結成、漬物部
「部員が集まった、ということなんですが」
職員室から部活申請書を受け取り、現在部活棟の倉庫に集まった俺達。
だがしかし、現在この(仮)部室には俺と指月と白石先輩の3人しかいない。正規人数のはずの2人は図書館に篭もるらしい。
「トントン拍子に決まりましたね」
指月も嬉しそうである。
「おい、岡さんは?」
「スマン、彼女さっきの決闘で自爆してた」
「何を持って行ったんだよそれ」
「塩胡椒を入れた紙袋を爆発させてた」
「目に染みそうだな、指月は大丈夫だったのか?」
「いや、彼女のほうが先にくしゃみを連発してた」
「……本当に自爆したのかよ!」
「仲良さそうですね-」
白石先輩、その感想はなんか違います。
「つまり部員の3人が図書館と保健室で出張ってる、ってことですか」
「用紙には全員の名前が必要みたいですね」
指月が用紙をめくりながら呟く。何やら面倒な前書きが色々と有るようだが、書き込むべき用紙は1枚だけのようだ。
「よし、3人が集まれるように夕食を作りましょう!」
俄然やる気のある白石先輩。
「……あれ、食材は」
俺が尋ねると、白石先輩はグッとガッツポーズを決めて言ってのけた。
「お願いします!」
「嘘ォ!?」
***(およそ一時間経過)***
「豚肉、人参、じゃがいも、玉葱……は買ってきましたが」
ちなみに、指月と自転車を2輪並べて仲良く戻ってきた。ママチャリで。迷惑行為だが、他に人も居なかったから公安のおじちゃんも許してくれた。
「肉じゃがでも、作るんですか?」
「いいえ、カレーです!」
腰に手を当てにこやかに言う先輩。……カレー粉、買ってきませんでしたが。
「普通はカレー粉を使うんですけど、今日はちょうど賞味期限切れでしたので」
「…………あのカレー粉アンタの仕業か-!」
「あ、使ってくれました?」
「使うわけ無いでしょーが!」
しかし、カレー粉無しとなるとやはりスパイス類が必要なはず。この自転車部の倉庫にはそんなものが入っている棚は見当たらない。その事を尋ねると、先輩は不敵な笑みを浮かべながら、倉庫の更に奥へと俺達を誘導していった。
正直な所、色々な部活の倉庫となっているこの教室はゴチャゴチャとしていて見づらい。出入り口付近に置いてある机と椅子、ベッドを除いては大量のロッカー、不可思議なおもちゃ、校内に持ち込んで良いものやら分からないがゲーム類などがこの部屋の残されたスペースを占めている。
ロッカー迷路の内の一つで白石先輩が止まる。ロッカーの看板には「自転車部ロッカー2」と書かれたシール。
「今はココを間借りしてます」
「……自転車部に貸しでも有るんですか?」
「昼食以外だと、立花先輩が電動自転車の修理をたまにやってたりしますよ!」
そんなことも出来るのか、あの人。電気系の部活に所属していたようだが、一体全体どんな魔法を使うのやら。
ややロッカー自体が壊れかけなのか、えいっと力を込めて先輩がロッカーを開ける。開いたロッカーを見て指月はおぉ、と感嘆の声を上げた。
ロッカー内部には小分けにされた、恐らく大量の調味料瓶。胡椒や砂糖の大瓶、普段見慣れないようなスパイス類、何種類かの調理油や料理酒、お酢やみりんのボトル。
「常温の保存で大丈夫でしたっけ」
「冷蔵が必要な物は、一階の調理室冷蔵庫に入ってますよ」
それは良かった。以前叔父の家で、醤油瓶にカビを生やしてしまった記憶を思い出す。
「必要な物は、これと、これとあと……」
そう言いながら大量の小瓶を手に抱えだした先輩。慌ててコチラも受け取りだす。
「カレー粉から作るとなると、少し手間じゃないですか?」
指月の疑問。ごもっともだ、事前の料理に複雑な過程が有るんじゃないかと邪推してしまう。
「いえ、カレー粉は炒めるだけで完成します! 問題は火加減と、味をつけ過ぎないことでしょうか……」
白石先輩の感想は意外だった。味が足りないのではなく、つけ過ぎないとは。
調理小物を抱えて、一階の調理室へと赴く。
しばらく調理用の服装に着替えたり、調理用具をキッチンシンクまわりに集めたりしつつ談笑。マスクに三角巾、エプロン。用意は出来た。
「まずはクミン、シナモン、カルダモンにコリアンダー……」
白石先輩は大量の調味料を目の前に、小さじを弄ってルゥを調節している。
俺達はそんな器用なことが出来ないので、野菜の皮むきをしていた。昔の人はピーラー抜き、包丁で野菜の皮を剥いていたのだと思うと相当器用だと思う。今だって、俺は剥いているニンジンを取り落としそうになっているのに。
「はい、ジャガイモ一丁上がり-!」
「早いな、指月」
俺は未だにニンジンの皮を剥くに至ってない。
「君が遅いんだよ長峰君や」
「ぐぬぬ、悔しい……」
指月はというと、ピーラー抜きに包丁だけでスルスルと皮を剥いている。俺が一人暮らしをしていた時に、充分に自炊をしていなかったことを悔いる日が来るとは思わなかった。
そんなこんなで、指月にニンジンの一部を助けてもらったりしつつ野菜をようやく刻み終わった。
