突入
◆
皆を乗せたヘリ―ブラックホーク―は、爆音を響かせながらメインローターの回転速度を上げる。
疑似人格のパイロットに合図をすると、ヘリは離陸を開始した。
機体の両脇に装着した大きな外部燃料タンクの姿が特徴的な、ブラックホークは空に舞い上がる。
視界は良好だ。今の時間は夕方だが、日が落ちるまでには2時間はある。そして城までは20分もかからないだろう。
カミラ、ジーナは兵士用の席に着き、じっと床を見ている。やはり空を飛ぶと言うのは怖いらしく、外の景色を見たくないようだ。彼女らはもう、俺が召還する兵器に一々驚かない。しかしそれでも空を飛ぶ乗り物は例外らしく時々、不安げに俺の顔を見る。
ただし、後から追いかけてきて仲間に加わった少年、イクセルは例外だ。窓から空を覗く姿はまるで小さな子供のように熱心だ。飛ぶことを恐れていない好奇心が旺盛な少年らしい。
だが状況的に不謹慎なのは自覚しているらしく、俺に話しかけて時間を使わせることはしない。
妖精が呟くように言う。
(嫌な予感がします)
(ああ。 俺もだ。トライデント・システムの準備をしておいてくれ)
古代神殿が放りっぱなしになっていて、警備の騎士達が誰も残って居なかったのが気にかかる。マナ不足のせいで、倒れている兵士もいなかった。神殿はニューワールドへの入り口である重要拠点なのだ。
誰もいないのは不自然だ。 人々を救おうとして城に戻ったのだろうか?
突然、握っていた小剣が震え出す。
エトレーナから譲られた、限定的で小さな願いだけを叶えてくれると言うアザーテスの小剣だ。剣が収められている鞘ごと振動している。 俺に何かを訴えているようにも見える。
お前は何を伝えたいんだ?
(風瀬オペレーター。操縦席まで来てください。城の周りが変です)
ヘリのパイロットが俺に脳内で呼びかける。
嫌な予感があたったようだ。
◆
パイロット席まで行き、窓を通して前方の景色を見る。城まではあと5kmほど。城門に繋がる街道には、列を作り進軍する兵士達。こいつらは…味方の騎士達では無い……敵だ。恐らくは獣人か。千人程度。
くそっ。こちらが弱ったのを見て、休戦を無視して攻め込んで来たんだ。
俺に負けて疲弊した奴らの国でも、千人程度の兵士なら集められたのだろう。
だが…いくら小規模な敵でも味方は何も出来なかった筈だ。
マナ不足のせいで、味方はぶっ倒れているか、せいぜい動くのが精一杯なんだ。迎撃出来る訳が無い。
攻め込むのは、赤子の手を捻るより簡単だったろう。獣人はマナが無くても活動に支障は無いのだ。王国の人々が倒れ抵抗出来なくなると、チャンスと思い喜んで攻め込んで来たんだろう。
機内の仲間に向かって大声で叫んだ。
「敵が城に攻め込んでいる。獣人どもの裏切りだ」
裏切りの対価は払って貰う。
「妖精。城の前には89式装甲戦闘車を。城の上空には戦闘ヘリを呼べ。
場所が許す限りの最大数を召還。そうだな、装甲車は10両、ヘリは5機だ」
(ヘリの機種は?)
「AH-64D。アパッチを呼べ」
アパッチ・ロングボウ戦闘ヘリは、固定武装として30mmチェーンガンを持ち、スタブウィングには強力なAGM-114 ヘルファイア対戦車ミサイルに加え、各種のロケット兵器を装備可能な重武装、重装甲の最強クラスの攻撃ヘリだ。
(了解。トライデントシステム起動。アパッチ・ロングボウ戦闘ヘリを5機、城の上空に召還。併せて89式装甲戦闘車、10両を城門前に召還。
実体化! 今)
(パイロット! ブラックホークを城の上空に進ませろ。急げ)
(了解しました)
俺の手の中の小剣が、大きく震える。また警告か? もう敵が居るのは分かった。他に何か俺に伝えたい事があるのか?
