女王-エトレーナ七世(=エトレーナ・カイノ・クローデット)
◆
王子と黒竜は姿を消し、取りあえず危険は去った。
カミラとシルバームーンを連れて、俺はジーナ達の居る場所に戻り始める。
10式戦車を先頭にして俺達は進む。戦車が持つレーザーセンサー、ミリ波レーダー、赤外線の各種センサー類を使って周囲を警戒中だ。
魔法による攻撃はシルバームーンが見張っている。
敵の動きは無い。
俺はカミラの事が気になっている。先ほどから言葉少なく何処か上の空だ。時々何事か考え込む。
王子を仕留め損なったのを悔しがっているのか、開拓民の仇を討てなかったのを悔いているのか。
それとも、自分の力不足を恥じているのか。
力不足に関しては俺も同罪だ。
彼女の事が心配になり、近づいて話しかける。
「カミラ。奴らと戦う機会はこれからいくらでもある。自分を責めるな」
カミラは力なく微笑む。
「…意外だな。カザセ殿は、戦わない道を見つける…とか言うのかと思っていた」
「あいつらとは決着をつけるしかない」
奴らはヤバい。狂信者の匂いがする。交渉は不可能だろう。
王子が俺に言ったことは、”お前が守っている者は殺すか犯すか奴隷にしてやる。部外者は邪魔だから去れ”と一方的に言っているのに等しい。
数百年前の恨みを理由に、今の開拓民の千人を皆殺しにする奴らなのだ。
恨みに思っている事件と言うのもどこまでが本当のことなのか、怪しい話だ。
それでも、俺は休戦に持ち込みたかった。それは確かだ。
別に人道的な理由からでは無い。
今の俺たちの戦力では、一方的に勝てるよう戦いを組み立てるのは難しい。
戦うなら、俺の能力が元に戻ってから戦いたかった。
兵器召還システム・トライデントが性能を取り戻してから開戦すれば、奴らの戦力程度なら確実に潰せる。
シルバームーンには悪いが、黒竜の一匹なら俺だけでどうにでもなる。
だが…。休戦の線は消えてしまった。
現状の戦力で何とか戦うか? それともニューワールドへの移住を少し待つか?
敵の情報もまだ不足している。今分かっている事は、あいつらは正気じゃないと言うことだけだ。
「カミラ。何か敵に関して思いつくことはないか? ジーナの推測や、自称”王子”のクルト・シュピーゲルの話から考えると、あの王子は、ユリオプス王国が成立する以前に争った何処かの領主の子孫のようだ。
王子の先祖は住人を連れて、ニューワールドに逃げて力を蓄えていた…その他に何か分からないか?」
「その時代ならば、細かな争いはいくつもあったろう。しかし奴が言っているような戦いを私は知らない。
…カザセ殿、あれの言うことを、まともに受け取らない方がいい」
王子の言っている事を全部信じている訳では無い。
しかし、俺はあいつらの事をもっと知りたかった。
王国に戻ったらエトレーナに聞いてみた方が良さそうだ。
◆
ジーナたちが待っている林に近づく。誰かが木々の間から飛び出してこちらに駆けだして来た。
「ユウ! 良かったあ。本当に良かった。ボクの嫌な予感が当たらなくて良かった」 ジーナだ。
胸に飛び込む彼女を、俺は軽く抱きしめた。
君の予感は半分は当たっていたよ。俺たちは結構やばかった。
…と内心では思ったが、これ以上心配させる必要は無かろう。
彼女から強く抱きしめられ、俺は戸惑う。
この抱きつき方は、どう見ても恋人同士の包容だ。泣きながら見上げるジーナは、顔を近づけ俺に押しつけてくる…
シルバームーンが腕組みをして、こちらを睨んでいるのはどういう理由だろうか。
出来るだけ何気なくを装い、ジーナを傷つけることも無いように、俺はゆっくりと紳士的に身体を離す。
「風瀬さんの守備範囲が大幅に広がったようですね。主に年下方向に。それはもう凄い勢いで。10式の装甲くらいなら余裕で貫徹しそうですね」
妖精が皮肉っぽく、俺の脳内に囁いた。
(五月蝿い)
人間じゃないお前には分からない。男だからしょうがないんだ。
◆
俺たちは、開拓村に到着する。
切り落とした材木を組み上げた丸太小屋のような家、200棟以上が大きな広場を囲むように建てられている。
