発動条件
◆
(攻撃ヘリ準備完了です。いつでも撃てます) 妖精が俺に囁く。
「撃てっ!」
ガガガッと言う砲撃音が中庭に響きわたり、30mmチェーンガンの砲火がアルドル公に集中する。
俺の目前10mに、5機の攻撃ヘリからの機関砲弾が炸裂した。 もうもうとした白煙が巻き上がる。煙の為に、公爵の姿が確認出来ない。奴の身体は破裂して、もう飛び散っているかも知れない。
白煙がゆっくりと消え、視界が奥まで通る。
(何ですって!) 妖精が喘いだ。
公爵は変わらない姿で、そこに立っていた。
ニヤニヤと笑いながら。
「残念だったな。死んでいなくて。最高だよ。この剣の力は」 アルドル公は俺に見せつける様に、大剣―”アザーテスの大剣”―を持ち上げて見せた。
持ち主の願いを叶える強力な剣だ。
「これで私は全てを手に入れる。この王国もエトレーナもな」
公爵の頬にスーッと血が流れた。小さな傷が出来ている。
俺の攻撃の結果があれだけなのか? 5機の最強の攻撃ヘリが残したものが、頬の切り傷だけなのか?
俺は歯噛みした。
くそっ。俺の兵器はこいつに効かない。
「おや?」
公爵は、人差し指を自分の頬にあて、血が流れているのにようやく気がつく。
「私に傷をつけたのか? まあ、誉めておいてやろう。流石だよ、カザセ。大したものだ。お前にしては上出来だ」
アルドル公は剣を掲げる。
「改めて我は願う。カザセ ユウの操る鋼の化け物よ。空を飛び、地を這う異世界から召還された醜い魔物よ。お前達の仕掛けが、私を害することは無い」
公爵の言葉に反応して大剣が輝いた。奴は満足そうに頷く。
「これで完全だ。もうお前の召還した魔物は、小さな傷さえつけることは出来ない」
突然、不時着したヘリから何か音がした。俺たちの乗っていたブラックホークのドアが開いたのだ。
俺は息が詰まる。ジーナがヘリから飛び出て来る!
「駄目だっ! まだ、出てくるなっ!」
「光の矢。お願い!」 ジーナは叫び、彼女の手から魔法の矢が放たれる。矢は、真っ直ぐに公爵に向かって飛ぶ。
公爵はピクリとも動こうとしない。
持っている大剣が光り輝き、ジーナの放った魔法の矢は公爵の目前で消え失せた。
「ジーナ・レスキン。お前の魔法は無力化してある。
あたり前だろう。私が気がついていないとでも思ったのか? それに騎士隊長のカミラ・ランゲンバッハも隠れているな。全部お見通しだ」
まずい。ジーナがやられる。
考えるんだ。どうやって対抗する? どうすれば、こいつを倒せる?
こいつは神じゃ無い。弱点は必ずある。
ある筈だ。何か。
「いい事を思いついたよ。カザセ。お前はレスキンを大切にしていたな。
お前の目の前で、こいつを殺してやる。……いや、いや。それではつまらない。殺す前に、汚してやるのがいい。泣きわめくレスキンをお前に見せてやろう。カザセ、私に感謝しろ。特等席で、それが見れるんだからな」
公爵の顔は、醜く歪んだ。こいつは…こいつは…俺への憎しみで、心が腐っている。
「余計な事は考えるなよ。カザセ。
レスキンが喘ぎながら快楽に溺れる姿を、そこでただ楽しめ。
…大剣よ。我は願う。ユリオプス王国 軍団長 カザセ ユウは、身体を動かせない。ジーナ・レスキンのすることを最後まで見届ける」
大剣が輝く。
動かない。くそっ、俺の身体が動かない。
ピクリとも動かせない。
「だが、困ったな。本当に困ったよ、カザセ。私が相手をするには、この女は若すぎるようだ。若すぎる女は趣味じゃ無い。私はエトレーナ一筋だ。それに私が相手では、レスキンを喜ばせてしまう。
それはつまらない。しかも貴族ともあろうものが、この場所でいたすのはな。品位に関わるじゃないか。
どうしたらいいと思う? カザセ? どうやったら一番、お前を苦しませる事が出来る?」
