門の守護者
◆
突然に現れた、ローブを纏った白髪の老人が言う。
「この土地は、真正ユリオプス王国の領土と認められた。お前達が、この門を使うことは許されない。早々に立ち去るが良い」
この老人は異界の門の守護者なのか。そう言えば妖精は、この世界”ニューワールド”は人工的なものだと言っていた。
もしかしたら、この世界を造った者達の仲間なのかも知れない。
どうやら、あのいけ好かない王子が管理者を誑かし、土地を自分のものにしてしまったようだ。そして異界の門は、所有者以外は使えないと言うことらしい。
くそっ。王子の野郎。嫌がらせも大概にしろ。
門が使えなければ、王国に戻れない。
エトレーナたちをこのニューワールドに連れて戻れない。このままでは、王国が滅びてしまう。
土地も門も、奪い返さなければ。
「門の守護者よ。あんたは騙されている。この場所にはユリオプス王国が先に入植している。その証拠に開拓村もある。この土地は俺たちのものだ」
「お前は誰だ? 見慣れない風体だな。余所者が口を挟むな」
「俺は余所者では無い。当事者だ。
王国防衛の責任者で風瀬 勇と言う」
老人は俺を見つめた。
「黒髪の兵士、カザセよ。お前は、この世界のルールを知らない。
自分の土地も守れぬような弱者に権利はやれぬ。
すでに入植していると言ったな? 千人も居ながら大した抵抗も出来ずに、ただ殺されていった者達の事を言っているのか? 弱すぎて話にならん。立ち去れ。生きたいのなら、権利者の真正ユリオプス王国の慈悲にすがって生きよ。奴隷ならば口はあろう」
カミラの顔色が変わる。
シルバームーンが、ムッとして口を開いた。
「つまり管理人さん、あなたはこう言っている訳ね。私たちが弱すぎて土地はやれん、さっさと立ち去れって。
じゃあ、無知な管理人さんに教えてあげる。我がメディシ族はユリオプス王国と軍事同盟を結んだの。王国の敵は我ら竜族の敵よ。それでも王国が力不足と仰るの?
ドラゴンの強さはバカでも知ってるわ。勿論、あなたもご存じでしょ? あと同盟相手を侮辱するのは、我がメディシ族を侮辱するのと同じ。止めて頂けるかしら」
「ドラゴンと軍事同盟? それはそれは。 しかし、お主は族長の娘に過ぎぬ。 違うか? 同盟を結ぶ権限はお前には無い。ドラゴンが、こいつらの為に戦い抜くとは思えない。正式の同盟ならば、儂の耳にも入っている筈」
「そんなこと無い! …お父様は私の言うことなら…きっと正式の同盟を…」 シルバームーンは口ごもった。
確かに俺がシルバームーン結んだ同盟は、族長とエトレーナ女王との間で調印されるまでは仮の契約にすぎない。シルバームーンが協力してくれ頑張っているのは、あくまで個人的な好意だ。
正規の同盟が結べるかどうかはまだ分からない。
だが悠長に待っている時間は無いのだ。
この老人は、自分の領地を守れる実力があるのか、と俺に聞いている。守れないような弱者はニューワールドから去れと。
ならば実力を示すのみ。少なくとも俺は王子の率いる軍に負けたことは無い。
「守護者よ。さっき、ここで起こった戦車同士の戦いを見ていなかったのか?
