一触即発
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「それでもお前は、ユリオプス王国を守ると言うのか?」
どうやら、この男―真正ユリオプス王国 第一王子を名乗るクルト・シュピーゲル―が俺と会おうとしたのは、説得して防衛を止めさせるのが目的だったらしい。無駄な事だ。
この男は無抵抗の開拓民を惨殺している。何を言っても聞く気は無い。
奴は、俺の苛立ちに気づいていないようだ。
「お前は部外者だろう? 余計な真似をせずに手を引け。ゴミ共の味方をして死にたいのか? 金も女も、望みのものはくれてやる。さっさと元居た場所に戻るがいい」
「断る」
俺は子供の頃から面倒見の良いガキで有名だった。この程度で手を引く訳も無い。
「愚かな。そんなに死にたいのか。では望み通りにしてやろう」
「…カザセ殿。私に任せて欲しい。こいつは…こいつは…許せない。
無抵抗の人間を殺し、我が栄光あるユリオプス王国を、塗り固めた嘘で名誉を汚す…許さん」 カミラの忍耐も、とうとう限界のようだ。
彼女は魔剣ノートゥングを抜刀する。
刀身は青く輝き、キーンという甲高い作動音を響かせた。
魔剣がいつも発する、唸るような低い警告音では無い。耳が痛くなるような高周波音だ。
だが、すぐに音は聞こえなくなった。周波数が人間の可聴域を越えたのだろう。
カミラの怒りを表しているように、刃が輝きを増す。
「ほお。威勢のいいことだ。お前は、まあ見れる身体をしている。
相応しい取り扱いをしてやろう。一生男どもの相手をして、ベッドから出てこないで済むようにな」 クルト・シュピーゲルは言った。
魔剣を向けられているのに平然とした態度だ。
カミラの顔が怒りのために一瞬で紅潮した。
「ぬかせ」 切り掛かる。
素早い動作で敵に逃げる隙を与えない。刃は正面から王子の首筋を薙払う。
…やったか。俺は思った。
魔剣ノートゥングの刃が相手に触れれば、そこで勝負は終わりだ。
全ての防御は無効化され、刃に封じ込まれた"切断"の概念が結果に変換される。
だが。
「…バカな。何故止まる?」 カミラは唸った。
渾身の力を込め薙ぎ払った筈の魔剣が、王子の直前で停止している。
良く見ると、剣の周囲には黒い霧のようなものが漂って、それが剣の動きを止めているようだ。
「面白い剣だな。綺麗なマナの輝きがある。だが当たらなければ、どうと言うことはあるまい」
人の姿をとっている竜が呟く。
剣を止めたのは、この黒竜、ラスティ・カッパーの仕業か。
「今度はこちらの番だ、カザセ。お前にはがっかりだ。もう少し頭がいいと思っていたのだがな」 シュピーゲルはウンザリしたように俺を見る。
「お褒めに預かり光栄だ。第一王子」
「愚かな黒髪の異邦人よ。さっきお前に言われた言葉をそのまま返そう。
ドラゴンに守られていると思っていい気になるな。お前の銀竜では黒竜には勝てん。相打ちさえも叶わぬ夢だ」
黒竜はシュピーゲルの横に立ち、空中で止まっているカミラの剣をつまらなそうに見つめている。
その黒竜にシュピーゲルは命じた。
「ラスティ・カッパー。カザセと銀竜を殺せ。生意気なこの女騎士は生かしておけ。後で私に刃向かった報いを、直々に与えてやろう」
シルバームーンは唇を噛んで黒竜を睨む。
黒竜は簡単な相手では無い、と言うことか。だがそれは分かっていた事だ。
「10式。聞いているな。弾種徹甲。
全てを、黒竜に叩き込む。撃ち方用意」
敵に聞こえるように、俺は声に出して10式戦車に命令する。
「黒竜。俺の戦車がお前を狙っている事を忘れるな。
こちらを攻撃すれば、主砲を打ち込む。弾芯は特殊金属製だ。
音速の二倍の早さで発射され、連射速度は一分当たり15発。お前の防御は耐えられない」
黒竜は笑みを浮かべた。
