乱戦
◆
林の中から突然現れた米国の主力戦車、M1A1エイブラムスは、主砲を俺の戦車に向ける。
敵はうしろから、防御が薄い背面装甲を貫くつもりだ。
逃げられない。
エイブラムスのFCS(火気管制装置)は玩具じゃない。
この距離なら初弾から当てて来る。
くそっ。
地形は敵に有利だ。
こんな平地じゃあ、サスペンションの性能差が出ない。起伏に富んだ地形ならもっと有利に戦えたものを。
敵が近距離に居る事を検知したFCS(火器管制装置)がけたたましい警報を鳴らす。
危険。そんな事は分かっている。
「旋回しろ! 急げっ!」 ぶ厚い前面装甲を敵に向けるんだ!
後ろから貫かれれば、そこで戦いは終わりだ。
現在の速度は70km近い。
操縦手は左の履帯だけを逆回転させた。
10式はグリップを失い、50トン近い車体が横滑りしながら旋回を開始する。
お願いだ。切れないでくれ。保ってくれ、キャタピラ。
急激な横Gで傾く車体。セミアクティブ・サスペンションが、なんとか主砲を水平に保つ。
FCSに攻撃目標を指示。
「撃てっ!」
車体を滑らせながら砲塔が回転し、主砲―44口径120mm滑腔砲が火を噴く。
砲身が発射のショックで数十センチ後退した。
室内に火薬の臭いが立ち込め、主砲はゆっくりと元の位置に戻る。
次の瞬間、衝撃が来た。
敵の徹甲弾が前面装甲に命中したのだ。
マッハ5以上の速度で飛来した敵のAPDSFS弾を複合装甲が受け止める。
吸収し切れない砲弾の運動エネルギーが俺の身体を駆け抜け、脳を揺さぶった。
「砲塔前面に被弾。センサーが一部損傷。主砲まだ動きますっ」
……生きてる。まだ生きてる。
10式の前面装甲はエイブラムスの攻撃に耐えた。
こちらの攻撃は、通じたのか? 俺はあわててディスプレイ上の戦術情報表示を睨む。
「敵の撃破を確認! やりましたっ!」
敵戦車から黒煙が立ち上っている。
こちらの主砲はエイブラムスM1A1と同口径だが、砲弾は最新の徹甲弾Ⅳ型だ。
初速は敵より速く、貫通力はこちらが上だ。
Ⅳ型はスペックどおりに、第三世代型戦車の代表的な戦車―M1A1エイブラムス―の装甲を貫いていた。
「林の中に新たな熱源を探知! ガスタービン・エンジンと推測。エイブラムスが2両です!」
まだいたのか。
「後方から敵戦車14両が追いすがって来ます。うち4両はエイブラムス!」
挟まれた。
逃げられない。
いくらジグザグに走っても、有効射程に入ってしまえばエイブラムスは当ててくる。
ピーピー鳴る警告音と共に、戦術情報表示にある味方二号車のマークが真っ赤に変わった。
「二号車、被弾しました! 背面装甲を貫通。……撃破されました」
二号車を潰された? 撃ったのは追い上げて来た敵戦車だ。
背面から狙われれば、いくら10式でもひとたまりも無い。
ここは、もう敵の有効射程だ。
「蛇行して前進! 林に突っ込む! 全速だ」
俺の1両だけでは無理だ。数で殺られる。
(妖精、Aー10攻撃機はまだか?)
(召還完了まであと5分! 質量転移中!)
「新たな熱源を確認。前方の林の中、さらに敵! エイブラムス4両!」
砲手が叫ぶ。
──ここまでか。
すまないエトレーナ。
せめて最後に、元戦車乗りの意地を見せてやる。
……突然、はーっはーっと苦しげに息を継ぐ少女の声が、脳内に聞こえる。
(カザセ様。連絡が遅れてすみません。敵がしつこくてしつこくて。逃げるのに忙しくて連絡遅れました!)
(リゼット!)
(援護しますっ! 敵の砲手に暗闇の魔法!)
いけるのか?
ガスタービン・エンジンの始動を終えたエイブラムスが、赤外線表示装置上に明るく表示された。
FCSが目標をロックオンする。
敵の攻撃はまだ来ない。敵砲手の攻撃が遅れている!
リゼットの暗闇の魔法が効いてるんだ!
