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突入


皆を乗せたヘリ―ブラックホーク―は、爆音ばくおんを響かせながらメインローターの回転速度を上げる。

疑似人格のパイロットに合図をすると、ヘリは離陸を開始した。


機体の両脇りょうわきに装着した大きな外部燃料タンクの姿が特徴とくちょう的な、ブラックホークは空に舞い上がる。

視界は良好だ。今の時間は夕方だが、日が落ちるまでには2時間はある。そして城までは20分もかからないだろう。


カミラ、ジーナは兵士用の席に着き、じっとゆかを見ている。やはり空を飛ぶと言うのは怖いらしく、外の景色を見たくないようだ。彼女らはもう、俺が召還する兵器に一々驚かない。しかしそれでも空を飛ぶ乗り物は例外らしく時々、不安げに俺の顔を見る。


ただし、後から追いかけてきて仲間に加わった少年、イクセルは例外だ。窓から空をのぞく姿はまるで小さな子供のように熱心だ。飛ぶことを恐れていない好奇心が旺盛な少年らしい。 

だが状況的に不謹慎ふきんしんなのは自覚しているらしく、俺に話しかけて時間を使わせることはしない。


妖精がつぶやくように言う。

(嫌な予感がします)


(ああ。 俺もだ。トライデント・システムの準備をしておいてくれ)


古代神殿が放りっぱなしになっていて、警備の騎士達が誰も残って居なかったのが気にかかる。マナ不足のせいで、倒れている兵士もいなかった。神殿はニューワールドへの入り口である重要拠点なのだ。

誰もいないのは不自然だ。 人々を救おうとして城に戻ったのだろうか? 


突然、握っていた小剣が震え出す。

エトレーナからゆずられた、限定的で小さな願いだけを叶えてくれると言うアザーテスの小剣だ。剣が収められているさやごと振動している。 俺に何かを訴えているようにも見える。

お前は何を伝えたいんだ?


(風瀬オペレーター。操縦席まで来てください。城のまわりが変です)

ヘリのパイロットが俺に脳内で呼びかける。


嫌な予感があたったようだ。



パイロット席まで行き、窓を通して前方の景色を見る。城まではあと5kmほど。城門につながる街道には、列を作り進軍する兵士達。こいつらは…味方の騎士達では無い……敵だ。恐らくは獣人か。千人程度。 


くそっ。こちらが弱ったのを見て、休戦を無視して攻め込んで来たんだ。

俺に負けて疲弊ひへいした奴らの国でも、千人程度の兵士なら集められたのだろう。


だが…いくら小規模な敵でも味方は何も出来なかった筈だ。

マナ不足のせいで、味方はぶっ倒れているか、せいぜい動くのが精一杯なんだ。迎撃出来る訳が無い。

攻め込むのは、赤子の手を捻るより簡単だったろう。獣人はマナが無くても活動に支障は無いのだ。王国の人々が倒れ抵抗出来なくなると、チャンスと思い喜んで攻め込んで来たんだろう。


機内の仲間に向かって大声で叫んだ。

「敵が城に攻め込んでいる。獣人どもの裏切りだ」


裏切りの対価は払って貰う。 

「妖精。城の前には89式装甲戦闘車(そうこうせんとうしゃ)を。城の上空には戦闘ヘリを呼べ。

場所が許す限りの最大数を召還。そうだな、装甲車は10両、ヘリは5機だ」


(ヘリの機種は?)


「AH-64D。アパッチを呼べ」

アパッチ・ロングボウ戦闘ヘリは、固定武装として30mmチェーンガンを持ち、スタブウィングには強力なAGM-114 ヘルファイア対戦車ミサイルに加え、各種のロケット兵器を装備可能な重武装、重装甲の最強クラスの攻撃ヘリだ。


(了解。トライデントシステム起動。アパッチ・ロングボウ戦闘ヘリを5機、城の上空に召還。あわせて89式装甲戦闘車、10両を城門前に召還。

実体化! 今)


(パイロット! ブラックホークを城の上空に進ませろ。急げ)


(了解しました)


俺の手の中の小剣が、大きく震える。また警告か? もう敵が居るのは分かった。他に何か俺に伝えたい事があるのか?


