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(攻撃ヘリ準備完了です。いつでも撃てます) 妖精が俺にささやく。


「撃てっ!」


ガガガッと言う砲撃音が中庭にひびきわたり、30mmチェーンガンの砲火がアルドル公に集中する。

俺の目前10mに、5機の攻撃ヘリからの機関砲弾が炸裂さくれつした。 もうもうとした白煙が巻き上がる。煙の為に、公爵こうしゃくの姿が確認出来ない。奴の身体は破裂はれつして、もう飛び散っているかも知れない。


白煙がゆっくりと消え、視界が奥まで通る。


(何ですって!) 妖精があえいだ。


公爵こうしゃくは変わらない姿で、そこに立っていた。

ニヤニヤと笑いながら。


「残念だったな。死んでいなくて。最高だよ。この剣の力は」 アルドル公は俺に見せつける様に、大剣―”アザーテスの大剣”―を持ち上げて見せた。

持ち主の願いをかなえる強力な剣だ。


「これで私は全てを手に入れる。この王国もエトレーナもな」


公爵のほおにスーッと血が流れた。小さな傷が出来ている。

俺の攻撃の結果があれだけなのか? 5機の最強の攻撃ヘリが残したものが、ほおの切り傷だけなのか?

俺は歯噛はがみした。


くそっ。俺の兵器はこいつに効かない。


「おや?」

公爵は、人差し指を自分のほおにあて、血が流れているのにようやく気がつく。


「私に傷をつけたのか? まあ、めておいてやろう。流石さすがだよ、カザセ。大したものだ。お前にしては上出来だ」


アルドル公は剣をかがげる。

「改めてわれは願う。カザセ ユウのあやつはがねの化け物よ。空を飛び、地をう異世界から召還されたみにくい魔物よ。お前達の仕掛けが、私を害することは無い」


公爵の言葉に反応して大剣が輝いた。奴は満足そうにうなずく。


「これで完全だ。もうお前の召還した魔物は、小さな傷さえつけることは出来ない」


突然、不時着したヘリから何か音がした。俺たちの乗っていたブラックホークのドアが開いたのだ。 

俺は息が詰まる。ジーナがヘリから飛び出て来る! 


「駄目だっ! まだ、出てくるなっ!」 


「光の矢。お願い!」 ジーナは叫び、彼女の手から魔法の矢が放たれる。矢は、真っ直ぐに公爵に向かって飛ぶ。


公爵はピクリとも動こうとしない。

持っている大剣が光り輝き、ジーナの放った魔法の矢は公爵の目前で消え失せた。


「ジーナ・レスキン。お前の魔法は無力化してある。

あたり前だろう。私が気がついていないとでも思ったのか? それに騎士隊長のカミラ・ランゲンバッハも隠れているな。全部お見通しだ」


まずい。ジーナがやられる。

考えるんだ。どうやって対抗する? どうすれば、こいつを倒せる?

こいつは神じゃ無い。弱点は必ずある。

あるはずだ。何か。


「いい事を思いついたよ。カザセ。お前はレスキンを大切にしていたな。

お前の目の前で、こいつを殺してやる。……いや、いや。それではつまらない。殺す前に、けがしてやるのがいい。泣きわめくレスキンをお前に見せてやろう。カザセ、私に感謝しろ。特等席で、それが見れるんだからな」


公爵の顔は、醜くゆがんだ。こいつは…こいつは…俺への憎しみで、心が腐っている。 


「余計な事は考えるなよ。カザセ。

レスキンがあえぎながら快楽におぼれる姿を、そこでただ楽しめ。

…大剣よ。我は願う。ユリオプス王国 軍団長 カザセ ユウは、身体を動かせない。ジーナ・レスキンのすることを最後まで見届みとどける」


大剣が輝く。


動かない。くそっ、俺の身体が動かない。

ピクリとも動かせない。 


「だが、困ったな。本当に困ったよ、カザセ。私が相手をするには、この女は若すぎるようだ。若すぎる女は趣味じゃ無い。私はエトレーナ一筋ひとすじだ。それに私が相手では、レスキンを喜ばせてしまう。

それはつまらない。しかも貴族ともあろうものが、この場所でいたすのはな。品位に関わるじゃないか。

どうしたらいいと思う? カザセ? どうやったら一番、お前を苦しませる事が出来る?」


ジーナは公爵の話を聞いて、ペタンと地面に座り込む。そして涙を浮かべながら顔をこちらに向けた。


「ユウ。嫌だよ。怖い。

この人は何を言っているの? お願い、ボクを助けて」


「そうだ。いい事を考えたぞ。獣人に相手をさせよう。

丁度いいのが居る。頑丈で強い兵隊だが、欲望が強すぎてな。女を見れば戦いを忘れてしまう困った奴だ。みにくい姿で頭も弱い。女とやることしか考えていない。

レスキンの相手にちょうどいいだろう? ひょっとしたら裂けてしまうかもな。カザセ、どうだ? いいと思わないか? 大切にしている女が泣き叫ぶ声を聞かしてやる。いや、もしかしたらよろこびの叫び声か? 死ぬ前の子守唄だ」


