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4/22 午前中 [いわゆる謎多き隣人]

 朝のHR。生徒手帳の付録として大幡先生がある紙を配り始めた。

「昨日までの検査で実技少人数制クラスの振り分けが決定したから配るぞ-、出席番号順に取りに来い」

 朝田、雨城とどんどん呼ばれていく。指月が取りに行って、右隣の席に戻ってくる。

「どうだったよ」

「『リクイドの2』って書いてある」

 手にした紙には、絵葉書みたいな、水彩画のような風景の描かれた紙がある。先生の趣味か何かだろうか。多分違うだろうけど。

「長嶺―」ほいほい。取りに行く。



 手渡された紙を受け取る。

 …………。

 まさかの白紙。

 思考が暫く止まる。




 いやいやいや、まってどういうこと。慌てて先生を見上げる。

「後で渡すものがあるからちょっと待ってな~」

 そ、そうですか。腑に落ちぬまま席に戻る。帰って盛大に指月に笑われた。こんにゃろー、後で覚えてろ。


「あー、君のも後で渡すから席で待っててね」

 なに、もう一人白紙仲間が居たのかと振り返る。よく見ると指月とは反対側の隣席に座っている女子だった。彼女が俯き加減なので、その表情をよく伺うことは出来ない。そのまま席に戻る。だが、何処と無く震えているようだった。

 いや、振動が床を通じてこっちまで震わせてる。一瞬ポルターガイスト現象にでも巻き込まれたかと思った。机の上のシャーペンがカタコト鳴っている。


「どしたん? 変なものでも見たのかい?」

 隣の指月。流石にそこにまでは振動が伝わってないらしい。

「ラップ現象に巻き込まれているんだが」

「7不思議が出来るほどこの学校古かったっけ」

 見た感じでは、この校舎は築数年も経ってないと思う。

「そういえば前の学校では怪談の類があったのか」

「学校の裏山には大きな洞窟が有って……」

「それってホラー話じゃないか」

「いや、そこに何故か綺麗にしてあるピアノが有ってさ」

……怖っ。っていや、それはどちらかと言うと怪奇現象ですよね?


――――――


「じゃあ、次指月くん。比例と1次関数の違いを言ってみよう」

「ひれい? ……ええと、持ち上げると筋肉がついていく」

「それアレイ」

「右目がヒラメで左が」

「それカレイ」

「大量の食器を運ぶときに使う」

「それトレイ」

「分からないです!」

 何故か半分ヤケで答えている指月。

「放課後数学のドリル渡すから取りに来てね」

 にこやかに刑執行を宣告するのは数学教師、珠木先生。

 その同学年とも見紛うほどの容姿は幾多もの生徒達を引き寄せ、その後彼女は見事に彼等を課題で潰していった……と昨日指月が言っていた。まあ確かに若くは見えるが、先生に告白するのは勇気がいるだろうて。そんな事を思いつつ指月の様子を見る。


「原点を通る直線が比例、X=0で切片を通る直線が1次関数。2次関数はどうなるでしょう?」

 放物線だったか。指月の運命や如何に。

「えええと。三角形?」

 もう色々諦めろ。

「宿題の倍率ドン」

 指月の苦しむ声が教室に響き、しばしの笑い。

「さて次、一人飛ばして岡土筆おか つくしさん」

 飛ばされた。

「真ん中の君は来週当てるからねー」

 はあい。

 黒板に向かった岡さん、振動の原因。歩いて行ってグラフを書き、放物線を緩やかに描く。緩やかに、何故か階段状にガタガタと。ドット絵で描く曲線のように、ガタガタしつつもしっかりとした曲線を彼女は描いていた。

「もしかしてピクロス好き?」

 珠木先生談。いや、そっち?

「あ、あわわわわはい」

 岡さんはと言うと今にも泡を吹きそうである。震えの余りメガネも落っことしそうである。


 メガネ、か。

 生憎と目だけは良いので、お世話になったことはない。ただ遺伝的には将来メガネの可能性があるとは叔父から聞いた。父親の遺品には、メガネがあったらしい。流石に損傷が激しく、勤務地で起こった事故の証拠になるからといって警察からは押収されたままである。……むやみに取り戻すつもりもないけど。


 因みに叔父はハゲている。駄目だわこの家系、希望が見えねえ。将来出家してやる。そんなアホウな事を考えているといつの間にやら授業が進んでいた。慌てて先生にバレないようにまとめてノートを取る。教室の前ドアから担当の先生、大幡がやってきたのはその時だった。

