救出
◆
森の木々に隠れながら俺は戦場を見る。城の城壁の前でモンスター達が歓声を上げている。 捕虜となった男たちがモンスターになぶられながら息絶え、女たちは獣人たちの慰みものになっている。
何とかせねば、と焦る俺に、妖精―正体は兵器召喚システム―は言った。
「さあ、ご命令を」
コンピューター表示のような文字列が、視界に割り込んで来る。
“状況:赤 召喚モード:レベルS(特権優先)”と表示され、狂ったように点滅している。
その下に新たな表示が出現する。
◆兵器召喚システム・トライデント◆ 正常に稼働中
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
個人用銃器:召喚可能
陸上兵器:召喚可能
航空兵器:召喚可能
海上兵器:不可(地形制限)
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
必要なのは陸上兵器だ。どんな兵器が呼べるんだ?
俺は妖精に向かって命令しようとした。
俺の意思を読んだのか、ポップアップ表示が現れ、陸上兵器の名前が表示される。
日本国 陸上自衛隊 兵器群
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
軽装甲機動車 2,000両(最大同時召喚数)
89式装甲戦闘車 2,000両
10式戦車 1,000両
74式戦車 2,000両
90式戦車 1,500両
多連装ロケットシステム 自走発射機M270 MLRS 500両
87式自走高射機関砲 1,000両
-続く-
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
よく知っている自衛隊の兵器類が出てきて、俺はホッとした。戦うなら慣れた兵器でやりたい。
…しかし俺は、召喚数の数字を見て息を飲む。
これだけの戦力を、俺が召喚できると言うことなのか? あり得ない。
大国の軍隊でも十分に相手が出来るレベルだ。
「驚くことはありません。現在、風瀬さんはシステムの最優先権限を持っています。私の持つ全ての能力を利用できる訳です」
向こうの森の中から、大きな動くものが出てくる。
10m位の身長がある、不格好な人型の、大きな人形のようなのが20体ほどだ。
もしかしてゴーレムという奴じゃないか。もう何でもありかよ。
城に攻め込ませて、一気に制圧するつもりだろう。
捕虜の虐殺を止めさせ、出現した巨大ゴーレムも破壊する。どうすればいい?
俺は決めた。慣れてる兵器が一番だ。
「10式戦車を呼べ! 20両いけるか?」
10式戦車は、言わずと知れた陸上自衛隊の主力戦車だ。 俺は第17旅団の戦車隊に配属されていた事がある。扱った戦車の中で一番良く知っているのが10式だ。
10式は最新の技術を使った国産第四世代型で、第三世代型の90式より車重は軽くて軽快だ。
しかも性能は90式以上だ。20両と言わずもっと呼びたいが、呼べそうな場所がない。
ここは砂漠じゃないしな。
俺の命令に妖精が応える。
「了解。 問題ありません。大質量転移を開始します。
さあ、いっけー 今! 」
視覚に"システム起動"と表示される。
そして5秒ほどの静寂が訪れる。何も起こらない。
だが兵器召喚システム トライデントは正常に作動していた。
夕闇が迫った赤い空の中、天空から伸びてきた巨大な三本の光の柱が現れ、目の前の土地に突き刺ささる。雷鳴のような轟音が辺りに響いた。
視界が光で溢れ、俺は目を覆う。
まるで空から地上に向かって投げられた、大きな銛のようだ。
…ああ、それで兵器召喚システムに付けられた名前が、海神が使う三叉の矛、トライデントなのか。
光が消えると何もなかった土地に、20両の10式戦車がエンジン音を響かせながら待機している。横一列のライン・フォーメーションだ。
「戦車中隊参上した。命令を求む。司令官」 中年の低い声だ。戦車隊の指揮官か?
