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剣の姉弟


俺は目覚める。

真っ暗で何も見えない。

身体に痛みは無い。


死ななかったのか?


(妖精。聞こえるか?) 相棒に呼びかけてみる。反応はない。聞き慣れたいつもの声は答えてくれない。


突然、おだやかな女の声が聞こえた。

妖精じゃない。別人だ。

あいつは、こんなにおしとやかな声じゃない。


「よかった。ようやくマスターとお話ができます。でも、ワタクシが散々呼びかけているのに無視されて、ちょっと悲しかったです。 

カザセ様は無茶のし過ぎです。ご自分の命を大切になさってください。

それにワタクシは、敵を切ったり刺したりするようには出来ていません。ちょっと痛かったんですよ」


(誰だ?) 


「今は無理をなさらないでください。マスター―カザセ様―は現在、出血多量のために危険な状況にあります。痛みは感じていないと思いますが、それは錯覚さっかくです。

すぐにでもお助けしたいのですが、その前に済まさなければならない事がございます」


(答えろ。…お前は誰だ?)


「…申し訳ございません。挨拶が遅れました。私は、マスターの持っている小剣です。

アザーテスの小剣と申します。別名リミテッド・ウィッシュの宝剣と呼ばれる事もあります。その名前は好きではありませんが。どうぞよろしくお願い致します」


小剣か。お前は俺に力を貸してくれた小剣なのか。

突然、視覚が回復する。濃い霧のようなもやの中、俺はまるで雲の中にいるようだ。

現実感が全く無い。俺は死んでいる筈なのだ。

今見ている物は死につつある人間が見るまぼろしにすぎまい。


目の前に、ほっそりとした綺麗な女の姿が、やけにはっきりと浮かび上がる。


(お前が小剣なのか? …俺は一体どうなってる? …ここは何処だ?)


「現在、マスターの主観時間を一千倍に引き延ばしています。しばらくお話する位は大丈夫です。

痛みも感じませんよね? マスターの位置は動かしておりません。敵の死体と一緒に、カザセ様の身体は地面に横たわっています。


そばには泣きながら呼びかけている女性が二名、それと少年が一名。いいえ、女性は合計三名ですね。

女騎士と女魔術師、それに、マスターの頭の中に住み着いている正体不明の女性。この方は妖精さんですか? それとも使い魔? ワタクシの知らない、強力な力を持っているみたいです。


美しい女性三人をこんなに悲しませるのはいけません。本当に無茶はやめてくださいませ。お願い致します」


女は、軽く頭を下げた。綺麗な長い黒髪に黒いひとみ。上品に微笑むその姿は育ちの良い、日本人のお嬢様に見える。

着ている服はエトレーナが着る王族用のドレスに似ている。


「マスターの記憶にある故郷の女性の姿を借りました。ほら、カザセ様と同じ黒い髪。綺麗でしょ?」


女は自分の髪を手に取り俺に見せる。この女の絹のような光沢で滑らかな黒髪に比べれば、俺の髪は黒い針金だ。


「さあ、恥ずかしがってないでマスターに謝りなさい」 女が言うと小さな影が浮かび上がる。

5歳位の男の子だ。女の腰のあたりに恥ずかしそうにまとわわりついている。

まるで年の離れた姉と弟だ。


「この子が大剣です。敵の公爵が使っていた、アザーテスの大剣がこの子です」


「この子供が?」


散々(さんざん)俺たちを苦しめた大剣がこの子なのか。いや見かけに騙されるな! 俺は身構える。

無意識に腰にはさんでいた小剣に手が伸びる。だが、手はむなしく空をつかんだ。

今は腰に小剣は無いのだ。目の前の女が小剣だったのを思い出す。


俺の怒りを感じたのか、少年はおびえたように女にしがみついた。


「この子を許してやって頂けませんか? さっきの戦いは、この子なりに義務を果たそうとしただけなんです」


許す? 許すだと? こいつのせいでエトレーナは…あの公爵の毒牙どくがに…。汚されたんだぞ。この大剣のせいで、あのくそったれの公爵の慰み者にされたんだ。

ジーナだって、小剣の助けが無ければ危なかった。


(お前たちは、一体どういう存在だ?)


