新型戦車
◆
俺はハッチを閉めて車長席に着くと、計器類を確認した。10式戦車のシステムは既に稼働中だ。
表示装置には指揮用の情報と共に、カメラが捉えた周囲の状況が写されている。
俺は戦車の乗員に心のなかで声をかける。彼らはトライデント・システムが用意した疑似人格だ。
(風瀬だ。よろしく頼む。準備はどうか?)
(こちらこそよろしく、風瀬オペレーター。砲手、準備良し)
(よろしくお願いします。操縦手、準備良し)
もう一両の10式戦車に呼びかける。
(二号車はどうか?)
(こちら二号車。準備良し)
(戦車小隊、エンジンを始動しろ。これよりニューワールドに転移する。向こうに着いたら直ぐに戦闘になる。覚悟してくれ)
(了解)
エトレーナが、呪文詠唱を開始した。転移の門を開く呪文だ。
彼女は、こちらの世界に居残りになる。
流石に戦車内に彼女の居場所は無い。
俺はカメラの画像を確認した。踊りのように舞うエトレーナの姿が見える。
彼女の呪文詠唱は優雅だ。
エトレーナが門を開くのを見るのは、これが初めてになる。前にやってくれたのはジーナだった。
もうすぐ転移だ。俺は気を引き締めた。
その時、カミラが部屋の入口に来るのが見えた。後を追って魔術師のリゼットもやって来る。
なんでリゼットがこの部屋に来たのだろうと俺は不思議に思う。と同時に彼女は予想もしない行動をとった。
戦車に向かって飛び込んで来たのだ。 馬鹿なっ!転移に巻き込まれるぞ。
「リゼット、何をする気だっ! よせ」 俺は叫ぶ。
慌てて止めようとするカミラが一瞬だけ表示装置に写り、すぐに画面は真っ白になった。
転移が始まった。
リゼットはなんでこんなことをした? 味方の元へ戻るつもりだったのか?
危険過ぎる。
転移先は、敵が待ち構えている戦場のど真ん中。来るもの全てが殺される。
捕虜は後で開放するつもりだった。リゼットが望むならば、安全に味方の元に戻れたんだ。
やることが無謀過ぎる。
(戻ろうなんて考えてません! 私は、カザセ様の味方ですっ!) 脳内に少女の声が響いた。
(何?!)
(あんなとこ、もう戻りませんっ! さっきは、ダミーが余計な事言うから言いそびれました。私、一緒に戦います! これでも魔術には自信があります!)
何言ってるんだっ!
(それと言わせてください! 無謀なのは、私じゃなくってカザセ様の方です)
(リゼット! 敵の攻撃が来る! 戦車から離れろっ)
(私は林の中に実体化します! 大丈夫、敵からは見えません。魔術には自信があるんです)
(どの林だっ?)
(大木が二本突き出ている林ですっ)
……そっちには近づかない用にする。敵の砲火に巻き込んでしまう。
リゼットに続いて俺の戦車小隊も、転移を終了した。
リゼットとは離れて実体化している。こちらの出現地点は平原。
周囲の東、北、西を林に囲まれ、南の方向にだけ草原が広がっている。林のどこかにはリゼットが潜んで居る筈だ。
(トライデント・システム起動しました。副回線接続完了。A-10攻撃機を召喚中) 妖精が叫ぶ。
A-10地上攻撃機さえ召喚出来れば、戦いは極めて有利になる。
突然、けたたましい警告音が車内に鳴り響いた。南だ! 草原方向に敵!
ディスプレイを睨む。
高脅威目標:敵戦車 16両 距離3,500
戦術情報マップに戦車のマークが16個表示された。
敵戦車をズーム表示させる。
……まさか。
新型戦車って……こいつか。敵のやつら一体どういうツテで……
敵戦車16両のうち、6両は米国の主力戦車、M1A1エイブラムスだった。
残りは旧型のファイティング・モンスターことM103重戦車。エイブラムスと比べれば雑魚だ。
エイブラムスは、認めたく無いが地上最強の戦車の1つ。
数ある戦果で実力を戦闘証明済み。
(妖精! 攻撃機まだかっ? 早くしろ! エイブラムスが来る)
(召還やってます! 無茶言わないでくださいっ。副回線しか使えないんですっ!)