白石先輩の方を見るに、カレー粉スパイスを炒め終わったようでフライパンをこちらに持ってきた。
「そうだ、二人は辛いほうが好きですか? それとも、甘口の方が良いですか?」
「……俺は、どちらでも」一応、どちらもいけるクチ。
「じゃあ僕は辛口が良いです!」指月、ちょっぴり意表を突く嗜好だった。
分かりました、と頷くと彼女は小瓶から僅かに赤い粉を振り掛ける。恐らく、唐辛子のようなものなのだろうか。
「さて、ここからが本番です!」冷蔵庫から豚肉を取り出して、こう白石先輩が切り出した。
「料理に魔法って使うんですか?」
「使う、人も居ますね。私は余り普段は使わないですよ、その方が便利では有るんですけど」
どうも引っ掛かる言い方をするようだが、とにかく通常通りに料理をするのだ。白石先輩の教え通り、まずは肉を炒め始める。やがて、肉がやや白み始めた頃合いを見て刻んだ野菜を加えて炒める。
「中火で10分、です」レシピを確認しながら先輩が頷く。
「これを強火で短縮できたりはしないんですか」
「焦がした経験があってですね……」
「あー……」
苦いのは流石に困る。
野菜と肉を菜箸で炒めながら、俺達は雑談を始めていた。
「この学校、料理部は既に有りますよね」
「はい、学校が創立された頃から有りました」
俺達が第二十数代の入学者だから、それなりに歴史がある部活なのだろう。
「料理部もこんな風に料理をするんですか?」
「どちらかと言うと、魔法で一気に作ってしまうのが料理部でしょうか。あちらの正式名称は『魔法調理部』なので」
「以前一度見せてもらいましたね、そういえば」思い返すように指月が言う。
自転車部の料理を代わりに作った時のことだったか。だが、白石先輩は首をふる。
「魔法で調理過程を短縮はしました。だけど、料理部の方たちは料理『そのもの』を魔法で作るので」
…………そりゃまた、凄い。一切れのパンとワインで多くの人を満足させた神話を思い出すが、今度は空気から料理だ。指月も驚いている。
「白石先輩は、そうはなさらないんですか」
「そう、ですね」
何か思う所でもあったのか、僅かに俯き黙る。しかしそれは一瞬で。
「さて、次は煮込みますよー!」今までの雰囲気を振り切るようにして、元気な声を出す先輩。
「アイアイサー!」ノリのいい指月。
「……押忍」俺は何と言えば良いのか分からなかったので誤魔化す。
先輩が用意していたスパイスをサッと注ぎ込み、鍋にひたひたになるまで水を注ぐ。
「後はコンソメを加えて、灰汁を取りつつ煮込んだら完成です!」
「イエーイ」指月がハイタッチのポーズ。どうしたそのノリ。ノルけど。
「あとの3人を呼んでくるので、二人は火元を見ててくださいね-」
そう言って、白石先輩は調理室を駆けていった。
カレーのお玉をクルクルと回しながら駄弁る。
……暇だし。ちなみに味見を少ししたが、まだ水が飛んでいないため薄味気味。
「折り入って頼みが有る」指月がどうにも改まった言い方をする。
「どうした」
「勉強を教えて下さいお願いします」
「そんなに必要か?」第一、俺が人一倍賢いわけでもない。
「いや、実のところ中学生時代に勉強をあんまりしてなくてさ」
「……36の平方根は?」
「……逃げるに敷かず?」
「国語の点数にはなるだろうけどさ」
「へっへーん」
「一切合切褒めてないぞ」
ありゃ、と肩を落とす指月。だが、このまま放置して居たら先生に大量の宿題を出されて潰れるのが目に見える。
「どうしようか、部室で放課後勉強でもするか」
「助かる! 有難う!」
いや、俺もわからないかもしれないぞ。だが白石先輩も居る。教えてもらうのは難しくはないだろう。
***(十数分後、カレー完成)***
「…………漬物部、なのにカレーか」
並んだ6つの器をみて、若竹が呟く。
「あ、福神漬け忘れてましたね」
先輩、違います。
「久々のカレーだな、頂きまーす」
あっという間に席について食べようとする立花先輩。
「あれ、野菜は大丈夫なんですか」
「食べれないわけじゃないんだ、普段食べないだけで」
さいで。俺達も一口掬って頂くとする。
甘い。
……いや、辛い!
「す、すごくピリッと来ます!」
胡椒自爆から復帰した土筆んぼも、辛いと言いつつパクパク食べている。
「随分となめらかだな。私が作ると、どうもダマが出来てしまうんだが」
若竹は涼しい顔で食べている。正直、俺はちょっと水が飲みたいのでコップを取りに行く。
「弱火と中火でじっくり、がコツです! 玉葱が甘くなるのも美味しさのポイントなので!」
「翔くんや、ニンジンの皮残ってるよ」
そこは許してくれ、指月。
「おかわりー!」
立花先輩、早いっす。コップにおかわり注ぎにちょっとてんやわんや。
「皆集まったという事で、部活の登録をしましょうか」
先輩が鞄から取り出した用紙に、一人ずつ名前を書いてゆく。
……若竹、星波。流し書きすぎて字が読めねぇ。
「不服そうな顔をしているが、流し書きの方が私にとって効率的なんだ」
そっかぁ、とどうも気の無い返事をしてしまう。
まぁ、何はともあれ。
これで漬物部、創部。




