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同類


小剣の顔が曇った。しかしすぐに、決心したように俺の顔を見る。

「…はい。カザセ様のご命令とあらば、ワタクシ達の持っているマナの全量放出を行います。短い間でしたがお世話になりました。最後の役目は確実に果たします」


剣のたくわえている膨大ぼうだいなマナを開放し、この世界にマナを供給する。そうすれば、一時的だがマナ濃度を平常に戻せるだろう。人々の体調も戻り、自力で動けるようになる筈だ。

”ニューワールド”への移住の為の時間が稼げる。

それが俺の読みだ。 


しかし、小剣は勘違いしている。俺は彼女達を死なせるつもりは無い。

彼女を危険にさらすのは確かだが、マナを失っても望みが無いわけではないのだ。

王国の住人の命はもちろん重要だ。しかし、その為に彼女を使いつぶすつもりは無い。

俺と小剣は関わり合いを持ちすぎた。いまや単なる道具とは思えない。

 

小剣は、俺たちが”ニューワールド”へ移住しようとしていることを知らないらしい。 

ニューワールドは、ここと違ってマナが豊富な世界だ。向こうにいけば、放出したマナを再補給することは可能だと思う。


但し勿論もちろん、危険はある。マナを放出した後でグズグズしていれば手遅れになり、本物の死が小剣や大剣に訪れるだろう。すぐに、”ニューワールド”に運ぶ必要がある。 

放出したマナが大気中に残っている間に、住人も剣も”ニューワールド”へ移動させなけれならないのだ。


「小剣よ。俺はお前たちを死なせるつもりはない。ここの住人は”ニューワールド”へ移住するんだ。 俺が一緒にお前を運ぶ」


「…どういう事でしょうか?」


「マナを使い切ったお前達を、俺はニューワールドにすみやかに運ぶ。そこでマナを再補給するんだ。

すまない。荒っぽい手だというのは承知している。苦しむであろうことも。

だが、何とか頑張ってくれ。お願いだ」


小剣の顔が、急に明るくなる。

「カザセ様。ありがとうございます。

頑張ります。またカザセ様と一緒に居れると思えば大した事はありません」


「すまない。俺にはその手しか無いんだ。許して欲しい」


「何をおっしゃいますのやら。ワタクシ達は全てをカザセ様にささげた身。お役に立てて嬉しいです」


小剣は俺に抱きつき、強くしがみつく。

そばに居るエトレーナの存在を意識しつつも、俺は小剣の背中に手を回し抱き返した。 

彼女の人間としての姿は幻のようなものだろう。それなのに、やけにリアルな女の柔らかな身体の線と、耳元で感じる息づかい。甘い匂いを、しっかり感じるのは何故なのか? 芸が細かいのにもほどがある。


エトレーナやジーナ達は彫像ちょうぞうのように動かない。ここは、外の世界と時間の流れが切り離されている。

妖精の気配も感じない。別にやましいことはしていないが、悪いことをしているような気分になる。


「そういえば、小剣にも単独で願いをかなえる機能があったな」 俺は言った。


「はい。大剣ほどの力は無いので、大した願いはかなえられません。非常用なので」 小剣は小さく掠れた声で答えた。抱かれながら耳元で囁かれるのは流石さすがに恥ずかしいらしい。


