殴り合い
◆
俺は息を飲む。
こちらの進路を塞ぐように5両の重戦車が実体化して来る。
近すぎる! 敵は横一列に並んでいて、距離は200mそこそこしか離れていない。やたら長い主砲を装備している。少なくとも口径120mmクラス。
前面フォルムに見覚えは無い。俺の知らない戦車だ。
砲塔が回転を始める。狙いは言うまでも無く俺の戦車小隊。
こんな接近戦は想定していなかった。重戦車が突然現れるなんてインチキにも程がある。
戦術もクソも無い。力任せの殴り合いになる。
敵は五両。こちらの10式戦車は俺を含めて二両。
後ろには、仲間を乗せた89式装甲戦闘車。
89式の装甲は、敵重戦車の主砲弾に耐えられそうも無い。撃たれたらお仕舞いだ。乗っている仲間が全員死ぬ。
攻撃を10式戦車に集めるんだ。自分の戦車を、89式の盾にすると決める。
「全車 発煙弾を撃て! 89式は10式の影に隠れろ。敵の射線に入るな!」 俺は叫ぶ。
装備しているスモーク・ディスチャージャーが発射される。煙幕だ。
後方の89式を照準し辛くするのが狙いだ。
目の前の表示装置で攻撃を指示。
一番左と一番右の敵戦車を目標に設定する。こいつらから89式に射線が通ってしまっている。
潰す。
味方戦車と目標情報は共有されている。情報ネットワークで戦車同士が接続されているからだ。
「徹甲弾 撃て!」
俺を含む二両の10式戦車が主砲を発射した。秒速2kmの初速を持つ砲弾は瞬時に、敵戦車の前面装甲に弾着。
発射したAPFSDS弾―徹甲弾の一種―は、それ自体には爆発物を内蔵していない。しかしタングステン製の弾芯が超高速で敵を貫通する際に、当たった装甲を粉砕しながら破片に変えて車内にまき散らす。
同時に直径が数メートルはある火の玉を車内に生みだし、乗員を焼き殺す。
着弾箇所から黒い煙が吹き出した。目標の動きが止まる。
二両の無力化に成功。
敵は残り三両。
生き残った全ての敵戦車が発砲。的は俺の戦車だ。
衝撃が来る。
轟音とともに、脳が揺さぶられ、身体を砲弾が突き抜けたのかと錯覚する。
敵三両の放った主砲弾が、砲塔前面と車体の前面装甲に着弾したのだ。貫徹はしていない。する訳がない。
10式の複合装甲は120mmのAPFSDS弾の直撃に耐える。
しかし敵の砲弾は、秒速1kmを超えた速度で前面装甲にぶち当たっている。 貫徹しなくても、砲弾の衝撃が戦車全体を襲う。
ショックを軽減する構造になってはいるが、三発の主砲弾の直撃は流石にヤバい。
「損害は?」
「前面装甲に損傷。主砲、問題ありません」
「次弾、準備。撃て!」
ネットワークに接続されている味方の10式が、指示に従い次弾を放つ。
弾着。装甲を貫徹。対象を無力化。
敵の生き残りは、二両。
続いて俺の10式が主砲を発射する。弾着。無力化。
残り一両。
敵の弾が来ない。装填が遅い。人力で弾を込めているのかも知れない。
自動装填の10式が有利だ。だが、そろそろ敵の弾が来る。
俺は三発の弾を受けている。さらに一発耐えられるだろうか?
「この腐れ○○○野郎~これでも喰らえ!」 上品とは言いがたい、疑似人格の女の声が聞こえる。
89式がランチャーから重MAT(79式対舟艇対戦車誘導弾)を発射したのだ。重MATは誘導タイプの対戦車ロケット弾だ。
隠れていろ、と言った筈なんだが。
重MATが最後の敵に命中する。もう一発の主砲弾を食らっていれば、俺は殺られていたかも知れない。命令違反の89式のお陰で、命拾いをした。 俺はため息をついた。
◆
敵戦車は沈黙し、5つの残骸を晒している。
主砲が開けた穴からは煙が立ち上っている。
俺は、シルバームーンに脳内で呼びかける。
奴は89式の車内で皆と一緒にいる。脳内で会話ができるドラゴンは通信相手として便利だ。
(戦闘終了だ。 そっちは大丈夫か?)
