フロレンツの言っている事はつまり、シールドを発生する車両を盾にして、その後を5両のレールガン持ちの戦車が隠れながら撃って来るって事か。
「一体、あの戦車は何なんだ? どこから湧いてきた?」
「戦車自体は恐らく、爺さんの時代から80年ほど未来の中国国防軍の兵器だ。ニューワールドは未来にも過去にも繋がっているからな。こんな事は、真正ユリオプス王国だけの力だけでは出来ない。爺さんは目立ちすぎたんだ。誰か別の大物を怒らせたってことさ」
「俺の戦車の装甲では、敵の攻撃を防げないか?」
「無理だな。敵のレールガンの砲弾は秒速8kmの人工衛星並の速度で飛んで来る。いくら複合装甲でも、紙のようにズボズボ穴が開く」
フロレンツ、俺のひ孫はにやりと笑う。
「心配するな。防御の方は任してくれ。1両だけだが、時間を超えて未来から車両を呼べる。そうだな、決めた。……イリア。準備はいいか?」
「グラム・システム作動中。いつでもどうぞ、マイマスター」
「兵器召喚。自衛隊の95式電磁防護車を呼べ」
そんな兵器は聞いた事が無い。95式だと?
2095年に制式採用が始まった兵器……って事か。
前方に大きな光の塊が現れ、それはすぐに車両の姿になった。
実体化が早い! 俺のトライデント・システムとは偉い違いだ。
出現した車両を見ると、小型のパラボラアンテナのようなものが5つ、ゴツい大型の車体から突き出ている。
「これはカザセ ユウの時代から80年後の自衛隊の兵器だ。敵と同じようにシールドを発生する防御兵器だ。
アンテナのそれぞれが強力なシールドを展開する。アンテナは5つあるから、同時に5方向に対して防御シールドを張れる。これで、しばらくの間は爺さんの10式戦車を守れる」
「ついでに、レールガン装備の戦車を呼んでくれ。俺は横で戦いを見ている事にする。英雄じゃないんでな」
フロレンツはニヤリとする。
「残念ながら俺が召喚できる車両はこれ一両だけだ。グラム・システムにかなりの負荷がかかっている。これ以上は無理だ。攻撃は爺さんに任せる」
「こっちの主砲は通用するのか?」
「向こうのシールドが生きている間は無理だ。レールガンに対抗する為のシールドだぞ。マッハ5、6程度の徹甲弾では貫通出来ない」
「どうしろと?」
「シールドを張っている防護車を何とかして破壊するんだ。それさえ潰せば、あんたの主砲は敵戦車に届く。敵の防護車は3つのアンテナしか持っていない。だから同時に3方向までの攻撃しか防げない。それが弱点だ」
4方向から同時攻撃をすれば、敵の防護車を破壊できると、そう言うことか。
そうなれば敵はシールドを失い、こっちの砲弾が敵戦車に届く。
しかしA-10攻撃機と10式戦車で、別々の方向から攻撃しても二方向からしか攻められない。
A-10攻撃機も1機しかないし、10式戦車も俺が乗っている1両しか残っていないのだ。
4方向から攻撃なんて出来ない。
「俺のひ孫は無理を言ってくれる」
「俺のひい爺さんだったら、なんとかするさ」
もう一両、戦車を呼ぶか? いや駄目だ。さっき召喚してから時間がそれほど経っていない。
まだ、兵器の再召喚は出来ない。
だとすれば、攻撃手段は1つしか残っていない。
「戦車から降りて、敵陣に乗りこむ。そばで直接叩くしかないな」
個人用の武器なら、召喚に制限はないのだ。RPG(歩兵用対戦車ロケット砲)なら、今の状況でも召還出来る。
そいつを近距離から打ち込めば……そうすれば、10式戦車、A-10攻撃機、俺のRPG、合計で3方向からの同時攻撃が可能だ。
「よし。爺さん頑張ってくれ。老体なんだから無理するなよ。俺はここで神に祈っているとしよう」
今の俺は、お前と歳はそんなに変わらん。
「お前も手伝うんだ。個人用火器なら召還出来るんだろう?」
こいつにも手伝わせて、一緒にロケットで攻撃すれば合計で4方向からの攻撃になる。完璧じゃないか。
フロレンツは肩をすくめる。
「その作戦は俺も考えた。しかし、向こうも馬鹿じゃない。歩兵を展開して防護車を守っていると思うぞ。どうやって近づく?」
「気が進まないが、リゼットに手伝ってもらおう。彼女は魔術師だ」
子供をアテにするしかない英雄。有り得ない。
ほらみろ、だから俺が英雄なものか。
「……いいだろう。なんとかイケるかも知れん。ひい爺さんの腕前を見せてもらおうじゃないか」
理由は分からないが、フロレンツは嬉しそうだ。




