4/21 午後 [なんとなく、でも良いじゃない?]
白石先輩が作った料理3点と、俺達の卵焼きと炒り卵、おにぎりを詰めあわせた弁当箱を持って自転車部員は急いでロードバイクのペダルを踏み出した。
「そういえばお漬物は入れたんですか」
思い出したので聞いておく。
「……えっ。あっ。 あああああ!?」
白石先輩。なんかもう。色々と残念です。
「今から言っても多分追いつきませんよ、ロードバイクは凄く早いですし」
指月が付け加えるように言う。それもそうだ、先程見送ったはずの部員は学校近くの公園に向かって全力で移動しており、もう全く姿が見えない。ショックを受けたのか、白石先輩は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
「せっかくの部員確保のチャンスが……」
「ええと、先輩は何部でしたっけ、料理部?」
話題転換とばかりに指月がすこし慌てて言う。残念ながら、そんなマトモな部活じゃない。だが白石先輩は何か思う所があったのか、料理をしている時のように真面目な表情で言った。
「漬物部です」
大真面目。なんでそんなに真面目な顔でアホな事言えるのか。
「ガチな顔で言わないで下さい」
こっちも頭を抱えたくなった。
「部室って何処なんですか?」
おおっと指月くんまさかの二連続で急所を突く発言。
「4階にある自転車部の倉庫です」
……やっぱりあの部屋倉庫じゃねえか!
「最早開き直っていますよね先輩!? 若干発言内容やけっぱちですよ!」
「そ、そうこ……?」
今度こそ指月のリアクションは強張っている。恐らく彼はこう言いたいのだろう、それって部活じゃなくて不法占拠なんじゃないかと。俺もそう思う。
「手伝ってもらっただけなのも申し訳ないので、少しご飯でもお出ししようかと。時間が開いてるのであれば部室に来てくれませんか?」
特段用事がある訳でもない。問題は色々と固まっている指月の方だが、断りにくかったのか苦笑いしつつも頷き、行かせて頂きますと言った。
「ところで、先程の自転車部の人とはお知り合いですか」
「倉庫を間借りさせて貰っている関係で色々と付き合いが有ってですね。料理を作るときに、たまに調理を手伝ったりしてますよ」なるほどな、と思う。持ちつ持たれつだったのだろうか。
「そういえばさっき使った魔法って何だったんですか!」
ハッとしたかのように白石先輩に質問する指月。俺自身も危うく忘れかけていたが、自転車部員と白石先輩とで3品を仕込み合わせてものの十数分で終わらせてしまっていたのだ。普通のやり方では到底ありえない。あるいは相当薄味タイプになっているか。……だとしたらあんまり食べたくない。かぼちゃとか歯が欠けそう。
「自転車部員の男子の方、片桐さんは重水素を使って熱を発生させる魔法ですね。言い換えれば水を沸騰させる魔法でしょうか」
やってること凄まじくありませんか。
「重水素……って水素と違うんですか?」
ピンと来ない指月。たしか同位体がどうのこうのと前の学校では教わった気がする。
「多分これから習うから心配しなくて大丈夫ですよ」
そういう白石先輩。そういえばこの学校、通常の化学も習うのだろうか。
「そして私が扱った魔法が、水中の化学物質を一部に集中させる魔法です。今はまだ練習が足りなくて一部の旨味成分だけしか扱えないんですけど」
旨味成分というと、さっき唱えていたヌクレナントカとか琥珀とかナントカだったか。指月の方を見ると、ポケーっとしている。
「化学物質なんて名前を農薬以外で見聞きするとは思っていなくて……」
「実家は農家かしら?」
「祖父は山に芝刈りに、祖母は川へ洗濯に行くような山奥の農家です」
「その理屈だと指月の父親は鬼退治をしていることになるが」
「鬼嫁と戦っています」
イヌも参加する余地がねえ。
そうこうしている内に4階に辿り着く。再び倉庫内に案内され、昨日より少し散らかっている席に着く。とは言っても、食卓付近は綺麗に片付けられていた。
「自己紹介を忘れていましたね」
そう言うとスッと立ち上がり、お辞儀をしてから口を開く。