小剣は何も答えなかった。



ブラックホークが城に近づくに連れ、ヘリの爆音に気がついた敵は進軍の列が乱れ始める。今は敵を無視して、城の上空まで急いで飛ぶ。

召喚されたアパッチ・ロングボウ戦闘ヘリコプター5機が、城の上空で待っていた。


ブラックホークの窓から城の中庭をのぞき見る。 


獣人だらけだ。出現した攻撃ヘリの群れに慌てふためいている。

中にはこちらを指差している者がいる。城の中に逃げ込む者。門に向かい城外に逃げ出そうとする者。必死に兵士をまとめようとしている指揮官らしき獣人も見える。 

敵の兵士達はパニックにおちいっている。兵器類の恐ろしさは身にしみて知っている筈なのだ。


味方の姿は見えない。抵抗の後は無い。 


…いや。 

抵抗の後はあった。騎士達の死体が。庭の角にゴミのように積み上げられている。


俺は淡い希望を持っていた。

もしかしたら…もしかしたら…先の戦いで降伏した獣人たちが、俺たちの機嫌を取るため救援活動をしてくれているのかも知れない…侵攻している訳では無い。一見そう見えるだけだ…それはかすかな希望だった。


俺は自分の甘さを嘲笑あざわらう。

そんな事がある筈が無いだろう。弱さをさらけ出せば、はらわたまで喰らい尽くされる。お前はそれを、良く知っているはずだ。


「目標、獣人兵士。機関砲の使用許可を与える。攻撃開始」


獣人の兵士に向かってアパッチ・ロングボウの持つM230 30mmチェーンガンが咆哮ほうこうする。

毎分1200発で発射された機関砲弾が敵兵を襲った。

本来は装甲車両をつぶす為の兵器だ。いくら獣人の肉体が頑強がんきょうだと言ってもチェーンガンの前では、もろすぎる生身の身体だ。

よろいなぞなんの意味も無い。


攻撃ヘリ5機よりチェーンガンの一斉攻撃を受け、獣人達は胴体も四肢ししも吹き飛ばされ肉片と化す。


突然、脳内に男の声が聞こえた。

(得意そうだな。 ガラクタをあつかえると思っていい気になるなよ)


(誰だ?)


(お前を待っていた。カザセ。遅かったな)

男が俺をあざ笑ったのを俺は感じた。


(名乗れ。お前は誰だ?)


(もう忘れたのか? オディロン・アルドル公爵こうしゃくだ。私とエトレーナの関係に首を突っ込っむ下衆ゲスは死ね。彼女はお前には渡さん)


忘れかけていた名前を必死で思い出す。確かエトレーナの政敵せいてきで、彼女にちょっかいをかけていたエロ野郎だ。移民計画の失敗にかこつけて、王権と女王の両方を手に入れようとしていた男だ。


何故、このマナが希薄になった世界で元気そうにしている? 何で俺の妖精やドラゴンのように脳内に呼びかけられる? 奴は魔術師では無い筈だ。ただの貴族の男にすぎない。


俺は男の言葉で突然気がつく。


エトレーナを俺に渡さない…と男は言っていた。今それをここで言うという事は… つまり…つまり…彼女はまだ生きているんだ。

良かった。本当に良かった。


だが、俺に喜ぶ時間は無かった。


エンジンの爆音が突然に消え失せ、ヘリがガクンと高度を落とす。


パイロットが大声で怒鳴どなった。

「全エンジン停止! 原因不明。 不時着します!」 


ブラックホークは、必死に姿勢を保とうとする。オートローテーションに移行しようしているのだ。エンジンが止まったからと言って、ヘリは必ずしも墜落する訳では無い。ローターを空転させながら滑空かっくうし着陸することは可能だ。

オートローテーションと呼ばれる機動だが、成功する保証は無い。

高度、速度に条件がある。


「緊急着陸する! 身体を固定しろ」 俺は後方の仲間に向け叫んだ。


ブラックホークのパイロットである疑似人格は腕が良かった。ヘリはメインローターを空転させながら浮力を維持しつつ、高度を下げながら小型飛行機のように中庭に進入する。 


着地!


