4/24 実技授業の時間
「あと十数秒したら世界が滅ぶかのような顔をしているけど大丈夫?」
「……あー、今朝のご飯はカップめんで済ませてきたが」
「あ、あの、会話噛み合っているんでしょうか……?」
ええっと、なんだったか。俺が暗い顔をしている理由だった。
「家庭の事情でな、少し忙しかった」
そっか、と指月がどこか毒気を抜かれた表情で言う。少し言い方がささくれだってたかな、と自分でも思い立つ。指月は全く別のことを考えているかのようだったが、岡さんは今もややおずおずとしている。
――――妙な誤解をされるのは嫌なので、さっさと言ってしまうか。
「俺が中学の頃からお世話になっている叔父さんが、昨日になって行方知れずになってな」
「え、ええっと。ご両親は」
「物心付いたときにはいなかった」
地雷を踏んだ、とばかりにしまったという表情をする彼女。こちらとしてはもう慣れっこなのだが。
しばらく沈黙が続いたあと、指月が言う。
「旅行、とかではないよね」
「携帯にかけても居なかったからな、家に忘れている可能性も無いわけではないか」
「……悪い結果にならないことを祈っておくよ」
「そうしておいてくれ、朝から憂鬱な話題で悪いな」
授業もいまひとつ頭に入らない。昼までの授業でよく覚えているのは、またしても指月がポカをやらかしたこと。寝ていて化学の授業中に国語の教科書を音読していた。
岡さんがあてられた結果教室の8割近いチョーク+黒板消しが爆発したこと、
確か優等生的な発言をしていた若竹、だったかがその後の英語基礎テストで殆ど満点を取っていたこと。
意外と覚えていた。ちなみに俺自身は7割、指月3割、岡さん6割という結果に終わっていた。
そうして昼休み。
「長嶺」
呼ばれた声に、聞き覚えは無い。ふと見上げると、先の授業でかなりの成果を上げていた若竹星波その人だった。
「……あぁ、どうかしたっけか」
君は男子諸君の事を苗字で呼ぶタイプなのか。
「君の叔父さんが居なくなったことについてなんだが」
―――――――。
「何さ」
つっけんどんな言い方になる。
「そんなことで呆けられても困る、君自身にははっきりとした行動をとってもらわないといけない」
「そんな、こと」
思わず復唱してしまった。そもそも、コイツはなんでそんなことを知っている。
「一体何が言いたい」
「今日の実技授業。組になるのは君だから発破をかけなければならないからな」
「アンタが腹立たしい人物なのは十二分に分かったから。…………あっちいきなよ」
「君の両親について話がある、昔ある研究に携わっていた事についてだが」
「――その話は俺には関係がない! そもそも知らないんだよ!」
大声を出したつもりはないが、静まる周囲の音。
俺たち2人だけを見つめる視線が刺さる。
「長嶺、君は知っている筈だ」
「アンタが何の目的を持ってその話をしているのかは知らない。……だが答えるつもりは無い」
「……もう十分か。君との対決には期待している」
そういって教室から出てゆく若竹。
置いて行かれた俺はというと、視線をしばらく浴びることになった。
指月が近寄ってくる。
「翔、昼って食べたっけ」
「……いや?」
「いい場所見つけたんだ、一緒に行こうぜ」
「テストの出来が悪くて職員室に呼ばれたのは良いのか」
「放課後でも良いって、多分」
「……そうか、助かる」
「なんのこっちゃ。一緒に食べたいのさ、みんな」
――――――――――――――――――――――――
「で、またしても漬物部ですか」
「白石先輩がまたおかず作ってくれたんだって」
「今日は手早くにんじんの味噌漬けです!」
得意げな顔をする先輩。……料理作ってるときに充実した顔するタイプなのだろうか。
「て、手早い漬物ってなんだか不思議ですね……」
そう、部活棟の屋上。一つ下の階に部室があるなか、再び4人が集まって昼食をとることになった。白石先輩が思いついたように言う。
「そういえば実技クラスに入って3日目ということは」
「……ということは?」
俺たち3人そろって顔を見合わせる。
「皆さん授業聞いてましたか?」
白石先生の厳しい指摘。
「ぼーっとしてた」
俺。
「寝てました」
指月。
「あ、朝遅刻して……」
つくしんぼ。
……俺たち、3者3馬鹿。
「思わずズッコケたい所ですが。今日は初めての決闘の日じゃないですか?」
指月はワクワクといった表情、かたや岡さんは恐怖の表情。
「決闘、ですか」
「授業風に言えば『魔術武道』にあたるんでしょうけど。ルールは簡単、相手を戦闘不能にしたほうの勝ちです」
「そのプロレスみたいなルールは一体何なんですか」
「本当はちゃんとしたルールがあるからね!? でも大体が相手を打ち負かすスタイルで勝っちゃうんですよね」
「……例えば」
「例えば、相手を失神させる」
指の一本目を出す白石先輩。
「えっ」
呆然となる指月。
「相手の装備品を全て機能させない状態にする」
指の二本目。
「それ、社会的に死にますよね?」
つまりは服をひっぺがすと。
「相手の血液の1/3を奪う」
指の三本目。いやそんな事例が過去にあったのか。
「そ、それ失血死ですよね?」
真っ青になりながら岡が言う。そのまま貧血になりそう。
「相手の茶釜を奪って自爆した場合、どちらが勝ちにするかで議論が揉めていた時期がありました」
「自爆だから自滅じゃないんですか」
「なんでも、見事なHARAKIRIを遂げた人物をAPPAREと判定するんだそうです」
「ルール裁定者に外国人と歴史マニアが居ることだけは分かりました」
「ちなみに相手の情報とかは……知らないよね、皆初めて聞いたみたいだし」
3人そろって頷く他ないのが悲しい。
「出席番号で決まるのよね、私のときは確か席が一つ飛ばしの隣だったかしら」
何故にそんなに複雑になっているのか。ということは。
「し、指月さんとですか!?」
「あぁ、岡さんとになるのか、よろしくー」
俺の方はというと、どうも喧嘩を売ってきた人物だったようだ。予期はしていたが。なんだか複雑な心境。
「難しい顔してるけど、何かあったのかしら?」
指月の方が代わりに答えてくれた。
「ちょっと今日、試合予定の人とぶつかりあいがあったみたいで」
「ほー、若いです二人とも!」
いやあんた、年齢差じゃ一つ上だけでしょ。
しかし、本気で試合するためにわざわざこっちの家庭事情まで探ってくるものだろうか?
「……やっちゃおうじゃんか、相手」
指月が言ってくる。
「ほう」
ちょっと驚いてしまって、そう頷くほかない。
「相手が自信満々なんだ、それを迎え撃ってやってもいいじゃないか」
「はて、体を動かすのは苦手なんだけど」
「ご、護身術でも教えましょうか?」
土筆んぼ、まさかの発言。
「正直勝てるつもりだったんだけどなんか急に怖くなりました岡さん手加減お願いします」
指月よ、白旗上げるのは早過ぎないか。一応相手は女子だぞ、こっちも同じだが。
「魔法と護身術とを上手いこと組み合わせることができれば良いんですけどねー」
白石が苦笑い。……ということは以前護身術の類をやったことがあるのだろうか。
「なんだかしっくりこないけど、まあ頑張りますか」
「おし、やる気出てきたみたいだね」
にこやかに笑顔をつくる指月。これでアホの子でなければ。
「生活の基本は元気と食事ですよ! あ、味噌漬け御代わりいります?」
「あ、いただきますー」
指月、食いっぷりもいい男である。
土筆んぼと俺は小食だが。