リミテッド・ウイッシュの宝剣
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俺達は異界の門を通り抜け、元の世界に戻った。着いた場所は、来た時に通った古代神殿の地下だ。
時間が惜しい。石造りの通路を抜けて地上へと急ぐ。早く城に戻りたい。
敵との戦いで無駄に時間を使ってしまった。エトレーナ達は、まだ大丈夫だろうか。
膨れ上がる不安を無理に抑え、俺はカミラ、ジーナと共に通路を駆ける。
「カザセさん! 待ってください。待って!」 背後から少年の声がする。
何だ? 俺を呼ぶのは誰だ?
振り返ると、そこには見知った少年が俺達を追いかけていた。王国の危機を知らせに来た少年だ。
彼は体調が悪かったので、ニューワールドに残ってもらっていた。
「イクセル、どうしたの? 無理しちゃ駄目だよ。ニューワールドで待ってて、と何度も言ったじゃない」 ジーナがびっくりして少年に尋ねる。
イクセルと呼ばれた少年は、俺たちに追いつくとゼーゼーと荒い息を吐きながら呼吸を整えた。そして俺に何かを差し出す。
「…カザセさん。これを見てください。 …エトレーナ女王からもらったこの書類です」
俺は少年が差し出したものを見る。羊皮紙の書類を入れた袋だ。 これには見覚えがある。
エトレーナが、俺に宛てた王権の譲渡書だ。彼女は自分の命を諦め、俺が後を引き継ぐことを望んだのだ。
だが俺は、それを開拓村で断った筈だ。そんな書類を見るつもりも無かった。
俺は王になぞ成る気は無い。彼女は、まだ死んじゃいない。
王をやるつもりなぞ全く無い。
「何でこんなものを持ってきた? 断った筈だ…」
その瞬間、俺は幻影をみる。
少年の持つ書類が突然、魔物に変化し怒りに満ちた禍々(まがまが)しい顔を俺に向ける。
(何で俺を読まない? お前は、女の願いを無視するのか?)
魔物はそう言うと、牙を剥きだし口を大きく開く。喰われる!
…俺はとっさに腕で魔物を避けようとしたが、気が付くとそれは只の書類袋に戻っていた。見た目は何も変わっていない。
「この書類入れの袋は怒ってます。怒ってカザセさんを呼んでいます。僕には聞こえるんです。これは魔法の袋です」 イクセルは言った。
ジーナが慌てて、袋を少年から奪うようにして受け取り、その上に手をかざして目をつぶった。
何か彼女の魔法で調べているらしい。
「王家の専用魔法がかけられてる。悪い魔法では無いと思う。
必要な時に、必要な人間が見ていないと発動する呪いの一種みたい。ユウ、お願い。中身を見てあげて。女王は絶対にユウに見てもらいたかったんだ。ここまでするのは余程のことだよ」
必要な時に、必要な人間が見ていない。ジーナは言った。
そして書類は王権の譲渡書。
まさか。 …そんな。 女王が死ねば、王位は動く。 王権も移動しなければならない。
今がそうだと言うのか。俺は…間に合わなかった…のか。
嘘だ。何かの間違いだ。彼女が死ぬ筈が無い。
あんな元気だったじゃないか。…そうだ書類に何か書いてあるんだ。緊急時に必要な事が。
そうに決っている。
俺は震える手で、羊皮紙を入れた書類袋の封印を解く。
中には十枚程度の羊皮紙。その中の一枚が、俺に向かって叫び声を上げているように俺は感じた。
書類を手にとるが、そこには異世界の文字が書いてある。
「ジーナ。俺には読めない。頼む」
「ユウは異世界の人だものね。分かった。読んであげる」 とジーナは羊皮紙を手に取るが、顔をしかめた。
「ボクにも読めない。この文字はユウにしか読めないように鍵が掛けられているよ」
(妖精。何とかしてくれ。俺宛の文書らしいが、お前でも読めないのか?)
(お忘れですか? 私はあなたと共に在り、あなたの一部です。
大丈夫。 …この書類は、私があなたと同じ者であることを認めました。
ちょっと手ごわい…でも大丈夫、大丈夫。ほら中身を見せなさい。いい子だから。…解読中…解読中…解読中…もう少し。
ほら! 完了です!)
