同類
◆
小剣の顔が曇った。しかしすぐに、決心したように俺の顔を見る。
「…はい。カザセ様のご命令とあらば、私達の持っているマナの全量放出を行います。短い間でしたがお世話になりました。最後の役目は確実に果たします」
剣の蓄えている膨大なマナを開放し、この世界にマナを供給する。そうすれば、一時的だがマナ濃度を平常に戻せるだろう。人々の体調も戻り、自力で動けるようになる筈だ。
”ニューワールド”への移住の為の時間が稼げる。
それが俺の読みだ。
しかし、小剣は勘違いしている。俺は彼女達を死なせるつもりは無い。
彼女を危険に晒すのは確かだが、マナを失っても望みが無いわけではないのだ。
王国の住人の命はもちろん重要だ。しかし、その為に彼女を使い潰すつもりは無い。
俺と小剣は関わり合いを持ちすぎた。いまや単なる道具とは思えない。
小剣は、俺たちが”ニューワールド”へ移住しようとしていることを知らないらしい。
ニューワールドは、ここと違ってマナが豊富な世界だ。向こうにいけば、放出したマナを再補給することは可能だと思う。
但し勿論、危険はある。マナを放出した後でグズグズしていれば手遅れになり、本物の死が小剣や大剣に訪れるだろう。すぐに、”ニューワールド”に運ぶ必要がある。
放出したマナが大気中に残っている間に、住人も剣も”ニューワールド”へ移動させなけれならないのだ。
「小剣よ。俺はお前たちを死なせるつもりはない。ここの住人は”ニューワールド”へ移住するんだ。 俺が一緒にお前を運ぶ」
「…どういう事でしょうか?」
「マナを使い切ったお前達を、俺はニューワールドに速やかに運ぶ。そこでマナを再補給するんだ。
すまない。荒っぽい手だというのは承知している。苦しむであろうことも。
だが、何とか頑張ってくれ。お願いだ」
小剣の顔が、急に明るくなる。
「カザセ様。ありがとうございます。
頑張ります。またカザセ様と一緒に居れると思えば大した事はありません」
「すまない。俺にはその手しか無いんだ。許して欲しい」
「何を仰いますのやら。私達は全てをカザセ様に捧げた身。お役に立てて嬉しいです」
小剣は俺に抱きつき、強くしがみつく。
そばに居るエトレーナの存在を意識しつつも、俺は小剣の背中に手を回し抱き返した。
彼女の人間としての姿は幻のようなものだろう。それなのに、やけにリアルな女の柔らかな身体の線と、耳元で感じる息づかい。甘い匂いを、しっかり感じるのは何故なのか? 芸が細かいのにもほどがある。
エトレーナやジーナ達は彫像のように動かない。ここは、外の世界と時間の流れが切り離されている。
妖精の気配も感じない。別にやましいことはしていないが、悪いことをしているような気分になる。
「そういえば、小剣にも単独で願いを叶える機能があったな」 俺は言った。
「はい。大剣ほどの力は無いので、大した願いは叶えられません。非常用なので」 小剣は小さく掠れた声で答えた。抱かれながら耳元で囁かれるのは流石に恥ずかしいらしい。
「これから大きな願いを言う。必ず叶えてくれ。俺は願う。小剣は俺が死ぬまでそばに居る。
生きて俺を助けるんだ。誓え」
小剣が耳元まで真っ赤になったのを感じた。
「はい。仰せのままに。マイマスター」 小剣は小さな声で恥ずかしそうに応えた。
◆
時間の流れが元に戻り、周囲の景色が動き始める。
気分の切り替えを最優先するんだ。本妻の目の前で浮気したような気分は気の迷いだ、錯覚だ。
「エトレーナ。城下町の方はどうなっている? ヘリで見た時には住人の姿が確認出来なかったが」
エトレーナは当然ながら、俺が小剣と話をしていた事なぞ知らない。
ラルフが瀕死の状態から回復したのに、まだびっくりしている。
答えるのに一瞬間が空いた。
「…はい。街と連絡を取ろうとしていたのですが、私が捕らわれの身となり、城内も敵に制圧され混乱の極みにあり……住人の状況は……分かりません。すみません。
お恥ずかしい限りです」
「そうか。ではこれから、住人を助けに行く。間に合えばいいが」
「しかし、どうやったら……1万人近くの住人を」 エトレーナは戸惑ったように俺を見る。
しかし、その表情は長くは続かなかった。女王は何故か急にニッコリする。
「はい。分かりました。今度は私も連れて行ってください。まさか待っていろとは仰いませんよね?」
「俺のプランを説明しておく。救助の方法は、こうだ。まずは……」
