武器商人の挑戦
◆
「王国が危ないのか? 一体どうなっているんだ?」
王国の危機を伝える少年の話を聞き、部下の騎士達が騒ぎ始める。
不安になるのは当然だろう。家族が王国に残っているのだ。
騎士の中の一人が俺の側にやって来ると、掴みかからんばかりの勢いで聞いてきた。
「ちょっと待ってくれ! マナってのは魔法を使う時に、使うものだろう? 何でマナが無くなると人が倒れるんだ? 俺たちは騎士だ。マナなんて関係無い。普通の人間にマナなんて関係ないだろ? そんなものは無くても生きていける!」
「落ち着いて聞いてくれ。マナが無くなれば、君たちのほとんどは生きていられない。これまでの長い期間、君たちは濃厚なマナに晒されて生きていた。身体はそれに慣れているし必要としている。
急に無くなれば、身体はそれに耐えられない。それが今、王国で起きてることなんだ。
その情報は伏せられていた。パニックになるからだ。移住を、何でそんなに急ぐのか不思議に思わなかったか? 移住しなければ滅びてしまうからだ。
ただ、もう少し時間があると考えていた。マナの減少速度は予想より遥かに早かった」
「そ、そんな。俺は家族を残しているんだ。何で早く言ってくれなかったんだ…」
「言っても仕方が無かったからだ。王国は獣人たちの襲撃を受けて滅びそうだったから、そちらへの対処が優先された。
それでもエトレーナは第一次移民団を送ったが、結果はどうなった? 俺が言うまでもないだろう。移住を強行しても新天地で殺される。
移住できる望みも無いのに、移住しなければ死ぬ、と言われたかったか?」
「…そうか。そういう事か。だから、そんなに急いでいたのか。
俺は正直、女王の気まぐれにも困ったもんだと思っていたんだ…移住なんかゆっくりやればいい、そう思ってた…そうか…移住できなければ、みんな死ぬんだ」
騎士は俺の腕を掴んだ。
「た、頼む。俺の家族を救ってくれ。力不足だろうが俺も手伝う」
「俺に出来ることは全てやる。約束する。
悪いが手伝いは不要だ。向こうで倒れられたら、仲間の負担が増える」
俺はざわめく騎士たちに向かって声をかけた。
時間が惜しい。すぐ出発しなくては。本当に間に合うのだろうか?
「これからみんなで異界の門まで、大至急戻る。みんなは、そこでシルバー・ムーンと一緒に待機してくれ。俺とカミラ、ジーナは王国に戻って住人をこちらに連れてくる。黒竜が来たら、その場をシルバームーンに任せて逃げろ。
生き延びることを優先してくれ」
車両で移動しよう。早いし、敵が出ても対処しやすい。
俺は、妖精に命令する。
(移動を開始する。89式装甲戦闘車と10式戦車をもう一両召喚しろ。いけるか?)
「いけます。出来ないと、言える訳がないじゃないですか。負荷リミッター解除。全ての警告をオーバーライド。コンディション・レッド上等です!
全システムの強制同期モードを開始。転送開始します!」
小屋の外から、空間そのものが軋み唸る音が聞こえてくる。 召喚の状況を確認する為に、俺は外に飛び出した。
夜明けを迎えたばかりで、周囲はまだ薄暗い。俺の前に、ぼんやりとした光の塊が苦しげに明滅している。
車両の実体化が始まっている。
妖精の頑張りで召喚は何とか成功したようだ。光の塊はそれぞれが89式装甲戦闘車と、10式戦車に変化した。
召喚出来たのは、たった二両の装甲車両…今ある10式戦車を加えて合計三両。しかし、それが現状の召喚システムの限界だ。
俺は久しぶりに見る89式を眺めた。自衛隊での最後のミッション、PKOで輸送部隊の護衛に使ったのがこの89式装甲戦闘車だった。
89式は、戦車隊と随伴して歩兵を運び、必要なら独力で対戦車戦闘も行える車両だ。
この種の装甲車両は、一般に歩兵戦闘車(IFV)と呼ばれる。
もし敵戦車が現れて味方の戦車と交戦状態になっても、歩兵を降ろすこと無しに単独でも戦闘を行える。主力戦車ほどでは無いが、武装は強力だ。
こいつに味方を乗せて、異界の門のある平原まで移動するのだ。
そして、この89式を二両の10式戦車に守らせる。新たに召還した一両を合わせ、10式戦車は合計で二両になる。
89式装甲戦闘車の操縦・操作は擬似人格に任せることにした。
俺自身は、10式戦車の二両のうちの一両に乗り込む。
この小隊規模にも満たない、たった三両で構成される戦車隊を指揮する為だ。
「戦車隊、前進用意! 前へ!」
みんなを89式に押し込み、俺の戦車隊は移動を開始する。
◆
俺は10式戦車の砲塔内にある車長用展望塔に陣取る。
ここは指揮をとる車長の為に、戦車内部で一番視界が良い。
隣には、薄ぼんやりと擬似人格の砲手が見える。妖精と違って各兵器用の擬似人格は、はっきりした肉体を持っていない。存在を意識するとぼんやりと位置が分かる程度だ。
突然、聞き覚えのない若い女の声が俺の脳内に響く。妖精の声じゃない。
「風瀬 三尉 お久しぶりです。呼んで頂いてありがとうございました。お元気そうで安心しました」
「誰だ? 今、俺に話しかけたのは誰だ?」
「私です。 三尉の乗っている10式戦車の後を走っている89式装甲戦闘車です。自衛隊時代にお会いしております」
89式が俺に話かけている? という事は擬似人格か。なんで召喚したばかりの車輌に憑いている擬似人格が、昔の部下みたいに俺に話しかける?
自衛隊時代に疑似人格の部下なんてもったことは無い。あたりまえだ。
「また、ご一緒出来て嬉しいです。自衛隊を辞められたと知って心配しておりました」
(意味が分からない。 どういう事か?) 俺は妖精に助けを求めた。
「擬似人格の記憶が混乱しています。擬似人格は作成される時に、呼び出したオペレーターの記憶を参考にして相性が合うように性格が設定されます。そのプロセスでエラーがあったようです。
この人格は、自分のことを風瀬さんが自衛隊時代に使っていた車両だったと思い込んでいます」
(何てことだ…)
「すみません。人格を消去して作り直します」 妖精は申し訳なさそうに言った。
「やめてください。私は正常です。機能に問題ありません。
せっかく三尉と再会出来たのに消去なんてあんまりです! 風瀬三尉! お願いです。 助けてください! 殺さないで!」
俺は迷った。 こんな訳の分からない擬似人格と一緒に、行動を共にするのか?
しかし”殺さないで”と叫ぶ擬似人格の声は、助けを求めているエトレーナの声と重なって聞こえた気がした。
消去するのは俺にとって無理な話だった。
「待て。彼女を消すな。しばらく様子を見る」
「いいんですか? 不良品ですよ?」
「誰が不良品ですって? 性悪女がどの口でそんな事いいますか? 風瀬さん、ありがとうございます。お優しいのは変わっていませんね」
「誰が性悪女よ。この出来損ない! 立場をわきまえなさい。第一疑似人格に刃向かうとは、いい根性してるわ」
「何よ、性悪で色ぼけの淫乱女! 第一疑似人格がそこまで偉いんですかっての」
戦闘前に口喧嘩やらかすなっ。
今をどういう時だと思ってるんだ? 頼むから集中してくれ!
…お前等、両方不良品だっ。
◆
戦車隊は、異界の門に近づく。
今いる場所は、ニューワールドで最初に着いた平原だ。
門は、もう少し行った先にある林の側にある。
シルバームーンから脳内に通信が入る。
「この辺よ。もう少し行けば白い大理石の柱が三本立ってるわ。そこで魔法を使って門を開けば、元の世界に戻れる。
私がやってあげてもいいけど仕事取っちゃ悪いから、呪文は嬢ちゃんに任せる」
嬢ちゃんってのは、ジーナのことか? また、色々と引っかかるような物言いをする奴だ。
シルバームーンは、最近大人しかったから、こういう女だったのを忘れていた。
敵は、ここまで出て来なかった。戦力増強に急がしくて、攻める余裕が無いのだろう。
そろそろ目的地だ。俺は、戦車隊に速度を落とすように命じた。
その瞬間、シルバームーンの叫び声が聞こえた。
「カザセ。様子がおかしい。待ち伏せよ! 注意して!」
くそっ。こちらのセンサーからも、シルバームーンの感知からも隠れていたなんて。
「止まるな! 全速」 速度を落としていた戦車が慌てて加速を始める。ガクンと言う急加速のショック。
同時に戦車内に警報が鳴り響く! 指揮・管制装置の表示に高脅威目標が表示される。
敵は…RPG(歩兵用対戦車ロケット弾)だ。 三カ所から発射! 来る。
ロケット弾が、炎の尾を引き真っ直ぐにこちらに向かってくる。
「反撃だ! 撃て」
C4Iで連動した二両の10式戦車の主砲が同時に火を噴く。砲弾の速度の方が、RPGのロケットより圧倒的に早い。発射地点の二カ所に10式の放った榴弾が先に着弾した。
殺ったか。
旧型のRPGの射手は自殺志願者のようなものだ。発射位置が丸わかりだ。
敵の撃った三発のRPGが、10式戦車に迫る。
無誘導タイプだ。 全速で進んでいる戦車には当てにくい筈。
二発は逸れた。だが。
がんっ、と言う大きな音がして、俺の乗っている10式戦車に一発のRPGが着弾。 爆発。
砲塔側面に被弾した。増加装甲が吹き飛ぶ。
その他に損害は…無い。 助かった。
「風瀬さんに何すんのよっ!」 擬似人格の大声が聞こえた。89式装甲戦闘車の主砲、90口径35mm機関砲KDEが火を吹く。
一分当たり200発の発射速度で砲弾がRPG発射地点を薙払う。歩兵戦闘車の主砲としては高威力で頼もしい武器だ。
「まだ終わってないわ。何かが転移して来る。門の管理権を奪われてる。
注意して!」
シルバームーンの緊張した声が脳内に響く。
来る!
何かが転移して来る。
戦車隊に立ち塞がるように、大きな眩しい光の塊が5つ現れた。
実体化するその姿は…戦車だ!
転移してきた5つの光の塊は、巨大な戦車に姿を変えていた。
……なんてことだ。重戦車だ。10式より一回り大きい。
それが5両か。 俺はツバを飲み込んだ。