考えろ。考えるんだ。


公爵は剣を天にかがげ言った。「獣人トル・メデート。 勇猛なイプス族の男よ。 我が召喚にこたえここにあらわれよ」


大剣が再び輝き、みにくい毛むくじゃらで、大型の獣人が現れる。身長が優に2m半を超えている。突然召喚されて訳が分からないようだ。

キョロキョロと周囲を見回している。そして公爵を見つけ、指示をあおぐように奴の顔をうかがう。


「よく来たな。今、お前に女をくれてやる。好きにするがいい」 獣人はジーナを見つけると鼻の穴を広げ喜んだ。


「やだ。ユウ。怖いよ。 怖い。助けて」


公爵は、まるで呪文を唱えるように大剣に命令する。

「ユリオプス王国、筆頭ひっとう魔術師のジーナ・レスキンよ。

理性を捨てよ。獣欲に身をまかせよ。

欲望で身体を満たせ。そして獣人トル・メデートの愛を、今ここで受け入れよ」


恐怖に涙を浮かべていたジーナの目が、急に光を失いトロンとする。そしてゆっくり立ち上がる。


駄目だ。ジーナ。


俺は彼女の元に駆け寄ろうとした。

身体よ。動いてくれ。お願いだっ!


ジーナが獣人の元によろよろと進むのを、俺は見ている事しか出来ない。みにくい獣人は、よだれを垂らしながら食い入るようにジーナを見つめる。 


カザセ。考えろ。何か考えるんだっ。 

なんでもいい。何か考え出せ。今すぐだっ!


…そうだ。そうだ。そうだ。

変な事がある。俺はさっき違和感を感じた。何で奴はいちいち、もったいぶった言い方で、長々と大剣に命令する?

何で、人の肩書かたがきまで一々(いちいち)細かく言う必要があるんだ? おかしい。 何で余分な時間をかけ、わざわざ長ったらしい言い方をする? 


ジーナは獣人の元にゆっくりと歩き出した。


獣人は、彼女がそばに来るのを待てないのか、自分から近寄る。そしてジーナの頭を両手で鷲掴わしづかみにした。そして無理やりに自分の方に向かせる。

トロンとした表情でジーナは獣人を見上げた。

獣人は興奮してきたのか、ねっとりとした唾液だえきを彼女の顔に、らした。粘液が糸を引く。


けだものめ。獣人の粗末なズボンの下に、下腹部が大きくふくれ上がっているのが俺には見えた。

ジーナの控えめで可愛らしい胸のふくらみに、節くれだった大きな手が伸びる。俺は目をそむけた。


考えをまとめろ。大至急。


…あの大剣が力を発揮するには、対象を厳密に指定しなければならない。

きっとそうだ。だから、あんな持って回った言い方で命令するんだ。

公爵はさっき何と言った? 俺の兵器が自分に害を与えないように、大剣に対してどう命令した?


俺の兵器のことを、はがねの化け物? 召喚された空を飛び、地をう魔物? そう言ってなかったか?

そうだ。その指定をくぐり抜けるんだ。指定対象外の武器で公爵を攻撃するんだ。


だが、身体が動かない。なんとか、なんとかしてくれっ!


エトレーナからもらった小剣が、震えだし光を発する。

俺の身体は、突然に自由となった。

動く。手が動く。身体を動かせる!

考えるのは後だ。時間が無い。


お願いだ。俺の考え。合っていてくれ。


(妖精! 武器召喚。グロック17だ。早く!)


