同盟
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俺達と同盟を結びたいと申し出たドラゴン、シルバームーンは俺をじっと見つめる。
「さて、何から知りたいの?」 竜は言った。
一体この少女の姿をした、風変わりなドラゴンの言うことを何処まで信用出来るんだろうか。
「カザセ殿。こいつの言うことは信じられない。大方、全てが面白半分の戯れなのだろう。
人間など、こいつらにとっては暇つぶしの玩具に過ぎん。遊び飽きたら次の瞬間に我らを喰らうぞ」
カミラはシルバームーンを睨みながら言う。剣はだけは鞘に納めているものの、敵対的な態度はそのままだ。
「おまえなんか大っ嫌いだ」 俺にしがみついたままでジーナが言う。
「酷い言われよう。あんた達なんか食べないわよ。
私を何だと思ってるのかしら。それと面白半分でやってるとか冗談じゃない。私は真剣なの」
そして竜は馬鹿にしたように、カミラを眺めた。
「ああ、さっき言ったことが、気に障ったのね? じゃあ一応謝っておいてもいいわよ」
これでは喧嘩だ。この竜もカミラも気位が高い。
収まりがつかなくなりつつある。シルバームーンも人を変に挑発するからこうなるんだ。
俺は話に割り込んだ。
「大体、ドラゴンが何で同盟を結びたがる? 最強の魔物なんだろう?」
シルバームーンは、ようやくカミラから視線を外すと俺に答えた。
「最強? そう言ってもらえるのは光栄だけど、そう言えるのは条件によるわ。そういえばあなた達、ニューワールドのことロクに知らないのよね。
いいわ、カザセ。とりあえず、そこから話す」
シルバームーンは説明を始めた。
それによると、ここニューワールドは色々な異世界から来た流れ者の集まりらしい。
流れて来た理由は、種族により様々だ。元の世界の環境が変化して生存に適さなくなり、逃げ出して来た者たち。
凶暴過ぎて元の世界から叩き出されたもの、単に冒険を求めてニューワールドに来た好き者の種族もいる。
彼らのやって来る方法は、俺たちと同じ。誰が造ったか分からない、怪しげな門を魔法で開いて転移してくる。
「…と言うわけで、元の世界を追い出された凶悪な化け物もやって来る。大概の種族はそこまで酷くないけどね。
でも、ここニューワールドではドラゴンといえ最強の種族とは言えない。もちろん、弱い方ではないから、なんとか最近までは我々だけでやってこれたのだけど」
「…何が起こった?」
「大気中のマナが不安定になってきたの」
俺は愕然とする。
…勘弁してくれ。俺達はマナを求めて、この世界に移住しようとしてるんだぞ。
全ての魔力の源たるマナ。マナが無ければ魔法は使えない。
このニューワールドでもマナが不足するとしたら、エトレーナ達は一体どうしたらいいんだ。
彼女らの身体を蝕むマナ不足の病気―醜い出来物のことも気になる。…エトレーナは最終的には命を奪う病気だと言っていた。
「嘘だっ! この世界はこんなにマナが溢れているじゃないか。不安定だなんて大嘘だ…」 ジーナが叫ぶ。
「いいえ。嘘では無いわ。人間の魔術師さん。
大気中のマナが極端に減ってしまう期間が出てきたの。その間はマナが激減して、長ければ数ヶ月続く。終わればゆっくり元に戻るけど。
半年ほど前に起こったマナ減少は特に酷かった。魔法がほとんど使えなくなって、狙っていたかのように敵が、敵が…、私達の村に攻めてきて…」
シルバームーンは、その時のことを思い出したのか悔しそうに唇を噛む。
「…一番上の兄が犠牲になって殺された。カザセ、あなた言ったわね。私達は最強だと。最強なのは、魔力をふんだんに使える時だけ。
魔力の源であるマナが希薄になれば、私達を守る最強の防護力はもはや使えない」
シルバームーンは俺の目を射るように、じっと見る。
「まあ、その最強な筈の防護も、誰かさんに破られたんだけどね。カザセ」
…そう言うことか。シルバームーンは、マナ無しで動く戦車に驚いていた。
俺の戦闘力はマナに依存しない。マナなんてなくても兵器は動く。つまり…
「ようやく分かったようね。
そう。マナ不足の期間、私達を守って欲しい。その代わり、私達ドラゴンもあなた方を守るわ。マナさえあれば、ドラゴンはそう簡単に負けない。
私達は最強の種族の一つ。そうなんでしょう?」
「何処が最強なのさ? ユウには敵わないぞ」 とジーナ。
「カザセ殿。私は反対だ。とても信用出来ない」
シルバームーン。だから、人を挑発するのは上手いやり方じゃないんだ。
交渉相手の感情を害して、皆が敵に廻ってしまう。悪手だ。
「へー。じゃあ、いいわ。あんた達とかおまけだし」
シルバームーンは、俺だけを見る。
最悪だ。
「あなたさえ来ればいい、カザセ。私達を守って。対価は払う。あなた雇われてるんでしょ?