ジーナは公爵の話を聞いて、ペタンと地面に座り込む。そして涙を浮かべながら顔をこちらに向けた。
「ユウ。嫌だよ。怖い。
この人は何を言っているの? お願い、ボクを助けて」
「そうだ。いい事を考えたぞ。獣人に相手をさせよう。
丁度いいのが居る。頑丈で強い兵隊だが、欲望が強すぎてな。女を見れば戦いを忘れてしまう困った奴だ。醜い姿で頭も弱い。女とやることしか考えていない。
レスキンの相手にちょうどいいだろう? ひょっとしたら裂けてしまうかもな。カザセ、どうだ? いいと思わないか? 大切にしている女が泣き叫ぶ声を聞かしてやる。いや、もしかしたら歓びの叫び声か? 死ぬ前の子守唄だ」
考えろ。考えるんだ。
公爵は剣を天に掲げ言った。「獣人トル・メデート。 勇猛なイプス族の男よ。 我が召喚に応えここに現れよ」
大剣が再び輝き、醜い毛むくじゃらで、大型の獣人が現れる。身長が優に2m半を超えている。突然召喚されて訳が分からないようだ。
キョロキョロと周囲を見回している。そして公爵を見つけ、指示を仰ぐように奴の顔を伺う。
「よく来たな。今、お前に女をくれてやる。好きにするがいい」 獣人はジーナを見つけると鼻の穴を広げ喜んだ。
「やだ。ユウ。怖いよ。 怖い。助けて」
公爵は、まるで呪文を唱えるように大剣に命令する。
「ユリオプス王国、筆頭魔術師のジーナ・レスキンよ。
理性を捨てよ。獣欲に身を任せよ。
欲望で身体を満たせ。そして獣人トル・メデートの愛を、今ここで受け入れよ」
恐怖に涙を浮かべていたジーナの目が、急に光を失いトロンとする。そしてゆっくり立ち上がる。
駄目だ。ジーナ。
俺は彼女の元に駆け寄ろうとした。
身体よ。動いてくれ。お願いだっ!
ジーナが獣人の元によろよろと進むのを、俺は見ている事しか出来ない。醜い獣人は、涎を垂らしながら食い入るようにジーナを見つめる。
カザセ。考えろ。何か考えるんだっ。
なんでもいい。何か考え出せ。今すぐだっ!
…そうだ。そうだ。そうだ。
変な事がある。俺はさっき違和感を感じた。何で奴はいちいち、もったいぶった言い方で、長々と大剣に命令する?
何で、人の肩書まで一々細かく言う必要があるんだ? おかしい。 何で余分な時間をかけ、わざわざ長ったらしい言い方をする?
ジーナは獣人の元にゆっくりと歩き出した。
獣人は、彼女がそばに来るのを待てないのか、自分から近寄る。そしてジーナの頭を両手で鷲掴みにした。そして無理やりに自分の方に向かせる。
トロンとした表情でジーナは獣人を見上げた。
獣人は興奮してきたのか、ねっとりとした唾液を彼女の顔に、垂らした。粘液が糸を引く。
…獣め。獣人の粗末なズボンの下に、下腹部が大きく膨れ上がっているのが俺には見えた。
ジーナの控えめで可愛らしい胸の膨らみに、節くれだった大きな手が伸びる。俺は目をそむけた。
考えをまとめろ。大至急。
…あの大剣が力を発揮するには、対象を厳密に指定しなければならない。
きっとそうだ。だから、あんな持って回った言い方で命令するんだ。
公爵はさっき何と言った? 俺の兵器が自分に害を与えないように、大剣に対してどう命令した?
俺の兵器のことを、鋼の化け物? 召喚された空を飛び、地を這う魔物? そう言ってなかったか?
そうだ。その指定をくぐり抜けるんだ。指定対象外の武器で公爵を攻撃するんだ。
だが、身体が動かない。なんとか、なんとかしてくれっ!
エトレーナからもらった小剣が、震えだし光を発する。
俺の身体は、突然に自由となった。
動く。手が動く。身体を動かせる!
考えるのは後だ。時間が無い。
お願いだ。俺の考え。合っていてくれ。
(妖精! 武器召喚。グロック17だ。早く!)
