反撃
◆
1つ目の巨人―サイクロプスと呼ぶらしい―を屠ったものの、部屋の外では戦闘が続いている。
耳を澄ませばモンスターの唸り声らしきもの、人の叫び声、剣戟が聞こえてくる。
しかし、この部屋にいれば少し話をする位の時間は稼げるだろう。俺には情報が必要だ。
「ええと女王…陛下。少し詳しく状況を説明してくれないか。一体、何がどうなってるんだ?」
女王を名乗った銀髪の女は、落ち着いてきたように見える。
「エトレーナとお呼びください。カザセ様。
私の拙い召喚術式に応え、顕現していただき誠にありがとうございました。
お呼び寄せした理由を、ご説明致します。
現在、我が国ユリオプス王国は、獣人たちに率いられた連合軍により滅ぼされようとしています。
…いえ、あれは軍なんて言うものではありません。モンスターたちは欲望のままに市民たちを惨殺しています。彼らは人間が憎いのです。
恥ずかしながら、魔法力を失った今の我らに対抗する術はありません。
兵士たちは頑張ってくれていますが、長くは保たないでしょう。 我らは滅びを待つ身の上です。
30万人以上の民が略奪を受けた後に殺されました。生き残った者は多くありません。
いまや王国の人口は1万を切ろうとしています」
女王は俺の腕をとった。
「カザセ様。あなたは自分が只の人と仰る。どこが只の人なのですか? 先ほどサイクロプスを屠った強力な魔法の杖。
そのような術は我が国では既に失われてしまいました。あなた方は、人々を恐怖で震え上がらせた伝説の魔神の一族。
しかし、時に人間の味方をするとお聞きしています。どうか、我らをお助けくださいませ」
伝説の魔神だって? 俺が? 冗談がキツい。それに魔法の技って銃のことか? 銃の一丁くらいで、軍隊の相手はできないぞ。
必死なのは分かるが、抱きついてくるのはやりすぎじゃないのか? 胸も当たってる。勿論これが夢だったら、このままで何も問題は無い。それ以上でも喜んでお相手する。
しかし俺は気が付く。抱き付いてきた女の身体が細く震えている。冷静そうに話しているように見えたが、やはり怖いのだ。
彼女は俺に抱き付いてたんじゃない。すがっているのだ。
何度も助けてくれと言ってたじゃないか。
俺は馬鹿か? 震える女をかかえ、ようやく心の底から、今まで起きていることが現実であると強く意識する。
なんとか、この娘だけでも助けられないだろうか?
俺たちの置かれている状況はかなりマズいようだ。さっき妖精は戦闘機も貸せるとか言ってたが、銃はともかく俺一人では戦闘機なぞ動かせない。
「王家の財は、長く続いた戦争の為にほとんど底を着きました。対価は十分にお支払い出来ないかもしれません。
しかし強き者よ、あなた方は王族の娘の血肉や命を報酬に願いを叶えてくださると、先祖の記録にございます。
残念ながら私はここで死ぬことは出来ません。私が死ねば、この国は反撃の機会も失います。
勝手なお願いなのは重々承知しております。それでもどうか、我らをお助けください。
…そして、もしお望みならば、この身体は全てあなた様のご自由に。私にはもうそれしか支払えるものがありません」
ちょっと待て。間違ってる。どこかで大きな誤解がある。
俺にだって本能的欲求はあるが、命なんてもらいたくないし血肉なんてもらってどうしろと?
