敵
◆
殺られた。……そう思った。
シルバームーンの放った数十本の光の矢が、俺めがけて突き刺さる。
だが、それは錯覚だった。白く光る矢の群は高度を上げて俺の頭上を通り過ぎ、後ろへと飛び去っていく。
慌てて振り返った俺は、矢の飛び行く先を目で追った。
光の矢の群は急速に速度を上げると、数百メートル先にある森の中の一点に吸い込まれた。
爆発。膨れ上がる光の球。
数秒経ってドーンと言う破裂音が、ここまで聞こえてくる。
「残念。今は人間形態だしこんなもんか。まだ、敵に生き残りが居る。
反撃来るわよ。注意して」シルバームーンが告げる。
「どういう事だ。一体、何を攻撃した?」
竜の少女はニヤリと笑う。
「あなた達の開拓村を襲った敵よ。移民団を皆殺しにした奴らが、あそこに居る。兵士を引き連れた魔術師が、こちらの様子をうかがってた。
術で隠れてたけど私には通用しない」
「こんなに早く敵が来た…俺たちは気づかれていたのか?」
「あなた達、転移門使ったでしょ。使えば周りにすぐ分かるのよ。警報鳴らして大声で叫んでいるようなもんだわ。本当に何も知らないのね」
言い方が癪に障るが、何も知らないのは残念ながら否定出来ない。
「ユウ。何か来る!」ジーナが叫ぶ。
赤い光の矢が数十本、敵のいる森から返礼のように発射された。
「あの赤い光。見覚えがある。開拓村を襲ったあいつらだ。
くそっ」 カミラが喘いだ。
「”赤光の矢”か。人間にしちゃあ、まあまあの魔法ね。
いいわよ。遊んであげる」 シルバームーンは呟くように言うと、掌を敵に向かって突きだす。
シルバームーンの術が発動。
青い光の防壁が俺達を覆い、周囲の景色が屈折し僅かに歪む。
俺が彼女を戦車で撃った時に、身体を守った光のシールドと同じものだろう。
敵の放った矢の群は、光の壁にぶち当たり消滅する。
「今度はこっちの番よ。見てなさい」 シルバームーンが魔法の詠唱に入る……が予想外の事が起こった。
どんっという大きな音が響き、俺たちの居るところまで衝撃が伝わる。
何かが高速で、シルバームーンの魔法の防壁に当たったのだ。
敵からの攻撃だ。
さっきの矢じゃ無い。何か別のもの。
シルバームーンは驚き、敵が潜む森を睨む。
光の壁にぶち当たった何物かが、ゆっくりと地面に落ちる。
…俺は、それを良く知っていた。
潰れた金属の塊。衝撃で先端が押し潰れた弾丸。
弾丸だと?!
かなり大口径の弾だ。この世界にこんなものが?
打ち込まれた箇所の、光の防壁の輝きが弱まっている。
少女のドラゴンは、美しい顔を歪ませた。
「何よ。これ。あんたの戦車の砲に似ている。魔力を感じないのに、盾を破壊された」
「注意しろ。来るぞ」
待機中の10式戦車より俺に報告が入る。
「前面装甲に被弾。損害無し。
1時方向、距離600、対物ライフルと推定」
10式も攻撃を受けている。対物ライフルだって??
昔は対戦車ライフルと呼ばれていた大型の銃だ。
俺達は一体、何者と戦っているんだ。相手は魔術師じゃなかったのか?
少なくとも二丁の対物ライフルが俺達と10式戦車を狙っている。
…いいだろう。
潰してやる。
考えるのは後だ。対物ライフルごときで、主力戦車に刃向かった結果を受けとれ。
「弾種対榴。撃てっ!」
10式戦車の主砲、44口径120mm滑腔砲が火を噴く。砲弾は、多目的対戦車榴弾(HEAT-MP)。
装甲の貫徹能力は、APFSDS弾に劣るが、装甲目標にも、非装甲目標の両方に有効な汎用性の高い弾種だ。
もちろん、対人戦闘においても強力な破壊力を誇る。
超音速で着弾した砲弾は炸裂し、敵を凪払う。
五発の主砲弾を潜んでいる場所に叩き込むと、敵は静かになった。
反撃は無い。
「殺ったか」
声を潜めて戦況を見ていた皆が、口々に話出す。
「もう大丈夫なの?」
「…カザセ殿。敵…住民を殺した奴ら…仇はとれたのだろうか」
「お見事。残った敵は逃げたようね」
念のため戦車を前進させ、俺達は車体の後方に位置をとる。
併せてシルバームーンとジーナが俺達の周囲に防御の魔法を重ねがけした。
敵の奴らは魔法に加えて、対物ライフルを使う。…俺の同業者が混じっているのだろうか?
