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味方の男


「A-10対地攻撃機。命令だ。敵戦車を破壊しろ!」 魔女の精神攻撃に抵抗しながら俺は叫ぶ。


(了解。その言葉を待っていた。これより、攻撃を開始する) 


その瞬間、闇が消え視覚が回復する。

重苦しい絶望感も同時に消え失せ、俺は自分の心のコントロールを完全に取り戻した。

魔女よ。お前になど負けない。精神攻撃にはくっしない。お前に俺の心を渡しはしない。


急ぎ10式戦車の状況を確認する。


外部カメラ問題無し。戦術情報表示装置、問題無し。FCS(火器管制装置)問題無し。

……初めからシステムは正常に動いていたのだ。

魔女の精神攻撃で、動いていないと思いこまされていただけだ。


俺は、腰に差している小剣を抜いた。

こいつのお陰で魔女の精神攻撃に気がつけた。


(教えてくれて有難う。助かった)


返事はない。しかしつかに埋まっている宝石がかすかかに輝き明滅する。


よかった。

剣は生きている。


ニューワールドに来たことでマナの補給が出来たのだろう。ここは向こうと違ってマナが溢れている世界だ。

しかし、小剣はまだ調子を取り戻していない。さっき俺にかけた声は苦しげだった。


(そこで見ていてくれ) 俺は剣を腰のさやに戻す。


「妖精。大丈夫か?」


(あれ? 私、どうしてんだろ? だ、大丈夫。問題ありません。トライデント・システム正常に稼働しています。A-10攻撃機の召喚を継続します。いや……ごめんなさい。もう実体化してます。私としたことが!)


(元々、正常に動いてたんだ。問題があったのは俺たちの心の方だ。不安感をあおられ脳の認知機能をひずめられたんだ)


砲手と操縦手は不思議そうに周囲を見回すと、状況を報告する。

一部のセンサー類が動かないが、10式戦車の稼働自体に大きな問題は無い。


情報表示上の敵戦車マークが、撃破を示す青色に変わった。一個、また一個。

A-10が主武装GAU-8(アヴェンジャー) 30mmガトリング砲で、敵戦車を打ち抜いている。


(戦車二両を撃破。敵は混乱状態だ。撤退を開始している。対空攻撃は散発的。当機は攻撃を続行する。

なに、機関銃程度では俺は落とせん)


いくらエイブラムスが重装甲を誇っても、GAU-8(アヴェンジャー)を撃ち込まれればお仕舞しまいだ。

劣化ウラン弾芯を持った30mm砲弾を毎秒60発、上から叩きこまれればどんな戦車でもお陀仏だぶつだ。


(リゼット、大丈夫か?) 俺は少女の魔術師を心の中で呼んだ。


……返事が無い。


(リゼット! 返事をしろっ!)


(カザセ、いい気になるなよ。リゼット・ルフェはすでに私の術中だ。お前と違って可愛いものだ。素直に私に屈服した。こいつには、死ぬより苦しい屈辱と恐怖を味わせてやる)魔女のかすれた声が聞こえる


くそっ。

俺にやったように、遠隔からリゼットに精神攻撃をしかけたのか。


「操縦士! 戦車を林から出せ! 魔女を探すんだ!」


10式戦車がガクンと急発信する。 


(ほらほら、闇の中でリゼットは泣きながらお前を呼んでいるぞ。

全ては私の造った幻影なのだがな。自分も魔術師のクセに愚かなものだ。

カザセ、こいつの泣き声を聞いてみるか?

生意気な子の泣き叫ぶ声には、ゾクゾクする。安心しろ。すぐには殺さない。すぐにはな)


(A-10攻撃機。近くの林に魔術師がひそんでいる。発見次第、吹き飛ばせ!)


(おっと、カザセ。攻撃を止めさせろ。さもなければリゼットを、今直ぐ殺す)


カザセ様……苦しい。どこに居るのですか? 助けて……お願い。


リゼットの苦痛と恐怖を一瞬感じた。

魔女の嘘じゃない。リゼットは苦しみに震えている。


(カザセ。心を私に開け。少女を救いたければ、私にお前の心を渡すのだ。悪いようにはしない。それどころかお前に、とろけるような快感を与えてやろう。私に抱かれながら死ぬがよい)


戦車は林の外に踊りでた。全周を赤外線探知する。


近くに林が二つある。どちらからも熱源反応があった。複数の人間が隠れている。

魔女はどっちにいる? それともどちらでも無いのか? 


(魔女よ。分かった。俺の心をお前にくれてやる。リゼットの心を解放しろ)


(愚かな男よのう。奴隷上がりの少女の為に命を投げ出すとは。それともそういう性癖なのか?)


魔女はあざけりながら、奴の心が俺におおいかぶさってくる。俺の中に押し入って来る。

不覚にも快感が押し寄せる。


……待っていた。魔女がリゼットから気を反らすのを。


残った意志の力を振り絞る。目標を1つ選んだ。FCSに指示。


弾種榴弾だんしゅりゅうだん。撃て!」


主砲が唸り、榴弾りゅうだんが木々を切り裂き着弾する。爆発と破片を周囲にばらまく。


「撃て!撃てっ!撃てっ!」

主砲が続けざまに咆哮ほうこうし、榴弾が木々の間に吸い込まれる。


俺の心と触れあっている魔女の心が激しく動揺した。


(無駄だ! そんな攻撃で私を倒せるものか。私を受け入れよ!)