エトレーナを落ち着かせる為に、出来るだけ優しく言う。
「心配するな。俺は、あんたの命など取らない。何かの勘違いだ」
黙って見ていた妖精―渡辺ユカは、こちらを睨み、割り込んだ。
「風瀬 勇さん。 お楽しみ中に申し訳ないですが、私からも仕事の内容を説明させてください」
「て、手短に頼む」
コホンと妖精は、わざとらしく咳き込む。
「最初にお断りしておきます。この仕事の依頼主は女王ですが、報酬を払ってくれるスポンサーは別に存在します。契約によりスポンサーの名は明かせません。
まあしかし、この国の存続を望んでいるという点ではスポンサーも女王と同じです」
妖精は俺に向かって続けた。
「本社よりの業務命令をお伝えします。現在2万の敵兵がこの国、ユリオプス王国の唯一の街“プロキオン”に攻め込んでいます。
味方の残存兵は1千名程度。このままでは、間もなく王国は消滅するでしょう」
「当社オペレーター、風瀬 勇は直ちに敵を迎撃し、ユリオプス王国を防衛してください。勝利条件はユリオプス王国の国民1万人以上の生存。 今回は例外として、召喚レベルSの権限が与えられます。
使用兵器は、地球暦2015年時点での陸・海・空、全ての現用兵器とし、核・生物・化学兵器を除いた全てを許可します」
「現時刻をもって、作戦コード STUR001、オペレーション名“異界の疾風”作戦を開始致します。さあ行きましょう。敵を殺しに」
いや、待て! 「俺は一人だぞ。いくら兵器を出されても、一人では戦車も動かせない! 兵員も召喚されるのか?」
「イエスでありノーです。 詳しいことはやってみれば分かります。兵器たちはあなたの命令に従って行動します」
妖精はニッコリ微笑んだ。
「話をしている間にも、死体の山が築かれています。あなたの一番嫌うシチュエーションではないのですか?」
ええい。くそっ。
いきなり人の戦争に介入していいのか?
見てから決めるしか無い。俺は決心した。
「エトレーナ。城の外に案内しろ。戦場に出るぞ」
女王の顔が明るくなる。 美人の顔が涙でぐしゃぐしゃだ。もったいない。
「助けてもらえるのですね?」
「ああ。やってみよう。少なくとも、虐殺を止める」
妖精はちょっと不満気な顔をしたが、俺に言う。
「では風瀬さん、後でまたお会いしましょう。インフィニット・アーマリー株式会社の一員としての自覚をお忘れなく」
それだけ言うと、妖精は消えた。俺と女王だけが、その場にとり残される。
◆
俺は、エトレーナに聞く。
「城から出られるか? ここは狭すぎる。外に出るまで交戦は出来るだけ避けたい」
兵器を使えるのであれば、外がいい。建物内では不利だ。
あの妖精―渡辺ユカ―は、俺に陸・海・空兵器の召喚権限を与えたと言っていた。
89式小銃は、さっき確かに召喚できたのだから嘘ではないと思う。戦闘車も戦車も本当に呼べるのかもしれない。いずれにしろ外に出て確かめたい。
戦闘車両の一台では戦況はひっくり返せないだろうが、小銃一丁で戦うより遥かにマシだ。
「この戦いを止めていただけるのですね? 隠し通路を使います。私しか知りません」
俺たちは部屋を抜け、なんとか隠し通路の入り口に着くことが出来た。入り口は床に埋め込まれている。
中は細長い地下道が、城壁の外側にある森の片隅へと通じていた。
王族が逃げるときに使う為のものらしい。出口は森の中にひっそりとあり、城からは木々が邪魔をして見えないようになっている。
隙間から、城の方向を伺うと、モンスターたちが優勢だ。味方の兵たちの多くは、もう既に死体か重傷者になっている。
まともに戦えている者は少ない。もう勝負はついているようだ。
俺が介入して引っくり返せるのか?