「高校部2年3組、少人数クラス『地』の白石葱丸です」
驚いたように立ち上がり、指月も自己紹介。
「高校部1年2組、指月直です。 ……えっと、少人数?」
その単語に聞き覚えは無いが、流れのままコチラも立ち上がる。
「同じく高校部1年2組、長嶺翔です。そんなクラスがあるんですか」
「ごめんなさいね、2人とも立たせるみたいになってしまって」
まあ座って待ってて下さいと言い、冷蔵庫に向き合って何かをゴソゴソ取り出している。
「少人数クラスっていうのは学校の呼び名で、実際の所は魔法属性分けに近いかな。明日辺りに身体検査の結果での魔法の適性が分かるから、その分のクラス分けが別にある筈ですよ。去年の私も同じ日だったと思うし……」
「『地』以外には何があるんですか?」
ワクワクした面持ちで指月が尋ねている。確かに俺としても気になる所ではある。明日言われるんだしと心の何処かで思うが。
「『炎』、『風』、『水』、『地』の4属性ですね。物質の3態に関係するって習うと思うけど、それ以上は先生から聞いたほうが間違いないと思います」
「……昨日作っていた漬物も、魔法で作ったんですか?」
「昨日のは自作です。元々漬物は魔法を使わずに自力で作るのを目標としてます」
「そこなんですけど、どうして漬物部なんですか?」
今まで暖めていたであろう問題をぶつけてくる指月。……昨日聞こうと思っていたのに色々あってド忘れしていたのは我ながら情けない話である。
「よし、じゃあコレを頂きながら漬物部発足についての話をしましょう」
そういって白石先輩が持ってきたのは急須に入れられた温茶と、黄色が部室の茶色い風景にやや眩しい沢庵。そして冷蔵してあったのか、軽くお茶碗一杯分のご飯を3人分。
『頂きます』
3人の声が重なり、俺達2人が真っ先に手を付けるのはやはりと言うか沢庵。
パリ、ポリとある種小気味良い音を響かせて噛み、塩気とほんの少しの甘みを味わって飲み込む。……そういえば、今日のは昨日のものほど塩辛くはない。
「……美味しいです!」
もう一口、とばかりに指月は更に沢庵に箸を伸ばす。
「有難うございます! まだ余りはあるから遠慮せずに!」
そう言いつつ、冷蔵庫上のレンジで温めたと思われるご飯を白石先輩は食べている。……昼飯になっているが、まあ良いか。
「魔法で料理が出来た時、2人はどう思いました?」
ふと、コチラに疑問を投げかけられた。
ええと、と呟きつつ指月が答える。
「どうやって出来るんだろう、とか凄いなと思いました」
概ね俺自身も似たような感想である。
「あと、変な感じかもしれませんが楽しそうだなって」
魔法がどういうものかをまだ殆ど理解していないのでそれ以上のことが言えないのが苦しい。白石先輩は納得した表情で言った。
「どちらも、『美味しそう』とは思いませんでしたね?」
やや笑いつつ言われた。いや、それは。虚を突かれる。
「先輩の作った魔法の料理が美味しそうに見えた、って訳じゃないです」
指月くんナイスフォロー。こちらも無言でウンウン頷く。
「気づいた時には出来上がって、アレコレ考えることも出来なかったのもあります」
「そこが弊害、なんですよね」
箸を止め、悩んだ表情で続ける白石先輩。
「『料理』は出来上がったものだけを指すのかしら、と考えていて」
ふむ。
「作るまでのトントンと食材を刻む音、グツグツ鍋を煮こむ音や、ふわりと漂う暖かい匂い。料理には、調理段階から食べる人をワクワクさせるものが有ると思うの」
ほうほう。
「いきなり出来上がった魔法の料理に対して、じっくり時間を掛けて料理したものはどれだけ美味しく出来るのか、ってことを考えたんです。実家が食堂だから、その手伝いも出来れば良いかなって」
なるほど。
「……それで?」
「そこで、漬物です」
キメ顔でそう言う白石先輩。
『何で!?』
二人分声が被る。
「美味しいじゃないですか!」
力説する白石先輩。ただ論点はずれてる。
「いや重要なのはそこじゃなくて」
「いぶりがっこも有りますよ!」
冷蔵庫にダッシュする白石先輩。
「いぶり……なんて?」
それって漬物なのか、お菓子の種類ではなく?
