神殿の戦い
◆
俺は地上の中型汎用ヘリ、UH-60ブラックホークに駆け寄った。
ドアを開き擬似人格のパイロットに命令する。
「パイロット! 神殿に飛べ。急ぐんだ」 神殿には”ニューワールド”へ通じる異界の門がある。門を破壊されるかも知れない。
「了解」
「カミラ! 一緒に来てくれ。神殿に敵だ。排除する」
パイロットは補助動力装置(APU)を起動。APUはキーンと言う甲高い作動音を響かせ、メインエンジン作動用の圧縮空気をコンプレッサーに流しこんだ。間もなくエンジンが始動する。
パイロットが戸惑ったように、ヘリに乗り込んだ俺に尋ねた。
「オペレーター。女性が二名こちらにやって来ます。二人共、搭乗者ですか?」
窓から外を見るとエトレーナとカミラが、ヘリに駆けて来る。
エトレーナは、ここに……残らないだろうな。彼女は俺と離れる事を恐れているように見える。
公爵に捕らえられた経験がトラウマになっている可能性がある。それを思うと心が傷んだ。
やむを得ない。
一緒に飛んで、ヘリからは外に出さないようにするしかない。
恐らく俺とカミラは地上で戦闘になる。敵を空から排除できれば楽だが、やつらは神殿に閉じこもるだろう。
そして、ヘリから対地ミサイルは使えない。威力が大きすぎる。
神殿を潰してしまえば、地下にある異界の門が使えなくなる。
「二人ともヘリに乗る。準備が完了次第、発進してくれ」 俺はパイロットに告げた。
◆
ブラックホークは、俺たちを乗せて大空に舞い上がる。
攻撃ヘリの護衛を受けながら30分ほど飛び、神殿まで1キロほどの地点に差し掛かった。
「速度を落とせ」 パイロットに命じる。
500mほど離れた上空を、デルタ編隊が監視の為に飛んでいる。編隊長が俺に報告してきた。
「敵は神殿内から出てきません。こちらの様子を窺っています」
やはり神殿の中に立てこもるつもりか。やっかいな事になる。
異界の門は地下にあり、そこへ行くには神殿内の通路を抜けなくてはいけない。
通路には、沢山の部屋がある。敵の隠れるところはいくらでもある。
そして、地下にある門の先は”ニューワールド”に通じているのだ。
向こう側を守っている竜族のシルバームーンが戦えない状況なら、敵はいくらでも兵員をこちらの世界に送り込める。
彼女は一体どうなったんだろう。
撤退したのか、何らかの理由で戦闘不能なのか。考えたくは無いが、死亡の可能性も。
シルバームーン。お前に一体何が起こった? 門を守っていた俺の同盟者は敗れてしまったのだろうか。
時間が無い。
二日の間に神殿の門を使って、住人達を”ニューワールド”まで送り届けないといけない。それ以上は、こちらのマナがもたない。
敵の目的は門の破壊だろうか? それとも、このまま神殿を占拠して”ニューワールド”への移住を邪魔してくるだろうか?