「これから大きな願いを言う。必ず叶えてくれ。俺は願う。小剣は俺が死ぬまでそばに居る。

生きて俺を助けるんだ。ちかえ」


小剣が耳元まで真っ赤になったのを感じた。

「はい。おおせのままに。マイマスター」 小剣は小さな声で恥ずかしそうに応えた。



時間の流れが元に戻り、周囲の景色が動き始める。

気分の切り替えを最優先するんだ。本妻の目の前で浮気したような気分は気の迷いだ、錯覚だ。 


「エトレーナ。城下町の方はどうなっている? ヘリで見た時には住人の姿が確認出来なかったが」


エトレーナは当然ながら、俺が小剣と話をしていた事なぞ知らない。

ラルフが瀕死ひんしの状態から回復したのに、まだびっくりしている。

答えるのに一瞬間が空いた。


「…はい。街と連絡を取ろうとしていたのですが、私が捕らわれの身となり、城内も敵に制圧され混乱の極みにあり……住人の状況は……分かりません。すみません。

お恥ずかしい限りです」


「そうか。ではこれから、住人を助けに行く。間に合えばいいが」


「しかし、どうやったら……1万人近くの住人を」 エトレーナは戸惑ったように俺を見る。

しかし、その表情は長くは続かなかった。女王は何故か急にニッコリする。


「はい。分かりました。今度は私も連れて行ってください。まさか待っていろとはおっしゃいませんよね?」


「俺のプランを説明しておく。救助の方法は、こうだ。まずは……」


女王は再び微笑ほほえんだ。そして急に抱きついてきて、俺を慌てさせた。そして耳元でささやく。

「カザセ様が出来るとおっしゃるのなら、私はついていくだけです。お話は行きながらでも。

でも、しばらくの間、このままでいさせてください。お願いです」


小剣の気持ちが良く分かった。これで赤くならないのは難しい。


ついでに言えば、リアルに女の身体を、ここまで濃厚のうこうに感じるのは最近ご無沙汰ぶさただ。清楚せいそな外見とは裏腹に豊かな胸とくびれた腰をじかに感じれば、反応すべき箇所が反応してしまう。これだけ密着していればエトレーナが、こちらの反応に気がつかない筈は無いのだが、彼女は気にしていないようだ。こっちは大いに気になっているが。


人目が無ければ、いくところまでいってしまう勢いだ。彼女の唇を吸いたくて、たまらなくなる。

状況と場所を考えろよ。俺の身体。

ジーナが目を丸くしているのを俺は感じた。カミラとラルフは、俺とエトレーナが恋人のように抱き合うのを見て見ないフリだ。


「カザセ様が間違う訳がございません。私はもう離れません。私のカザセ様。

今度は待っていろ、とは言わないでくださいね」 エトレーナは甘い声でささやく。

最後の方は少し泣き声が混じる。今まで、よほど怖かったのだろう。

今更ながら俺はその事に気がつき強く彼女を抱いた。 



俺は仲間達と王宮の門に向かった。そこで小剣のマナを開放するのだ。

王宮の周辺だけは、公爵がマナの濃度を増やしたようだが、広範囲にマナ濃度を上げる必要がある。

城下町も”ニューワールド”への転移門に繋がる街道にもマナを満たす必要がある。


「小剣よ。蓄えたマナを開放しろ」


(カザセ様。私を地面につき刺してください。信じております。またお会いできるのを)


俺は、剣を大地に突き刺す。

小剣は眩しく輝き、光りが柱のように天に舞い上がる。俺は目をおおった。


数十秒続いたろうか。

光の柱は消えたが、目が元に戻るのに少しかかった。


ガタンと音がする。ようやく目が見えるようになると、小剣が地面に転がっているのが分かった。 

柄の宝石の輝きが消えている。いつもは綺麗な青い光りが宝石に宿っているのに。 


「ユウ。すごいマナの量だ。多すぎて目眩めまいがする」 ジーナが言う。

マナの放出は完了した。


小剣よ。すまない、少しの辛抱だ。

俺は剣を手にとり、優しくさやに納めた。


(妖精。73式大型トラックを召還する。50台を召還)


「了解。50台くらいなら軽いものです。ニューワールドとは違ってこっちはシステムに制限がありませんからね。天国みたいなものです」


最大出力でトライデント・システムが起動する。

城門前の広場と街道が50台の自衛隊の大型トラックで溢れる。城の住人の輸送をこれで行うのだ。


「ラルフ。後は任せる。大気中のマナ濃度は回復しているが長くは続かない。

せいぜい二日だ。動ける人間で生き残りをトラックに乗せてくれ。皆で”ニューワールド”へ行くんだ」


「分かった。カザセ殿は?」


「俺は皆と城下町へ急ぐ。

カミラ、ジーナ。それとエトレーナ。

一緒に来てくれ。ヘリで飛ぶ」


俺はブラックホークを召還し王国の城下町カノープスへ飛ぶ。衰退しているユリオプス王国が持つ唯一の街だ。

ここはエトレーナの直轄地ちょっかつちになるが、彼女はこの街に文官を置き街の統治とうちをまかしている。


救出しなければいけない人々は、ここの住人と周りに住んでいる農民達になる。

彼らを速やかにニューワールドへ移送しなければならない。出来れば俺が倒したアルドル公爵の領地の住民も助けたい。

しかしアルドル公の部下達はどうでるだろうか? 俺たちだけで、公爵の領地の住人をニューワールドへ逃がすのは難しい。時間も限られている。奴の領地に関しては見捨てるしかないかも知れない。