羊皮紙の文字が、突然日本語に置き換わる。
妖精が、俺の視覚に割り込んで文字を修正したのだ。
俺が手にとった書類はエトレーナ自らがが書いたものだった。
内容は、王家所有の宝物のリスト。要は財宝の目録だ。
大したものは残っていない。エトレーナは以前、戦費を賄う為にほとんどの財産は処分した、と言っていた。
リストにあるものは、貧乏な王家に残った安物の宝だ。
何でこの緊急時に、家具だの、見かけ倒しで無価値の装飾品のリストを見なくちゃいけない? 俺はイライラし始めた。
突然、ある品物の名前が光り輝きフラッシュする。
(そこを見ろと言っています) 妖精が頭の中で俺に知らせる。
”アザーテスの小剣”と言う名前が光輝く。別名リミテッド・ウイッシュ(限定された願い)の宝剣と注釈がある。
走り書きのようなエトレーナの文章が書き込まれている。
その文章は言う。
「これは王家に伝わる宝剣の二つのうちの一つです。本来は大剣と小剣のペアで、大剣には、願いを叶える強力な魔法が埋め込まれていました。
だけど、それは先祖が使ってしまいました。これは残った小剣の方です。
小剣も人の望みを一回だけ叶えます。しかし、大きな願いは叶えられません。大剣ほどの力はありません」
そんなものがあったのか。ならばエトレーナの命を救い王国の復活を願えば。
そんな俺の思いを見透かしたように文章は続く。
「私は前に、小剣を試しました。死にそうな人の命を救う願いも、王国の復活の祈りも無視されました。敵を滅ぼすことも、兄たちの復讐も叶いませんでした。
私たちを救ってくれたのは、この小剣では無くカザセ様でした。でも、私に残せるのはこの剣だけです。本当にごめんなさい。
この剣の持ち主は私ですが、命が尽きる時に所有者を変えられます。私が死んだら、剣はカザセ様のそばに自分から行くでしょう。
大した剣ではありませんが、ちょっとした宝物を出すこと位は、この小剣にも出来ると思います。ささやかな私のお礼です。どうぞご自由にお使いください。あなたを愛したエトレーナより」
俺が文章を読み終えると、頭上から小さな光の固まりが降りてくる。
そして、それは小さな剣に変化し石造りの床に落下して鈍い音を立てた。
柄に3cm位の宝石が埋め込まれている。実戦向きの剣では無い。装飾用の宝剣だ。
…宝剣だと…嘘だ…まさかエトレーナの説明にあったアザーテスの宝剣…
この剣が俺の元に来たと言うことは…女王はエトレーナは…
…間に合わなかったのか。 …彼女は死んだのか。
いや。信じない。
…俺は信じない。俺は自分の目で見て、感じた事以外を信じない。
全ては状況証拠だ。諦めるな。心を折られるな。今は自分のやるべき事をやる。
半人前の自衛官だった俺だが、好きな女くらい守らせてくれ。お願いだ。
沸き起こる不安を無視し、押し殺し俺は言った。
「女王が危険だ。急ぐぞ」 俺はそれだけを何とか仲間達に告げ、小剣を拾うと皆を急がせる。
地上へと。
◆
俺たちは神殿を抜け、地上に出た。神殿を警護している筈の騎士達が見あたらない。
「馬がいない」 カミラが言う。騎士達が、ここまで来るには馬が必要なはずだ。
彼女は、気分が悪そうだ。魔法剣士なので普通の人間よりは、マナ不足に耐えられる筈だが本当に大丈夫だろうか。
「空を飛んで戻る。妖精、ロクマルを呼べ。ブラックホークを召還しろ」
(了解。トライデントシステム起動。UH-60JAの実体化を開始します)
雷鳴に似た轟音が轟き、空から三本の光の矢が地上に突き刺さる。トライデントシステムが正常に働き、大質量転移が起こった印だ。
ニューワールドと違って、こちらの世界では召喚に制限は無い。
空から墜ちた光の塊が徐々にヘリに姿を変える。
汎用ヘリのUH-60JAブラックホークが地上に実体化したのだ。
ヘリは陸上自衛隊仕様で、ドアガンで武装している。
「こ、これに乗るの? そ、空を飛ぶの? ボク、飛んだこと無いんだけど」 ジーナが不安そうに言う。
少年―イクセルは、ヘリを見て目を輝かす。
「ジーナ。大丈夫だよ。ちょっと形が違うけど、飛行機なら沢山見たじゃない? 獣人の都市を爆撃した時にさ。でも凄い。こいつに乗れるんだ!」
「ジーナ、非常事態なんだ、我慢して乗れ。なに、王国までは、ひとっ飛びだ」 俺は言った。
俺たちは機に乗り込み、疑似人格のパイロットが離陸を開始する。
胸騒ぎが止まらない。頼む。生きていてくれ。