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ラストリゾート


俺は、仲間を連れて王宮に突入した。

エトレーナが居る地下室に向かう為には、大広間を抜けるのが早い。  


「カミラ、ジーナ。援護えんごを頼む」 

俺は89式小銃を構えながら大広間に通じる扉を、思いっきりる。扉はあっけなく開いた。


「これは…」 カミラが息を飲む。

「こんなの見た事ない…」 ジーナが絶句する。


扉の向こうは、敵の死体の群れだ。

200匹ほどの獣人の兵士たちが苦悶の表情を浮かべ、大広間で絶命している。

獣人達は、俺たちを迎え撃つつもりで集結していたようだ。全くの無駄に終わったが。

大剣は、俺の命令に従い死をき散らしていた。


楽に死んだ敵はいない。

のどきむしって、目を見開いたまま死んでいる獣人も居れば、胸を押さえてそのまま絶命している死体もある。心臓が突然停止したのか、それとも呼吸が出来なくなったのか。 

 

(カザセさん、私は少し怖いです。その小剣がやったのですね? 願っただけで敵が死ぬ。このような力が、存在して良いのでしょうか…)


妖精が珍しく心細げに、脳内で呟く。最新型の兵器を、ほとんど無尽蔵むじんぞうに呼び出せるトライデント・システムの力も相当ヤバイと思うんだが、見知らぬ力に対しては彼女も恐怖を感じるものらしい。


(一部分だけを見るから、神や悪魔の能力のように見えるだけだ。心配しなくても、この能力は無限には使えない)


(しかし願うだけで、敵を全滅させる能力なんて…)


