出発
◆
俺たち調査団がニューワールドへ旅立つ日になった。
結局、カミラの必死な願いで調査団には彼女が参加し、ラルフが王宮の守りのために居残ることになった。
昨日は簡単ながら、旅の無事を祈る食事会が設けられ調査団のメンバーと飲み食いした。
カミラは物静かだったが、ラルフとジーナは盛り上がった。同行する予定の騎士団の剣士たちも気のいい奴らだった。
祝いの席で出された食事は、野鳥や獣の肉を焼いて簡単なソースをかけたものや、野菜のスープなどシンプルなものだった。しかし長らく戦乱にあったこの地では、精一杯のご馳走の筈だ。
だが中々美味い。ありがたく頂戴した。
米の飯は当然ながら食えなかったが、冷凍食品で簡単に済ませることが多かった俺には、十分すぎるご馳走だった。
昨夜は、久しぶりに酔っ払って床についた。
今日は、早朝の出発だ。早めに起きて着替えているとノックの音がある。
「誰だ?」
「私です。 エトレーナです」
エトレーナとは、もう別れの挨拶はした。皆と一緒だったが。
急いで扉を開けると、彼女は急いで部屋に入って来る。
着ている服はいつもの執務用のフォーマルなものではなく、部屋着のような薄着だ。
「やあ。おはよう。いよいよ今日だな」
「やあ、ではございません。私に何も言わずに、そのまま発たれるおつもりだったのですか?」
いや、いや。挨拶はしたよ。昨日。
「挨拶は…」
全部は言えなかった。 エトレーナが抱きついてきたからだ
「私も一緒に行きたかった…」
そう。当初はエトレーナも調査に同行することを強く主張した。
女王の立場で危険な土地に赴くのはいかがなものか、と俺がさらに強く反対したので、結局のところ彼女は諦めた。
俺の方に反対せざる得ない事情があったからだ。
何かあった場合、女王を守りきる自信が無かった。特に今回の任務は危険過ぎる。
「言った筈だ。今回は無理なんだ」
渋く言ってるつもりのセリフの裏で、俺はエトレーナの身体が気になってしょうがない。
彼女の服は薄く、身体のラインがもろに分かる。こちらも着替えの途中で薄いシャツしか身に着けていない。
均整のとれた美しい身体を、そのまま自分の肌に直に感じながら彼女を抱く。
結果、胸やら何やらが、そのまま押し付けられている状況だ。
そして、エトレーナの髪の匂いと女の甘い体臭に俺は包まれる。
「…でしたら、今はこうしてカザセ様のご無事を祈らせてくださいませ。それともう一つ。お祈りしたい事がございます」彼女は甘く囁く。
「どういう願いだ?」
「カザセ様が、カミラと間違いを起こしませんように」
いや。いくらカミラでも、気に喰わないからっていきなり俺に切りかかって来ないと思うぞ。
もう仲直りしてるし。その点は大丈夫だ。
「カミラの美しさは家臣の中でも際立っています。私は心配しているのです。カザセ様は美人と見ると節操がございませんし、カミラもカザセ様に気がある様子」
一体何処をどう見たら、カミラが俺に気があるように見えるんだ?
あれで、俺に気があるようなら女性の99.999%は俺に気があるって事で間違い無い。
いくらなんでも心配のし過ぎだ。
もしかして…エトレーナはかなり嫉妬深い?
彼女は俺と二人きりになると、人前の時と態度が変わってしまう。
どう言えば分かってもらえる?