「彼は私の同類で、人間ではありません。トライデントが造った擬似人格です」 と妖精が補足する。
俺は敵の様子を再度、窺う。捕虜への暴行を見物して楽しんでいた獣人たちが、戦車を指差し何事か叫んでいる。
驚いてるようだ。そりゃ驚くだろう。戦車たちは、ずいぶん派手に登場したからな。
男への虐殺も、女に対する暴行も一旦止まったようだ。女に伸し掛かっていた獣人たちも慌てて立ち上がっている。
いいぞ、捕虜からもっと離れろ。
すぐにでも戦車の機銃で敵兵を掃射したいところだが、味方が入り混じっている状況ではやりにくい。
ならば。お前らが頼みにしているゴーレムを派手に潰してやる。
うまくいけば、敵の戦意をかなり削ぐだろう。
主砲弾頭は何を使っている? そう考えると、視覚内の表示が変化した。
“主砲弾頭:多目的対戦車榴弾(HEAT-MP)” と表示される。よし、いいだろう。
貫徹を重視した徹甲弾(APFSDS)より、炸裂する榴弾の方がこいつらには、いいかも知れん。
「目標、敵ゴーレム20体。主砲、撃てぇー!」
10式の主砲―44口径120mm滑腔砲―が一斉に火を吹く。
全弾着弾。 砲手は正確な仕事をした。
10体のゴーレムは、あっけなく砕け散る。戦車の前面装甲と比べれば、相当、脆い。
「目標の無力化を確認」 10式戦車隊からの報告だ。
敵兵の様子を確認する。奴らはゴーレムが崩れ去ったのを見て愕然としている…何が起こっているのか理解出来ていないだろう。
「MINIMI機関銃を出してくれ」
俺は、陸上自衛隊で支援火器として使われている、軽機関銃の名前を言う。
「了解です。 風瀬さん」
持っている89式小銃を地面に置き、実体化したMINIMI軽機関銃をつかむ。
89式は俺の手を離れると、輪郭がぼやけ、透明になったかと思うと消え失せた。
さあ、ここからが俺の出番だ。
敵が混乱している隙をついて捕虜を救う。
何が起こったか分からないのは、敵だけではない。味方の捕虜もだ。
捕虜たちには戦車が味方だなんて分からない。最悪、敵と一緒に逃げ出したら、助けられなくなる。
俺が突っ込んで、顔を見せれば援軍が来たのがわかる筈だ。
こっちの方向に、戦車のいる方向に 捕虜を逃がす。
敵から離れさえすれば、戦車の射撃は強力だ。化け物たちの戦力など問題外だ。
突撃前に、俺は息を整える。捕虜の周りの敵兵は200名ほどか。
何とかなる…だろう。多分。 きっと。
「あんた。 どうする気なんだ? 一人で突っ込む気か?」
女王と一緒に俺を見ていたラルフ・ヴェストリンが、不安そうに声をかけてきた。
お前に言われたくない。一人で突っ込もうとしていたのはそっちだろう。
「大丈夫だ。 戦車たちが支援してくれる」
「カザセ様。 どうぞお気をつけて」 エトレーナもそう言ってくれたが、あんまり心配しているように見えない。彼女から不安そうだった表情が消えている。 俺が味方をしていると言う事実だけで、安心してしまったらしい。
すでに勝利を確信しているのだろう。
俺の事を超人、いや魔神だったか、とまだ思ってるんだろうな。
本音を言えば少しは心配して欲しいとこだ。
「まあ任せておけ。 すぐ済む筈だ」 俺も調子を合わせて答えておく。しょうがない。
「戦車中隊に告ぐ。俺は突っ込む。お前らは動くな。同軸機銃で援護してくれ。捕虜には絶対、傷をつけるな」
10式戦車の同軸機銃は、主砲と同じく指揮・射撃統制装置の管理下にある。 狙いは正確だ。
俺は助けが来たのが分かるように、雄叫びを上げながら敵に突っ込んでいった。
◆
敵を蹴散らすのは思ったよりも簡単だった。
突っ込んでくる俺に気が付き、獣人の数十匹が向かってくる。
俺はMINIMI軽機関銃の連射を浴びせた。それを合図に、後方から戦車の重機関銃による制圧射撃が始まる。
20両もの戦車から機銃の連射を受け、数十匹がなぎ倒された。
残りの敵も怯んでいるが、マズイことに味方の捕虜までビクついている。
「助けに来た。こっちへ来いっ。早く! あの戦車は味方だっ」 俺は捕虜に向かって叫ぶ。
「来い! 死にたくないなら、早くこっちへ来るんだっ!」 叫び続ける。
…ようやく捕虜たちが、動ける者は、男も女もこちらに向かって駆け出し始めた。
こちらが味方だと、ようやく分かったようだ。
しかし根性の悪い敵が、力尽きて動けない捕虜を殺そうとする。
俺は立ち止まり、獣人兵を狙った。連射を控えめにすれば、MINIMI機関銃の射撃精度はアサルトライフル並だ。
捕虜を殺そうとしていた二匹の化物を倒す。
怒りのあまり、まだ俺を殺そうと向かってくるガッツのある敵には、10式の同軸機銃が相手をした。
化け物は重機関銃の直撃をくらい、胴体を砕かれそのままぶっ倒れる。
捕虜を追っかけてくる敵がまだいる。しつこい。
「10式。来い! 突撃しろ。敵を蹴散らして、捕虜を助けるんだ」
「了解した」
戦車が轟音と共に突っ込み始める。
襲い掛かってくる戦車に恐れをなしたのか、今度こそ全ての敵が逃げ始めた。
とりあえずは、これで一段落だろう。ゴーレムを砕いたのが効いたのか、周囲の敵全てが戦車から、城の周りから、逃げ出している。
まだ城内に敵が残っているが、奴らはこれで孤立したことになる。味方の残存兵に手伝ってもらって、手始めに城の中庭から掃討しよう。
そうだな、攻撃ヘリを召喚して上空からサポートをもらうのがいい。機種は何にするか…
俺は前方に集中しすぎていて、後ろから飛びついてくる人間に気がつけなかった。やはり俺は兵士失格なのか。
「カザセ様。本当にありがとうございます。来てくれたのがカザセ様で本当に良かった!」 そう言ってエトレーナは、後ろから俺を抱きしめる。
女の身体の甘い匂いがした。