だが、それにしては敵の攻撃は妙だ。現代の主力戦車、ましてや最新型の10式に対物ライフルなど無意味なのに。
自分の位置を知らせて反撃を受けるだけだ。敵は、まともな対戦車装備を持っていないのかも知れない。
正規軍の出身者では無いのだろう。そう納得しようとしたが、何かが俺の頭にひっかかる。
俺は脳内で妖精に話しかけた。
「あいつらに心当たりがあるか? 同じ会社の同僚が向こうで戦っていた…なんてオチは御免だぜ」
妖精は憮然とした声で答えた。
「我が社を信用してください。インフィニット・アーマリー社の戦場管理は洗練されています。そのような事はあり得ません」
「では、あれをどう考える? あいつらは対物ライフルを使っていた」
「分かりません。データ不足です。しかし製造数が多く、構造が単純な武器のいくつかが、異世界に流出している可能性はあります。あくまで推測ですが」
そうなのだろうか。
いずれにしろ少し落ち着いたら、このニューワールドにおける武器・兵器について調べなくては。
「一応、本社に当たっておいてくれ」
「了解です。多分、分からないとは思いますが」
「それと一刻も早く、兵器召還システムの調整を済ませて欲しい。もっと沢山の兵器が必要になりそうだ。俺達の置かれている状況は思ったよりヤバい」
「努力しますわ」
「カザセ」
呼びかける少女の声が背後から聞こえる。 俺は振り向いた。 もちろん声の主はシルバームーンだ。
「私が居て良かったでしょ? そうよ、私はあなたの命の恩人。敵に気がつかなかったら、どうなっていたかしら?」
やはり彼女の外見はエトレーナに良く似ている。しかし胸の方はかなり残念だ。 その薄い胸を張って得意そうにしている。
本人は威張っているつもりらしいが、エトレーナに比べるとあまり貫禄はない。可愛らしいのは確かだが。
その銀髪の美少女は俺に問う。
「命の恩人に向かって、同盟結べないからとっとと帰れ、なんて言わないわよね?」
それとこれとは話が違う…のではあるが、ニューワールドの状況は想像以上にシビアだ。助け合うしかないかもしれない。
問題は、こちらの兵器召還システムが最小限しか動かないことだ。早めになんとかするしかない。
調整が済むまでは、他者の助けを借りることも必要か。例えばこの風変わりなドラゴンの力とか。
それに、こいつは悪い人間には見えない。俺はそう思う。
決心し、竜の少女に片手を差し出した。
「分かった。よろしく頼む」
シルバームーンはきょとんとして俺の手を見た。
「”あくしゅ”とか言う人間の習慣?」
「そう。挨拶の一種だ。ドラゴンと人間の同盟を祝して」
おずおずと差し出された彼女の手を、俺は軽く握り返す。白くて柔らかな小さな手だ。
「役得よね。美少女の手の感触は如何?」 妖精が面白そうに割り込んできた。
「バカいうな。相手の正体はドラゴンだぞ。それより召還システムの調整を早く頼む。今更、兵器の召還出来ません、あんたの国も守れません、ではシルバームーンに殺されるぞ」
「分かってますって。ああ、私もドラゴンと握手したかったな」
竜の少女は、俺を見るとニッコリと微笑んだ。
族長である自分の父親のところへ、手ぶらで帰らなくて済むので安心したのかもしれない。
◆
俺たちは10式戦車を先行させ、その後ろから全滅した開拓村へ向かって進み始める。
平原で見晴らしが良く、身を守る遮蔽物がほとんど無いのが気に食わない。しかし目的地までは、平原を横切るルートしかない。
俺の右後方には、何かと俺のそばに居たがる魔術師のジーナが歩いている。
もしかして、シルバームーンをライバル視していて彼女の近くに行きたくないのだろうか?
そうだとしても、何で俺とそんなにひっつきたがるのか訳が分からない。
今は小銃を抱えているので、腕を掴むのは勘弁してもらっているが、そのせいか少し機嫌が悪い。
左後方には、シルバームーンだ。
彼女は周囲を警戒しながら歩き、時々、睨むように遠くを見る。
ドラゴンの視覚は魔法で強化されているらしい。頼もしい。
さっきの敵は俺も気づけなかった。
状況が落ち着いたら、シルバームーンの村に出向いて族長に会わなくてはならない。
同盟を正式に締結するのだ。
いや、本来はエトレーナが出向くべきか。俺にしろシルバームーンにしろ女王なり族長の代理に過ぎない。
女王のエトレーナと相談もせずに、勝手に同盟を決めて悪いことをしたが、説明すれば理解してもらえるだろう。
カミラは部下を引き連れ、後方を歩いている。
どうもカミラとシルバームーンの仲が悪いようで、俺は気になっている。
シルバームーンは癖のある性格だが、悪い人間には見えない。お互い上手くやって欲しいところだ。
小さな林が見えてきた。
あそこで一旦休憩しよう。全滅した開拓村に入る前に再度カミラに確認したいこともある。
村で起こった戦闘について再確認したいのだ。