私達は豊かよ。ドラゴンは宝物を貯めこんでいる、その噂は真実。
報酬はあなたの言い値でいい」
彼女の態度は、相変わらず強気に見える。しかし俺には、エトレーナが必死に助けを求めていた時のイメージが重なった。そう感じた理由は分からない。
多分、気の迷いだろう。なんと言っても相手はドラゴンだ。最強の種族の一つなのだ。
過度に同情する必要は無い。
黙っている俺にシルバームーンは、答えを急かした。
「いくらでもいい。さあ言って。私達の方があなたを高く買う」
突然、俺の脳内に妖精の乾いた笑い声が響く。
(今は、笑うところじゃないだろう)
「可笑しくて。このドラゴンの少女、あなたのことを何も分かっていない。 提示すべきは金じゃないのよね? 提示すべきは か・ら・だ」
妖精は意味ありげに言った。いや、お前も俺のことを誤解してると思うぞ。
俺は妖精に尋ねた。
(参考に教えてくれ。王国を見捨てるのは論外だ。
任務を放棄するつもりはない。これからするのは、もしかの話だ。
仮に他国、例えばドラゴンの国を防衛対象としたとしたら、会社としてはどう考える?)
「当社が請け負った仕事はユリオプス王国の防衛です。この仕事は信用が第一。いくら報酬を積まれてもインフィニット・アーマリー株式会社は、請け負った任務を放棄することはあり得ません。それについてはカザセさんと同意見です」
でも、と妖精は続けた。
「彼女の言う同盟は、王国防衛の役に立つかも知れません。任務を継続するという条件つきで、オペレーター風瀬 勇に判断は一任します。
その条件でなら、他国の防衛を行ったとしても私は文句を言いません。しかし可能なのですか? 私達の力は今、制限されています」
現在、兵器召還システム・トライデントの能力は制限されている。
呼べる兵器は、せいぜい数台。 これで二つの国は守れない。
俺の右腕が強く握られる。ジーナだ。見ると不安そうに俺を見ている。
大丈夫だ。俺は君たちを裏切らない。
安心させようと、片方の手でジーナに軽く触れ、俺はドラゴンに向き直る。
やはり断るしかない。
「シルバームーン。君たちも困っているのは確かなんだと思う。しかし俺の力は今、制限されているんだ。いつ力が完全に戻るかは分からない」
召還システム・トライデントは現在、調整中だ。
妖精は頑張るだろうが、調整はいつ終わるか分からない。
「悪いが、そちらを手伝う余裕は無い。それに、君らはやはり強者だ。
何とか対処出来るだろう。俺が守るべきはやはり…」
「あんたの言う条件は、全て飲むって言ってるのよ! 調子だってすぐ元に戻るでしょ? それぐらい待つわ」
どこまで能力が戻るかは未知数だ。 余計な期待を持たせるつもりも無い。
「残念だ。 すまない」
「そう。…そうなの。…分かった。
でも私は、手ぶらで村に戻る訳にはいかないの」
シルバームーンは、突然両手をあげて短く何事か呪文を叫ぶ。
魔法が発動。
現れたのは、数十本の光の矢。シルバームーンを守るように周囲の空間を漂う。
少女の姿のドラゴンは、続けて光の矢に攻撃目標を指示するように俺を指さす。
馬鹿な。俺を殺す気かっ!
「10式!」 俺は戦車に重機関銃の発砲を命じようとする。
「!」 ジーナが慌てて魔法を唱えようと腕を水平に延ばした。
カミラが魔剣を抜刀する。
全て間に合わなかった。
数十本の光の矢が、同時に襲いかかる。