弱点
◆
(グラム・システムは、まだこの世にありません。存在していないのです)
正体不明の味方は、存在しない筈の次世代召還システムを操っていると妖精は言う。
まあいい。また出てきたら、何でそんな事が出来るのか直接聞いてやる。
(妖精よ。しばらく、あいつの事は放っておこう。気にくわない奴だが、少なくとも今は味方だしな。
何か裏があるんだろうが、向こうの出方を待つ)
「了解です。ところであの男は風瀬さんの事を”英雄”と呼んでいました。私達を助けたことと何か関係があるのでしょうか?」
(あの男の質の悪い冗談だろう。俺を怒らせるのが楽しいんじゃないのか?)
あいつには俺が死んでは困る、何か理由がある。
また出て来る可能性は高い。なんで、俺が死んだら困るのかは、検討もつかないが。
俺の事を影から見ている正体不明の男か。あまりゾッとしない。
妖精に会話の終わりを告げ、周囲に注意を戻す。
ジーナは、この場に残れと言われたのが不満なようだ。俺に抗議しても無駄と思ったらしく、エトレーナを相手に訴えるように話している。
エトレーナはジーナの肩を優しく抱き、唇を彼女の耳元に寄せ何事かを囁いている。
そして、女王はジーナをもう一度優しく抱いた。
俺は別にジーナに悪いことをしている訳では無いと思うが、微かな罪悪感を感じた。
ジーナを残そうと思ったのは、レイラが言うように住人の事を心配しているのは勿論ある。
彼女は、制限はあるものの治癒魔法の使い手で、この場ではとても役に立つだろう。
しかし本当の理由は、弱点を抱えて戦闘行動をしたくないからだ。ジーナが戦力的に弱いと言っている訳では無い。
弱点と言うのは俺の精神的な弱点と言う意味だ。例えるなら家族や恋人と一緒に戦いたい思う男は少ないだろう。
しかも、敵は手段を選ばない。公爵との戦いで、俺はそれを思い知らされた。
ジーナやエトレーナを優先して狙われて、もし殺されでもすれば、俺の戦いはその時点で終了する。
俺が戦う目的は、好きな人間が自分に助けを求めているから守ってやりたいだけ。
口に出すのは恥ずかしい。青臭く聞こえるかも知れないのは自覚している。だが本心だ。
エトレーナも、ジーナと一緒にここで待たせるつもりだ。
不思議に思うかも知れないが、カミラと一緒に戦うのに抵抗は無い。
彼女は俺と同じ種類の人間だ。残っていろと言うのは侮辱でしかない。
大事に思っていない訳では無いが、俺がカミラを守るというのは傲慢だろう。
突然、ジーナがびっくりしたように声を上げた。「えっ? 陛下、それはマズくないですか? 本当にいいんですか? ボク、そうしますよ?」 一体何をエトレーナと話したんだ?
エトレーナは頷き、ジーナは決心したように俺の方を向いた。
「ユウ。分かったよ。ここで、レイラを手伝う。そしてユウが戻るのを待つ」
「それがいい。エトレーナ。君もここで……」
「私? 私は、カザセ様と一緒に行きます」
「何を言ってるんだ? 敵については教えた筈だ。君たちを恨みに思っている、真正ユリオプス王国を名乗っている狂信者が敵なんだぞ。
女王は最初に狙われる。恨みを晴らすのに都合がいいからな」
「はい。分かっています。だからこそ、私の一番安全な場所はカザセ様の居る所です」
彼女は微笑んだ。
「レイラは、私より上手く住民を異界の門まで運んでくれるでしょう。
何と言っても彼女は、実質的な街の支配者です。私に役割があるとするなら、女王として生き延びる事です。カザセ様が王となって頂けるのなら、その役目も忘れられるのですが」
「戦闘の最前線に身を晒すのは、いい手とは思えない。重ねて言うが、向こうは君を最初に狙うぞ」
「いいのです。私にとって一番安全な場所は、カザセ様の居る場所です。一番上手く私を守ってくれるのはカザセ様なのですから。
もし失敗されても気にすることはありません。カザセ様のそばで死ねます」
(女性として忠告させてください) 妖精が脳内で囁く。
(アドバイスをくれ。どう言えばいい? 説得しないと危険だ)
(結論から先に言いますね。諦めてください。何を言っても状況が悪化するだけです。
女王にとっては一緒に居ると言う結論が先で、理由は後からついてきます。しかも本人にとって、その理由は真実です)
俺は唸った。もう時間切れだ。
女王はまだ精神的なショックから立ち上がっていないのかも知れない。俺と離れると思うと不安になるのだろう。
これだけ一緒に居たがる女を突き放して、置いていくのは俺には無理だ。
◆
住人の移送準備をレイラに任せて、俺は敵の排除に集中する。
現在の敵は、ニューワールドに居た真正ユリオプス王国でまず間違いない。彼らが門を使って攻め込んで来ている。
この世界の元々の住人である獣人は、対物ライフルなど使いはしない。
移住の為には、異界の門のある神殿までの安全を確保しなければならない。同時に俺は、一足先に異界の門がある神殿に向かう必要がある。
ニューワールドに置いてきたシルバームーンや仲間達が心配だし、小剣がマナを使い尽くしてから時間がかなり経った。ニューワールドでマナの供給を急ぐ必要がある。
既に、俺の命令で10編隊合計30機の攻撃ヘリが街道沿いを哨戒中だ。
彼らは主に街道の安全を確保しようとしている。
自分の移動用に中型汎用ヘリ UH-60ブラックホークを再び召喚する。加えて護衛として3機のAH-64D アパッチ・ロングボウ戦闘ヘリを召喚した。
この編隊のコールサインは”アルファ”だ。 ”アルファ”は俺の編隊専用のコールサインだ。その他の編隊は、ギリシア文字の”ベータ”以降を順番に使ってコールサインとしている。
もう聞き慣れたトライデント・システムの雷鳴に似た作動音が鳴り響き、地上にブラックホークが実体化する。
哨戒中のヘリ部隊”イプシロン”、”ラムダ”及び”タウ”から連絡だ。
現在、敵影無し。
大規模な敵部隊は周囲にはいないようだ。俺とエトレーナを攻撃してきた敵は、ごく少数の斥候だと思っていいのだろうか。それともヘリの監視に引っかからないように、隠れているのか。
ヘリ部隊”デルタ”の編隊長から連絡。
「オペレーター。神殿周辺で敵兵を発見。我々を見て神殿に逃げ込んでいる」
「建物から500m以上離れて監視を継続。対空兵器には気をつけろ」
「了解」
敵は、異界の門のある神殿を押さえたいのか。何の為に?
この世界に攻め込むる為に、異界の門を押さえたのか? それなら取り返すまで。
……違う それは楽観的過ぎる。最悪の場合を考えろ。
もうあの新型召喚システムの使い手に、油断のしすぎだとか言われたくは無い。
胸騒ぎがした。
少数の兵力でこちらに最大の損害を与える方法。それは異界の門自体の破壊だ。
門は神殿の地下にある。
門それ自体を破壊出来なかったとしても、俺達に使えなくさせる方法はいくらでもある。
神殿の地下通路が崩落しただけで、異界の門は使えない。
敵の奴らは俺の大部隊を見てどう思っただろう? 強力すぎて直接倒せないと判断したとしたら…
小剣のおかげで回復したマナは、あと数日で消え去る。
”ニューワールド”へ行けなければ王国は確実に滅ぶ。
地上のブラックホークに駆け寄った。
「パイロット! 神殿に飛べ。急ぐんだ!」