「さっき白紙渡した2人、ちょっと来てくれるかー」

「あらあら、今年は二人か。例年より少し少ないかも?」

「珠木先生の担当の生徒は結構多かったんでしたっけ」

「あー……あの3馬鹿だしなぁ」

 3馬鹿て。入学2日目にしてそんなアダ名をよりによって先生から付けられる生徒って。

 そんな事を思いつつも岡さんと廊下に出る。その岡土筆さんはというと、やっぱり震えていた。着ている服もだいぶ震えてる。サイズ有ってねえ、ダボついてる気がする。

隣に立ってるだけでも床が揺れているのが分かる。そんなのお構い無しとでも言うのか、先生は数枚のプリントをこちらに差し出してきた。

「今日の少人数魔法実技クラスだが、他の科目と違って君達2人には『炎』クラスに行ってもらう」

 そういえば、白石先輩も言っていた4クラス。休み時間にチラホラと水、地、風のクラスに配属された人達は見た。しかし、炎だけは特に見かけていない。

「他の3クラスと異なり、『炎』クラスはより少人数クラスになる。理由は当該魔術属性に対する適応者が少ないこととその危険性から監督する教員が不足するためだ」

 うん。一気に喋られてパニクりかけたけど危険性とか言われたよ。大丈夫なのか。

「き、ききき危険性って大丈夫なんでしゅか」

 岡さんアナタが大丈夫なのか。

「その為の少人数クラスなんだが、恐らく擦り傷やかすり傷は有るだろう。治療担当の教員がしっかりつくから安心して怪我しろ」

……ケガは嫌なんだけど。隣の岡さん、振動が止まって今度は顔面真っ青。わかりやすいというか逆ポーカーフェイスというか。

「心配するな。俺もこの学校が出来てから教員してるが、大きな事故になったことは一度も見てないぞ。……勿論、まじめにやったらの話だが。」

「真面目にやらなかったら怪我するんですか」

 言ってしまってシマッタと思う。

「骨が無くなってタコ人間になった奴はいた」

 うそん。隣をチラリと見てみる。

 岡さん、立ったまま失神。白目向いておる。

「長くなって悪かったな、渡しておきたいのは後はこれだ。配布した資料も休み時間使ってちゃんと読んでおくこと」

 そう言って大幡先生が渡したのは、五芒星のピンバッジ。星のラインは金色、その内側は深紅色。

「制服のないウチの場合、着用義務は無いが。全校集会などの場合はつけてもらうかもしれないから何処かに落としたりしないように」

……隣の彼女はまだ失神。ペチペチ頬を叩くと、やっとハッとしたかのごとく意識を取り戻した。しかしピンバッジを受け取ろうとするも手が震えてる。

「大丈夫か-。長嶺、岡を頼むぞ」

 頼むぞって。どうしろって。

「ふ、ふ、ふつつつかものですが!よろしくお願いします!」

「……いや、その台詞は数年後誰か別の人のためにとっておきなされ」

 そんな事を言って去る大幡教師。……まあ、どうしようもない。教室に戻ろう。


――――


 その次の授業は魔法科学。……なんつう科目だ。そんなん成立すんのかよ。

「さて配属が決まったであろう君達だけど。君達の持つ魔術属性がどういう物質に関わるのかを、これから説明しようと思う」

黒板に『同苗好景』と書いてからの一言目だった。

「恐らく今皆が考えているのは、『魔法属性が各人が扱う魔法により深く関わる』ということだ。それは半分合っていて半分間違いだ。恐らく君達が扱える魔法は無限の種類があって、有利な魔法は数少ない」

 そういった後、『物質の三態』と大きく黒板に書いて再びこちらに向き合ってきた。

「『固体・液体・気体』はそれぞれ君達の配属された『風・水・地』に対応する。良くある誤解だが、『水』クラスに配属されたからといって手から大量の水を放出できるとかがある。マーライオン宜しく」

 その例えは果たして合ってるのか。口から大量の水を吐かれたら嫌だわ。

「『水』クラスの生徒が得意とするのは、元々存在する水に対して作用する魔法だ。塩水が有ればその濃度を変えたり、温度を急速に下げたりなど。最終的にはいわゆる『魔法薬』の制作に取り掛かることに成るだろう」

 魔法薬、と来たか。頭のなかに黒イモリの丸焼きやらマンドラゴラやらが浮かんでくる。

「因みに魔法薬の材料もスーパーで買うからなー」

……惣菜とか売ってる店にそんな材料有ったっけか? 

 ちょっと今後の購入を見合わせておこう、かき揚げにイモリが入っていたら食欲落ちそうだし。

「『地』クラスは固体に対して作用する魔法に適性がある。科学的視点で最も研究が進んでいる分野だ。将来的には魔術を扱わない分野との共同研究も視野に入れる事が可能になる」

 書くことがないぶん、少し頭がぼうっとする。眠気を抑えるためにシャーペンを握る手を強めた。J.I.G.U.D.と書かれたありきたりな、という感じのシャーペン。入学するときに学校からの支援で頂いたものだ。正直芯がよく折れるので使いにくいが贅沢を言える立場ではない。

「『風』クラスは気体に対して作用する魔法への適正を持つ。気相は他の分野より目に見えない物体に関係するから、より取り扱いに繊細さが求められる。生体神経に関わる要素もこの魔術属性にあたる」

 自分のクラスの事で周囲とざわざわ話している生徒もいる。指月もこちらを向いてきた。

「魔法薬かぁ。正直料理なんて作ったりしないから具合が分からないんだけど」

「漬物部に入ってるけど良いのかそれ……」

「発酵ならウチの妹が得意分野だから。パンを真っ青に染めたり」

「それ発酵じゃねえ、腐敗だ」

「ブルーベリージャムって言い聞かせながら食べてた」

「食べた!?」

「普通に消化してた」

「鉄の胃袋だな……」

「この前スプーンを誤飲してそのまま食べてた、『ちょっと錆っぽい味だね』って言いながら」

 お前さんの妹は本当に人間か。てかそっちこそ研究対象だろ。

 はい静かに-と先生の声がする。

「今言った三態に作用する魔法。これは基本的にエネルギーを増やしたりはしない。一部分を熱しようとすると反対側は冷やされる。その事自体が有利に働く場合もあるが、基本的に今までの物理法則を無視することは出来なかった」

風、水、地と黒板に書いた後先生がコチラの方を見てくる。……何だ?

「例外的にエネルギーを与えることが出来る魔法、それが『炎』の属性。勿論、他クラスに配属された生徒達もこの魔法を扱うことは出来る。しかし、最も適性が存在するのはこのクラスだ」

 そう言いつつ『炎』と書いてそこに更に丸を付ける。あの、正直居心地悪いっす。そう思って隣を見る。

 岡土筆さんはというと。

「ひ……ひぇぇ……」

 なんか声になってない声になってた。文字通りの震え声。

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