空から街を見下ろすと、人影は見えない。

動けない者を集めてどこかの建物に避難ひなんしているのだろうか。


「城門前の広場に着地します」 疑似人格のヘリのパイロットは俺に告げ、機体は降下を開始した。


ヘリは無事に広場の中央に着陸し、俺は使い慣れた89式小銃を抱えて地上に降りた。

目の前には、使われていない屋台が並んでいる。本来ならば簡単な料理や果物などを売っていたのだろうが、今は、ガランとしている。 


危険は無さそうだ。

仲間達もヘリから降りて、街の中央の建物に向かおうとした。 


甘かった。


近くの屋台がいきなり吹き飛ぶ。


一つ、二つ。立て続けに木製の屋台が形を失い粉々にくだける。

くそっ、対物ライフルか。 どこの建物から撃っているんだ! 


「逃げろ。走れ! 走るんだ」


カミラとジーナは状況を察し、手近の建物に駆け込む。俺も彼女達と反対方向に駆けようとした。

バラバラに逃げるしかない。ターゲットを分散させるしか……


エトレーナが棒立ちだ! 恐怖で身がすくんでいる。


「馬鹿! 動け!」 俺は言ったが もう間に合わない。

俺はエトレーナを引き倒し、上にかぶさる。

無駄かも知れない。対物ライフルの銃弾は俺の身体をつらぬき、エトレーナの身体も破壊するだろう。肉壁にも成れない。


大きな音がして、大口径の銃弾が数メートル先に一発、そして二発目が着弾した。

わざと外しているのか? 俺たちの恐怖を楽しむかのように。 


(妖精!)


いや。兵器を召還するには遅すぎる。

召還は一瞬では行えない。ディレイがある。

大質量転移が完了するまでの10秒間、敵は黙って見ていない。召喚はかえって危険だ。

兵器召喚の兆候ちょうこうを見れば、敵は即座に俺たちを撃つだろう。


89式(アサルト・ライフル)はまだ手元にあるが、敵がどこから撃っているのか分からない。

場所が分かって反撃しようとしても、その時点でエトレーナと一緒に打ち抜かれるだろう。

エトレーナの身体のふるえを感じ、俺は彼女を強く抱きしめた。


(グラム・システム起動。自動反撃モード) 無感情な女の声が聞こえた。


(妖精。お前か?)


(私じゃないですっ!) 妖精が答えた。


どんっと大きな音がする。敵の対物ライフルが俺の身体に撃ち込まれた……筈はない。


光りの網が俺とエトレーナの周囲を囲み、銃弾から守っている。魔法か? いや、違う。

こいつは魔法じゃない。俺たちを囲む無数の細い光の線は、魔法には見えない。

何らかの技術的なテクノロジーの産物だ。少なくとも俺にはそう見えた。


「カザセ ユウ。油断のしすぎだ。あんたほどの男が一体どうした? 女と乳繰ちちくりあってるからそういう目にう」 脳内に男の声が響く。


(お前は誰だ?)


「さあ、誰かな? 言わせてもらえば、あんたは女の趣味も良くない。清純派とか止めておけ。

後で苦労するのが目に見えている」


次の瞬間、上空から爆音が聞こえる。

慌てて上を見ると、何も無い空間から航空機が飛び出し、街の一角に向かって飛び始める。

まさか…兵器召還なのか。しかも俺の能力より素早い召喚だ。

妖精のトライデント・システムなら10秒ほどの召喚待ちが発生する。その時間が全くない。

機体は一瞬で実体化していた。


突然現れた航空機は射撃を開始する。大口径の機関砲の発射音があたりにひびく。

目標の建物の壁が崩れ、次の瞬間、建物全体が崩壊ほうかいした。対物ライフルの射手の隠れていた建物だろう。


仕事を終えた機体は、進路を変え飛び去って行く。後部に二つの大きなターボファンエンジンを備えたその姿は……


地上部隊の守護天使 A-10 サンダーボルトII 対地攻撃機だ。

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