「女王陛下!」 突然、大声で呼ぶ男の声がした。
「ラルフ! 無事でしたか」 エトレーナが嬉しそうに男の声に応える。
「陛下こそ、よくご無事で。よかった。本当によかった!」 二人は駆け寄るが、男は俺の存在に気が付き、立ち止まる。
男は戦闘で血だらけだが、俺から見てもいい男だ。整えられた口ひげを生やして、所謂中世の騎士の格好をしている。
エトレーナとは美男、美女のお似合いカップルのように見え、俺はちょっと妬けた。
いや、そんなこと思っていられる状況じゃないけどな。
「この方は?」 騎士は俺を見つめながら、エトレーナに問いかける。
「カザセ様です。 前に話をした禁忌の召喚術式を試しました。 私の拙い召喚に応え、顕現してくださったのです」
「なんですと! 女王陛下、まさかこいつと血の契約を? 馬鹿な真似を」
男は驚き、俺をまじまじと見る。しかし、その顔は徐々に憎しみに満ちたものとなった。ついには抜刀し、剣を俺に向ける。
「ここから去れ! 血に飢えた獣め。女王は渡さん。お前らの力なぞ我らには不要!」
剣を向けられた俺は、やむを得ず89式小銃を男に向ける。
何で俺のことをそこまで嫌うのか。助けようとしているのに。
こんな事をやっている暇は無いだろうが。
「ラルフ・ヴェストリン。無礼です。
すぐに剣を下ろしなさい!」
エトレーナが俺の前に進み出て、庇うように両手を広げる。
「私は、この方に生命を救ってもらいました。これ以上の無礼は許しません」
「し、しかし」
「二度は言いません。剣を下げなさい」
男はしぶしぶ剣を下げるが、俺から視線を外さない。
「エトレーナ。俺は仕事をしたいんだが、その男がかかって来ないように頼めるか」
「失礼いたしました、カザセ様。何卒、ご無礼をお許し下さい。
ラルフは私の忠実な家臣です。 これ以上の邪魔はさせません」
良かれ悪しかれ、好みの女の言うことは素直に信じるのが俺の信条だ。この場は彼女にまかせて、森の中から戦場を覗き見る。
敵の布陣を良く見ないと、どう介入すべきか判断が出来ない。
日はもう、かなり傾いている。間もなく沈む。
俺は夕暮れの中、懸命に目を凝らした。
転がっている死体の、大部分は味方の兵だ。敵の死体は多くない。
酷い負け戦だ。城の内部ではまだ抵抗は続いているようだが、城外は完全に敵のものだ。
城門のそばに目をやる。敵が捕虜にした味方の兵を、集めているのに気がついたからだ。
何処かに連れて行く気か? 男もいるが、女の方が多い。奴隷にでもするつもりなのだろうか。
距離もあり暗くなってきていているので、顔形までは良くわからない。
俺は、敵が何をしようとしているのか必死で目を凝らす。
俺は自分が見間違えたかと思った。いや見間違いじゃあない。
男の上半身が切断され地面に転がったんだ。
殺ったのは大きな大男だ。人間ではあり得ない巨体。よく見るとゴリラように全身毛むくじゃらで粗末な革鎧を着ている。獣人と言う奴か。
何人かの女は…押し倒され、明らかに暴行されている。
何人かが始めると、合図があったかのように大勢が行為に加わった。
男たちは面白半分に殺され、女たちは、巨大な獣人たちになぶられている…
獲物にあぶれた残りの敵兵達が、遠巻きに囲み、歓声を上げた。
…滅茶苦茶だ。 奴らは優勢とは言え、まだ城の内部は完全に制圧していない。
戦争に勝つより自分の欲望を優先するのか。こいつら兵隊ですらない。ただの獣欲まみれの化物だ。
騎士の男、ラルフ・ヴェストリンが俺の視線の先を見て、息を呑んだ。
「あいつら…俺の部下たちを…」
抜刀し敵の元へ行こうとする騎士をエトレーナが、慌てて抑える。
「駄目です。行くことは許しません。敵が多すぎます。
いくらお前でも敵うはずがありません」
「すみません女王陛下。我儘をお許しください」
「ちょっと待て。何とかなるかも知れん」 俺は割り込む。
「妖精! 渡辺ユカ! 聞いているな? 兵器の召喚を試す」 俺は怒鳴った。
「いつでもどうぞ。 風瀬さん」 俺の脳内に直接、妖精の声が響いた。
「本当の自己紹介がまだでした。私は生き物ではありません。
兵器召喚システム トライデントが私の正体です。システムが造った擬似人格と言うわけです。さあ、どうぞご命令を」