俺は呻いた。
◆
調査団のメンバーと合流する為に城門に向かう。騎士団の部下たちが見送りの為に集まっている。それに加えて数人のジーナの部下、っていうより同年代の魔術師仲間が少しばかり来ている。
魔術師はもともと全体の数が少ないからな。見送りも少ない。
俺の同僚の渡辺ユカが実体化して皆の中に紛れ込んでいる。今回は妖精の姿では無く人間の身体だ。
彼女の実体は兵器召喚システム・トライデントが造っている擬似人格なのだが、とてもそうは見えない。ラルフと何やら話し込んでいる。
ラルフを見てみると、…ああ、俺には分かってしまう。同じ男だからな。
ラルフは渡辺ユカの反応を心配気に見て、彼女が笑うと安心したように嬉しそうに笑う。彼女の言った事にオーバーに反応し、なんとか歓心を買おうとしている。
分かりやす過ぎるぜ、ラルフ。 彼は、我が同僚に気があるようだ。
ラルフは、渡辺ユカが人間じゃないのは理解している筈なんだが。
恋愛の相手としては止めておけ。
身近にカミラみたいな美人がいるクセに、物好きな奴だ。
「風瀬さんの失礼な思考を検知致しました」
妖精、いや。 今の彼女は渡辺だった。 渡辺ユカはラルフとの話が終わると、俺の車に来て前席に乗り込んで来る。
この車は、先ほど召喚しておいた軽機動装甲車で、大型のジープのような車両だ。自衛隊時代に良く使っていた。
「私が人間でないのは確かです。しかし今の状態では、ほとんど肉体的には変わりありません。お疑いのようでしたら確かめて見ますか?」
「頼むから、周りの人間関係を複雑にしないでくれ。ラルフにちょっかい出すな」
「例え風瀬さんでも、人の恋愛に口を挟むのはマナー違反では?」 妖精は明らかに面白がっている。
俺は少しムッとする。
他のメンバーが馬に騎乗して進み始めたので、俺も車を発進させた。
周りの人間が、威勢のいい言葉と共に俺たちを見送る。俺は運転しながら適当に手を振って、それに応えた。
ミラーを覗くとラルフが俺の車を、名残惜しそうに見ている。賭けてもいいが、奴の視線の先は俺じゃない。
「怒ったんですか? 冗談ですよ。私が好きなのは風瀬さんだけ。知ってるクセに」
この話題を続ければ彼女の術中に、ハマる。 形勢不利を悟った俺は本題に入った。
「情報は、入手出来たんだろうな?」
彼女に頼んで”ニューワールド”について調べてもらっていたのだ。
「残念ながら予想通りの悪いニュースです。インフィニット・アーマリー本社のデータベースにも”ニューワールド”の情報はありませんでした」
「ニューワールドで兵器の召喚は出来そうか?」
「何とか最低限度の稼動レベルは維持するつもりですが、この前やった戦略爆撃機200機を呼び出すとかの大技は不可能です。 本社にも登録が無い未知の世界ですので、システムの再調整が必要です」
そう。エトレーナが俺と一緒に行くのを止めたのは、これが主な理由だ。
ニューワールドで俺の力は、制限されてしまう。
戦闘能力が全くない彼女を守り切る自信が無い。
「どれ位の力が使える?」
「個人用火器の召喚は出来ると思います。装甲車両も一両や二両位なら。
車両の質量を無理やり個人火器用の回線に押し込んでみます。詳しくは現地に行ってみないと何とも言えません。
なるだけ早く、全部の機能を使えるように努力致します」
「そうか。 敵がそれで引き下がってくれれば、いいんだが」
我が同僚は、珍しく心配そうな顔をする。
「風瀬さん。任務のキャンセルは可能です。
報酬は支払えませんが、リスクが高すぎる作戦の場合、風瀬さん達オペレーターには拒否権があります」
「いや。いい。キャンセルはしない。
乗りかかった船だ。与えられた条件で対処する」
「風瀬さんなら、そう言うと思っていました」
妖精はちょっと考えこんから、言った。
「王国を救おうと必死で優しい風瀬さんに、私からプレゼントです」
「チョコレートなら不要だ。俺は義理チョコ否定派だからな」
「プレゼントの中身は情報ですよ。本社のデータベースに”ニューワールド”はなかった。何を意味しているか分かりますか?」
「いや」
「”ニューワールド”は、何らかの目的の為に造られた人工的な世界だと言うことです。どういう目的で誰が造ったのかは、分かりません。
風瀬さんの居た世界や、ここ王国のような自然に生まれた世界なら、全て本社に情報がある筈ですから。情報が無いと言うことは、そういう事なんです」
造られたって? 異世界を丸ごとか? まさか。しかし…
「危険すぎると思うか?」
「分かりません。 だから調査に行くのでしょう?」
妖精は、微笑んだ。
◆
目的地の遺跡に着く。 ここの地下に”ニューワールド”へ繋がる門が出現する。
「では、私は一先ずここで。でもお忘れなく。
私は何時でもあなたと共にあります」 と言って妖精は消えた。 俺も乗っていた車を送還して存在を消すと、石造りで朽ち果てた古代の廃墟に向かう。
今では信者もいない、忘れられた古代の神の神殿だ。
魔術師のジーナが、小さめの馬から降りてこちらに向かってくる。
「ユウ、今日は一緒に頑張ろうね」
「そうだな。頑張ろう。よろしく頼む」
「一緒に居たあの人がユウの同僚の人? 美人だね。 びっくりしちゃった」
「…外見はな」
カミラと他のメンバーが来るのを待ち、俺は声をかけた。
「行くぞ。 パーティの時間だ」
し、しまったこの言い回しでは通じないんじゃないか?
俺のキャラで、渋めのリーダーってのはなかなか疲れる。