住人たちは大部分が広場に集められて、そこで殺されたようだ。
数百の死体が散らばっている。
この世界では腐敗は、ゆっくり進むようだ。
死んでから3週間以上は経っている筈なのに、見た目に腐敗の兆候は無い。
「主な死因は、魔術師の使う”赤光の矢”の攻撃ね。かなり高位の魔術師の仕業よ。
一回の魔法で最大数百の矢が出現、目標を自動で追うの。あっという間の出来事の筈だった筈」 俺と一緒に死体を調べたシルバームーンが言う。
住人を埋葬し、祈らなければならない。ユリオプス王国の国民は宗教心に篤い。
このまま死体を放っておくのでは、生き残りの国民の方が耐えられなくなる。
ジーナの計算によると、次に王国への転移門を開けるのは四日後だ。
門はこの世界の月の満ち欠けの影響を受ける。いつでも通れる訳では無い。
三日間は、埋葬と祈りに使える。
俺はその後、王国に戻ることに決めていた。ここに居残るのはやはり危険だ。
敵の情報を少しだけ手に入れたが、向こうもこちらの戦力を知った。
敵は準備が出来次第、確実にこちらを襲う。
しかし、そうは言っても敵も準備に時間がかかる筈だ。例えいくら兵士を集めてみても、シルバームーンの攻撃の前では誤差範囲だ。
もっと大型の兵器を持ってくるか? 黒竜以外の竜を連れてくるか?
だが、こちらには戦車もあるし、銀竜のシルバームーンも居る。
確実に勝とうと思えば、かなりの戦力がいる。
俺は妖精から良いニュースを貰っている。彼女がシステムの調整を頑張ったせいで、兵器をもう1、2台は呼べそうだ。
黒竜一匹で、のこのこ来るようなら迎撃出来るかも知れない。
ジーナとシルバームーンの魔法に助けてもらいながら、俺たちは村人を埋葬した。それでも埋葬が終わるまでに三日は丸々かかった。
最後に、皆と死者に祈りを捧げる。
この世界の神が、異教徒である俺の祈りを聞いてくれるかどうかは分からないが。
明日は、異界の門を通って王国に戻る。何とか敵の攻撃に合わないで済んだようだ。
◆
王国に帰る当日の朝、俺はシルバームーンに叩き起こされる。開拓民が使っていた粗末な小屋の中にある、ベッドを借りて眠っていた。
いくら魔法で補助されているとは言っても重労働で疲れていたのだ。
「誰か来る。起きて!」 シルバームーンが俺を揺さぶりながら言う。
同時に村の外で見張りについていた10式戦車から連絡が入る。
「赤外線で侵入者を探知した。非武装の男が一名。帯剣している男が一名。
村の門に向かって走ってくる。射殺するか?」
「警告射撃だ。当てるなよ」
「了解」
異変に気がついたカミラが、部屋に飛び込んでくる。
「カザセ殿。何事か?」
「侵入者だ。皆を起こす。
カミラとシルバームーン 俺と一緒に来てくれ。他の人間も準備させておけ。戦闘になるかも知れん」
侵入者は二人だけか? 人数が少ない。
いくらなんでも二人で殴り込みとは、殺してくれと言っているようなものだ。
もう交渉は決裂しているのだ。
もしかすると…生き残った住人が戻って来たのか? いや、それは無い筈だ。 報告と矛盾する。
では一体何者だ? 俺は胸騒ぎがした。
10式戦車が侵入者を、光で照らしている。若い男…と言うよりジーナと同じ位の年齢の少年だ。よく見れば彼女の魔術師仲間だ。
もう一人はユリオプス王国の騎士団の服装。味方だった。
「撃たないで! カザセさんに会いたいんだ。早くっ」 少年が叫ぶ。
「風瀬はここに居る。一体どうした?」
少年は俺を見つけると、駆け寄って来る。
「陛下が。エトレーナ女王陛下が…」 荒い息で彼は続けた。
異界の門からここまで走って来たらしい。呼吸が苦しいのは当然だろう
「エトレーナがどうしたんだ?」
「死にそうなんです。もう保たないかも知れない。
早く…早く…早く戻ってあげてください。カザセさんに…会いたいとだけ言って…そのまま…」
思考がフリーズする。そんな。あんな元気だった…じゃないか。
…きっと何かの間違いだ。
そうだ。そうに決まっている。
妖精が何か話かけて来るが、俺の耳には届かない。