「白石先輩っておっとり系だと思ったんですけど、ひょっとして天然ですか」
指月の容赦無い指摘が飛ぶ。彼女の容姿をおっとり系と評するのが一般的なのかはわからないが、調理の大切さを考えるのに漬物に思考が移る当たり、ひょっとしたら本当に天然かもしれない。
「……私、天然パーマじゃないですよ?」
……天然じゃん。髪の毛ストレートだけど。
――――
暫くの間、何故か冷蔵庫にあったおでんを頂いたり学校が始まってからの話をしたりで時間をつぶすと、いつの間にか夕方になっていた。
「そろそろ帰らんとな、明日は普通に授業があるし」
「洗濯物取り込まないとな-、一人暮らし初めてだから加減がわからないや」
指月の言う事は良く分かる。慣れるまでは本当に面倒だった記憶がある。
白石先輩もそうね、と言いつつテーブルの上を片付け始める。そうだ、と一言置いて言ってきた。
「入部の件、どうする?」
……わぁ、すっごく期待してる顔。
お互いに顔を見合わせて、互いに口を開けない。
「少し、待たせてもらってもいいですか?」
先に口を開いたのは、隣にいた指月の方だった。俺も、スイマセンとやや小声で付け足す。白石先輩はというと、意外にもやっぱりという表情だった。
「いいですよ、じっくりと待ちます。いつでも部員は募集中、まだ部活は出来上がってないですけどね」
「……部活はいつまでを目標にしているんですか」
尋ねてから、しまったと後悔した。この質問だと、白石先輩を追い詰めるような気がしたからだ。
「そうですね、文化祭までには。2学期にあるんだけどそれまでにはね」
そうは言いつつ、やはり困った表情をしている先輩。
「頑張って下さい、先輩。僕は応援しますから!」
指月がそう言う。
有難う、と笑いながら先輩は答えた。
――――
部活棟を出て帰り道。住んでいる学生寮は殆ど指月と同じ方向にあったので、帰りも一緒である。なんでも学校自体が出来たのがココ数年らしく、学生寮は大体入学年度が同じ生徒が固まるらしい、と言う事を指月と話していた。
そういう知識を何処から仕入れているのかと尋ねると、入学前から色々と学校の近くを歩きまわったりしていたと答えられた。動きまわるだけでそういう事が分かるのだろうか。
「他にも散歩してる同級生がいたから、その人達に聞いたりね」
さよか。適当な話をしている内に、話は再び部活の方に移った。
「漬物部、ね」
ううんと唸りつつ指月が呟く。
「やっぱり気になるか」
こちらも気になるのはなるのだが。
「白石先輩、一人であんなに色んな事が出来るんだよね」
そうだな、と相槌を打つ。魔法の件もあったと思うが料理に関する先輩自身の考えに照らし合わせると、料理は自力で作っているのだろう。
「やっぱり、入ってみようかな」
指月はあっけらかんとした表情を急に見せて言い出す。
「……そりゃまた、どうして」
「やっぱりさ、楽しそうな部活に入りたいと思ってて。魔法が使えるのに地道な調理をするって凄く面白そうだし、何よりこれから部活を作るって良いじゃん」
そういうものなのか。
「先輩もなかなか新人勧誘に手こずっていたみたいだし、良いかなって」
学校を出歩いていた時に気がついていたのだろうか。……だとしたら、彼の情報網は結構広いのではないか。
「というわけで善は急げだ入部の知らせを伝えてくる、悪いけど後で追いつくから」
……いや、どうしようか。
「興味本位、という話なら興味はある」
本当に興味だけだけど。野次馬に近い感情かもしれない。
「善は急げ、一緒に行こう!」
ぐっと手を掴まれ引っ張られる。いや待って、まだ理由とか話してないっていうのに。
そうして、なし崩し的に漬物部の仮部員が3人になった。