小剣が大きく震えた。妖精に抗議をしたくなったんだろうが、今は我慢してくれ。

俺は理解しているつもりだ。お前達は戦いのみを目的に造られてはいない。

血なまぐさい願いをしたのは俺だ。この殺し方にしても、俺が無意識に持っていた怒りを反映したものだろう。

小剣が俺をなぐさめるように、小さく震えた。


「女王は地下の祭事室だ。行くぞ」 仲間に告げると俺は通路を駆けた。


地下にある王族専用の祭事室は、俺が最初にエトレーナと出会ったところだ。つまり、彼女が俺を召喚した時に使った場所と言うことになる。

ようやく再会出来ると思うと気がいた。念のため89式小銃を構えて、祭事室の扉をる。

ダンッと大きな音がして扉は開き、床に座っていた女がこちらを見た。エトレーナだ。

彼女の前には、横たわっている騎士らしき姿が見える。


「エトレーナ! もう大丈夫だ」 


短い時間に女王の表情が目まぐるしく変わる。

突然入ってきた人間にびっくりした彼女は一瞬(おび)え、そして俺だと分かって安心し、ぼろぼろ涙をこぼす。 

そして、慌てて立ち上がると、泣きながら俺のところに駆け寄って来る。


「カザセ様。カザセ様。お会い出来た…また、お会い出来ました」

うるんだひとみで俺を見つめるエトレーナを、俺は強く抱いた。 


「遅れてすまなかった」


「本当に……カザセ様なのですね。生きてお会い出来るとは思いませんでした。もう二度とカザセ様から離れません」


そのまま抱きしめていたかったが、再会を喜ぶのはまだ早い。俺は意志の力を振りしぼって女王から身体を離し、床に横たわっている騎士に向かってしゃがみこんだ。

騎士隊長のラルフ・ヴェストリンだ。


女王は涙をぬぐいながら言った。

「ラルフが……ラルフが私をまもって……」 


「…カザセ殿。ずいぶん遅かった……な。女王が待ちかねて…いたぞ」 顔色が真っ青だ。腹と肩から出血している。


重症だ。 


俺は部屋の角に、獣人兵の死体が10体ほど転がっているのに気がつく。ラルフが殺ったのか。

聖剣の力は思ったより早く切れたようだ。守護結界が無効になった後は、ラルフが女王を守ったのだろう。 


騎士は俺を見て、苦しそうに笑顔を造った。息をするのも苦しいはずなのに無理をしている。


「どうだ? 俺が女なら惚れていただろう? めてくれていいぞ」


しゃべるな。今助けてやる」 俺は言った。


「…いや。分かっている。ジーナの治癒魔法でも、もう無理だ。だが…俺は自分が誇らしい。女王を最後まで守りきった……十分だ」


俺はジーナを見る。彼女は俺の視線を避け、うなだれた。 「ユウ。ごめんなさい」 やはり無理なのか。 


「ラルフ・ヴェストリン。情けないぞ! まだ何も解決していない。ここで死ぬのは許さない」

カミラがラルフの腕をとった。


「ここは少し優しくするところ…だろ」 そこまで言うのが強がりの限界だった。痛みが限界を越えたのだろう。顔が苦痛にゆがむ。


このままでは、ラルフは間違いなく死ぬ。

俺は小剣を取り出した。


「…それは」 前の小剣の持ち主であったエトレーナは、俺が何をしようとしているか気がついた。


「カザセ様。残念ですが小剣にそこまでの力は…ございません」


「大丈夫だ。見ていてくれ」


俺は小剣をかかげた。


「アザーテスの大剣よ。俺は願う。ユリオプス王国 騎士団“ドラゴンの牙”の隊長、ラルフ・ヴェストリンの命を救え」


俺の手の中で小剣は大剣に入れ替わり、光輝いた。



「…痛みが消えた…」


ラルフは呆然ぼうぜんとしている。慌てて上着をめくり腹の傷を見ている。 


「傷が綺麗に消えている。…有り得ない。高位の治癒魔法でもこんな事は……嘘だろ……」


エトレーナが信じられないと言うように目を見張っている。


「大剣がカザセ様の手の中に。何で、どうして」


周囲のざわめきの中、俺の目の前に黒髪の美女が現れる。言わずと知れた小剣の化身けしんだ。

周りは気がついていない。俺にしか見えていないだろう。


時間が突然、停止して、周囲の動きが止まる。


「ご満足いただけましたでしょうか? カザセ様」 小剣はにこやかに微笑ほほえむ。


(ああ。感謝する。ご苦労だった)


「カザセ様。お気づきだと思いますが、大剣にたくわえられているマナ残量が五分の一を切りました。僭越せんえつながらお知らせに参った次第です」


大剣は、蓄えられたマナを消費して願いをかなえる魔道具だ。

言わばマナは剣たちの燃料に当たる。


(悪いが、もうひとつ願いがある)


「はい。ワタクシの力の及ぶ限り何なりと」


(王国民全員を治療出来るか? 彼らは、マナ不足の為に病気になっている。危険な状況だ)


王宮の南にある城下町はひどい状況のようだ。大気中のマナが薄く成りすぎて死亡者が出ているかもしれない。

王宮の周辺だけマナの濃度が高いようだが、これは公爵がやった事だろう。おそらくはエトレーナだけを救う為に、この周辺だけマナ濃度を高めたのだ。

多くの住民は見捨てられている。


車両を召還して病人を運ぶにしても、何とか動ける人間は多くてせいぜい数百人だ。

一万近い住人を移送できる訳もない。彼らを一時的にでも活動可能にする必要がある。


小剣の化身である女の顔が曇った。


「カザセ様。残念ながら私たちにはそこまでの力はございません。カザセ様とラルフ様の治療だけでも、マナ残量のかなりの部分を使いました。国民全体の治療は不可能でございます」


大きな願いをかなえれば、それだけマナの消費量が大きくなる。

また、大きすぎる願いは剣達にも叶えられない。王国民全員を救うのは、やはり無理か。 

願いが大きすぎるのか。


…いや。無理ではない筈だ。小剣が与えてくれた過去のマスター達の記憶が、ある事を教えてくれる。

たとえ願いを叶えるには足りないとしても、小剣、大剣がたくわえているマナの量自体は膨大ぼうだいなものだ。 


(お前たちが身体にたくわえているマナを、そのまま大気中に放出できるか? 王宮の外のマナ濃度を高めれば、住人の体調も、少しは戻るだろう)


小剣の顔が曇った。マナの残量を吐き出せば、魔術的な存在である剣達は生きていられない。

彼女らが活動出来ているのは、マナのお陰なのだ。


「マナの放出は可能です。一、二日なら王国周辺のマナ濃度を高められるかも知れません。…しかしそうするには、ほとんど全てのマナを使う必要があります。

ワタクシたちは、カザセ様とは、お別れになります。ワタクシ達はマナの力で動いている人形に過ぎません」


小剣はうつむいた。

「…カザセ様のおそばにもう少し居たいです。カザセ様の事をもう少し知りたいです。もう少し一緒に戦いたいです。 …ごめんなさい。自分の立場はわきまえているつもりです。でも…でも…」


俺は一瞬迷ったが、言った。

(お前たちにはすまないと思う。だが、他に手がない。マナの放出を開始して欲しい)


最後の手段(ラスト・リゾート)だ。

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