「カミラ。意見を聞きたい。敵は門を破壊して”ニューワールド”への道を塞ぐと思うか?」
「私が敵の立場なら、破壊する。自軍の損害を最小にして敵の希望を砕き目的を達成できる。効率を考えれば、それが一番だ。しかし、敵は……あの王子は……それで満足するだろうか? 私には分からない」
真正ユリオプス王国を名乗り、先に”ニューワールド”に移住しながらこの王国を呪う敵。
あいつらの目的は何だ。
「敵の目的は復讐だ。人々に恐怖と屈辱を与え、生きるより辛い地獄を味あわせる。そうだな?」
「同意する。あの男の目的は、単にこちらを滅亡させるだけでは無い」
カミラと会話して、俺の感じている違和感の正体が分かった。
門の破壊では素直すぎるのだ。 ”ニューワールド”に行けなければ、王国の人々はマナ不足で滅亡するだろう。しかし、敵の目的は王国の滅亡ではない。
死ぬより苦しい、耐え難い苦痛、屈辱や恥辱を味わわせること。それが、敵―—あの王子―の最終目標だ。
あいつは、俺達があいつの目前で、苦しみもだえ許しを請う姿を見たいのだろう。その為には門は壊せない。
それなら好都合だ。憎まれる方が希望があるのは皮肉な話だ。
門を破壊されないのであれば、こちらにもチャンスがある。
壊す気が無いのなら奪回出来る。
戦いは神殿の内部で起こるだろう。外で戦えば、奴らは俺に敵わない。
頼りになるのは、無限に呼べる個人用火器。それと近接戦闘では圧倒的な力を持つ騎士カミラ。
味方の兵隊を集める時間は無い。
「カミラ。一緒に神殿に突入する。残念ながら俺の兵器類は、屋内では役に立たない。
すまない。危険な仕事になるだろう」
「カザセ殿。私に謝る必要は無い。貴殿と死ねるなら本望だ。私は感謝しているのだ」
「カザセ様。私も一緒に参ります」 黙っていたエトレーナが口を開いた。
「それは無理だ。ヘリで待機していてくれ」
女王は、寂しそうな顔になる。
俺は嘘を言った。
「大丈夫だ。必ず戻る」 正しくは、戻れるのは運が良ければ、だ。
「カザセ様は魔法の事をお忘れです。この世界にはマナが再び満ち、魔法が使いやすくなっています。 敵が”暗闇”や”眠り”の魔法を使ってくる事は十分考えられます。私がお守りします。護身用にマジックアイテムをいくつか持っています」
暗闇”は、視界が暗闇に包まれる魔法、”眠り”は文字通り戦闘中でも強制的に眠らせる魔法だ。しかし両方共に初歩的な魔法と聞く。
「その程度の魔法ならカミラが防いでくれる」彼女は魔法剣士の生まれだ。今の状況なら彼女も魔法が使える。
「カミラは本来剣士です。斬り合いをしている状況では、守りが手薄になることもあるでしょう。人が多いに越したことはありません」
カミラは何か言おうとしたが、女王の必死な顔を見ると黙ってしまった。
「カザセ様は勘違いをされています。一番最初に守られるべきは私ではありません。カザセ様が倒れるような事があれば王国は滅びるのです。使える人間は使ってください。例えそれが女王である私でも」
勘違いなどしていない。優先順位は決めている。君やジーナが倒れるような事があれば俺は王国の防衛を投げ出すかも知れない。
後はインフィニット・アーマリー社がなんとかするだろう。
しかし、それを今は言えない。彼女を悲しませるだけだ。
◆
ブラックホークは、着陸態勢に入る。
神殿の前方には荒野が広がっていて、神殿の後には森が広がっている。
着陸場所は前方の荒野だ。
護衛の戦闘ヘリ6機に上空から守られて、ブラックホーク中型汎用ヘリコプターは地上に着陸した。
神殿までは1,000mほど。
異界の門を3人で奪回出来るだろうか。敵の戦力は侮れない。
以前の戦いで、敵は対戦車ミサイルを使った。そして旧型の重戦車も持っている。対物ライフルも持っている。
神殿に立てこもっている敵もライフル程度は使うだろう。
そして、魔術師もいるかも知れない。しかし、やるしかない。
着陸した俺は歩兵戦闘車を召喚し、エトレーナとカミラを乗せると神殿へ進み始める。
◆
神殿の近くに到着。300mほど手前だ。
俺は準備をすませると、ヘリと戦闘車に命令した。
(制圧射撃を開始)
アルファ、デルタ編隊の合計6機のアパッチの30mmチェーンガンが火を噴く。
