7/14 設問3『この時のスカートの挙動はどうなるか』
「俺の食事の話はどうでもいい、次に解かなきゃいけない問題が有るんだ」
「食事環境は学習能力にも関係すると思うよ」
「指月に言われると確信が持てなくなるからやめろ」
指月にショックな顔をされた。欠点とったのは事実だろうに。
「ああ、それとすまないここが分からないんだが」
一先ず教科書を進めなくては。このままではらちもあかない。
「見せてみろ」
若竹が問題集の方に顔を寄せる。そういえば、と思い出した。
「あんたら3馬鹿らしくもない、普段みたいに女子に対してスカート捲りの類はしないのか」
あわわわ、と明らかにつくしんぼが慌てた様子を見せる。普段の少人数クラスではよく見られる光景だが、同じクラスである俺とつくしんぼ、そして3馬鹿はしょっちゅうぶつかり合う。主に校内風紀を守るために。
「招かれてる立場からしてわざわざそんな事をするほど野暮じゃないからね」
にこやかに言ってもミエタよ、その罪は晴れんぞ。
「第一、そういうのは相手を選んでやるものだ。服を消し飛ばされて酷く落ち込んだり、逆にこちらの生命が危なくなるようなことはしない」
二葉が、整った顔を落ち着かせつつ言う。だが少し待て。
「相手を選んでスカートめくりするっていう言葉尻だけ捉えると、これほど非道なことは無いんだが」
俺達漬物部4人のじっとりとした視線がトリオに刺さる。ちょっと待て、とリーダー的な存在の半田が遮る。
「大丈夫だ、めくった後のフォローはしっかりしているから」
「何が大丈夫なの!?」指月も流石に泡を食った。
「そ、そろそろやめて下さい……! 毎日あなた達を止めたり女の子達を励ましたりで大変なんです!」普段3バカを止めているつくしんぼも必死の説得。因みに彼女も捲られた経験があるが、とても取り乱したのでバカ達の方から反省した。罰として3バカの服を爆発させて公開処刑という所で手打ちになった過去がある。
ただ、その時分かったことであるが。
「ごめんねー、やっぱり僕達にはこれが一番学生生活らしいって感じなんだ」
3バカの1人、ミエタは女性だった。
「全国各地の青春している高校生に謝れ」
「結論から言って、私に対してスカートめくりはしないのか」
若竹が思い出したように問いかける。……されたいわけでは無いと思うが、する価値が無いなどと言われたらそれはそれで腹立たしいものがあるだろう。うーむと唸って二葉が言う。
「まだ死にたくはないからパスだ」
「おい」若竹、一言威圧する。
いや魔術の危険性だけで測ればつくしんぼが相当なんだが。
「……っていうか、攻撃されない相手を選んでやってるってことだよね」
「やっぱり非道だわアンタら、先生に報告してボランティアしてもらうよう頼んどくわ」
ヒィッと笛のような悲鳴を上げるトリオ。
「やめてくれ! もう魔法用薬草をひたすら摘む作業は腰がヤバイ!」
「アレのおかげで僕達はフラフープの出来ない体になってしまって……」
残念ながら草引きの仕事は今特に無い。第一フラフープの授業なんざこの学校にはない。体育倉庫にあるのは先人たちの遺した用途不明の道具だけだ。振ると周囲に粘着く液体を吹き出すテニスラケットとか。
「何言ってんだ、今の季節はもっと大変な仕事が有るじゃないか」
「えっなにそれ」
ハッと青ざめた表情をするミエタ。そう、魔法薬の材料はなにも草だけではない。色々な動物の臓器、甲殻類、骨や真皮。今まで研究されていたと思った物質に魔法を注ぎこむことで新たな性質を示す。その種類の内1つは、かなりの研究余地を残している。
「しばらく大学部研究室の方で、ゴキブリとセミの羽を取り出す作業が有るんだが」
「ヒィィごめんなさい許してください! 前回の毛虫で懲りたんでそれだけは勘弁して下さい!」