ジーナは獣人に抱かれながら、自分から唇を合わせようとしている。

間に合えっ! 間に合ってくれ。


右手の手のひらに重みを感じ、樹脂製じゅしせいの自動拳銃―グロック17―が召喚された事を知る。

この拳銃はほとんどの部品が樹脂じゅしで造られている。公爵の指定したはがねの武器という指定から、外れているはずだ。


右手を前に突き出し、自動拳銃のトリガーを引く。

公爵の腹を狙い二発。ジーナを抱き、欲望のままにむさぼろうとしている獣人に、残りの弾丸を全て叩き込む。


俺の攻撃は公爵の不意をついた。奴は俺が自由に動けることを知らない。

「くっ!」 銃弾を腹に受け、公爵はしゃがみ込む。


いいぞ。効いている。ダメージを与えた。

しかし奴は死んでいない。弾の威力が弱められているんだ。大剣の守りがまだ働いている。


公爵はさっき、こう命令した。

”召喚”された兵器で、”はがね”で出来ていて、”空を飛び地をう”兵器はダメージを与えられないと。

グロック17は樹脂製じゅしせいだ。はがねでは出来ていない。

空も飛ばないし、地もわない。 

だが”召喚”という言葉は、グロック17にも当てはまる。恐らくその言葉が公爵を守っている。


なんとかして公爵にトドメを刺すんだ。


獣人は銃弾を浴びて、苦しがっている。拳銃けんじゅう程度では死なないか。化け物め。

ジーナを地面に放り出し、俺に注意を向ける。

それでいい。ジーナを犯そうとするより、俺を襲え。


奴は公爵を守りながら近寄って来る。こいつの相手をすれば、その間に公爵に剣を使われてしまう。


…後ろで何かが動いた。出てきた影が素早く獣人に切りかかる。

そして、影は見知った女の後ろ姿に変わる。カミラだ。


カミラは獣人に接敵せってきすると、彼女の持っている魔剣、ノートゥングを横なぎに払う。 


「ぐふぉ」 獣人の男は奇妙な叫び声を上げた。


魔剣のやいばが、獣人の身体を上下に切り分けていた。 

”切断”の概念自体を封じ込めたその刃は、誰にも防げない。


獣人の上半身が下半身から離れ、ゴロリと転がる。一瞬の間を空け、切断面から血が噴水のように吹き出した。 


カミラはそのまま公爵に斬りかかろうとする。 が、突然、動きを止めて棒立ぼうだちになる。


「…動かない。身体が…動かない。すまない、風瀬殿」


事前に設定された、公爵の願いが発動したんだろう。奴はカミラが俺と一緒に居ることに気がついていた。


公爵が剣を持ってもう立ち上がろうとしている。

時間が無い。


気がつくと、ベルトにはさみ込んだ小剣が眩しく光っている。

そうだ、さっき小剣は俺の身体を自由にしてくれた。 

小剣が俺の味方なのは確かだ。しかし、小剣の力は、大剣に大きく劣る。エトレーナから、そう知らされた。

では何故、小剣は大剣の力を無効化し俺を自由に出来たんだ?


そうか。分かったぞ。


大剣は小剣に干渉かんしょうできないんだ。大剣は小剣の動きを止められない。

多分そうだ。いや絶対そうだ。そうに決っている。

…対抗出来る。大剣に対抗できるぞ。

小剣を武器として使うんだ。大剣は小剣を防げない。そんな願いを小剣は許さない。 


この小剣―アザーテスの小剣―の詳しい使い方を俺は知らない。

しかし、簡単な使い方なら知っている。

切る。刺す。殴る。

それがつるぎの本来の使い方だ。


苦しそうな公爵と目が合う。奴は大剣を持ち上げようとしている。

願いを言わせてはならない


「カミラ、俺にまかせろ」


気がつくと小剣を持ち、公爵を目掛めがけて突進とっしんしていた。

公爵は目を見開き大剣を構える。


バカ野郎。そんな構えで人を殺せるか。

れるものなら、やってみろ。


小剣を両手で握り、走った勢いをそのままに公爵のふところに飛び込む。

公爵が苦し紛れに、大剣を俺の右胸に振り下ろす。

ガンとショックを食らい、俺の胸が大剣にえぐられる。


俺は構わず小剣の刃を、公爵の腹に押し込む。ここは急所だ。

ありったけの力で公爵の腹の中にやいばを沈める。


もっと、もっとだ。


長い時間に感じた。実際は数秒だったろう。公爵の身体が力を失い姿勢がくずれる。俺の身体にもたれかかって来た。


「カザセ…お前にエトレーナは渡さん…お前だけには」 そう言って動かなくなった。

こいつは死んだ。死んだんだ。

安心しろジーナ。


我慢出来ない痛みが俺を襲う。大剣で切られた右胸がけるようだ。 多量の血が吹き出している。立っていられない。

公爵と一緒に、地面に転がる。大剣の威力いりょくを甘く見過ぎた。


ジーナの方を必死に見ようとする。良く見えない。

彼女は大丈夫か? 怖かったろうに、そばに居てやらないと。

もう、怖がらなくていいんだ。伝えてやらないと。


視界が急にせばまる。胸からの出血が多すぎる。


……俺も死ぬのか。


(カザセさん。お願い。死なないでっ! しっかりして。カザセさん!)


俺は願う。自衛隊を辞め、この世界で傭兵をしている風瀬勇は、ここに願う。 まだ生きたい。生きてエトレーナもジーナも救いたい。

死ねない。死にたくない。


もう何も見えない。真っ暗だ。何も聞こえない。

妖精、どこにいる? エトレーナ、もう一度会いたかった…


俺の意識は、ブラックアウトした。

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