女王は再び微笑んだ。そして急に抱きついてきて、俺を慌てさせた。そして耳元で囁く。
「カザセ様が出来ると仰るのなら、私はついていくだけです。お話は行きながらでも。
でも、しばらくの間、このままでいさせてください。お願いです」
小剣の気持ちが良く分かった。これで赤くならないのは難しい。
ついでに言えば、リアルに女の身体を、ここまで濃厚に感じるのは最近ご無沙汰だ。清楚な外見とは裏腹に豊かな胸とくびれた腰を直に感じれば、反応すべき箇所が反応してしまう。これだけ密着していればエトレーナが、こちらの反応に気がつかない筈は無いのだが、彼女は気にしていないようだ。こっちは大いに気になっているが。
人目が無ければ、いくところまでいってしまう勢いだ。彼女の唇を吸いたくて、たまらなくなる。
状況と場所を考えろよ。俺の身体。
ジーナが目を丸くしているのを俺は感じた。カミラとラルフは、俺とエトレーナが恋人のように抱き合うのを見て見ないフリだ。
「カザセ様が間違う訳がございません。私はもう離れません。私のカザセ様。
今度は待っていろ、とは言わないでくださいね」 エトレーナは甘い声で囁く。
最後の方は少し泣き声が混じる。今まで、よほど怖かったのだろう。
今更ながら俺はその事に気がつき強く彼女を抱いた。
◆
俺は仲間達と王宮の門に向かった。そこで小剣のマナを開放するのだ。
王宮の周辺だけは、公爵がマナの濃度を増やしたようだが、広範囲にマナ濃度を上げる必要がある。
城下町も”ニューワールド”への転移門に繋がる街道にもマナを満たす必要がある。
「小剣よ。蓄えたマナを開放しろ」
(カザセ様。私を地面につき刺してください。信じております。またお会いできるのを)
俺は、剣を大地に突き刺す。
小剣は眩しく輝き、光りが柱のように天に舞い上がる。俺は目を覆った。
数十秒続いたろうか。
光の柱は消えたが、目が元に戻るのに少しかかった。
ガタンと音がする。ようやく目が見えるようになると、小剣が地面に転がっているのが分かった。
柄の宝石の輝きが消えている。いつもは綺麗な青い光りが宝石に宿っているのに。
「ユウ。すごいマナの量だ。多すぎて目眩がする」 ジーナが言う。
マナの放出は完了した。
小剣よ。すまない、少しの辛抱だ。
俺は剣を手にとり、優しく鞘に納めた。
(妖精。73式大型トラックを召還する。50台を召還)
「了解。50台くらいなら軽いものです。ニューワールドとは違ってこっちはシステムに制限がありませんからね。天国みたいなものです」
最大出力でトライデント・システムが起動する。
城門前の広場と街道が50台の自衛隊の大型トラックで溢れる。城の住人の輸送をこれで行うのだ。
「ラルフ。後は任せる。大気中のマナ濃度は回復しているが長くは続かない。
せいぜい二日だ。動ける人間で生き残りをトラックに乗せてくれ。皆で”ニューワールド”へ行くんだ」
「分かった。カザセ殿は?」
「俺は皆と城下町へ急ぐ。
カミラ、ジーナ。それとエトレーナ。
一緒に来てくれ。ヘリで飛ぶ」
◆
俺はブラックホークを召還し王国の城下町カノープスへ飛ぶ。衰退しているユリオプス王国が持つ唯一の街だ。
ここはエトレーナの直轄地になるが、彼女はこの街に文官を置き街の統治をまかしている。
救出しなければいけない人々は、ここの住人と周りに住んでいる農民達になる。
彼らを速やかにニューワールドへ移送しなければならない。出来れば俺が倒したアルドル公爵の領地の住民も助けたい。
しかしアルドル公の部下達はどうでるだろうか? 俺たちだけで、公爵の領地の住人をニューワールドへ逃がすのは難しい。時間も限られている。奴の領地に関しては見捨てるしかないかも知れない。
空から街を見下ろすと、人影は見えない。
動けない者を集めてどこかの建物に避難しているのだろうか。
「城門前の広場に着地します」 疑似人格のヘリのパイロットは俺に告げ、機体は降下を開始した。
ヘリは無事に広場の中央に着陸し、俺は使い慣れた89式小銃を抱えて地上に降りた。
目の前には、使われていない屋台が並んでいる。本来ならば簡単な料理や果物などを売っていたのだろうが、今は、ガランとしている。
危険は無さそうだ。
仲間達もヘリから降りて、街の中央の建物に向かおうとした。
甘かった。
近くの屋台がいきなり吹き飛ぶ。
一つ、二つ。立て続けに木製の屋台が形を失い粉々に砕ける。
くそっ、対物ライフルか。 どこの建物から撃っているんだ!