「大丈夫…と言いたいところだけど 何よこの乗り物。ガクンガクン揺れて酷かったわよ。私をなんだと思っているの? そう言えばカミラ殿の顔がちょっと青いかな。まあ生きてるし問題ないわ」
そりゃ戦闘中は、急発進に急加速、急停止しただろう。悪いが多少の揺れは我慢してくれ。
(最初からドラゴンの姿で、外を飛んでた方が良かっただろうに)
「だって、車って言うのこれ? 乗ってみたかったし。ドラゴンの姿に戻って加勢しようとしたんだけど、扉の開け方分かんないし。酷い揺れのせいで立ち上がれなかったし」
…まあ、皆が無事で何よりだ。
俺は距離を詰め、車長用のハッチから顔を外に出し、敵戦車の骸を観察する。
やたらでかい砲塔に、やたら長い主砲の砲身。全体のシルエットはアメリカ製を思わせる。
…良く見れば砲塔は鋳造製じゃないか? 主砲の口径長は120mmのようだが、10式で見慣れている滑腔砲では無い。
…改めて見れば、こいつはシルエットだけは現代戦車に似ているが、旧世代の戦車だ。
(戦車の正体が分かるか?) 俺は妖精に尋ねた。
「ちょっとお待ちを。ここからは本社との回線が繋がり難くて。現在分析中です」
妖精は、考え込んでいるアイコンのような姿を俺の脳内に投影した。芸が細かい。
「…戦車の種別が判明しました。米国のM103重戦車です。通称”ファイティングモンスター”ですね。1950年代の車両です」
おいおい。こんな年代物を持ち出して10式と戦ったのか。しかし想像するより手強かったのは確かだ。
120mm砲は侮れない。10式はともかく装甲が薄い89式にとっては。
「あの小柄の武器商人の女でしょうね。こいつを送ってきたのは」 妖精が呟いた。
俺も同じことを考えていた。
王子にまとわりついていたあの小柄の女が、兵器を調達して来たんだろう。
最初は対物ライフル、次に旧型のRPG(歩兵用対戦車ロケット弾)と年代物の重戦車か。
しかし、これだけ大負けしたら、真正ユリオプス王国の王子にも愛想を尽かされたに違いない。いい気味だ。
いい加減、諦めろ。お前の兵器では俺には勝てない、と武器商人に心の中で告げ、ハッチを閉めて戦車内に身体を沈める。
そして目的地への前進を命じる。異界の門はすぐそこだ。
◆
白い大理石の柱が立つ、異界の門に到着する。
門は林と草原の境目の場所にある。最初に俺達がニューワールドに着いた場所だ。
89式装甲戦闘車からぞろぞろと仲間達が降車する。
カミラも部下の屈強な騎士達も、心なしか顔色が悪い。乗り物と言えば馬車しか無い世界だ。
やっぱり相当、辛かったらしい。
「ユウ! 勝ったんだね。良かった!」 ジーナが俺の懐に飛び込んでくる。
相変わらず元気一杯だ。
彼女の背中を軽く抱きしめながら、俺は言った。
「さあ。王国に戻るんだ。早く異界の門を開いてくれ」
「了解!」
すぐに王国へ戻らないと。エトレーナが待っている。
戦闘で余計な時間を使ってしまった。
ジーナは開門の呪文にさっそく取りかかる。
「…門の守護者、ギルアデールよ。 我は全てを司つかさどる王なり。我が命に従い元の世界への扉を開けよ」 最後にそう唱え、ジーナの詠唱が終了する。
…何も起こらない。
「そんな。呪文はちゃんと発動している。…もう一回やってみる」
「無駄よ」 シルバームーンがジーナを遮った。
「カザセ。私、言ったでしょ? 門の管理権が奪われたって。恐らくこのエリアを乗っ取られたのよ。あのいけ好かない王子とやらに」
くそっ。こんなところで、グズグズしている余裕は無いんだ。
「どうすればいいんだ。早く王国へ戻らないと」
「私がやってみる。門の管理人を呼び出すの。直接、話をしてみる」
シルバームーンはジーナに代わり、前に進みでる。そして大理石の柱に語りかけた。
「管理人のギルアデール、聞いてるんでしょ。 私はメディシ族の族長の娘、シルバームーン。話があるの。姿を現しなさい」
柱が喋った。
「何だ。騒々(そうぞう)しい。竜族の娘が何用だ?」 大理石の柱が光り輝き、霧のようにぼんやりとした何かが現れる。
そして徐々に人間の姿となり、ローブを纏った白髪の老人が現れる。
「この土地は、真正ユリオプス王国の領土と認められた。お前達が、この門を使うことは許されない。早々に立ち去るが良い」 老人は言った。
王子の妨害なのか? どこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ。