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戦闘開始

状況を改めて説明しておく。俺にしたって何が起こったのか良く分かってないのだから、細かいツッコミは無しでお願いしたい。夢だと思いたいが皮膚感覚も聴覚も嗅覚も、これは現実だと教えている。


今居る所は50じょうほどの広さ。滑らかな石で床が敷き詰められている大きな部屋。天井はやたら高い。

俺の前には、扉を壊しながら入ってくる一つ目の巨人が居る。

手には長いくさりを持ち、くさりの先には鉄球が付いている。当たれば相当痛そうだ。

身長は優に4mを超えているが、人間に比べて動きがのろい。


後ろには銀髪の女。俺に突き飛ばされて床に臥せっている。

痛そうで可哀想だが、鉄球に当って潰れるよりはマシの筈。

女は清楚な美人で好みだ。と言う訳で、現在、俺の保護対象。


さあ、どうする。 

取りえず女を連れて逃げの一手だろう。分からないことだらけだが、逃げおおせてから後のことは考える。

素手で格闘を挑むオプションは却下する。相手は武器持ちだ。俺も命は惜しい。

女に手を貸して立たせ、一緒に向こうの部屋に転がり込む。巨人が追ってくるが、案の定、動きは鈍い

逃げ込んだ部屋の扉は頑丈で、横棒で外から開かないようにする仕掛けが付いている。

急いで閉じ、ロックした。少しは時間が稼げるだろう。


この部屋は10m四方しかなく、ごてごてとした器具や家具のようなもの箱が乱雑に置かれている。出口は今使った扉だけだ。


つまり、閉じ込められた。


「もう逃げられる所はありません」

銀髪女がしゃべった。

気がつくと、俺はまだ女の手を握っていた。あわてて離す。


「逃げ場がないのは、見れば分かる。ところで、あんたは一体何者だ?」


「私はこの国、ユリオプス王国の女王です。エトレーナ七世、エトレーナ・カイノ・クローデットと申します。魔神様」

女は服の腰の部分に手をやり、礼をしようとする。しかし緊張か、疲れのためか、ふらついてうまくいかない。


女王様か。やっぱり、これは夢なんじゃないだろうか?


自称女王―エトレーナ七世―は、説明を続ける。

「今居るこの王宮は攻撃を受け、敵のモンスターたちが城の中にまで攻め込んで来ています。外にはもっと沢山の敵で一杯です」


気が付くと、女の身体は小刻みに震えている。よほど怖かったのだろう。

話を終えると力尽きたようにぺたんと床に座り込み、俺の顔を見上げる。

とりあえず、夢か現実か悩むのは脇へ置いておく。こんな女を死なすのは、例え夢であっても嫌だ。


「あなた方はドラゴンさえ恐れる、強き魔神の一族とお聞きしています。どうか私達をお助けください」


「俺が魔神? 何か勘違いをしている。こっちは普通の人間だぞ」


「まさか…そんなはずない。ちゃんと先祖たちが残した記録どおりに召喚したのに。 残忍で強欲で欲望のままに生きる、しかし強大な力を持つ一族。 悪魔さえも逃げ出す破壊力を持つ魔神。そう書いてありました。何度も確認しました」


…残忍で強欲で欲望のままに生きるとか、初対面の相手に言うセリフじゃないと思う。

案外、女王ってのは本当なのかもしれない。


「悪いが、正真正銘しょうしんしょうめい、俺は只の人間だ」


女の顔から大粒の涙が流れ始める。

「そうですか…ごめんなさい。私どこかで間違えた…。みんなの役に立てなかった…何も役に立てなかった…」

俺は自分が何かひどい事を言っているような気がしてきた。


背後から聞いたことのある声が聞こえる。

「お困りのようですが、ここは、ビジネスライクにいきましょう。風瀬かざせ ゆうさん」

振り返ると、そこには知っている女が宙に浮かんでいた。


「…嘘だろっ。あんた、その姿一体どうしたんだ! 会社の…採用面接で会ったよな?」


目の前の宙に浮かんでいるのは、確かにインフィニット・アーマリー株式会社の採用面接で会った女だった。確か名前は、渡辺ユカ。 


スタイルの良さは変わらない…しかし身長が20cm位しか無い小人なのだ。

しかも、後ろにトンボの羽のようなものが生えていて、細かく羽ばたいている。

絵本に出てくるような妖精の姿と言う訳だ。妖精にしては、若干、色気が過剰かじょうな気はする。


風瀬かざせさん、まずおびを申し上げます。ちょっとした手違いが起こりました。この女王の召喚行為のために、当方のシステムが誤作動したのです。申し訳ございません」

女は律儀に、宙に浮かびながらお辞儀をした。


「結果として間違った案件に、あなたを転送してしまいました。ここは風瀬さんの居た地球ではありません。いわゆる異世界になります。中世ヨーロッパレベルの文明に加えて、若干の魔法が使用可能な世界です。

当社は人手不足でして、本来なら、こちらにまで人を送る余裕はありません。 この世界から何度か呼び出しを受けたのですが、今回の依頼は無視するつもりでした」


異世界だと? あり得ない。俺の就職したこの会社…こいつら一体、何なんだ。

俺は、面倒な奴らとかかわってしまったらしい。


妖精―渡辺ユカ―は人形のような、小さな可愛らしい手を振りかざしながら言った。

「でもご安心ください。この仕事は受けないと言う当社の方針に変わりはありません。さあ、元の世界、日本国にあなたを強制送還します。

ご心配なく。 こちらに居た分は仕事とみなし、給料をお支払いいたします。 当社はブラック企業ではございませんので、その点はご安心を。では、転移準備…」


「いや! ちょっと待て」

はい、と首をかしげる渡辺ユカ。


女王―エトレーナ七世は突然の妖精の出現に声を失い、ただ愕然がくぜんとしている

俺は、固まっている女王を指差す。

「この女はどうなるんだ? 異世界だか何だか知らんが、この場所は明らかに危険だろ。バケモノが攻めて来ているんだぞ!」


「先ほど言ったように当社は人手不足でして、この案件を引き受けるつもりはありません。この方の運命を推測するなら、恐らくサイクロプスに見つかって殺される可能性が高いかと。僅かながら別の可能性もありますが、同性の私の口からは言い難く…」


「一緒に連れて行く」


首を振る妖精。

「当社規約により、それは出来ません」


また、規則か。いい加減にしてくれ。俺の頭にPKOの時の悪夢がよみがえる。

「ならば、俺も戻らない。俺だけが逃げられる訳ないだろう!」


さっき閉じた扉がドンドン音を立て始めた。もう持ちそうにない。一つ目の巨人、サイクロプスが扉を壊そうとしている。


俺は床に座り込んでいるエトレーナ七世を立たせようとした。

不条理な状況に、俺は少し腹が立ってきた。

「渡辺ユカ。見ているだけなら邪魔だ。消えろ。俺は女と一緒になんとかして逃げる」


妖精は、首をかしげながら考えこむ。

突然、ピーピーピーと警告音のような音が鳴り響く。

妖精は、はっとしたような顔になり、何も無い空中に向かって話始めた。

一体、誰と話をしているんだ?


「わざわざご連絡を頂くとは恐縮きょうしゅくです…いえ、何でもありません。ちょっとした手違いです。ええ。…この件は断ります。前からお伝えしているとおりです。え? そんな無茶な! 無理でしょう! 

いや…しかし……分かりました。やむを得ません。お言葉のままに」

溜息をつくと、俺の方に向き直り言った。


風瀬かざせ ゆうさん。 なんと言うか、社の上層部が興味を持ちまして。方針変更です。そんなに彼女のことが気になるのでしたら、この国の防衛を引き受けますか? 当社社員として」


「担当すればどうなる?」


「もちろん業務の一環となりますので、武器・兵器を貸与致します。今直ぐにでも可能ですわ。インフィニット・アーマリー株式会社、“無限の武器庫”の名前は伊達だてではありません。使用可能兵器の一例を御覧ください」

俺の視覚内にコンピューターの表示のようなものが割り込み、文字がスクロールを始める。

人の視覚に勝手に割り込むなっ! 



<<兵器召喚システム トライデント Ver 2.13>> :待機中: 


使用可能兵器(例)

F-15 イーグル戦闘機 全タイプ(派生型を含む)

F-16 ファルコン戦闘機 全タイプ

F-22 ラプター戦闘機 全タイプ

F-35 ライトニングⅡ戦闘機 全タイプ

(続く)


おいおい、どれも現用の戦闘機じゃないか。ご丁寧にラプターやライトニングまで。どこで手に入れるんだよ。

これを貸すと言っているのか? 俺に? 


あり得ない。民間の一企業が、例えPMC(民間軍事会社)でも使っていい機体じゃない。

…だいたい俺は航空機の操縦なんて出来ないんだがな。


「とりあえず航空兵器を表示しました。米国製兵器はお嫌いですか? ちなみに貴国のF-2も召喚可能です。なんでしたらロシア製でも」


「室内戦やろうってのに戦闘機のリスト見せてどうするつもりだっ! て言うか俺は戦車と装甲車しか乗ったこと無いぞ。今必要なのは銃器だ。

見りゃ分かるだろっ。持ってるなら銃を貸せ!」


ドンッと大きな音がした。俺はあわてて扉の方に目を向ける。

ど真ん中に穴が空いている。そこから、よだれを垂らした巨人の顔が覗きこむ。

もう間に合わない。


「銃が欲しいですか。じゃあ、この仕事、引き受けますね? するんですよね? 間違い無いですよね? 安全な地域での仕事を希望されていましたが、ここはバリバリの戦闘区域です。死んじゃう可能性も若干じゃっかんあります」


そんなことを言ってる場合か?

「いい。分かった。

やる。やってやる。担当する。

だから武器をよこせっ!」


この会社の正体はPMC(民間軍事会社)だ。くそっ。

俺は、またもや兵隊になっちまった。


「わかりました。口約束でも有効ですからね。後で文句は言わないでくださいっ」

渡辺ユカは、してやったりと微笑む。


「風瀬 勇を登録いたします。社員番号 A7655424、召喚権限S01を付与。当社の兵器召喚システム、トライデントの使用許可を与えます」


巨人は扉を完全に壊し、巨体をこの部屋にねじ込んできた。

「早くっ! 今すぐ」


「ご要望の銃は?」


「何でもいいっ。 いや。 あるなら89式小銃を! 自衛隊のアサルトライフルだ!」


「了解。緊急モードでシステムを再起動。接続OK…認証OK…承認が完了しました。兵器召喚システム正常に稼働中。Type 89 Assault Rifle 転送開始します。実体化、今!」


俺の目の前に光の塊が現れ、見慣れた小銃の形に変化する。

慌てて掴み確認する。紛れも無く陸上自衛隊の89式5.56mm小銃だ。弾倉は装着済。

ずっしりとした重さが心強い。


扉を破った巨人が、ゆっくりこちらに歩いてくる。部屋は狭く、邪魔な物が散乱している。この部屋では、敵さんお得意の、鎖付き鉄球は使えないだろう。奴は近づいて力任せの肉弾戦を挑むつもりだ。


切り替えレバーをセミオートにし、腹を狙う。使い慣れた武器だ。考えなくても身体が動く。

敵までの距離5m。室内戦闘の開始。


トリガーを立て続けに五回引き、聞き慣れた射撃音を聞いた。全弾が命中。

分厚い布で作られた、化物の貧相な服が赤黒い血で変色していく。

一つ目の巨人―サイクロプス―は、自分の腹を覗き込み、何が起こったのか理解したようだ。

大きな一つ目を血走らせ、咆哮ほうこうする。血走った目で俺を憎々しげににらみながら、歩みを早めた。嘘だろ。効いてないのかよ。


これだけ命中弾を出しているのに、敵の動きが止まらない。

距離3m。


恐怖を覚えたことは認めよう。俺だって怖い時には怖い。

腹を狙うのを止め、頭を狙う。

十発以上撃つ。半分以上は巨人の目に当たり、視界を奪うことに成功する。


目が見えないはずの敵は、最後の力を振り絞り突っ込んでくる。


逃げるべきだったかも知れない。しかし、俺はその場から動けなかった。巨人の頭を狙い射撃を続ける。

そして頭に五発以上の命中弾を出す。


運良く、何発かが脳を貫いた…のだと思う。ようやく巨人は前のめりに床に横たわり、自分の造った血だまりの中に沈む。


俺は荒い息を吐いた。 不覚にも手が細かく震えている。

保護対象の銀髪の女王の様子を確認する。無事だ。

女王は倒れているサイクロプスをじっと見つめている。

ついでに妖精も確認。一応同僚らしいからな。大丈夫、こっちも無事だ。


妖精が口を開いた。

「サイクロプス相手にアサルトライフルでは力不足のようでしたね。軽機関銃、出来れば重機関銃を召喚すべきだったのでは? 当社の社員になったからには冷静な判断を期待します」


こいつは、かなりくちうるさそうだ。同僚は無口なのにして欲しい。

「ここは狭い室内で、周囲の壁は硬い。機関銃でばらまかれた弾の跳弾で死にたいのなら先に言っておいてくれ。次回からはご期待に沿うぞ」


「…考えがあったのなら、教えておいてください」


 俺は妖精を無視して、銀髪の女王に声をかける。

「大丈夫か? 立てるか?」


女王―エトレーナ七世は床にぺったり座りながら、前方に横たわる巨人を凝視ぎょうししていた。俺に声をかけられるとビクッと反応し、あわてて、こちらの顔を見る。


「だ、大丈夫です。助けて頂いてありがとうございます」


「自己紹介が遅れたな。俺は風瀬かざせ ゆうと言う。日本人で元自衛隊員だ。繰り返すが正真正銘、普通の人間の男だ。魔神とかじゃない」


「にほん? じえいたい? それは魔術師のようなものなのでしょうか?」


妖精が割り込む。 うるさい奴だ。

「風瀬さん。あなたは試用期間中とは言え、インフィニット・アーマリー株式会社の社員です。元自衛隊員ではなく、そっちを名乗ってください。社員としての自覚が足りないです」


ええい、今は呑気のんきにお話し合いをしている場合では無いはずだ。

まだ、危険が去ったとは思えない。


耳を澄ますと、何処からかモンスターらしきもののうなり声や剣戟けんげきが聞こえてくる。

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