味方の男
◆
「A-10対地攻撃機。命令だ。敵戦車を破壊しろ!」 魔女の精神攻撃に抵抗しながら俺は叫ぶ。
(了解。その言葉を待っていた。これより、攻撃を開始する)
その瞬間、闇が消え視覚が回復する。
重苦しい絶望感も同時に消え失せ、俺は自分の心のコントロールを完全に取り戻した。
魔女よ。お前になど負けない。精神攻撃には屈しない。お前に俺の心を渡しはしない。
急ぎ10式戦車の状況を確認する。
外部カメラ問題無し。戦術情報表示装置、問題無し。FCS(火器管制装置)問題無し。
……初めからシステムは正常に動いていたのだ。
魔女の精神攻撃で、動いていないと思いこまされていただけだ。
俺は、腰に差している小剣を抜いた。
こいつのお陰で魔女の精神攻撃に気がつけた。
(教えてくれて有難う。助かった)
返事はない。しかし柄に埋まっている宝石が微かに輝き明滅する。
よかった。
剣は生きている。
ニューワールドに来たことでマナの補給が出来たのだろう。ここは向こうと違ってマナが溢れている世界だ。
しかし、小剣はまだ調子を取り戻していない。さっき俺にかけた声は苦しげだった。
(そこで見ていてくれ) 俺は剣を腰の鞘に戻す。
「妖精。大丈夫か?」
(あれ? 私、どうしてんだろ? だ、大丈夫。問題ありません。トライデント・システム正常に稼働しています。A-10攻撃機の召喚を継続します。いや……ごめんなさい。もう実体化してます。私としたことが!)
(元々、正常に動いてたんだ。問題があったのは俺たちの心の方だ。不安感を煽られ脳の認知機能を歪められたんだ)
砲手と操縦手は不思議そうに周囲を見回すと、状況を報告する。
一部のセンサー類が動かないが、10式戦車の稼働自体に大きな問題は無い。
情報表示上の敵戦車マークが、撃破を示す青色に変わった。一個、また一個。
A-10が主武装GAU-8 30mmガトリング砲で、敵戦車を打ち抜いている。
(戦車二両を撃破。敵は混乱状態だ。撤退を開始している。対空攻撃は散発的。当機は攻撃を続行する。
なに、機関銃程度では俺は落とせん)
いくらエイブラムスが重装甲を誇っても、GAU-8を撃ち込まれればお仕舞いだ。
劣化ウラン弾芯を持った30mm砲弾を毎秒60発、上から叩きこまれればどんな戦車でもお陀仏だ。
(リゼット、大丈夫か?) 俺は少女の魔術師を心の中で呼んだ。
……返事が無い。
(リゼット! 返事をしろっ!)
(カザセ、いい気になるなよ。リゼット・ルフェは既に私の術中だ。お前と違って可愛いものだ。素直に私に屈服した。こいつには、死ぬより苦しい屈辱と恐怖を味わせてやる)魔女の嗄れた声が聞こえる
くそっ。
俺にやったように、遠隔からリゼットに精神攻撃をしかけたのか。
「操縦士! 戦車を林から出せ! 魔女を探すんだ!」
10式戦車がガクンと急発信する。
(ほらほら、闇の中でリゼットは泣きながらお前を呼んでいるぞ。
全ては私の造った幻影なのだがな。自分も魔術師のクセに愚かなものだ。
カザセ、こいつの泣き声を聞いてみるか?
生意気な子の泣き叫ぶ声には、ゾクゾクする。安心しろ。すぐには殺さない。すぐにはな)
(A-10攻撃機。近くの林に魔術師が潜んでいる。発見次第、吹き飛ばせ!)
(おっと、カザセ。攻撃を止めさせろ。さもなければリゼットを、今直ぐ殺す)
カザセ様……苦しい。どこに居るのですか? 助けて……お願い。
リゼットの苦痛と恐怖を一瞬感じた。
魔女の嘘じゃない。リゼットは苦しみに震えている。
(カザセ。心を私に開け。少女を救いたければ、私にお前の心を渡すのだ。悪いようにはしない。それどころかお前に、とろけるような快感を与えてやろう。私に抱かれながら死ぬがよい)
戦車は林の外に踊りでた。全周を赤外線探知する。
近くに林が二つある。どちらからも熱源反応があった。複数の人間が隠れている。
魔女はどっちにいる? それともどちらでも無いのか?
(魔女よ。分かった。俺の心をお前にくれてやる。リゼットの心を解放しろ)
(愚かな男よのう。奴隷上がりの少女の為に命を投げ出すとは。それともそういう性癖なのか?)
魔女はあざけりながら、奴の心が俺に覆いかぶさってくる。俺の中に押し入って来る。
不覚にも快感が押し寄せる。
……待っていた。魔女がリゼットから気を反らすのを。
残った意志の力を振り絞る。目標を1つ選んだ。FCSに指示。
「弾種榴弾。撃て!」
主砲が唸り、榴弾が木々を切り裂き着弾する。爆発と破片を周囲にばらまく。
「撃て!撃てっ!撃てっ!」
主砲が続けざまに咆哮し、榴弾が木々の間に吸い込まれる。
俺の心と触れあっている魔女の心が激しく動揺した。
(無駄だ! そんな攻撃で私を倒せるものか。私を受け入れよ!)