やはり駄目か。
ニューワールドでは召喚能力が制限される。攻撃機を呼ぶには悪くて10分かかる。
「戦車小隊! 蛇行しながら前進! 射程に入り次第、行進間射撃!」 *作者注)行進間射撃:移動しながら射撃すること
急発進のショックが来る。
エンジンが唸り声を上げ、履帯が回転を始めた。
戦車は大きく蛇行しながら、前進を開始した。
スラロームしながら、高速で進む戦車に敵は主砲を当てられないだろう。少なくとも旧型のファイティング・モンスターには無理だ。
エイブラムスは当てて来るかも知れない。
どこまで耐えられるだろうか? いくら10式が最新型とは言え、たったの二両なんだ。
早くA-10攻撃機の支援を受けないと、やられるのは時間の問題だ。
エイブラムスは手強い。
主砲の威力は10式と同等。もしくは、新型の徹甲弾を使う10式の方が若干上だ。
しかしエイブラムスは装甲が厚い。重装甲の分、重さが増しているが米軍はそんな事を気にしない。
全周防御、つまり背面、側面、前面の周囲360度に対する防御ならば、エイブラムスの方が優れている。
だが前面装甲に限れば、10式の装甲はエイブラムスより堅い筈だ。
もともと日本国土内での決戦を想定しているから中距離での殴り合いが得意だ。
短距離での被弾に耐えるよう、高い防御性能を誇る前面装甲を持つ。
遠距離から敵と向かい合い、360度オープンな場所での戦車戦を想定しているエイブラムスとは設計が違う。
分厚い前面装甲で敵と向き合い、薄い側面と背面は地形を利用して敵から隠す。
それが10式戦車本来の戦い方だ。
俺は前面装甲を信じ、エイブラムスに向けて前進した。
側面を向ければ、敵主砲に撃ちぬかれてお終いだ。
(有効射程に入りました)
「撃てっ!」 攻撃はこちらが早かった。
味方二両の10式の主砲が火を吹き、エイブラムスの正面装甲に着弾。
目標は停止する。
(敵二両、行動不能!)
敵からの攻撃が来ない。10式の射程距離の方が長い!
最新型戦車の性能に感謝だ。
主砲の射程がエイブラムスより長いのなら、距離を保てば一方的に攻撃出来る。
アウトレンジからの攻撃と言う奴だ。
「小隊、後進だ!」
戦車は急制動をかけ、今度は後ろ向きに蛇行しながら進み始める。
10式は前進と後進の最高速度が同じだ。後ろ向きだからと言って速度は落ちない。
前面装甲は敵に向けたまま後進する。このまま距離を保てれば……敵の弾は当たらない!
──勝てるのか?
このまま時間を稼ぎ、A-10攻撃機が来れば俺の勝ちだ。
だが、警告音が車内に鳴り響いた。
(周囲の林に歩兵! 後方4時、6時、8時方向からRPG(歩兵用対戦車ロケット弾)来ます!) 二号車の車長が叫ぶ。
高脅威目標:RPG歩兵 10人 距離400
……敵の狙いはこれか。
戦車の防御は前面に比べて側面と背面は薄い。
その弱点の背面と側面を歩兵に晒している。
敵が撃ったのはRPG(歩兵用対戦車ロケット弾)。
(歩兵を攻撃します) 二号車の砲塔が回転を始めた。
10式の防御システムが自動で作動。煙幕弾が発射される。
二号車は主砲を連射する。計4発を発射。RPG発射地点をなぎ払う。
しかし、敵歩兵の放ったRPG1発が、俺の乗っている車両の側面に被弾する。
爆発音が車内に響いた。
「ダメージ報告!」
(主砲、動きます!)
(操縦系、大丈夫です)
センサー類問題なし。増加装甲が吹き飛んだだけで済んだ。
……まだ大丈夫だ。RPGごときなら、まだ耐えられる。
警告音が鳴り響く。
今度は何だ?
(新たな熱源を検知! ガス・タービンエンジンが始動中。6時方向にエイブラムスです)
林の中から砲塔が突き出ている。木の奥に隠していたのか!?
距離は2,000 狙っているのは10式の背面。戦車の弱点だ。
クソッ。ここまでか。
次の瞬間、劣化ウランの弾芯を持った徹甲弾が、背面装甲を蹴破り俺の身体を貫くだろう。
──いや、まだだ。