「連続砲撃いけっ! 砲身が焼けても構わん」
主砲が轟音と共に砲撃を開始した。
徹甲弾Ⅳ型が、林の中の敵戦車を隠れている木ごと貫く。
自動装填装置が、キュポンと独特の音を立てながら、次弾を装填。
砲塔は次の目標を求め回転する。その間は、約5秒。砲撃を続行。
主砲は計4回発射された。
「敵4両の撃破を確認!」
「林の中に逃げ込む! 全速!」
「うしろの敵、砲撃を開始しました!」 追いすがる敵戦車が砲撃を開始したのだ。
……命中弾無し。当たらない。
敵は有効射程ギリギリで、照準が不正確のようだ。
俺の乗った10式は林の中の小道に入り込む。
そのまま奥に向かって藪を広げながら無理矢理に直進した。
「敵、停止しました! 追って来ません」
戦術情報表示を見ると、敵は林から距離を保って囲んでいる。
林の中からアウトレンジで攻撃されるのを警戒しているようだ。
(A-10攻撃機の召喚完了まで、あと2分)
──勝った。
A-10さえ来れば、対空装備の無いあいつらでは、どうしようもない。
エイブラムスの機関銃程度ではA-10は落とせない。だからと言って、主砲ではジェット機には当たらない。
俺は、大きく息を吐いた。
◆
(あーら。安心するのは、まだ早いのではないかしら?)
知らない女の声が脳内に響く。
(誰だ?)
(まずは自己紹介させてもらいますわ。真正ユリオプス王国の筆頭魔術師 ローラ・アクトンと申します。以後お見知り置きを。まあ、もしあなたが生き残れれば……の話ですけども)
年配の女の声だ。俺の世界で言えば30を超えている感じだ。
(年配とは失礼な! これでも絶世の美女、王子の有能な左手として知られていますのに。
……さあ、おチビちゃんのリゼット。あんたの居場所は分かっているの。私を裏切るとはどうしようもないガキですわ。あんたに焼き付けた刻印に仕事をしてもらいましょう)
(う、動かない! カザセ様、私の身体が動かないっ。 痛いっ。痛いっ。お願い。止めて!)
俺は歯ぎしりした。
(リゼットをどうするつもりだ?)
(我が方の兵士をどう痛めつけようが、こっちの勝手……このガキには散々かき回されて、魔法攻撃を邪魔されましたの。この報いは受けてもらいますわ)
敵の魔法攻撃が無かったのはリゼットのお陰だったのか。彼女が防いでくれていたんだ。
(言っておきますけど、ガキを人質にして、あなたに言うことを聞かせようなんて全く考えていませんことよ? あんたごときに、そんな汚い手を使わなくても。ほら)
急に不安感に押しつぶされそうになる。この感覚はなんだ?
俺は勝てる……筈だ。A-10さえ呼べれば。もうすぐなんだ……。
妖精が戸惑いながら報告を始めた。
(一体何? なにこれ? 一体どうしたって言うの?
トライデント・システムには異常が無いのに。
風瀬さん、A-10攻撃機が消えました。召喚不能です!)
(どういう事だっ!)
(ごめんなさい。分かんないんです! A-10が突然消えました。一体どうして?)
敵の女魔術師の声から艶めかしさが消え、しわがれた魔女の声に変わる。
(ちょっと変わった召喚呪文が使える程度で、私と戦えるものか。笑わしてくれる。
愚か者のカザセ ユウ。私との格の違いをみせてやろう)
「FCS停止。システムダウン。何が起こったんだ。一体何が……」
戦術情報表示が消え、ディスプレイが暗くなる。
間もなく、車内照明も消えて真っ暗になった。
(そこの戦車隊! 早く前進してカザセ ユウにトドメを刺して。報酬に見合った仕事をしてもらおうか)
不安感が急激に増して、俺の心は押しつぶされそうになった。
「攻撃システム停止! 主砲動きません!」砲手が叫んだ。
「エンジン停止! 走れません!」操縦手がオロオロと報告する。
降伏するか……
そうだ降伏すれば、この苦しみから解放される。俺が死ぬ必要なんて無いんだ。
元々ここまで戦う義務なんて無いじゃないか……そんな責任なんて最初から……
一体、俺はなんでこんな一生懸命戦っているんだろう?
(カザセ様。違います。……違うんです)
どこかで聞いたような声が聞こえる。いや、聞き間違えだろう。
何もかも、もう面倒くさくなった。
(……干渉……心理攻撃……)女の声はそこで聞こえなくなった。
真っ暗な闇の中、腰に指した小剣がぼんやりと光る。
公爵と戦った時に俺を助けてくれた、エトレーナからもらった小剣。
心理攻撃。小剣はそう言った。
──そうか。そういう事か。
俺は、さっき抱いたエトレーナのぬくもりを必死で思い出す。
唇のやわらかさを。心地よい香りを。何の為に戦っているのかを本能に刻む為に。
魔女の心理攻撃に対抗する為に。
この絶望感はまやかしだ。
こいつらにトライデント・システムに干渉する力なんて無い。狂わされているのは俺の心の方だ。
何の為に戦っているのかだって? そんな事は決っているじゃないか。
「A-10対地攻撃機。命令だ。敵戦車を破壊しろ! 今すぐ」 俺は叫んだ。
A-10。お前は本当はもう召喚されている筈だ。
魔女に俺の認知機能が歪まされているんだ。
(了解。その言葉を待っていた)