「逃げろ。走れ! 走るんだ」
カミラとジーナは状況を察し、手近の建物に駆け込む。俺も彼女達と反対方向に駆けようとした。
バラバラに逃げるしかない。ターゲットを分散させるしか……
エトレーナが棒立ちだ! 恐怖で身がすくんでいる。
「馬鹿! 動け!」 俺は言ったが もう間に合わない。
俺はエトレーナを引き倒し、上に被さる。
無駄かも知れない。対物ライフルの銃弾は俺の身体を貫き、エトレーナの身体も破壊するだろう。肉壁にも成れない。
大きな音がして、大口径の銃弾が数メートル先に一発、そして二発目が着弾した。
わざと外しているのか? 俺たちの恐怖を楽しむかのように。
(妖精!)
いや。兵器を召還するには遅すぎる。
召還は一瞬では行えない。ディレイがある。
大質量転移が完了するまでの10秒間、敵は黙って見ていない。召喚は却って危険だ。
兵器召喚の兆候を見れば、敵は即座に俺たちを撃つだろう。
89式はまだ手元にあるが、敵がどこから撃っているのか分からない。
場所が分かって反撃しようとしても、その時点でエトレーナと一緒に打ち抜かれるだろう。
エトレーナの身体の震えを感じ、俺は彼女を強く抱きしめた。
(グラム・システム起動。自動反撃モード) 無感情な女の声が聞こえた。
(妖精。お前か?)
(私じゃないですっ!) 妖精が答えた。
どんっと大きな音がする。敵の対物ライフルが俺の身体に撃ち込まれた……筈はない。
光りの網が俺とエトレーナの周囲を囲み、銃弾から守っている。魔法か? いや、違う。
こいつは魔法じゃない。俺たちを囲む無数の細い光の線は、魔法には見えない。
何らかの技術的なテクノロジーの産物だ。少なくとも俺にはそう見えた。
「カザセ ユウ。油断のしすぎだ。あんたほどの男が一体どうした? 女と乳繰りあってるからそういう目に遭う」 脳内に男の声が響く。
(お前は誰だ?)
「さあ、誰かな? 言わせてもらえば、あんたは女の趣味も良くない。清純派とか止めておけ。
後で苦労するのが目に見えている」
次の瞬間、上空から爆音が聞こえる。
慌てて上を見ると、何も無い空間から航空機が飛び出し、街の一角に向かって飛び始める。
まさか…兵器召還なのか。しかも俺の能力より素早い召喚だ。
妖精のトライデント・システムなら10秒ほどの召喚待ちが発生する。その時間が全くない。
機体は一瞬で実体化していた。
突然現れた航空機は射撃を開始する。大口径の機関砲の発射音が辺りに轟く。
目標の建物の壁が崩れ、次の瞬間、建物全体が崩壊した。対物ライフルの射手の隠れていた建物だろう。
仕事を終えた機体は、進路を変え飛び去って行く。後部に二つの大きなターボファンエンジンを備えたその姿は……
地上部隊の守護天使 A-10 サンダーボルトII 対地攻撃機だ。