「あそこの教授、君らの事気に入ってたぞ。次回があればぜひあの子達にお願いしたいって言ってた」
「何処に!? 何処に気に入られる要素が有ったんだ!?」
「あんなに真面目に取り組む子達をようやく見つけることが出来たって喜んでた」
「しまったっ、急いで終わらせようと全力で取り組んだツケがぁっ!」
「だからあの時ゆっくりやろうって提案したんだ! 早く終わらせても仕事増えるだけだと!」
身内で争いが始まる前に話にケリをつけよう。この仕事を割り振らなければ多分大学部の人が誰かやるだけだろうし。
「虫の処理作業がやりたくなかったら、自分の情熱を多少でも抑えておけ」
『いや、それは無理』
「何でだよ! お前らの中で生理的嫌悪感の方が上回ったりしないのかよ!」
「生理的本能より性的本能の方が上回っ」
「もういい黙ってろ!」
これには指月たちも苦笑い。と言うよりか、もはや1年生の間ではいつもの光景になっているのでもう誰も動揺しない。これを白石先輩あたりに見せたら流石に別のリアクションが得られるのだろうか。
「こーんにち……新入部員さん!?」
噂をすれば影が立つ、噂をしていたのは俺だけなのだが。白石先輩が肩に何かを背負い込んでやって来た。クーラーボックスらしき容器に、もう片方は学生鞄。……もしかしてその格好で登校したんでしょうか。
「お邪魔してます部長さん、ちょっと勉強会のお誘いがありまして」
こういう時は礼儀正しいのが、こいつら3人組の良いところでもあるし悪いところでもある。
「そう、長嶺の成績が余りにも悪いからな」
「待てや二葉、言っとくけどこの中で俺はブービー賞では無いぞ」
「え、じゃあドンケツ……は流石に無いな」
「ちらっと僕を見て悲しげな表情をしながら視線を逸らすのはやめてくれない!?」
指月よ、普段の行いというものがあってだな。素行はよっぽど3バカの方が悪いのだが。白石先輩はちょっとお茶を入れるわねと言いながら台所の方に入っていく。思えば部室を手に入れてから色々と設備が増えた。未だに用途を知らない機械も有るぐらいだ、立花先輩の借り物らしい。
「じゃあ長嶺は誰に勝っている自信があるってのさ」
「ミエタだな、点数教えてみせろ」
えぇっと納得していないような顔をしながらも、ミエタは小声で俺に点数を告げる。――勝った!
「5点差で勝った!」
「長嶺164点、ミエタが159点か」
「ッ覚えてんじゃねー! というかあっさりバラすんじゃねー!」
ミエタ渾身のツッコミ。なんでコイツは他人の点数なんて覚えているんだ。
「テストって5科目250点満点じゃなかったですか?」
キッチンから戻ってきた白石先輩。お盆には人数分の湯気立ちのぼるコップが、色からして紅茶だろうか。
「どんぐりの背比べだよねー」
「おいどんぐり未満、指月は『合計が』40点台だろ」
「言ったなこんにゃろー」
白石先輩は慣れたものという感じだが、中間テストが終わってからというものの指月と俺の成績は漬物部の問題の1つだった。部員の誰かが欠点でもとって、部活の評判が悪くなるのは避けたいらしい。ずっと先延ばしにしていた課題だが、俺個人としても赤点で補修は嫌だ。
「と、ところでっ、お二人は昨日勉強されましたかっ」
逸れた話題を勉強に戻そうと画策するつくしんぼ、クラス委員らしいというか。頂きますと呟いて、白石先輩の紅茶をほんの少し啜り言う。
「俺は昨日若竹と用事があった」
「――――そうですか」
妙な沈黙をしたつくしんぼ。心なしか落ち込んでいるようにも見える。いつもの様に口ごもっても居ないし、ふと白石先輩を見ると笑顔。しかも半笑い。
「僕は」
「そうですか」
「全く興味なさ気に聞こえるんだけど!?」
つくしんぼが誰かをいじるとは、明日は竹槍でも降ってくるかもしれない。