小剣は何も答えなかった。
◆
ブラックホークが城に近づくに連れ、ヘリの爆音に気がついた敵は進軍の列が乱れ始める。今は敵を無視して、城の上空まで急いで飛ぶ。
召喚されたアパッチ・ロングボウ戦闘ヘリコプター5機が、城の上空で待っていた。
ブラックホークの窓から城の中庭を覗き見る。
獣人だらけだ。出現した攻撃ヘリの群れに慌てふためいている。
中にはこちらを指差している者がいる。城の中に逃げ込む者。門に向かい城外に逃げ出そうとする者。必死に兵士をまとめようとしている指揮官らしき獣人も見える。
敵の兵士達はパニックに陥っている。兵器類の恐ろしさは身にしみて知っている筈なのだ。
味方の姿は見えない。抵抗の後は無い。
…いや。
抵抗の後はあった。騎士達の死体が。庭の角にゴミのように積み上げられている。
俺は淡い希望を持っていた。
もしかしたら…もしかしたら…先の戦いで降伏した獣人たちが、俺たちの機嫌を取るため救援活動をしてくれているのかも知れない…侵攻している訳では無い。一見そう見えるだけだ…それは微かな希望だった。
俺は自分の甘さを嘲笑う。
そんな事がある筈が無いだろう。弱さを曝け出せば、腑まで喰らい尽くされる。お前はそれを、良く知っている筈だ。
「目標、獣人兵士。機関砲の使用許可を与える。攻撃開始」
獣人の兵士に向かってアパッチ・ロングボウの持つM230 30mmチェーンガンが咆哮する。
毎分1200発で発射された機関砲弾が敵兵を襲った。
本来は装甲車両を潰す為の兵器だ。いくら獣人の肉体が頑強だと言ってもチェーンガンの前では、脆すぎる生身の身体だ。
鎧なぞなんの意味も無い。
攻撃ヘリ5機よりチェーンガンの一斉攻撃を受け、獣人達は胴体も四肢も吹き飛ばされ肉片と化す。
突然、脳内に男の声が聞こえた。
(得意そうだな。 ガラクタを扱えると思っていい気になるなよ)
(誰だ?)
(お前を待っていた。カザセ。遅かったな)
男が俺をあざ笑ったのを俺は感じた。
(名乗れ。お前は誰だ?)
(もう忘れたのか? オディロン・アルドル公爵だ。私とエトレーナの関係に首を突っ込っむ下衆は死ね。彼女はお前には渡さん)
忘れかけていた名前を必死で思い出す。確かエトレーナの政敵で、彼女にちょっかいをかけていたエロ野郎だ。移民計画の失敗にかこつけて、王権と女王の両方を手に入れようとしていた男だ。
何故、このマナが希薄になった世界で元気そうにしている? 何で俺の妖精やドラゴンのように脳内に呼びかけられる? 奴は魔術師では無い筈だ。ただの貴族の男にすぎない。
俺は男の言葉で突然気がつく。
エトレーナを俺に渡さない…と男は言っていた。今それをここで言うという事は… つまり…つまり…彼女はまだ生きているんだ。
良かった。本当に良かった。
だが、俺に喜ぶ時間は無かった。
エンジンの爆音が突然に消え失せ、ヘリがガクンと高度を落とす。
パイロットが大声で怒鳴った。
「全エンジン停止! 原因不明。 不時着します!」
◆
ブラックホークは、必死に姿勢を保とうとする。オートローテーションに移行しようしているのだ。エンジンが止まったからと言って、ヘリは必ずしも墜落する訳では無い。ローターを空転させながら滑空し着陸することは可能だ。
オートローテーションと呼ばれる機動だが、成功する保証は無い。
高度、速度に条件がある。
「緊急着陸する! 身体を固定しろ」 俺は後方の仲間に向け叫んだ。
ブラックホークのパイロットである疑似人格は腕が良かった。ヘリはメインローターを空転させながら浮力を維持しつつ、高度を下げながら小型飛行機のように中庭に進入する。
着地!
