シルバー・ムーン
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透き通るような青い空を背景に、銀白色のドラゴンが飛んでくる。たまたま奴が進んでいる方向に俺たちが居た―のだったらとてもラッキーだがその線は薄い。高度を落としながら、こちらに向かって来る竜の姿は、どう見ても俺たちが目的だ。
今更、隠れても遅い。
騎士たちがざわめく。
「何でこんなとこをドラゴンが飛んでるんだ?」
「知るかよっ!」
「せめて一太刀」
「そんな、なまくらな剣で通じるかっ! 相手はドラゴンなんだぞ」
ジーナに教えてもらった事を思い出す。ドラゴンは、エトレーナたちの世界における最強の魔獣。通常の武器は皮膚を貫けず、貴重な伝説クラスの魔法武器のみ攻撃が通る。
強大な魔力を誇り、人間たちの魔法をことごとく無力化する。竜種により炎、風、水、光、闇など異なった属性を持つ。例えば炎属性の竜のドラゴンブレスなら、数百メートル四方を超高温で焼き尽くす。
一言で言うなら、今の状況は絶体絶命。気に食わない。
「妖精、聞いているな。トライデント・システム起動だ。兵器を召喚するんだ! 急げ」
「何言ってるんですかっ! 現在調整中なんですよ。無理に動かせば暴走します。この辺一帯が吹き飛ぶかも知れませんよ」
「いいからやってくれ。起動しろっ! 今すぐ。ドラゴンに殺されるよりマシだ」
妖精のため息を感じる。そしてシステムからの表示が、俺の視界に割り込んだ。
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
*警告*警告*警告*
オペレーター風瀬勇より強制起動命令
事前テストを省略し、兵器召喚システム・トライデントを緊急始動する
始動の失敗により、空間崩壊の可能性あり
システム起動準備
…始動開始
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
こういう時の俺は運がいい。爆発なんて起こさない。多分な。
ドラゴンをぼーっと眺めているジーナに声を掛ける。
「ジーナしっかりしてくれ! 攻撃するんだ。俺も手伝う」
「む、無理」
「大丈夫だ。上手くいく。早く!」
彼女は、不安そうに呪文の詠唱に取り掛かる。
ブーンと言う低い唸るような音が近くで聞こえる。
カミラの持つ魔法剣が唸っている音だ。ドラゴンに反応しているらしい。鞘の中から警告音のように鳴り響く。
彼女は魔剣を抜刀し、構えた。しかし俺はドラゴンと接近戦をやるつもりはない。
妖精の声が脳内に響く。
「現在、システム起動中。兵器は何を呼びますか? 一台だけですよ。 二台以上は絶対無理です。絶対絶対無理です!」
どうする? 対空機関砲か、戦闘ヘリか? それとも戦闘機か?
いや、どれもドラゴンの装甲を貫けないんじゃないか?
早く決めるんだ。迷ってる時間は無い。
「10式だ。 10式戦車を呼べ」
俺は結局、一番慣れている兵器の名を呼ぶ。
戦車くらいの大きさの、弱々しい光の塊が草原に現れ明滅する。
いつものトライデント・システムの動きじゃない。不安定だ。
妖精よ、早く安定化しろ。
ジーナの呪文が完成し、魔法が発動する。
ごーっと言う、空気の流れる大きな音がする。耳がつーんとする。
前方を見ると、雲まで連なる漏斗状の巨大な竜巻が三つ発生していて、ドラゴンの進路を塞ぐように移動を始めている。
こちらに風は吹いてこない。しかしドラゴンの近くでは、大木がなぎ倒されながら宙に吹き飛ばされている。流石は魔法の竜巻。いいぞ。
これでドラゴンはこっちに飛んでこれない。竜巻はドラゴンに近づき、巨大な漏斗で呑み込もうとする。
ようやく10式戦車が実体化する。
俺は戦車の主砲弾でドラゴンを貫くつもりだ…だが…竜巻の起こす強烈な突風に、弾頭の進路が狂わないだろうか?