「私たちは本来、二つで一つの存在です。大剣は膨大ぼうだいなマナを持ち、それを燃料に人々の願いをかなえる魔術回路を備えています。

しかし構造が複雑で、魔術回路に余裕が無いのです。その為に幼い子供のような精神しか持てません。 疑うことを知らず、だまされて本来の持ち主を攻撃する事もあります。

今回のようにマスターに歯向かったのもそのせいです。 


ワタクシ、小剣の役割は大剣が暴走したり間違いを起こした時に、持ち主を守ることです。カザセ様の世界の言葉で言うならば、大剣の制御装置、そして一種の安全装置、それが小剣(ワタクシ)です。

簡単な願いをかなえる機能もございますが、そちらは非常用であり主機能ではありません」


(しかし、今回、俺は随分苦戦したぞ。お前の助けを受けていてもだ)


女は、すまなそうにうつむいた。


「返す言葉もございません。大剣は、大昔に宝物庫から盗まれた時に細工をされ、私の呼びかけに応えなくなっていたのです。ご安心ください。今は、完全に小剣ワタクシの制御下にあります。

二度と今回のような真似はさせません。どうかお許し下さい」


「ご、ごめんなさい。もうしません。おゆるしください。ますたー」 少年は怖そうに俺の目を見ながら、びの言葉を言った。


これは反則だ。子供を怒鳴る趣味は無い。

…しかし、エトレーナが感じたであろう屈辱くつじょくを考えると、やり場のない怒りが俺を襲う。

公爵は、エトレーナを慰み者にしたのだ。大剣の力を使って。


女が微笑む。

俺はカッとなった。


(何が可笑おかしい?)


「申し訳ありません。でも心配なさっているのは、エトレーナ女王の事ですね。

その事に関しては、ご心配には及びません。断言いたしますが、マスターが心配されている事は起こっていません。今のワタクシは大剣と記憶を共有しているので分かるのです」


どういうことだ?


「確かに女王は危険な状態にありました。マスターの敵である公爵は、エトレーナ女王の心を操作して自分のものにしようとしました」


俺はジーナに起こった事を思い出す。公爵はジーナを操り、自ら獣人を求めるように心をいじった。あれと同じことをエトレーナにした筈だ。 


「しかし、騎士の一人が危ないところで、自身の持つ聖剣の潜在能力を解放したのです。

”絶対守護”の能力だと思います。あらゆる魔法や物理攻撃を無効にして対象を守り、同時にステルスの能力により対象を見えなくします。大剣は聖剣の能力を破ろうとしたのですが、聖剣は守護に特化した専用剣で、打ち破るのは難しかったようです」


…ラルフかもしれない。いや間違いなくそうだろう。騎士隊長のラルフ・ヴェストリンがエトレーナを守ってくれたんだ。


よかった。 本当に良かった。 ラルフに大きな借りが出来た。

しかし、ラルフが聖剣使いだとは知らなかった。守護の剣か。 


…そうか、ラルフは俺にも言わなかったんだ。目的を考えれば文句は言えないかも知れない。

女王を守る最後の手段だ。秘密なのは当然だ。

しかし、どうせならエトレーナを救うのは俺であって欲しかった。

分かっている。ちょっとした嫉妬しっとだ。


公爵は俺を苦しめる為に、でまかせを言ったんだろう。悔しいが、敵の狙いは成功している。


大剣の少年と小剣の女は、突然、俺の前でひざまずいた。

「我々、大剣と小剣はカザセ様を真の持ち主と認め、忠誠を誓います。マスターと一緒に居させてください。よろしければワタクシ、小剣を肌身離さずお持ちください。大剣は必要に応じてあらわれます」


小剣の女は顔を赤らめていた。いやなんで、そこで顔を赤くする? 感情表現にバグがあるぞ。


「手始めに、マスターの最初の願いをかなえます。

”生きたい”でしたね? 了解です」


女は少年の顔を覗き込んだ。

「頑張ってね。罪滅ぼしよ。マスターを完全に生き返らせて」


「うん。まかして。だいじょーぶ」 


そして女は俺の方を見ると微笑んだ。

「時間の流れを元に戻します。くれぐれも無理はなさらないでください。それと」


女と少年の姿は薄くなり、消えかけている。


「エトレーナ女王は、マスターと最初に会った部屋で震えながら待っています。早く行ってあげてください。そろそろ聖剣の効果時間が切れる頃です」


「マスターとお話出来て嬉しかったです。また、いつかお話させてください! きっとですよ!」

小剣はそう最後に言うと、大剣と共に姿を消した。


気がつくと、俺は城の中庭に横たわっていた。

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