俺は着地のショックで後ろ向きに投げ出される。周りに身体を十分に保持出来るものが無かったのだ。
とっさに頭を腕でかばったが、左腕をヘリの機材に叩きつけてしまい激痛が走った。
しばらく左腕は、使い物にならない。
(風瀬さん。大丈夫ですか? 痛そうです) 妖精が珍しく心配そうに言う。
(ああ。右手はまだ使える。問題ない)
(アパッチ攻撃ヘリは5機とも上空で待機中です。損害なし。
全機索敵中。しかし公爵の位置が分かりません)
(分かった。位置をなんとしてもつきとめろ。発見と同時に殺せ)
(了解です)
仲間は…ジーナ達は大丈夫か? 俺は腕の痛みをこらえて機内を見回す。
仲間達は青い顔をしているものの、怪我はしていない。座席で身体を固定出来たようだ。よかった。
アルドル公爵の声が脳内に響く。
(カザセ、お前はまだ死んでいないな。いいだろう。出てこい。楽しみが増えた)
公爵は下卑た笑い声を上げる。獲物をいたぶる獣のようにご満悦だ。
俺は相当、奴に好かれているらしい。
エトレーナと無理やり結婚しようとしたのを、俺に邪魔をされたのが相当頭にきていたようだ。
(出てこい。出てこなければ、そこを燃やしてやる。そっちの方がいいか?)
(分かった。待っていろ。今、外に出る)
視界の角、ヘリの床に何かが輝く。
見ると例の小剣が光りながら、ゆっくりと点滅している。
不時着の時に落としたようだ。一緒に連れて行けという事か。
俺は思い出す。
そうだ。こいつは限定的だが願いを叶える剣なのだ。試すなら今だ。
「小剣よ。 アルドル公を殺せ。 気絶させてもいい」
剣は反応しない。こいつの使い方が分からない。
(早く出てこい。腰が抜けたか?) 嬉しそうな、公爵の声が聞こえる。そんなに俺を痛めつけるのが楽しみか。
「カミラ、ジーナ。アルドル公爵が裏切った。恐らく獣人をけしかけて来たのは奴だ。
俺は注意を惹きつける。隙を見て攻撃してくれ。だが気をつけろ。何かとんでもない力を手に入れたようだ」
「カザセ殿。私も一緒に行く」 カミラが慌てた。
「いや、今はいい。奴は君たちが居ることを知らないだろう。手の内を明かす必要は無い」
俺は、まだ動かせる右手で小剣を掴み腰のベルトに挟み込んだ。そして、外に出るためにドアへと向かう。
◆
ヘリの扉を開け、俺は外に出る。
誰もいない。
獣人達も死体以外は、もはや見えない。生き残った敵は既に逃げた後だ。
俺の目前10mあたりに、兵器が実体化する時のような光の固まりが現れ徐々に人の姿をとった。
アルドル公爵だ。
金髪で長身、まあ顔も美男子の部類だろう。しかし自身が持つ下品な欲望が奴から気品を奪っている。
「エトレーナは無事か?」俺は尋ねた。
「人の女を気にする余裕はお前には無い。
…まあいい。教えてやろう。女王の病気は全て治してやった。あんな汚い出来物を持った女を抱く気には成れないからな」
公爵は自分の剣を抜刀した。
…その剣は。
大剣は俺の持つ小剣とデザインが似ている。剣の正体に気がついて、俺は固まった。似ているのではない。刃の長さを除けばまったく同じ格好だ。
間違いない。その剣は…
「おや。この剣を知っているのか? そうだ。これは、願いを叶えるアザーテスの大剣だ」
俺の小剣と対を成す片割れの宝剣。願いを叶えるという王家の秘宝。 すでに役目を終えていたのでは無かったのか。
今の状況は不味い。不味すぎる。
大剣は小剣と違い、ほとんどの願いを叶えられる。
「カザセ、お前に望みは無い。この剣の前にはお前の力は無力だ。
そうだ。冥土の土産に教えてやろう。エトレーナの身体は良かったぞ。俺の腕の中でいい声で鳴いた。治してやって正解だったよ。
さんざん楽しませてもらった。あんな一級品の身体を味わえたのは、俺の人生でもそうは無い。だが俺も意外だった。あれだけ好きものだったとはな」
俺は動揺する
……エトレーナに何をした? 彼女の心を大剣で操ったのか?
腰のベルトに挟み込んだ小剣が抗議するように震える。
(攻撃ヘリ準備完了です。いつでも撃てます) 妖精が俺に囁く。
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*作者注
敵役のオディロン・アルドル公爵は、”秘密”の章で出て来た貴族です。