89式装甲戦闘車の90口径35mm機関砲が咆哮する。圧倒的な量の砲弾が神殿周囲にバラ撒かれている。
神殿を囲む石の壁が、被弾して形を失う。 敵にライフルなぞ撃つ暇は与えない。
援護射撃を受けながら、俺はひとりで神殿前にある遮蔽物にたどり着く。 遮蔽物は古代の神像だ。
像の陰から、89式小銃を構える。
小銃にはライフルグレネードを装着してある。
ライフルグレネード―自衛隊では06式小銃てき弾と呼ぶ―は、専用の榴弾を発射する歩兵用の制圧兵器だ。
榴弾を発射する歩兵用火器としては、グレネードランチャーの方が良く知られているかも知れない。 グレネードランチャーには専用銃や、小銃の銃身下部に装着するM203グレネードランチャーのようなタイプがある。
それらに対して、ライフルグレネードは銃口の先端に装着して使うタイプだ。俺にとっては、こっちの方が扱いやすい。
神殿には入り口があって、扉はついていない。そこまでの距離は、およそ100m。
照準良し。
小銃てき弾、発射。
バスンという音がして、グレネードが飛び出す。そして狙ったとおり、神殿の入り口に吸い込まれた。
鈍い爆発音が聞こえる。
ここから内部は確認出来ないが、入り口近くの敵は、飛び散る破片で行動不能になった筈だ。
続けて二発目、三発目を放り込む。念のためだ。
味方の制圧射撃の合間を見て、神殿を目指して駆ける。
入り口の横にへばりつき、俺はMINIMI軽機関銃を実体化させた。
そのまま入り口に躍り出ると、5.56mmの銃弾を神殿内に叩き込む。
敵は、いない。 正確に言えば生きている敵はいなかった。
死体が3つ転がっていただけだ。さっき叩き込んだグレネードのおかげだ。
クリア。
俺は手を振り、戦闘車をそばに呼んだ。ここまでの安全は確保した。
車両にはエトレーナとカミラが乗っている。
いよいよ本番だ。これから神殿内に突入する。
◆
神殿内に入って中を見回す。
ここは大きな部屋になっていて、倒れた石像やら砕けた柱やらが転がっている。
部屋の先は通路に繋がっていて、真っ直ぐに伸びている。
通路脇には小さな部屋がいくつかある。部屋の中はここからは覗けない。敵が潜んでいるかもしれない。
目的地は通路の先にある地下に降りる階段だ。しかし、このまま進むのは危険だ。
通路脇にある部屋から奇襲を受けそうだ。
(トライデント・システム 正常に稼働中です。いつでもどうぞ) 妖精が脳内に囁く。
89式小銃を召喚。構える。
カミラは俺の横で魔剣を構え、エトレーナは後方でマジックアイテムを使って魔術師の代わりをする準備をする。
俺は、仲間に声をかけようとした。
その時間は無かった。
やはり通路脇の部屋に敵が潜んでいたのだ。
そいつらが、今飛び出して来た。
馬鹿め。こちらは銃を構えている。
俺の方が早い。無駄死だ。
通路を駆けてくる1つの大きな影、その後ろに2つの小さな影。
大きな影は剣士。大剣を持つ巨漢の男だ。
小柄な影の一つが……くそっ銃を構えようとしている。
俺は構えている89式を撃つ。いや……撃てない。
……発砲出来ない!引き金が引けない!
俺には分かってしまったからだ。小柄な影は子供だ、少年兵か? ジーナよりずっと若い!
日本だったら小学生くらいじゃないか!
歩兵の重要な仕事は、敵を撃つことだ。
俺は撃つことに躊躇しない。その筈だ。
しかし、子供を撃つ訓練なぞ受けてないっ! 同族殺しを避ける本能が俺の指をロックし、引き金を引かせない。狙いを脚に変更……駄目だ。目標が小さすぎるっ!
ダンッと音がして、少年兵が発砲。同時に右肩に衝撃を感じ、俺はのけぞった。
小銃を取り落とす。
ほとんど同時に、カミラが崩れ落ちる。敵の小柄な影が、魔法発動のアクションをしている。
銃を持っていない方の子供だ。
くそっ。 魔術師か。子供の魔術師。
(閃光手榴弾!)妖精に叫ぶ。
「気をつけて! すぐ爆発します!」
妖精は俺の意図を理解した。この状況で安全ピンを外す余裕は無い。
ピンを外された状態で、左手の中に実体化した手榴弾を、そのまま思いっきり放った。
「伏せろおお!」
こちらに突っ込んでくる巨漢の剣士の手前で、閃光手榴弾が爆発する。