俺は着地のショックで後ろ向きに投げ出される。周りに身体を十分に保持出来るものが無かったのだ。

とっさに頭を腕でかばったが、左腕をヘリの機材に叩きつけてしまい激痛が走った。

しばらく左腕は、使い物にならない。


(風瀬さん。大丈夫ですか? 痛そうです) 妖精が珍しく心配そうに言う。


(ああ。右手はまだ使える。問題ない)


(アパッチ攻撃ヘリは5機とも上空で待機中です。損害なし。

全機索敵(さくてき)ちゅう。しかし公爵の位置が分かりません)


(分かった。位置をなんとしてもつきとめろ。発見と同時に殺せ)


(了解です)


仲間は…ジーナ達は大丈夫か? 俺は腕の痛みをこらえて機内を見回す。

仲間達は青い顔をしているものの、怪我はしていない。座席で身体を固定出来たようだ。よかった。


アルドル公爵の声が脳内に響く。

(カザセ、お前はまだ死んでいないな。いいだろう。出てこい。楽しみが増えた) 


公爵は下卑げびた笑い声を上げる。獲物えものをいたぶる獣のようにご満悦まんえつだ。

俺は相当、奴に好かれているらしい。

エトレーナと無理やり結婚しようとしたのを、俺に邪魔をされたのが相当頭にきていたようだ。


(出てこい。出てこなければ、そこを燃やしてやる。そっちの方がいいか?)


(分かった。待っていろ。今、外に出る) 


視界のすみ、ヘリの床に何かが輝く。

見ると例の小剣が光りながら、ゆっくりと点滅している。

不時着の時に落としたようだ。一緒に連れて行けという事か。


俺は思い出す。

そうだ。こいつは限定的だが願いをかなえる剣なのだ。試すなら今だ。


「小剣よ。 アルドル公を殺せ。 気絶させてもいい」 


剣は反応しない。こいつの使い方が分からない。


(早く出てこい。腰が抜けたか?) 嬉しそうな、公爵の声が聞こえる。そんなに俺を痛めつけるのが楽しみか。 


「カミラ、ジーナ。アルドル公爵が裏切った。恐らく獣人をけしかけて来たのは奴だ。

俺は注意をきつける。すきを見て攻撃してくれ。だが気をつけろ。何かとんでもない力を手に入れたようだ」


「カザセ殿。私も一緒に行く」 カミラが慌てた。


「いや、今はいい。奴は君たちが居ることを知らないだろう。手の内を明かす必要は無い」


俺は、まだ動かせる右手で小剣をつかみ腰のベルトにはさみ込んだ。そして、外に出るためにドアへと向かう。



ヘリの扉を開け、俺は外に出る。


誰もいない。


獣人達も死体以外は、もはや見えない。生き残った敵はすでに逃げた後だ。

俺の目前10mあたりに、兵器が実体化する時のような光の固まりがあらわれ徐々に人の姿をとった。


アルドル公爵だ。


金髪で長身、まあ顔も美男子の部類だろう。しかし自身が持つ下品な欲望が奴から気品を奪っている。


「エトレーナは無事か?」俺は尋ねた。


「人の女を気にする余裕はお前には無い。

…まあいい。教えてやろう。女王の病気は全て治してやった。あんな汚い出来物できものを持った女を抱く気には成れないからな」


公爵は自分の剣を抜刀ばっとうした。 


…その剣は。


大剣は俺の持つ小剣とデザインが似ている。剣の正体に気がついて、俺は固まった。似ているのではない。やいばの長さを除けばまったく同じ格好だ。

間違いない。その剣は…


「おや。この剣を知っているのか? そうだ。これは、願いをかなえるアザーテスの大剣だ」


俺の小剣と対を成す片割れの宝剣。願いをかなえるという王家の秘宝。 すでに役目を終えていたのでは無かったのか。 


今の状況は不味まずい。不味まずすぎる。

大剣は小剣と違い、ほとんどの願いをかなえられる。


「カザセ、お前に望みは無い。この剣の前にはお前の力は無力だ。

そうだ。冥土めいど土産みやげに教えてやろう。エトレーナの身体は良かったぞ。俺の腕の中でいい声でいた。治してやって正解だったよ。

さんざん楽しませてもらった。あんな一級品の身体を味わえたのは、俺の人生でもそうは無い。だが俺も意外だった。あれだけ好きものだったとはな」


俺は動揺どうようする


……エトレーナに何をした? 彼女の心を大剣であやつったのか?

腰のベルトにはさみ込んだ小剣が抗議するように震える。


(攻撃ヘリ準備完了です。いつでも撃てます) 妖精が俺にささやく。


――――……――――……――――……――――……――――……――――……

*作者注


敵役のオディロン・アルドル公爵は、”秘密”の章で出て来た貴族です。

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