目の前が暗くなる。魔女の心が俺の中に無理やり浸入しようと、抵抗をねじ伏せる。
押し寄せる強い快感に、俺は自身を見失いそうになった。
魔女の心が俺と同化した。
見える。魔女の目を通して奴の周囲の景色が見える。
――お前の居場所はそこだ。
(……A-10。クラスター爆弾……投下しろ。東の林の中央。……頼む)
視界が暗くなり、我慢出来ない快感が再び俺を襲う。魔女が……魔女が……入ってくる……
もう抵抗出来ない……すまん。エトレーナすまない……俺の負けだ
(カザセ ユウ。私の勝ちだ……お前は私のもの……攻撃を止め)
声は、そこで突然途切れる。
俺と触れ合っていた魔女の心が消えたのだ。
視界が再び元に戻る。ここは見慣れた10式戦車の内部。
(クラスター爆弾、投下完了。派手にやらせてもらった。残弾ゼロだ)
A-10が爆装していたクラスター爆弾は、1つの親爆弾の中に大量の対人用の子爆弾を内蔵しているタイプだ。広範囲に子爆弾を撒き散らす。
魔女は死んだ。死んだんだ。
即死だ。自分が死んだことにも気がつかなかったろう。
俺は自由だ。俺の心は俺のもの。誰にも渡さない。
額の汗を拭い、ため息をつく。
――勝った。俺の勝ちだ。
◆
(リゼット! 魔女は死んだ。返事をしろ!)
(……有難う……ございます。私は……大丈夫です)か細い声が聞こえる。
俺はほっとした。リゼットは生きている。
これで、取り敢えずは安全か?
いや。
まだ黒竜が居る。
(カザセ ユウ! 逃げろ!)
突然、脳内に男の声が響く。
この声には聞き覚えがある。
以前、俺とエトレーナを救ってくれた正体不明の味方だ。
あの時はA-10を召喚して、俺たちを狙撃していた敵を建物ごと吹き飛ばしてくれた。
しかし今回は、やけに切羽詰まった声だ。前の時は、憎たらしい位に落ち着いていた
慌てるのは、こいつに似合わない。
(遅いぞ。助けに来るならもっと早く来い)
(何を悠長な事を言っている。撤退しろ! 死ぬぞ!)
(ドラゴンが来るのか? 言われなくても黒竜が出てくるのは、もう織り込み済みだ。
何とかする。まだ戦車も攻撃機もある)
(違う! 黒竜のことじゃない! いくらあんたでも厳しい敵だ)
(何だと?)
こいつが、こんなに慌てる敵……一体何だ? 何が起こっている?
(もう遅いようです。敵が実体化します。カザセ ユウの場所から5km東に出現中)
無感情な女の声が脳内に響く。こいつは男の相棒の擬似人格だろう。俺の妖精の同類だ。
(何が来た?)
(戦車が五両。超長砲身を装備しています。レールガンと推定)
正体不明の男は黙りこむ。
一体、何が起こっている? レールガンってのはSFに出てくる武器だろう?
そんなものが実用化されたなんて聞いたことが無い。
(俺もニューワールドに出向く。用意しろ)男は決心したように言った。
(命令を拒否します。ニューワールドには行けません。規約違反です)
(俺が全責任を持つ。インフィニット・アーマリー社の社内規定、ルール13を適用しろ。特権命令の発動だ。いいから実行しろ)
(しかし……だって危険です。マスターの安全が……)
(いい。やってくれ。お願いだ)
(本当にもうっ! その性格、無茶さ加減は遺伝ですかっ? 了解ですっ! ルール13を適用します。転移開始! どうなったって知りませんからねっ!)
男が実体化して来る!
その雰囲気をそばに感じた。戦車のハッチを開き身を乗り出して外を見る。
すぐ横に霧状の光が集まっている。それは人型となり間もなく人間の男となった。
「やあ、カザセ ユウ。俺も手伝うぜ」
実体化した男は、ニヤリと笑いながら片手を振る。綺麗な金髪に高い身長。なかなかの二枚目だ。
この男とは一緒に歩きたくない。
女を全てコイツに取られて、俺が全く目立たなくなる。
……おかしい。
ふと既視感を覚える。
どこかで見たような……この男の顔を俺は知っているような気がした。
勿論、こいつとは初対面だ。しかし、なんとなく見覚えがある顔立ち。
……そうか、女騎士のカミラに似ているのだ。
「お前は一体、誰なんだ?」
「俺は、フロレンツ・ランゲンバッハだ」
ランゲンバッハは、カミラの姓だ。
そうか、やはりカミラの親戚なのか。どうりで似ている筈だ。
フロレンツは、嬉しそうに再びニヤッと笑う。
「俺にはミドルネームがあってな。正式な名前は、フロレンツ・カザセ・ランゲンバッハと言う」
ミドルネームがカザセって、馬鹿な……お前はまさか……嘘だろ
「そうだ。俺は英雄カザセ ユウと女騎士カミラ・ランゲンバッハのひ孫にあたる。
よろしく頼むぜ、ひい爺さん」