ジーナは獣人に抱かれながら、自分から唇を合わせようとしている。
間に合えっ! 間に合ってくれ。
右手の手のひらに重みを感じ、樹脂製の自動拳銃―グロック17―が召喚された事を知る。
この拳銃はほとんどの部品が樹脂で造られている。公爵の指定した鋼の武器という指定から、外れている筈だ。
右手を前に突き出し、自動拳銃のトリガーを引く。
公爵の腹を狙い二発。ジーナを抱き、欲望のままに貪ろうとしている獣人に、残りの弾丸を全て叩き込む。
俺の攻撃は公爵の不意をついた。奴は俺が自由に動けることを知らない。
「くっ!」 銃弾を腹に受け、公爵はしゃがみ込む。
いいぞ。効いている。ダメージを与えた。
しかし奴は死んでいない。弾の威力が弱められているんだ。大剣の守りがまだ働いている。
公爵はさっき、こう命令した。
”召喚”された兵器で、”鋼”で出来ていて、”空を飛び地を這う”兵器はダメージを与えられないと。
グロック17は樹脂製だ。鋼では出来ていない。
空も飛ばないし、地も這わない。
だが”召喚”という言葉は、グロック17にも当てはまる。恐らくその言葉が公爵を守っている。
なんとかして公爵にトドメを刺すんだ。
獣人は銃弾を浴びて、苦しがっている。拳銃程度では死なないか。化け物め。
ジーナを地面に放り出し、俺に注意を向ける。
それでいい。ジーナを犯そうとするより、俺を襲え。
奴は公爵を守りながら近寄って来る。こいつの相手をすれば、その間に公爵に剣を使われてしまう。
…後ろで何かが動いた。出てきた影が素早く獣人に切りかかる。
そして、影は見知った女の後ろ姿に変わる。カミラだ。
カミラは獣人に接敵すると、彼女の持っている魔剣、ノートゥングを横なぎに払う。
「ぐふぉ」 獣人の男は奇妙な叫び声を上げた。
魔剣の刃が、獣人の身体を上下に切り分けていた。
”切断”の概念自体を封じ込めたその刃は、誰にも防げない。
獣人の上半身が下半身から離れ、ゴロリと転がる。一瞬の間を空け、切断面から血が噴水のように吹き出した。
カミラはそのまま公爵に斬りかかろうとする。 が、突然、動きを止めて棒立ちになる。
「…動かない。身体が…動かない。すまない、風瀬殿」
事前に設定された、公爵の願いが発動したんだろう。奴はカミラが俺と一緒に居ることに気がついていた。
公爵が剣を持ってもう立ち上がろうとしている。
時間が無い。
気がつくと、ベルトに挟み込んだ小剣が眩しく光っている。
そうだ、さっき小剣は俺の身体を自由にしてくれた。
小剣が俺の味方なのは確かだ。しかし、小剣の力は、大剣に大きく劣る。エトレーナから、そう知らされた。
では何故、小剣は大剣の力を無効化し俺を自由に出来たんだ?
そうか。分かったぞ。
大剣は小剣に干渉できないんだ。大剣は小剣の動きを止められない。
多分そうだ。いや絶対そうだ。そうに決っている。
…対抗出来る。大剣に対抗できるぞ。
小剣を武器として使うんだ。大剣は小剣を防げない。そんな願いを小剣は許さない。
この小剣―アザーテスの小剣―の詳しい使い方を俺は知らない。
しかし、簡単な使い方なら知っている。
切る。刺す。殴る。
それが剣の本来の使い方だ。
苦しそうな公爵と目が合う。奴は大剣を持ち上げようとしている。
願いを言わせてはならない
「カミラ、俺に任せろ」
気がつくと小剣を持ち、公爵を目掛けて突進していた。
公爵は目を見開き大剣を構える。
バカ野郎。そんな構えで人を殺せるか。
殺れるものなら、やってみろ。
小剣を両手で握り、走った勢いをそのままに公爵の懐に飛び込む。
公爵が苦し紛れに、大剣を俺の右胸に振り下ろす。
ガンとショックを食らい、俺の胸が大剣に抉られる。
俺は構わず小剣の刃を、公爵の腹に押し込む。ここは急所だ。
ありったけの力で公爵の腹の中に刃を沈める。
もっと、もっとだ。
長い時間に感じた。実際は数秒だったろう。公爵の身体が力を失い姿勢が崩れる。俺の身体にもたれかかって来た。
「カザセ…お前にエトレーナは渡さん…お前だけには」 そう言って動かなくなった。
こいつは死んだ。死んだんだ。
安心しろジーナ。
我慢出来ない痛みが俺を襲う。大剣で切られた右胸が焼けるようだ。 多量の血が吹き出している。立っていられない。
公爵と一緒に、地面に転がる。大剣の威力を甘く見過ぎた。
ジーナの方を必死に見ようとする。良く見えない。
彼女は大丈夫か? 怖かったろうに、そばに居てやらないと。
もう、怖がらなくていいんだ。伝えてやらないと。
視界が急に狭まる。胸からの出血が多すぎる。
……俺も死ぬのか。
(カザセさん。お願い。死なないでっ! しっかりして。カザセさん!)
俺は願う。自衛隊を辞め、この世界で傭兵をしている風瀬勇は、ここに願う。 まだ生きたい。生きてエトレーナもジーナも救いたい。
死ねない。死にたくない。
もう何も見えない。真っ暗だ。何も聞こえない。
妖精、どこにいる? エトレーナ、もう一度会いたかった…
俺の意識は、ブラックアウトした。