でもジーナが頑張っている。無理して撃つ必要も無いかも知れない。
だが突風の心配なぞ、する必要は無くなった。
竜巻が突然消えてしまったからだ。
ドラゴンが竜巻に向かって、翼を大きく羽ばたいた。すると、まるでロウソクの炎が消え去るように、勢いが弱まり消えてしまったのだ。
竜巻など存在しなかったように青空が俺たちの上空を覆う。
「ああっ」ジーナが喘ぐ。
青空を背景にドラゴンは空中で停止する。そして俺たちを見下ろした。
何故か攻撃して来ない。青空を背景に、白銀の巨体が優雅に翼を羽ばたかせて底止しているその姿は、シャクに障ることに美しかった。
俺には、ドラゴンが「その程度か?」と、嘲笑っている気がした。
待ってろよ。その余裕めいた態度をいつまで続けられるか。
「弾種、徹甲。 目標、前方のドラゴン。撃て!」 俺は10式戦車に主砲発射の命令を出す。
轟音が轟く。
対空モードに設定された指揮・射撃統制装置が、装甲の貫徹に特化したAPFSDS弾を打ち出したのだ。
弾頭は最新の主力戦車の前面装甲さえ貫通する、徹甲弾Ⅲ型だ。
安定翼をつけたタングステン製の騨芯が、秒速2km弱の速度でドラゴンを襲う。
この距離なら、ほとんど発射と同時に着弾する。回避なんて間に合う筈もない。
しかし着弾の直前、ドラゴンの身体を青い光が守るように包み込む。
着弾!
その刹那、ドラゴンを覆う青い光がガラスの破片のように砕け散って、周囲に飛び散った。
ドラゴン自体は…墜ちていない。相変わらず空中に留まっている。
APFSDS弾が効いていないのか? なんて防御力だ。
しかし、俺は気がつく。奴の左右の翼の動きが同期していない。右の羽ばたきが、左に比べて遅い。
ドラゴンは、苦しげにゆっくり高度を落とし始めた。
効果はあった。主砲弾のダメージはとおっている。
「次弾…」俺は10式に次騨の発射を指示しようとした。
「…その辺にしといてくれない。挨拶しに来たのに、攻撃でお出迎えとかあんまりでしょう?」
「誰だっ? 今、喋ったのは?」
妖精が口を挟む。
「そこのドラゴンが話したんですよ。女の子なんですね」
目前のドラゴンの凶暴な姿と、脳内に響く女の声が結びつかず俺は混乱した。
「考えてることがダダ漏れなんですけど。失礼な男ね。私の容姿に文句付けてくる男は久しぶり」
「敵わないと見て降参か? 情けないな」 俺はなんとか憎まれ口を叩く。
「ブレスを吐かないで、攻撃を我慢してるのが分からない? 平和な訪問だって認めて欲しいんだけど。
じゃないと、そこの生意気で無礼な男を、私の絶対零度の氷のブレスで、カチンカチンにしたくなってくるわ。あんたのことよ」
「何しに来た?」
「お話をしに。平和的な訪問って言ったでしょ。それ以外に何するのよ」
確かにこっちを攻撃する気なら、ドラゴンブレスを吐かれて俺たちは全滅していただろう。
ドラゴンは話を続けた。
「あんた達、ニューワールドの新参者じゃない? お隣さんとは仲良くするのが普通だと思うんだけど。ここの情報も欲しいんじゃないの?」
「分かった。ゆっくり降りろ。変な真似をするなよ」
「しないわよ。そっちこそ、これ以上撃たないで。痛いんだから。
私の防御の魔法を貫通するなんて反則だわ」
白銀色の身体を持つドラゴンは、俺たちの上空に来るとゆっくり降下を始めた。
翼の羽ばたきが、どことなくぎこちない。主砲弾のダメージがやはり残っている。
「カザセ殿。いいのか? 奴が移民団を全滅させた犯人かもしれないんだぞ」 カミラが気に入らないように尋ねる。
「奴は違うだろう。犯人の可能性は低い。問答無用で移民団を虐殺した敵だとしたら、やってる事がちぐはぐだ。
なんで俺たちを攻撃しない? 今、この瞬間でもブレスを吹けば、全員あの世行きだ」
納得いかないような顔で、剣をドラゴンに向かって構えるカミラに俺は言った。
「剣を下せ、カミラ。残りの騎士団のみんなもだ」
ドラゴンは地上に着陸した。
すると、突然ドラゴンの姿が消え去り、少女が現れる。
ドラゴンが変身して人間の姿になったということか。
少女の姿に変わったドラゴンは、どことなく雰囲気がエトレーナに似ている。 もう少し歳が若く見えるが。
肩から羽織ったガウンのような服を身に付けている。
ドラゴンのクセに。俺好みの美人ってのが気に食わない。
「この姿の方がお好み? ええと…」
「風瀬 勇と言う。ユリオプス王国より派遣された、この調査団のリーダーだ」
「カザセって言うの? 名前だけはいいわね。性格悪いくせに。
私は竜族の一派でメディシ族の者。族長の娘で名前はシルバー・ムーン」
「そっちも名前だけは、可愛らしいな」
シルバー・ムーンは俺を睨んだ。