6/3 まずは舌を慣れさせます
「味覚の鍛え方、ですけど」
「ええ! なんでも来なさい!」
「よく噛む、味わって食べる」
「何か普通すぎないかしら!?」
「あとは亜鉛不足」
「そっち!? 私そんなに味覚音痴扱いなの!?」
「コンソメスープに味噌を入れるのは味音痴なんですけど!」
音痴っていうか、型破りというか、意味不明っていうか。
味音痴かどうかの判定として、今用意しているのはある細工をしたコップ一杯の水。
「この水、飲んでみてください」
「なんかトンデモナイ味でもするのかしら」
「しませんよ先輩のスープじゃないんですから」
まったく失礼ね、と言いながらゴクリと飲み干す先輩。
「……どんな味がしました」
「…………味、しなかったわよ。しいて言うなら苦かったかしら」
「今の砂糖水です」
「う、嘘でしょ!?」
味音痴の人は砂糖水を苦い、酸っぱいと感じるらしい。俺自身も、後味が甘くなかったらわからなかった。
「味を知らないで人に美味しいのは出せませんから、練習しましょう」
「ちょ、ちょっと待って! 勝負するのはアンタのはずよね!?」
「アシストしてくれないんですか先輩。ついでに勝負に勝っても負けても今後料理部続けるのに後輩に負けてて悔しくないんですか」
「淡々と発破掛けるようなことは言わないでくれる!?」
「発破と思ってくれたなら有り難いです、単なる悪口って思われる可能性もあったんで」
「……もしかして悪口だった?」
「さぁ、練習しますよ練習」
「悪口だった!?」
味覚の練習。ワインやコーヒーを大量に購入し、それらの味を確かめて区別するという方法が有るらしい。高校生には出来ない方法である。ましてやワインはお酒だし。ミネラルウォーターでやるのも今回には会わないだろう。そこで、事前に何種類かスープを用意した。鍋の出汁などを区別できるようになれば、状況も改善されるだろう。
「俺が作ったわけではないんですけど、店で買った鍋スープの素やだしの素を一種類だけ入れた汁です」
そう言いつつ、それぞれ模様の違う味噌汁のお椀をテーブルに並べてゆく。
「私を試そうって言う訳ね! 良いわ、かかってきなさい!」
「もう勝負ついてるから」
主に砂糖水の件で。こっからは修行の時間だ。
一口ずつ、黙って口をつける先輩。その表情は至って真剣そのもの。
黙っていれば、良家のお嬢様で通じるんじゃなかろうか。ある意味そうだからこその味音痴なのかもしれない。
「で、どうでしたか」
「どれも美味しい!」
「いやそうじゃなくて」
ノートを一冊開き、それぞれに番号を振って味の内容を書くように伝える。
「旨味があった、塩味がした、甘みがあった、苦味があった。味自体には5種類しか有りませんが、それを組み合わせることで料理になるはずです」
「改めてどんな味かって聞かれると難しいのよね……」
もう一口ずつ啜り、味の内容を書いてゆく。
俺もやってみよう。別のお椀にとって飲んでみる。
ふむ。飲んでみると思うのが、少し水の分量を間違ったかもしれないという可能性である。若干。醤油鍋が塩味がキツい感覚がした。他も少ししつこめの味になったかもしれない。
ココらへんは濃い味付けを好む人も居るし薄味好きも居るという、好みの問題だろう。
ふと先輩を見る。
全部『塩味』だった。
「――マジっすか」
「引かないでよ! せめてツッコミ入れろよ!」
「いやこの状況で何をどうフォローしていけば良いのか解らずに」
「やっぱその扱いかよ! 旨味って何よとんこつラーメンか何かなの!?」
「白湯とか多分一番近いと思うんですけど」
お椀の一つには勿論入っている。ラーメンの例えなら、醤油鍋やちゃんこ鍋スープの素も取り揃えておいた。味付け自体が難しいのであれば、こういう調味料を使うところから始めても良いかもしれない。
ううん、と唸りながらもう一度スープ達に口をつける先輩。
……よくよく考えると、どんな料理で勝負するのかを聞いていなかった。
「そういえば先輩、俺は本番で何の料理を作ればいいんです」
「多分生徒会が審判をすると思うから、その人の独断で決定かしらね」
「満漢全席とか言われたらどうするんですか」
「流石にそれはないわ、自分で仕事増やすようなことだし」
「やっぱりそこら辺はとっとと仕事を済ませたいような人達なんでしょうか」
「人によるわね。淡白でお役所体質全開の人間もいれば、面白半分で聞いたことないようなことを要求しかねない人も居るし」
「生徒会としてどうなんですか、それって」
「昨日言ったでしょ、生徒会の下働きは部活にあぶれた人達の集まりだって。その分統率が取れてなかったり、逆に小グループ作ってアレコレ画策してみたりする人間も居るのよ」
「昨日も言ったと思いますけど、この学校大丈夫なんですか」
「さぁ? いざっていう時には教師陣が物理的に制裁することも出来るとは思うけど」
自分のクラスの先生を思い出す。あの人は電気を扱うタイプだったと思うが、もしも非行に走った生徒が居た場合は容赦なく電撃でも浴びせるのだろうか。愛の電気ムチ。
「相当教師が力持ってないと抑えきれないと思うんですけど、不良の一人や二人は居るんじゃないですか」
「あー……うん、居たわね。ウチの学年にも数人ほど」
「『居た』んですか」
「そう。学校の机で窓を割ってみたり、火災非常ベルをおふざけで鳴らしてみたり、同級生を恫喝してお金を奪ってみたり」
「そりゃまた、ステレオタイプな感じの不良ですね」
「そうかしら? 不良っていうとどうも番長がいて男気溢れるイメージが有るのだけれど」
「……居るところには居るんじゃないですかね?」
「何で疑問形なのよ、疑問形。とにかく極悪非道を極めたその不良たちは、ある日その標的を先生たちに移したのよ」
「まぁ、揺するとしたら先生のほうが効率いいですからね金額的に」
「翌日、そこには頭をツルピカにされた不良たちが居たわ」
「教師陣にも髪の毛に因縁を持つ人物が居たんですか」
「可能性はあるわね」
何故俺達は、このJIGUD高校部の教師陣にハゲが居るか居ないかを議論しているのか。
「そうじゃなくて、味のご感想をお願いします」
「ん゛――……甘み、と苦味は無いとして。これはちょっと他より酸っぱい感じがしたかしら」
先輩の示したスープはトマト鍋。いいぞ、そういう所からはじめなきゃ。
「あとこれ、真っ黒だけど闇鍋でもしたの?」
「闇鍋ってそういう黒さじゃないんですけど」
ちなみに先輩が指し示したのは麺つゆ(3倍濃縮)。
「それと味噌鍋出汁とを比べたらどんな感じですか」
両者、お互いにすする。
「……どっちもしょっぱい」
「もうちょっとなんかないですか、まろやかさとか」
「そう、それね! 上手いこと言い表す言葉が見つからなくって」
上手いこと乗っかられた。
「あと甘さとか」
「そうね! 僅かに後味が甘かったようなきがするわ!」
「あと酸っぱさとか」
「そうね! ……そうかしら」
「チィッ引っかからなかったか」
「アンタ先輩に対して何仕掛けていんのよ!」
「いやこのまま乗っかられるのは正直癪だったんで」
「アンタねぇ……」