「あそこで転がっているガラクタの事を言っているのか?」 黒竜は数百メートル先で待機している10式戦車を顎で指した。
「はったりは止めておけ。あのガラクタからはマナの煌めきを感じない。魔法を使わずに動く仕掛けなぞ、玩具にすぎん」
「お前には、あれが玩具に見えるのか? 10式は俺の世界の人間達が、技術の粋を集めて造りだしたものだ。
使ったものは科学力。求めたものは誰にも負けない抑止力。 よく見ろ。その性能を見抜けないと言うなら、お前の目は節穴だ」
黒竜は、俺の言葉に目を細める。10式戦車の巨大な44口径120m滑腔砲が自分を狙っているのを改めて見た。
シルバームーンが、俺たちの会話に割り込んだ。
「ラスティ・カッパー。私が黙って見ていると思わないで。 銀竜が黒竜に勝てないって誰が決めたの? こちらを攻撃すればあなたは、戦車の砲弾と私のブレスを浴びることになる。勝てると思うならやってみなさいな」
…この流れでは勝負と関係無く、俺は死ぬ。
ドラゴン同士がこんな近くで戦えば、周囲の人間が生き残る望みはない。
まあ、カミラのような美人と死ねるんだから、まだマシな死に方か。
黒竜は俺を睨んだ。
来る。ドラゴンの攻撃だ。
俺は死を覚悟した。
「…王子よ。ここは引き下がろう。お前の安全を保障できない。
この男、カザセは嘘を言っていない。結果は相打ちになる」
クルト・シュピーゲルはわざとらしく、驚いた表情をした。
「面白い。黒竜ともあろうものが尻尾を巻いて逃げるのか?」
「今、戦いたいなら勝手にやってくれ。俺はこの場は降りる」
黒竜はシュピーゲルの皮肉を受け流し、俺の顔を見ると捨てぜりふを残す。
「カザセ。この勝負は預けておく。次回が楽しみだ」
シュピーゲルがつまらなそうに言う。
「私が思ったより、今は不味い状況という事か。まあ、いいだろう。 カザセ。今度はエトレーナを連れてこい」
一瞬、俺たちは睨み合った。
しかし王子と黒竜は、突然興味を失ったように、ゆっくり俺たちに背を向け歩み去って行く。
距離をとって俺たちの話し合いを見ていた、武器商人らしき小柄の女が慌てて、大声をあげながら後を追う。
「王子。こいつの戦車なら大したことはありません。
時間を頂ければ私が対処出来ますー」
「避弾経始にもなっていない不細工な砲塔を持つあんな旧式戦車。装甲は張りぼてです。
流線も形作れない劣った技術。大した世界の戦車ではありません。私から装備を購入ください。少し値は張りますが、あんなのは一撃です。
お待ちください、王子!」
今まで黙っていた妖精が口を開いた。 と言っても俺にしか聞こえない。
「あの小柄の女が言っていたことを聞きましたか? 興味深いです」
(ああ。面白いことを言っていた。10式が聞いたら笑うだろうな)
あの女が言っていた避弾経始とは、装甲を傾斜させて砲弾を弾く構造のことだ。
浅い角度で装甲に当たった砲弾は、弾かれて戦車の構造にダメージを与えられない。例えば、二世代前の74式戦車の砲塔は避弾経始の為に流線型の構造をしている。
昔はそれでも有効だったのだ。
現在の超高速で飛来する徹甲弾は、傾斜なぞ無視してそのまま突き刺さる。
それでも貫通を防ぐのが10式が装備している複合装甲だ。装甲自体を傾斜させても砲弾を弾く効果は期待出来ない。
敵は前の戦いで、奴らは対物ライフルで戦車を攻撃し、避弾経始でない装甲を劣っていると信じている。
つまり、彼らの戦車に関する知識は古いのだ。
「悪いニュースと良いニュース。悪いニュースは、この世界にも戦車がある。 だから武器商人は驚かなかった。良いニュースは戦車はあるけど旧型らしい、ってとこでしょうかね?」 妖精は呟いた。
(そのようだな)
気がつくと下着が、冷や汗を吸ってびっしょりになっている。
俺も修行が足りないようだ。
とりあえず、今は皆の命を繋いだことを喜ぼう。