そこの戦車を見て見ろ。生き残ったのはどっちだ? 叩きのめされて残骸を晒している戦車はどっちの兵器か? それでもこちらを弱者と呼ぶのか?」
俺は10式戦車を、目で老人に示した。
「さっき、やっていた戦いか。まあ、見てはいた。
カザセ。 お前は一体何者だ? その兵器をどこで手に入れた? 見たことの無い戦車だ」
「俺は傭兵だ。インフィニット・アーマリー社に雇われている。 戦車は日本国の10式戦車」
「馬鹿な! インフィニット・アーマリー社だと? お前は…そうか…分かったぞ、オペレーターだな? 戦車は、新型を召還したのか?」 老人が驚く。 会社の事を知っているらしい。
突然、俺の隣に光がまたたき始める。妖精が実体化しようとしているようだ。
スーツを来た人間の姿で、妖精は俺の隣に現れた。
「初めまして。門の管理人さん。我が社の事をご存じですのね? 光栄ですわ。
仰るとおり風瀬は、インフィニット・アーマリー株式会社の兵器オペレーターです。私は、同じく社員の渡辺ユカと申します。どうぞよろしく」
妖精はにこやかな営業スマイルを顔に浮かべ、優雅に挨拶をした。
「この世界に何の用だ? お前等の悪名は知っているぞ。インフィニット・アーマリーと言えば、○○×△▲ □■◆◇ …」
突然、管理人の言葉が、訳の分からない異世界の言葉になる。
いつもは相手が何語を喋ろうが、俺には日本語が聞こえてくるのだ。妖精が同時通訳をして、強制的に言葉を置き換える。
だが今回、妖精は通訳をサボったようだ。聞かれたくない話なのだろう。
(管理人の言葉が分からない。伏せ字だらけとか勘弁してくれ)
(あら、ちょっとした作動不良ですわ。最近調子が悪くて) 妖精は俺の抗議を軽く流し、異界の門の管理人に向き直った。
「我が社に関し、どういう噂を聞いているのか知りませんが、インフィニット・アーマリー社が任務を放棄することは有り得ません。
我々はユリオプス王国を守ります。邪魔する者は我が社の実力を知ることになるでしょう。それで何か不足でも?」
大きく出たな、と俺は思った。今のところ兵器召還システムは調整中で、実力の半分も出せてはいないのに。妖精のはったりだ。
「まさかとは思うが、本気でこの世界に介入する気か?」 心なしか老人が迷っているように見える。
「今回の依頼は、我が社として正式に受理しております。確認したいことはそれだけですか?」
「まあいい…分かった。やむを得ない。この土地に関する真正ユリオプス王国の権利は無効とする。
インフィニット・アーマーリーの保護下にある王国を、奴らが攻め滅ぼせるとは思えん。お前達に門の使用許可を与える。
しかし、いい気になるな。インフィニット・アーマリーがこの世界に介入して来た事実を、我が偉大なる祖先に報告する。何でも望み通りになると思ったら大間違いだ」
「異界の門の使用許可を頂き、有り難うございます。 門の管理程度しか許されていない、下級管理官の処置として妥当だと思いますわ。あなたのボスによろしくとお伝えください」
妖精はにっこりと微笑むと俺に言った。
「さあ、行きましょう。女王を救いに」
◆
門の守護者は不機嫌そうに妖精を睨むと、合図をするように右手を上げた。すると光の柱が現れて、老人の姿を飲み込み消え去る。
「取りあえず、敵からこの土地の管理権を取り上げたわね。
良かった。しかし、よく門の守護者を説得出来たわね。
それとあなた。あんた何者よ?」 シルバームーンは妖精を指さす。
「私は風瀬の同僚です。いつも風瀬がお世話になっております」 妖精は微笑むが、その言い方じゃ、まるでお前が俺の妻みたいじゃないか。
「この人はユウの使い魔みたいなもん。じゃあ門を開くよ」 ジーナがどこか面白く無さそうに、会話に割り込むと開門の呪文を改めて唱え直す。
呪文が終わると、今度こそ大理石の柱のある周りの空間が歪み、向こう側―王国にある古代の神殿の地下―と繋がった。
「さあ、カミラ、ジーナ行くぞ。皆は打ち合わせ通り、ここで待機していてくれ。シルバームーン、後の事は頼む」
「了解よ。あなた達が戻るまで、ここは任して」
俺たちは門の中に飛び込んだ。
◆
光の渦を超え門を通り抜けると、そこは来た時と同じ神殿地下だ。
俺の視覚にシステム表示が割り込む。
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
*警告*
空間転移を検知
トライデントシステムを再接続する
…主回線・副回線 共に接続完了
システムは回復した
コンデイション オール・グリーン
オペレーター:風瀬 勇は、全ての機能を利用可能である
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
元の世界に戻ったので、兵器召喚システムの機能が回復したらしい。
もう何百台でも兵器が呼べる。ニューワールドとは違ってここ王国では、二、三両の戦車しか呼べずに苦労する必要は無いのだ。
「あー最高です。この感覚。呼び出したい兵器を何でもどうぞ! 何千台でもいけそうな気分ですわ!」 妖精が俺の頭のなかで嬉しそうに叫ぶ。
横を見ると、カミラとジーナの顔色が悪い。妖精の嬉しそうな声とは裏腹に相当気分が悪そうだ。
この世界のマナ不足が影響しているんだろう。
「カミラ、ジーナ。大丈夫か? 今ならニューワールドに、まだ戻れるぞ」
「問題無い。今戻ったら、私は後悔する」 とカミラ。
「ボクも大丈夫。しばらくすればマナ圧縮の特性が働きはじめるから。戻るなんてとんでもない」
「了解だ。時間が惜しい。行くぞ」
俺達は神殿の地下から、地上へと通路を急ぐ。