目の前が暗くなる。魔女の心が俺の中に無理やり浸入しようと、抵抗をねじ伏せる。

押し寄せる強い快感に、俺は自身を見失いそうになった。


魔女の心が俺と同化した。

見える。魔女の目を通して奴の周囲の景色が見える。


――お前の居場所はそこだ。


(……A-10。クラスター爆弾……投下しろ。東の林の中央。……頼む)


視界が暗くなり、我慢出来ない快感が再び俺を襲う。魔女が……魔女が……入ってくる……

もう抵抗出来ない……すまん。エトレーナすまない……俺の負けだ


(カザセ ユウ。私の勝ちだ……お前は私のもの……攻撃を止め)


声は、そこで突然途切れる。

俺と触れ合っていた魔女の心が消えたのだ。

視界が再び元に戻る。ここは見慣れた10式戦車の内部。


(クラスター爆弾、投下完了。派手にやらせてもらった。残弾ゼロだ)


A-10が爆装していたクラスター爆弾は、1つの親爆弾の中に大量の対人用の子爆弾を内蔵しているタイプだ。広範囲に子爆弾を撒き散らす。


魔女は死んだ。死んだんだ。

即死だ。自分が死んだことにも気がつかなかったろう。


俺は自由だ。俺の心は俺のもの。誰にも渡さない。

額の汗を拭い、ため息をつく。


――勝った。俺の勝ちだ。



(リゼット! 魔女は死んだ。返事をしろ!)


(……有難う……ございます。私は……大丈夫です)か細い声が聞こえる。


俺はほっとした。リゼットは生きている。

これで、取り敢えずは安全か?


いや。

まだ黒竜が居る。


(カザセ ユウ! 逃げろ!)

突然、脳内に男の声が響く。


この声には聞き覚えがある。

以前、俺とエトレーナを救ってくれた正体不明の味方だ。

あの時はA-10を召喚して、俺たちを狙撃していた敵を建物ごと吹き飛ばしてくれた。


しかし今回は、やけに切羽詰まった声だ。前の時は、憎たらしい位に落ち着いていた

慌てるのは、こいつに似合わない。


(遅いぞ。助けに来るならもっと早く来い)


(何を悠長ゆうちょうな事を言っている。撤退しろ! 死ぬぞ!)


(ドラゴンが来るのか? 言われなくても黒竜が出てくるのは、もう織り込み済みだ。

何とかする。まだ戦車も攻撃機もある)


(違う! 黒竜のことじゃない! いくらあんたでも厳しい敵だ)


(何だと?)


こいつが、こんなに慌てる敵……一体何だ? 何が起こっている?


(もう遅いようです。敵が実体化します。カザセ ユウの場所から5km東に出現中)

無感情な女の声が脳内にひびく。こいつは男の相棒の擬似人格だろう。俺の妖精の同類だ。


(何が来た?)


(戦車が五両。超長砲身を装備しています。レールガンと推定)


正体不明の男は黙りこむ。

一体、何が起こっている? レールガンってのはSFに出てくる武器だろう?

そんなものが実用化されたなんて聞いたことが無い。


(俺もニューワールドに出向く。用意しろ)男は決心したように言った。


(命令を拒否します。ニューワールドには行けません。規約違反です)


(俺が全責任を持つ。インフィニット・アーマリー社の社内規定、ルール13を適用しろ。特権命令の発動だ。いいから実行しろ)


(しかし……だって危険です。マスターの安全が……)


(いい。やってくれ。お願いだ)


(本当にもうっ! その性格、無茶さ加減は遺伝ですかっ? 了解ですっ! ルール13を適用します。転移開始! どうなったって知りませんからねっ!)


男が実体化して来る!

その雰囲気をそばに感じた。戦車のハッチを開き身を乗り出して外を見る。


すぐ横に霧状の光が集まっている。それは人型となり間もなく人間の男となった。


「やあ、カザセ ユウ。俺も手伝うぜ」


実体化した男は、ニヤリと笑いながら片手を振る。綺麗な金髪に高い身長。なかなかの二枚目だ。

この男とは一緒に歩きたくない。

女を全てコイツに取られて、俺が全く目立たなくなる。


……おかしい。


ふと既視感きしかんを覚える。

どこかで見たような……この男の顔を俺は知っているような気がした。

勿論もちろん、こいつとは初対面だ。しかし、なんとなく見覚えがある顔立ち。

……そうか、女騎士のカミラに似ているのだ。


「お前は一体、誰なんだ?」


「俺は、フロレンツ・ランゲンバッハだ」


ランゲンバッハは、カミラの姓だ。

そうか、やはりカミラの親戚しんせきなのか。どうりで似ている筈だ。


フロレンツは、嬉しそうに再びニヤッと笑う。

「俺にはミドルネームがあってな。正式な名前は、フロレンツ・カザセ・ランゲンバッハと言う」


ミドルネームがカザセって、馬鹿な……お前はまさか……嘘だろ


「そうだ。俺は英雄カザセ ユウと女騎士カミラ・ランゲンバッハのひ孫にあたる。

よろしく頼むぜ、ひい爺さん」

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